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6.危険な賭け

 ジョエルの結婚式が行われる前夜の舞踏会。


 盛大に開いてはいるが、ある貴族はやたらとジョエルにおべっかをつかい、別のものは無関心、さらに別のものは王太子は正気なのかと、祝いの席だと言うのにさまざまな反応をしている。



 しかし、突如、広間にいる皆がシンと静まり返った。


 一斉に全員がある人物の方へ視線を向けた。



 その皆の視線の先には、絶対来るはずがないと思われていたオデットが映っている。


 彼女に対して、様々な噂話や、野次馬的な目線を向ける中、この舞踏会の主役であるジョエルも彼女が来た事に当然気づいた。



 彼は新しい婚約者に少しその場で待っているようにと伝えると、何を思ったのかオデットの方へと近づいてきた。


「なんだ別に来なくても良かったのに。わざわざ来るなんてイカれてる。あぁ、君も新しい婚約者が出来そうだから、わざわざ教えに来てくれたのかな」


 ジョエルは一瞬、招待客と話しているマティアスの方を見た。



 相変わらず今まで発することのなかった酷い言葉遣い。


 そのように彼女を侮辱すると、彼はさらにせせら笑いをした。



 しかし、オデットは悲しそうな表情をするどころか、冷静な顔をしたまま彼に向かってこう言った。


「確かに私はあなたを愛しておりました。でもあなたの幸せを願うため、大人しく身を引く覚悟を持ちたいのです。もう関わらないとケジメをつけたいのです。そのために、どうかバルコニーで少し話をしてもらえませんか? 決してあなたを責めるような真似は致しませんから……」


 ジョエルはほう、と呟き少し首を傾げたが、ちらりと彼女の胸元が大きく開いたドレスを見た。


「まあ良いだろう」


 そう言うと、彼女と共にバルコニーへ出る事にした。



「話というのはなんだ?」


 さっさと中に戻りたい。


 後ろで手を組み、言葉にはしてないが、あからさまにそのような態度をジョエルは出した。



 すると、オデットはなんと大胆にも彼の胸に体をよせ、小さく震える声で彼にこう懇願した。


「あなたを諦めるために私を捧げたいのです。一度でいいのです。あなたに抱いていただければ、私は満足ですから……どうか」


「ふん」


 必死な彼女を馬鹿にするように、ジョエルは鼻で笑った。


「安っぽい演技だ」



 その言葉に、オデットはやはりこの作戦は失敗なのかと不安に覆われた。


 冷や汗。早まる脈。そしてこれに代わる良い案は他に見当たらない。絶望。



 咄嗟に彼女はもう一度彼に胸を押しつけた。



 ジョエルから小さくため息が漏れるのが聞こえる。


 やはりこんな真似をしても通用しないのだろうか。



 しかし、彼は彼女を追い返す真似はしなかった。


「元婚約者のよしみだ。それぐらいの義理は果たしてやる」


 ジョエルは側にいた女官にオデットの身体検査をさせた後、近くの使われていない小部屋に連れ込んだのだ。



「いいか? 誰もここに近づけさせるな」


 護衛にそのようにジョエルは伝えると、扉を閉めて閂をかけた。



 ジョエルはオデットに振り向くと、これから起こることを楽しみにしているというような目つき、本来の彼には似合わない下品な笑いをしながら上着とジレ、そしてタイを取り払い乱雑に放り投げた。


「誘ったのは君なんだ。僕は何も悪くない。その証拠に君が僕の服を脱がすんだ」

 

 オデットはその言葉に困惑した。


 そんな行為はもちろん一度たりともした事がないのだから。



 動けないでそのまま立ち尽くしていると、少し苛立った様子でジョエルは早く! と怒鳴りつけてきた。


 催促された彼女は恐る恐る彼に近づくと、指を震わしながら一つ一つシャツのボタンを外していった。



 今まで抱きしめられることはあっても、ジョエルの肌を間近で見るのは初めてだ。


 香水の香りも前まで彼が使用していたものとは異なり、余計に目にしているこの体は全くの別人のもののように感じられた。



「は、外し終えました……」


 オデットはジョエルの肌を見ないようにして、下を見ながらそう言った。



 大きなジョエルのため息が聞こえる。


 彼女はなんとか終わらせたものの、ジョエルの要求は当然それだけに終わらなかった。


 オデットの反応を楽しむかのようにこう言ってきたのだ。


「やっぱり君は世間知らずだ。これで終わるはずがないだろう? 次は下だ」



 その言葉にオデットは俯きながら戸惑いを見せた。


 彼が何を指しているのかはわかっている。


 そしてさらに、もっと恐ろしい事が起きると彼女は本能的に感じ取っていた。



 再びオデットはその場で凍りついた。


「予想通り。じゃあこっちの路線にするか」


 ジョエルは彼女の肩を強く掴み、置かれていた長椅子に力任せに乱暴に押し倒した。



 続けて無理やりドレスを脱がされそうになったため、恐怖の限界に達したオデットは思わずやめて! と大きく叫んでしまった。

 


