16「戦いなくして未来なし?」
地上は荒涼としていた。植物が茂るのは巨樹を囲む森林地帯のみで、緑の傘から出てしまえば雑草の一本も生えない荒野が広がる。
そこにあるのは岩と、砕けた石と、さらに風化した土砂だけだ。
白色陣営側の中間色は森と荒野の境目で暮らしている。彼らに活気はなく、他人への関心もないようだった。音もなく遠巻きに様子をうかがっていたせいもあるが、あからさまに格好の違うエジランカたちに向く目はなかった。
人々はボロ布を纏い、地べたに座って黙々と作業をしている。岩を削った鍋で食べ物を煮る者が土にまみれた実の皮を石の刃で剥き、熱湯の中に放り込んでいる。他方、切り出した木を手に馴染む形に整えたり、石の刃を研ぎ直したり、蔓や根で縄を綯う姿もあった。
とても話しかけられる雰囲気ではない。それでも、何か接触の糸口はないかとエジランカは観察を続けた。そこで気づいたことがある。
「中間色さんは木も石も平気みたいだけど」
「奴ら唯一の強みですよ。うらやましいことに弱点がないんです」
「地上では樹木と岩石の障害を乗り越えているのね。どうやってその性質を獲得したのかしら」
「知らないでっす~」
「地上の人々が弱点を克服したと知っているのに、その謎を解明しようとは思わないの? 理由が明らかになれば、わたくしたちにも有益でしょうに」
「奥様と旦那様の態度を見たでしょ? 何も、ああいうのはお二方に限った話じゃないんです」
「そういえば、貴方も発色の問題で実家を追い出されたのだったわね」
「そーゆーことー」
「色がどうとか、本当に下らない……」
屋敷の前で袖にした両親を思い出し、エジランカはフードの下で柳眉をひそめた。隣のルシルはなぜか急に機嫌を良くして、少女に追い打ちをかける。
「あと、所詮は弱っちぃの集まりなので。気にかけるのもおぞましいって空気もあります」
「ホンット、マジでっ、ここは!」
「中身が出かかってるぅ」
「……ンンッ! 失礼」
エジランカは咳払いをして不満を飲み込んだ。
「よそ者が上から目線で難癖を付けるなんて、ただの嫌な奴よね。この世界の歴史や環境を把握して、互いの最善をすり合わせて妥協点を探す方が健全なのに」
「そうだぞ~! 頑張れお嬢様~!」
「貴方がそう言ってくれているうちは、余計なお世話じゃないと思えるわ」
「およ? 私ってばお嬢様にとってわりかし重要人物?」
「そうよ。だからわたくしがクソムーブをかましたら、その都度しばいてちょうだい。……同じバカを繰り返すようなら見捨ててもいい」
ルシルに失望されたら正直、かなりつらい。転生者マオにとって彼女はこの世界で唯一の味方なのだから、見限られれば死んだも同然だ。「不死」特性のせいで下手なことでは死ねない分、その絶望はひとしおである。その心情はルシルも理解していた。
「マオさん、けっこう覚悟決まってるんだ?」
「そりゃあね。よそ様の世界にケチつけるんだもの」
「貴方はまだまだお客さんですからね~」
「いつまでもお客さんでいたい気持ちと、早く馴染みたい気持ちとが九対一くらいで拮抗してるわ」
「いやそれ全く拮抗してないでしょ」
「わはは」
ルシルの突っ込みを笑って誤魔化す中の人であった。
その後、二人は集落から離れて土煙が舞う荒原をフラフラと歩いた。実を言うとルシルも地上に下りたのは初めてのことで、彼女は白色の都市を根本から見上げる体験に興奮していた。あちらからはどんなふうに見えるのか? 向こう側からは? と鼻息荒く、エジランカを引きずる勢いであちこちから巨樹を見て回った。木鈴の音がコロンコロンとひっきりなしに響きわたる。
ある地点でエジランカはふと立ち止まった。
ルシルが行きすぎた歩数を戻って少女の目が向く先を見つめる。そこは荒廃した岩場で、中間色とて寝起きするには厳しい場所だった。エジランカは再び鈴を鳴らしてから、表面のざらついた大きな岩をめがけてまっすぐに歩いていった。
