8.森
まだ日は完全に昇っていない翌朝。
ジョエルはゆっくりと瞼を開けた。
隣を見ればオデットがいる。
彼は妻となった彼女に笑みを浮かべた。
幸せそうに眠っているオデットを残し、彼はベッドを抜け出して服を身に纏うと、収納棚から上部に十字があしらわれた二つの艶めく黒い箱をとりだして手に持った。
寝室を出た後の行き先は、彼女の人形が置いてある続き間だ。
長椅子にはオディールが置かれており、椅子の下には自分を模した人形が落ちている。
彼はため息をつきながら一つの箱だけ手に残し、オディールの人形を見つめた。
「君のおかげで自分の助かる方法がわかった。ありがとう」
笑みを浮かべてそう語りながら、ジョエルはそっと箱の中にオディールを入れた。
「相変わらず君はおしゃべりだね。だから勢い余って椅子からよく落ちるんだよ。でも今回はそのおしゃべりのおかげで僕は目覚めたし、僕が愛してるオデットに元に戻してもらえたわけだ」
機嫌がよさそうにしながら仕舞い終えた後、今度は自分を模した人形へとジョエルは目をやった。
彼は浮かべていた笑みをぴたり止めた。
無表情のまま自分の人形を拾いあげると、今度はそちらを長椅子に置いていた箱に押し込んだ。
「ん?」
ジョエルは黒い箱の蓋をパタンと閉じようとしたが、蓋がきちんと閉まらない。
よく見れば人形の指が引っかかっているようだ。
「ふぅ」
それに気づいた彼は眉を寄せて軽くため息をついた。
「まあ……無駄な抵抗ってやつかな」
さらに、そう言って鼻で笑った。
「この体はもう君のものではないというのに」
ジョエルはやれやれという顔をしたあと、思い切り蓋のうえに力を入れて鍵を閉めた。
パキンと何かが割れる音が聞こえる。
しかし、彼は全く気にする素振りも見せなかった。
そして彼は二つの箱を持ち、城内の森のある場所へと向かった。
鬱蒼とした森の中。
独特の焦げ臭い匂いが近づくたびに鼻腔をつく。
城から離れた人目のつかない場所にそれはあった。
ジョエルがそこに到着すると、早朝だというのに仕事熱心な召使が汗をかきながらせっせと働いている。
顔を合わせる機会なんてほぼない王太子がやって来たため、召使いは恐れを示すかのように深々と頭を下げた。
「ここにこれを入れていいかな?」
ジョエルが軽く笑みを浮かべ、木箱を軽く持ち上げるような動作をしてそう尋ねると、召使は頭を上げて首を横に振った。
「いいえ! 殿下にそのようなことをさせてしまう訳にはいきません! どうか自分にやらせてください!」
召使はエプロンで煤だらけの手を拭き、ひざまづきながら両手を差し出した。
「いいや、大丈夫。結構。自分でやりたいんだ。でも君の仕事を奪うのは良くないね。では、蓋を開けて僕の気が済んだら閉じてくれるかな?」
彼がそのようにと伝えると、召使は光栄ですと言って笑顔で両手にミトンをはめた。
「よいしょ!」
彼は掛け声を上げながらその蓋を開いた。
あたりにむわっとした熱気が広がる。
「さあ、殿下。どうぞ」
轟々と赤い炎が燃え盛る焼却炉の中に、ジョエルは躊躇う事なく一個づつ黒い箱を中に放り込んでいく。
火が手で木の箱を包み込みむように覆うと、パチンとパチンと何か大きく叫ぶように熱のせいか木が割れる音が響いた。
ああ、よく燃えている。
この炎の勢いであれば、全て灰になるだろう。
さあ、これで彼女たちはこの世から綺麗にいなくなる。
その光景にジョエルは満足すると召使に向かって大きく笑った。
「もう気は済んだ。ご苦労だったね」
機嫌が良さそうに彼はその場を去った。
その背後では、昇り始めた朝日を浴びたカラスが羽音をバサバサと立て、カアカアと何か言いたげな鳴き声を森中に響き渡らせた。