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17「孤独な少年」

「まずはお互いを知らないといけないわね。わたくしの名前はエジランカというの。フラニーウ・エジランカ」


「アンタはフラ、ニフ? エジ……ジン、カ、ン……。エジ!」


「それでいいわ。貴方のお名前は?」


「ナベ」


「な……、ナ? えっと……?」


「ナベはちょうど鍋の底が抜けたときに生まれた。だからナベ。底抜けのナベだ」


 エジランカは笑顔を浮かべたまま隣のルシルに、「あんまりじゃない?」。そう訴えてみたが、他人に興味のない彼女は小指を耳穴に突っ込んでどうでもよさそうだった。


「気になるなら、お嬢様だけの呼び名でもつけたらいンじゃないっすかね」


「何だ? ナベは変なのか?」


「い、いいえ! 変なんかじゃないわ。ただ……」


 エジランカは視線を上に向けて思案してみるも、聞こえのいい弁解は思いつかなかった。


「わたくし、かわいいものが好きなの。だから貴方のことはナーヴェと呼んでもいいかしら。そっちの方がかわいいわ」


「ナとベの間が伸びただけだし、いいよ」


「ありがとう、ナーヴェ」


「うん!」


 支離滅裂な言い分にも関わらず、純粋無垢な少年は花が綻びるようにいじらしく笑った。エジランカは脳内で己を殴りつつ聞き取りを続ける。


「貴方たちは山裾の人たちと敵対しているのよね」


「そうだぞ。山の奴らはやっつけなきゃいけないからな」


「どうして?」


「ん~? どうしてだっけ? 分かんない、忘れちゃったかも。でもそうしなきゃいけないって親父とお袋から聞いた」


 ナーヴェは親から聞いた話を少しも疑っていない。これにはルシルが顔をしかめた。彼女はナーヴェの有り様を見てようやく、他者に無関な自身の態度がいかに浅薄か気づいたのだった。


 エジランカが問いを重ねる。


「それじゃあ、貴方が天樹と呼ぶ木の上に住む人たちのことは何か聞いてる?」


「あー、ナベがおチビの頃にみんなが言ってたな。ずっと最初にナベたちよりも強くなったから、ナベたちと一緒に戦うのに飽きて木の上に行っちゃった? とか?」


 疑問符を浮かべて上半身ごと頭を傾げたナーヴェだが、急に頭を戻して手を打ち鳴らした。


「分かったぞ、エジ! 何でナベたちが山の奴らと戦ってるか」


「思い出したのね。さっそく教えてちょうだい」


「戦って勝ったら強いってことだろ? だから山の奴らをいっぱいやっつけた仲間同士で、強い子供を作るんだって。弱いのは死んでくから、いつか強いのだけが残って、そうすればナベたちも天樹の上に行ける。そんな話だった気がする!」


 ナーヴェは羨望のまなざしでエジランカを見やる。清らかな青い瞳に映り込む少女の顔は引きつり、だいぶ苦労して愛想を張り付けた。ぎこちなく口を動かし、


「しばし、待たれよ。少年」


「待つの? 分かった」


 エジランカはルシルの手をガッと掴み、ナーヴェから離れたところで声を潜めた。


「もしかして、ここも樹上と同じく、時の流れで語り部が消えてしまっているのかしら」


「考えたんですけど~。白色の駒にされている自覚があったら、お嬢様の姿を見た瞬間に首を取りにくると思うんですよ」


「だーよね」


 代理戦争が始まった当初、中間色も白黒両陣営に対して刃向かったと仮定して。相手との戦力差は圧倒的で、中間色は下手をすれば滅びかねなかった。彼らはひとまず種族の生存を優先し、各陣営に下って反逆の時機をうかがうことにした。しかし長く機を逸し、途方もない時間が流れて過去は薄れ……強い個体を残すために合戦で弱い因子をふるい落としている、という偽りの目的を信じ込んだのではないか?


 あくまで憶測の域を出ないが、解釈として違和感はない。


「地上にもきちんとした記録が残ってないのか。イヤだなぁ……」


 少女は暗澹として深いため息をつく。


 これまでは先へ進むことを優先し、壁にブチ当たったら立ち止まって次の手を考えるとして、がむしゃらに走ってきた。言い換えれば、半ば投げやりに状況を転がしてきたわけで、ついにそのツケを払う時が来てしまったらしい。

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