12.推測
現在のところ、サルバトールは様々な素晴らしい働きをしており、招き入れて正解だったとジョエルは思っていた。
「ああ、そうそう。あと実は新しい呪法を見つけたのです。それもまるで地獄に落とされたかのような大変苦しむ可能性があるものです」
始まった。
こういう言い方をサルバトールがするときは、ジョエルしか叶えられない願い事をしてくる時だ。
「どうせ死刑台に送るのでしょう? いつものように、いつの間にか死んでいても特に誰も関心を持たない死刑囚をどうにか調達できませんか?」
彼はそうニヤニヤしながら頼んできた。
だが、ジョエルは悪いがそれについては断るとすぐに却下した。
「おやおや、希望を言ってくれと言われたのにそれはご無体な!」
サルバドールが大袈裟に悲しそうな表情を作ると、ジョエルはこう返した。
「死刑囚なんかよりももっと適任の者がいる。僕の事をこんな目に合わせた……彼を推薦するよ」
怒りを思い出したとでも言うように、ジョエルは目に力を込めた。
「ほう、どちら様でしょうか? あなた様の不興を買うなんて、あぁ恐ろしい!」
両手を広げながらサルバドールはニヤついている。
「とぼけないでくれ、サルバトール。わかってるくせに。僕が推薦するのは隣国のマティアスだよ」
この件についての首謀者は間違いなく彼だ。
いつだったか、同盟国同士の剣術大会に呼ばれた際、様々な国中の貴族たちが見つめる中、完膚なきまでに彼を叩きのめして予選で敗退させてやったことがある。
期待が大きかったのに、あっけなく終わって彼は国中で笑いものになったそうだ。
だから、僕をどこかの間抜けにすり替えてスキャンダルを起こして失脚させて恥をかかせたうえ、上手いことこの国を乗っ取るつもりだったんだろう。
オデットには恩人として振る舞い、婚約破棄されて傷ついた彼女の新しい婚約者となり変わる算段だったんだ。
昨日の晩、あのまま僕が戻ることが出来なかったら、きっと彼と婚約させられていたとオデットから直接聞いた。
「それに彼女は一応王家の血を引いてる。彼だって遠縁とはいえ、この国と繋がりがあるから彼女が狙われたのも無理はない」
「おやまあ! なんと恐ろしい。でも何故そのような事を思いついたんだと思います? 失礼ながら、別人になり替わるように呪いをかけたのと、次の婚約者として候補になるのは別の話かもしれませんのに」
サルバトールは両手を頬に当てて目を瞬かせた。
するとジョエルは少し睨むような目つきでサルバトールを見つめた。
「いいや、自分でやろうが術者を使おうが、マティアスが裏で糸を引いているのは確かだ」
僕がおかしくなったと言われている落馬時、僕は狩場で彼も含んだグループで獲物を追っていた。
そして僕と彼の目が一瞬合った時に、何か僕に向かって聞いたことのない外国語のようなものを囁いたんだ。
その瞬間、僕はどこからか飛んできた数羽の鳥に襲われて、気がついたら人形の中にいた。
グループ分けをしたのも彼だから、僕と同じになるよう仕組むのは可能だった。
「そして同族嫌悪」
続いて彼はそう呟くように言った。
「彼もあの国の第三王子だ。僕との因縁はさておき、おそらく上の兄たちに色々思うところがあったんだろうね。序列は絶対だ。でも、あちらの国は情勢は落ち着いてるうえに同盟国たちもなんの問題もない。手柄が立てやすい戦争だって起きてやしない」
「ほうほう」
「おまけに噂だと彼は軍部に入りたがっていたのに、その役目を第二王子にとられてしまったそうじゃないか。だから派手に成り上がるにはどこかの王位を継ぐしかない」
「なるほど。それで目をつけたのが……」
「この国は彼にとってピッタリと言うわけだ。オデットは優しい子だから、実権を握っても文句いわないだろうからね」
さらにジョエルはこう続けた。
おまけに彼女の兄は武芸には秀でても、政治に関しては本人も他者も認めるほどからっきし。
だから、自然とオデットの配偶者が実権を握る立場になってくるのはおかしくない。
そしてうまく結婚までいったら、僕の時と同様に他の後継者候補に欲望に忠実な間抜けと入れ変わる術をかける。
あるいは病死、事故死、突然死の呪いをかけ、自分しか継げるものはいないのだと既成事実を作り上げるつもりだったんだろう。
全く。
そんなものは身内で解決してほしい。
はた迷惑な話だ! 僕だって家族内で済ませたのに。
おまけにマティアスの目の奥は氷のようなんだ。
あれはオデットのことなんてこれっぽっちも愛してやしない。
どうやって彼女の心まで自分のものにしようか虎視眈々と狙ってるだけの男の目だ。
そして近づきやすくなるよう、ぬけぬけと介抱だと言って彼女の体に触った。
しかもその上、僕の中に入っていた偽者が僕の体を使って彼女を傷つけようとした。
呪いを解くためとはいえ元凶は彼だ。
つまり想定外だとしても、実質は共犯なんだ。
「だから絶対に僕はマティアスを容赦しない」




