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そして気付けばまたもや巻き戻っていた。
こう何度やり直したか分からないほどに同じ事を体験させられると彼等も考える事に疲れきっていて若干開き直ってもいた。
しかし毎回必ず起こる事はあっても詳細は変わったりしていたのはそれなりに足掻いた結果である。
それはネメシアの最後で彼女は静かに消えたり突然暴発したような状況になったりとその状況により消え方が変化していた。
そしてオーロラとネメシアの体力も明確になり体も丈夫になると本来なら今までのように甘やかしてもらえない状況なのだが彼女は健康になっても相変わらず疲れやすい振りをしたりして両親が医師を手配しようとすると上手く誤魔化しながらやり過ごしていたので両親も変わらずそれなりに甘かった。
一方、ネメシアは以前よりも更に寝たきりの日々が多くなったりしていたが両親からはそれでも念の為にと勉強だけは強いられていて少しでも体調が良いとすぐに教師が来て指導されていたので更に優秀になっていた。
そのため彼女が社交の場に出た時には初めは『体調が悪いのに…』等と密かに良くない噂が立ちそうになっていても彼女の所作の一つ一つが美しく優雅だったのでその噂は一瞬で好意のあるものへと変化していて何も言われる事はなかった。
しかしオーロラは妹と比較される事が多くなりそれは『体の弱い妹よりも不出来なのは何故だろう…』と一瞬で悪い噂となり周囲からは白い目で見られ嘲笑の的となっていた。
この時にベルトリーノ侯爵夫妻も二人の事を見ていて何かを話し合っていた。
その内容は後日に判明してネメシアに正式に婚約の申し出があり彼女はまた困惑した。
(何故あの人は毎回やらないのかな…)
ネメシアは父サリオスから話を聞きながら呆れすぎて自分の目が死んだのを感じた。
「そんなに嫌なら断ってもいい」
ここで始めて渋々でもサリオスから口に出された言葉に驚いた。
「では体が弱いので…と話してください」
「わかった」
あまり期待せずに話すと一応は了承された。
しかし彼女は今までの経験上で彼方の両親が納得しないのは理解していて『とりあえず出来たらいいな…』くらいでしか思っておらず全く期待してなかった。
そして翌日に返ってきた返事は彼女の予想通りだった。
「駄目だった。彼方が聞いてはくれなかった」
「…そうですか…ではお姉様には彼方が納得するまでもっと厳しく指導をお願いします」
「何故そこまでオーロラを押すのかな?」
サリオスにしてみれば良いことだと思うのだが断る理由がわからず気付けば尋ねていた。
「我が家の令嬢で所作が良ければ何方でも良いならお姉様が仕上がれば彼方も見る目が変わる筈ですし、私は出来るだけ横になりたいので」
「…そうか」
確かにネメシアの顔色が良い時はあまりなかった気がして今更ながらにそれに気付くとサリオスも気不味そうに目を逸らした。
「はい、宜しくお願いします」
しかし両親に頼んでも案の定といったところでオーロラは教師から言い訳をしながら逃げていて使い物にならなかった。
こうなると当然の事ながらネメシアも変更がないので婚約者との接触を控えながら日々が過ぎて彼女は侯爵家に入り初夜を迎えた。
(もう何度目の初夜だろう…)
ネメシアにとってこの日は何度も迎えて何度もここで終わらせたとても憂鬱な日だった。
「見届けの人には悪いけど…少し体に負担がきたみたいなの…旦那様が来るまでの間だけでいいから一人で寝かせて欲しいのだけど…」
「医師を手配致しますか?」
「大丈夫よ…少し眠ればなんとかなるわ」
「わかりました」
今回は見届人としての見張りがいてその人に話すと彼女の顔色は本当に悪いように思えて心配しながらも頷いて退室した。
彼は巻き戻りの度に少しずつ寝室に来る時間が遅くなっていたのでネメシアは今回も彼は遅いだろうと思い待たずに布団に潜り込んだ。
