藤の式部語り始める
月は、紫式部日記です。紫式部は、彰子の女房になった時には、藤の式部と呼ばれていました。
やっと一息つけましたわ。二の宮様(敦成あつひら親王、後の後一条天皇)も、二つにおなりですし。とはいえ、令和なら3か月のやっと首のすわった赤子ですが。
正月、ほうぼうからの新年のご挨拶を受け終わり、やっと私は藤の式部とゆっくり話ができる。
お父様(道長)が、二宮様のご誕生を書き記すようにと、上等な紙を山のようにあなたに差し上げたそうですね。
「はい、それはもう、沢山に。」
私は、周りの様子はよくわからなかったから、書く前に教えてくださいね。
「きちんと記録しておりますから、それを見ながらお話し申し上げましょう。」
「秋の気配入りたつままに、土御門殿のあり様、いわんかたなくおかし。池のわたりの梢こずえども、遣水やりみずのみぎわの草むら、おのがじしいろづきわたりつつ、おおかたのそらもえんなるに、もてはやされて、不断の御読経みどきょうの声々、あわれまさりけり。」
(ころは秋の気配があたり一面を染めるころの事でございました。かの道長公のお住まいである土御門邸は、その秋の気配に染められて、言いようもなく風情のあるありさまでございます。ふねも浮かべられる寝殿造のお庭のお池のあたりに植えられた木々の梢や小川のほとりの草むらなど、それぞれに美しく一面に秋の色に染まっているようすは、何とも言えません。空は夕映えの深みのある色に染まり、お庭の美しさが一層引き立てられております。折から絶えることなく響いている読経の声も、ひときわしみじみと心に染み入ってくるのであります。)
さすが、藤の式部。なんと美しい文章で語り始めることでしょう。




