20「企み」
ナーヴェには近いうちにまた下りてくると約束し、エジランカは樹上の屋敷に戻った。彼女は安堵して涙を流しながら迎える両親をほどほどにいなし、ルシルを伴い自室へ引きこもる。
「意気込んではみたものの、私に兵法の知識なんてありませんし。どうすっかなー」
ベッドに乗り上げ、マオは胡座をかいて難しい顔で腕を組む。ルシルは勉強机の椅子を隣に持ってきて座った。
「合戦自体は止めないんだ?」
「今すぐは無理そうなので、徐々になくしていく方向にしました」
「ならばとりま、次の合戦では白色陣営側を勝たせるってのはいかが?」
「ナーヴェたちを勝たせる?」
「守りたい、この命。とか言ってたでしょ貴方。生き残らせたいなら相手に勝つしかありませんよ」
こればかりはルシルの言うとおりである。マオはその提案を吟味し、一つの方策を得る。
「もしかすると、白黒陣営の方が先に決着つけられるかも……」
しかし、これを実現させるにはいくつか条件があった。
「地上の合戦って、黒色陣営の人たちも見てるんですか?」
「そうだと思います。肌の色は違えど同じ人間ですから、本性は私たちとそう変わらず、詰まんねーなーってぼやきながら見てるのではないかと」
「次の合戦で黒色側を完膚なきまでに叩きのめしたら、相手の意表を突けそう?」
「そりゃあ驚きはするでしょうけど」
いまひとつマオの作戦が掴めないルシルは椅子をベッドに寄せ、ズイと彼女に迫る。
「何を考えてるんです?」
「強さこそが至上の世界で、敗北は弱さの骨頂です。自陣の勢力が負ければ黒色の人も黙ってはいられない」
「ええ。それだから、前の勝負はナシとか言って、今になっても不毛な合戦を繰り返してるわけです」
「肝はそこなんですよ。現状、白黒両陣営は地上のあんな拙い戦いで自分たちの諍いに決着つけられてたまるか! って言い訳で代理戦争を観戦している。だというのに、両陣営は中間色の人を自軍として管理するでもなく、彼らの闘争に勝手な勝敗を重ねているだけです」
「こちらの指導が入ってたなら、もう少しまともな戦いになってたでしょうねぇ」
「中間色の合戦には両陣営ともに手出し無用が慣例だと仮定して、それが突然、明らか前回にはなかった知恵をつけて小賢しく白色側が勝ったとなれば……?」
そこでルシルはマオの意図に気づき、形相を怒りに変えた。
「アン? なまっ白の奴らめ、まだらどもに入れ知恵しやがったな!? ふざけんなブッ殺す!!」
「――と、そんな感じで何らかの反応があるはずです。出来ることなら使者なり書簡なりを送りつける穏便な対応だといいんですけど」
「奴らには樹木が禁忌ですから、直接こちらに乗り込んで来ることはまずないでしょう。抗議は書簡か、もしくは天央にある〈氷凍の室〉に押し掛けてくんじゃないかなぁ」
「ひょうとうのむろ?」
「この巨樹をもっと上へ登っていくと、黒色たちの住処である山脈の頂上と接する場所があります。全てが凍ってて白黒どちらも弱点となるものがないので、昔は両陣営の接見なんかに使われてたそうです」
球体の中に閉じこめられた空間において、直径の対称地点で上へ上へとものが成長していけば、いずれ中心部分で接触する。その場所が凍結しているのはこの世界の光源が関係していた。
地球と同じく昼と夜のサイクルが存在するこの球内だが、太陽と月に相当するものはなく、光源となる小さな球体が一つだけある。それは世界の重心を軸として地上と平行に公転し、この公転面と垂直に明暗が表裏一体となっている。また、光球は自転もしており、光のない暗黒の面は常に球の中心部を向き続ける。
そういう理由で「氷凍の室」は常に日陰の状態であり、熱源たる光が一度も当たったことがなく、凍り付いているのだった。
「そのお部屋、現在は使われていないんですね?」
「すっかり冷え切って寂れてると思います~」
「お誂え向きじゃないですか。合戦前にそこを使えるようにしときましょう」
「なぜに。わざわざ」
「長くほったらかしだった接見の間を思い出したように掃除し始めたら、やはり黒色側も気にせずにはいられないでしょ。その直後の合戦で白色が地上に入れ知恵したと知れたら」
「ははーん。連中を室におびき出すおつもり」
「白黒での接触は、中間色の人たちを巻き込まない場所が望ましいですから」
「ふんふん。分かってきましたよ、貴方が考えてること! まずは私たち白黒の問題を片づけることにしたんですね」
「そうなのです」
「マオさんもこちらの感性に染まってきたじゃないですか~」
「は? 染まるわけないし」
「うっそだぁ」
人差し指でツンツンとつついてくるルシルに対し、倫理観だけは譲らないとマオは首を振った。