「お嬢様? そっちは足場が悪くて危ないですよ」
「いえ、そこに誰かいるみたいなのよ。小さな子が一人」
「小さな子?」
ルシルはエジランカを追いかけ、目当ての岩まで行く手を助ける。
「ほら、ここ」
「ん~? ムムム……?」
大岩の陰。
深く窪んだ闇に目を凝らすと、合間から青い目が二つ覗いた。
「ワッ!? 黒色の!」
ルシルがさすがの身体能力でエジランカを抱き上げ、飛び退いた。
洞穴から出てきたのは一人の少年で、エジランカと同年代に見えたが背丈はやや低い。濃い栗毛に暗い褐色の肌を持ち、灰色の強膜に瑠璃の瞳が力強く輝いている。
青々としたその色はエジランカのぼやける視界の中でもくっきりと見え、宝石のように美しかった。思わず見ほれてしまい、少女はしばし言葉を失った。
少年はといえば、眉根を寄せてエジランカたちを怪しんでいた。
「アンタら誰だ? その大きさでナベが知らないってことは……、山裾からこっちに入り込んだのか!? て、てきしゅう――」
「待って、違うわ。貴方に話を聞きにきたの」
エジランカはルシルの腕から離れ、ベールを上げて顔を露わにする。
「おわ? 真っ白だ。こんなに白い奴はうちにいないぞ」
「驚かせてごめんなさい。わたくしたちはあの巨樹から下りてきたのだけど」
「きょじゅ?」
「あそこにある大きな木の上にも人が住んでいてね、わたくしたちはそこから」
「天樹から落っこちたんか!?」
「下りてきたの」
エジランカは少年と視線を合わせ、早とちりを咎めずにゆっくりと言葉を紡いだ。その肩をルシルが後ろから引き寄せて、背後に庇う。
「お嬢様、コイツたぶん黒色陣営下の中間色ですよ。下がってください」
「なぜそうと分かるのよ。別に真っ黒ってわけでもないのに」
「アー、言い忘れてました。中間色と言っても、白色陣営側は淡黄色から薄茶色のが多くて、発色が明るい傾向にあるんです」
「対して、黒色側は暗い色が多い?」
「ですです。なのでコイツは敵陣の」
話の途中で、少年がアッと声を上げた。
「そうだった。ナベたちは初めて会うんだもんな、間違うのはよくない」
「間違う?」
「ナベは天樹の下で産まれた! 今まではナベを取り上げて育ててくれた親父やお袋たちが、みんなに嘘じゃないって言ってくれてたんだけど、親父もお袋もだいぶ前に死んじまったんだ」
「そう……」
「んでな、ナベの本当を知ってるのがいなくなってからが大変だった。ナベはこんな見た目だろ? 最近じゃみんな、ナベのことを山裾の連中とごっちゃにする。だからナベは人のいないところでひっそり――、うっかりしてたぞ!!」
突然の大声に再度ルシルが身構え、エジランカも鈴を鳴らして辺りを見回す。周囲には誰の気配もない。怪訝に思って視線を戻したところ、少年がエジランカを指さしていた。
「アンタ、何でナベがここにいるって知った?」
「な、何でって……それは」
少女は杖を振って鈴を転がし、自信がなさそうに言う。
「こっちに気配があるなーと思ったから、来てみただけで」
「すごい!!」
「へ?」
「ナベはいないふりするのが一番得意なんだ。誰も気づかないのに、アンタはナベを見つけた。すごいぞ!」
「へ、へえ~? それってすごいんだ?」
「うん! すっごい!!」
予期せぬ称賛にエジランカの口がだらしなく緩む。
「ふふ、へへへ……っ。そうなのよ、実はこの子すごいの。エヘヘ、ありがと」
「せめてお顔は清淑を保ってくださいね、チョロランカ様」
「チョロくないわよ!」
「あはは! 何だか久しぶりに賑やかで楽しいな~」
令嬢とメイドの掛け合いをうるさく思うでもなく、少年はキャッキャと無邪気に喜んでいた。
彼には白色を疎む様子はない。
エジランカはルシルへの文句を収め、話を聞くため少年に向き直った。