 ジョエルの手が止まる。


 途端に彼の顔が歪み、不愉快そうなものへと変わった。



「あーあ、がっかりだ」


 彼は身を起こして大きなため息をつき、彼女の体から離れた。


「どんなものかと思ったら、やっぱり期待はずれだった。カロリナなら喜んで色々な事をしてくれるのに」



 あからさまな舌打ちした後、ジョエルはオデットに背を向けるとシャツのボタンを止め直し始めた。

 

 目の前の自分の全く知らないジョエルに、オデットはただ震える事しかできない。


 彼女は肩を上下させて呼吸を整えるので精一杯だった。

 


 チャリ……


 彼女の手に何かが当たった。


 無意識のうちに手を胸の上部に持っていったようなのだが、首から下げられたネックレスに手が触れたのだ。



 そのネックレスはジョエルからプレゼントされたものだった。


 長年探し求められてきた金脈が見つかり、それを記念して最初の金から作られたネックレスだった。



 その瞬間、彼女は優しかった頃のジョエル、彼との幸せだった日々を思い出した。


 このまま行かせたら、もう一生彼は彼でなくなってしまう……そんなの……いや!



 その思いに駆られたオデットは、勢いにまかせて彼の背を両手で抱きしめた。


「ごめんなさい」


 小さな声で彼女は謝罪した。



 わがままだけど、どうか最初はキスから始めてほしい。


 それが済んだらあとは好きにして構わない、だからもう一度チャンスをください、と涙を浮かべて必死にジョエルに向かって懇願した。



「お願いです……」


 彼は無表情のまま後ろを向いていた。

 だが、急に口角を上げた。


「何しても構わないと言ったな」


 そう言葉を発した途端、ジョエルは彼女に対して振り向くと強引にキスをした。



 荒々しく、獣のようで全く愛情を感じることなんてない。

 完全に別人だと感じさせるものだった。



 ジョエルは再びオデットをそのまま長椅子に押し倒した。


 普段であれば喜んで受け入れていた彼のキスも、今のオデットに対しては恐怖そのものでしかなかった。



 早くどうか終わって欲しい。


 オデットは目を瞑り天に祈るしか出来なかった。



 そしてジョエルが唇を離し、首筋に移そうとしたとき……


 彼の動きがぴたりと止んだ。


 その代わりに急にオデットの体に、ジョエルの全体重がのしかかってくる。



 彼女の胸に当てていた手もだらんと下に落ちた。

 まるで人形のように動かない。



「……ジョエル? ジョエル?!」


 オデットは彼の名を呼びながら体をさすった。

 しかしながら、その体はびくともしない。



 まさか、サルバトールの魔術は失敗してしまったのか?


 そのまま彼女は必死に彼の名前を呼び、ねぇ起きて! と続けた。


「戻ってジョエル! 私を一人にしないで!」



 彼女が大きく叫んだ瞬間だった。


 彼の背後にあり部屋の照明として置かれていた蝋燭の炎が、風もないのに左右に揺れた。

 


 するとジョエルの体が一瞬びくんと反応した。


「うっ……」


 微かに上がる呻き声。


 続けてオデットに預けられていた重さが徐々に軽くなっていく。



 ジョエルは長椅子の縁を掴み、緩慢な動きで上体を起こすと、頭を項垂れるようにして首を横に振った。


「ジョエル……?」


 オデットも体を起こし、彼の様子を心配そうに見つめた。


 するとジョエルはオデットの声に反応して虚な目で彼女を見つめた。



 何かに気がついたように、その目に光が宿っていく。


 以前と変わらないオデットを見つめる目。


 先ほどとは打って変わり、その瞳には彼女への敵意は一切なかった。



「オデット……」


 呟くようなジョエルの低い声。


 そのまま彼は手を震わせながら彼女の頬にそっと手を添えた。



 自然と溢れ出た涙がオデットの頬を伝っていく。


 ええ、わたしよとオデットは返事をして彼を見つめ返した。



「オデット!」


 ジョエルは今度は大きく彼女の名を呼び、両手を伸ばして彼女の体に絡ませた。



 ああ、ああと彼は声にならない声を漏らして、彼女に歓喜を伝えた。


「やっぱり君が……君が僕を戻してくれたんだね。やっと戻れた。やっと、やっと……」


「ジョエル……戻ってきてくれたのね!」


オデットも微かに泣いているジョエルの体に自然と手を伸ばし、目を強く閉じる。



 二人は互いの名を呼んで体を強く抱きしめ、喜びを噛み締めた。

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