2.ジョエルの異変
その日の夜はなかなか寝付けず、オデットは目を見開いたままベッドの中にいると、いつの間にか朝を迎えていた。
気がつけば、天蓋についたカーテンを開けるために侍女がいつも通りそっとやって来ている。
「おはようございます。そのご様子ですと、やはり昨晩は眠れなかったようですね」
「ええ。でももう起きなきゃ……」
「いいえ、どうかご無理をなさらず。そのままで大丈夫ですから。それに良いニュースがあるんですよ」
体を起こそうとしている彼女を侍女は止めると、良いニュースについてこう伝えてきた。
昨日の婚約破棄に関しては、とてもではないが認めることはできない。
国王陛下、宰相である彼女の父親、他の貴族たちの間で話し合われて即座に無効となされた。
「きっとプレッシャーによる一時の気の迷いだと判断されたそうです。このところは、国王陛下が帝王学にかなり厳しく力を入れられていたようですし。落馬の件もあり、ジョエル様は何か記憶の面で混乱が起きているのかもしれない、とお医者様も仰っていたそうです」
そのためジョエルは頭を冷やすのに明日にでも辺境の地に行かされ、件の令嬢とは今後会えないようにされる運びになった、と侍女はさらに言って、少し乱れたオデットの毛布を掛け直した。
「それにジョエル様はオデット様をあんなにも愛してるとおっしゃっていたではありませんか。きっと冷静になられたら、もとのジョエル様に戻られますよ」
だが、オデットは一瞬安堵したものの別の不安に襲われていた。
一時の気の迷いなんて本当にあり得るのだろうか。
どうも最近の彼は本気で自分のことを嫌がっていたのに、と。
実は2ヶ月ほど前、ジョエルは交流のある国の王子や貴族たちを招いた狩りの最中に落馬したのだ。
その日、獲物を追い込むのに夢中だったジョエルは突然鳥に襲われてバランスを崩した。
頭を打ち気を失ったものの、すぐに意識を取り戻し、それ以外には大きな怪我もなく大丈夫かと思われた。
しかしそのあと、彼の行動は日に日におかしくなっていた。
普段であればオデットを見かけたら、誰かと話をしていてもそれを中断して彼女に微笑んだりしていたというのに、ここ最近はそっけない態度はいい方で、目に入ったら舌打ちしてくるという有様だった。
さらには、前は全くそんなことなかったというのに、やたらと女性に声をかけており……
なかでも好きになったと言っていた令嬢は、オデットが様子が変わった彼と何度も話しているのを見かけた相手だった。
オデットはたまたま話していただけだと自身に言い聞かせたが、腑に落ちず、ある夫人の茶会に二人で出席するとなった際、とうとう馬車の中で勇気をだして彼に問い掛けた。
するとジョエルは途端に不機嫌になり、彼女には決して見せることのなかった怒りに満ちた表情を浮かべると、なんと彼女と侍女を馬車から降ろさせて、その場に置き去りにして去っていってしまったのだ。
その時は街中だったため、なんとか帰宅できたものの、彼の豹変ぶりに恐れをなした彼女は自然とジョエルと距離をとっていた。
その最中にこの婚約破棄騒動が起きたのである。
彼が突然まるで別人のような態度を取るなんて。
一体何が原因なのだろうか、私の何が悪かったの? とオデットの頭の中ではその疑問が繰り返されていた。