新しい恋の始まり
「中宮様、この度、和泉式部という名を頂戴し、女房として出仕いたしましたものでございます。よろしくお願い申し上げます。」
なんて、美しい声、なんて美しい髪、衣の着こなしのセンスがあって美しいこと。
お顔をあげてくださいな。
息をのんだ。親王様お二人が愛されるわけだ。
あくる日、話し相手に和泉式部を呼んだ。
「御前失礼いたします。」
「帥の宮様(朱雀天皇の四の宮、道長の長姉の第三子である敦道親王の呼び名)は、中宮様のおいとこに当たられる。宮様の思い出話を聞かせて御上げなさい。」
藤の式部が言うと、和泉式部は花のように笑った。
「私にとっては、懐かしくも夢のように美しい思い出でございますが、中宮様にお聞かせするようなお話ではありません。それでもよろしいのでしょうか。」
ええ。是非に。
あれは、初夏の四月中旬(旧暦では、四五六月が夏)の事でした。亡き三の宮様とのことを嘆きながら暮らしておりますと、三の宮様にお仕えしておりました子舎人童が我が家を訪ねてまいったのでございます。
今は帥の宮様(四の宮)にお仕えしていると言って橘の花を取り出しいたのでございます。
わたしは、
薫か香に よそふるよりは ほととぎす
聞かばやおなじ 声やしたると
(橘の香りをかぐと亡き兄宮を思い出します。でも、香りでなく、あなたさまの声を聞きたく存じます。兄宮と同じお声なのかどうかと。)
と、言葉遊びのお歌をお送り申し上げました。
帥の宮さまは、
同じ枝に 鳴きつつおりし ほととぎす
声はかわらぬものと知らずや
(同じ枝で鳴いていたホトトギスのようなものですよ。兄宮と同じ声をしています。)
とお返しになりました。大変気のきいた素敵な返歌でしたが、これ以上お返事するのはよろしくないだろうと私からの返歌は控えました。
(まあ、素敵。新しい恋の始まりのようですね。)
その後も、寂しさをまぎらわすように時折歌を送りあいながら過ごしていたのですが、あるとき帥の宮様より、
語らわば なぐさむことも ありやせん
言うかいなくは 思わざらなん
(お目にかかってお話をしあえば、あなたも私も心を慰めることができるでしょう。私を話し相手にもならない者だとお思いにならないでくださいね。)
あわれなる御ものがたりをお聞かせするのに、今日の日暮れ時はいかがですか。
という文が来ました。
わたしは、いらっしゃるのは困ると思って
なぐさむと きけばかたらま ほしけれど
身の憂きことぞ 言うかいもなき
(こころが慰められるとお聞きすると親しくお話したいとは思いますが、この悲しみに沈む私の身では、おはなしをする甲斐などございませんでしょう。)
と、やんわりとおことわりをする返歌を差し上げました。
ところが、日暮れ時に粗末な車に乗って、おしのびで本当にいらっしゃり、妻戸の先にお座りいただいたのに、私の隣まで入っていらっしゃり、一夜を明かされたのでございます。帥の宮さまは、兄君に似て、それは美しい男ぶりの宮様でいらっしゃりました。
(まあ、それは。。。わたくしも人妻ですが。。。頬が赤くなってきましたわ。)