1.非情な別れ
「もう君の事は愛していない。僕は彼女の方が好きなんだ。婚約は解消しよう」
それはある日の舞踏会での出来事だった。
煌びやかな黄金の広間で、ヴァイオリンと甲高いチェンバロの音色が重なり合う中、オデットはこの国の次期後継者であり相思相愛だったはずの王太子ジョエルからそう言い渡された。
オデットの反応を楽しむかのように笑っているジョエルの傍らには、彼女が不安を感じていた通り、最近やけに親密な令嬢・カロリナの姿がある。
彼女は見た目もブーゲンビリアのように情熱的で華があり、大胆な性格で男性に人気の高い女性だ。
やはりそういう事だったのか。
ジョエルからの非情な別れの言葉にショックを受けて、血の気が引いたオデットはその場に崩れ落ちた。
咄嗟に隣国の王子であるマティアスがオデットを抱き抱えた。
「なんと残酷な事を……」
そう呟く彼に介抱されてオデットは別室で横たえさせられていたが、意識を戻しても、もうこの場には居られないと家族に連れられて馬車で帰宅した。
帰宅した後、彼女は侍女や召使に支えられながら自室へと戻った。
「急いで寝室の準備をしてまいります!」
侍女からそう言われてオデットは続き間の長椅子に腰かけていたのだが、ふとジョエルに似せた人形が目に入った。
怒りと悲しみに支配された彼女は、その人形を見ると我慢していた涙をぼろぼろとこぼして長椅子に伏せった。
頭の中には、彼との思い出が掠っていく。
とても優しかったジョエル。
彼は3歳年上で物腰は柔らかく、文武両道な上、見た目の良さも相まって他の令嬢から羨ましがられる存在だった。
対してオデットは自分でも認めるほど内向的な性格だ。
趣味といえば、読書や刺繍くらい。教育の一環である歌や踊りも人並み程度。
とはいえ、ある時熱を出して瀕死になるまでは、かなりおしゃべりというより口達者な少女だった。
両親も乳母からも手を焼いていたとたまに笑われるが、熱が引くと同時に頭の中が急に冷静になり、あのような生意気な態度は世間知らずが故の行為だった、と恥ずかしく思うようになったのだ。
またその生意気さは熱を出したころがピークで、仲を進展させるために設けられたジョエルとの初めての茶会でさえも、通常通り熱弁を振るった。
やれこの国の政治はこれが足りない、女性ももっと意見すべきだ、庶民にももっと高度な教育をだのなんだの……
そのため後日、オデットはジョエルに呆れられるのを承知で顔を真っ赤にしながら彼に向かって謝罪した。
ところが、ジョエルは構わないとすんなりと笑顔で許してくれた。
むしろ、そのように謝罪した自分のことを潔いと気に入ってくれたのだ。
そして会うたびに、奥ゆかしいところが可愛らしく思う。静かにそっと微笑む君は美しい。愛しい僕のオデットと褒めてくれた。
どうしてジョエルはそんなに自分のことを褒めてくれるのか。
オデットはとても不思議だったが、悪い気もしないため、自然とオデットも自分を受け入れてくれるジョエルの事が好きになっていた。
しかし、いくら過去を回想してみても心が穏やかではないのは変わらない。
「ごめんなさい。今日はあなたに優しくすることが出来ないの。許してね」
オデットは衣装棚の中に人形を仕舞って見えないようにした。