そしてまた魔力が膨れ上がった。
(え?…この感覚…まさか…)
それまでは緊張しながら自分でしっかりと魔力を抑えていたので違和感がなく、精神的に疲れ果てて魔力も不安定になるとこれで終わりにしたくなり更に溢れ出て制御も出来なくなるとまた息苦しさがあり彼に魔力制御の指輪を着けられていた事に気付いたが時は既に遅かった。
「…また…私にこんな事をしても平気なんて…酷い人だなぁ…」
泣きそうな表情でポツリと呟くと今回の指輪の効果が強かったからかそれが呼び水のようになり反発する力が高まると今まで感じた事がない程に強制的に一気に魔力が引き出される様に溢れ出てしまい部屋中に魔力が充満して覆われた状態になると指輪が壊れた。
しかし溢れ出た魔力は留まる所を知らず今回は徐々に焼かれる事はなく一瞬で灰となり残った魔力は寝室だった空間を完全に覆いグニャリと歪ませていた。
この時の彼は彼女の魔力を嘗めていた。
今まで蓄積された絶望や諦め、虚しさなどの負のエネルギーは既に膨大な量となって彼女の体を蝕んでいたのだ。
そんなものをちょっとした魔力制御の道具で抑えられる筈が無いのだが彼女は出来る限りそれを抑えていたので彼も勘違いしていたのでこんな事態になっていたのだが何も知らない彼は『今度こそ…』と余裕の表情で寝室に向かうと見張りとして待機させていた者が扉の前で心配そうにしているのに気付いた。
「どうしたんだ?」
「奥様が体調が優れないから少しの間だけ一人で休みたいと仰られまして若旦那様がいらっしゃった時に起こしてほしいと…」
「そうか」
この時に魔力が暴走をした気配がなかったのでまだ大丈夫だろうと扉を開けようとした。
「……鍵を掛けたのか?」
「いえ、鍵を掛ける音もしてませんので開いている状態の筈ですが?」
「…」
開いてる筈の扉が開かない事でディアンドロは嫌な予感がした。
急いで鍵を用意すると解錠を試みたが全く開かず解錠の魔法でも開かなかった。
仕方なく力のある魔法使いを呼び寄せる事にして宮廷魔法士の許可を得ようとしたが時間がないのでギルドに頼んだ。
「…」
するとすぐに駆け付けてくれたのだが彼は解錠の魔法を使って鍵を開けた時にディアンドロを意味深に見て扉を開けた。
この時の彼は魔法使いの視線には全く気付かず急いで中に入ると寝室ではなく真っ暗な空間で本当に部屋なのかわからない程に暗く、歩く音もしない場所となっていた。
「これは…一体…」
「これは…亜空間ですね。これほどの濃い魔力の空間は私も初めてです」
魔法使いも入ると扉が閉められ本当の真っ暗闇の空間になった。
そして目の前にいくつもの記憶の映像が映し出されては消えていった。
それは巻き戻り前に彼が脳裏を過った光景もあった。
「まさか…君は全て…」
彼はここでネメシアが全ての記憶を持っている事に気付くとあの虚無の目も頷けた。
(記憶を持つのは私だけではなかった…)
なんとなくでも感じていた事が現実となった今では彼女ともっと話したかったと思ったが既にそれは叶わぬ思いだった。
「可哀想に…こんなになるまで…酷い人達ですね…これは彼女がずっと声に出せないでいた悲鳴そのものですよ。普通なら狂ってます…」
「…」
魔法使いはあまりにも酷い仕打ちに胸が痛みつつも彼女の想いを正確に読み取りながらこの空間の説明を始めた。
それによるとこの空間は彼女の想いがそのまま魔力に反映されて出来上がった空間でここは彼女自身と言っても過言ではないと話すとディアンドロはやるせない表情になっていた。
「彼女がこの空間の主なら貴方達が鍵を開けられなかったのは彼女からの明確な拒絶でしょうね…『近寄るな、そっとしておけ…』解錠の時に私にはそう聞こえました」
それは明確な拒絶…この一言は彼にとって現実味を帯びたもう埋めることの出来ない溝と対峙してる気分だった。
「私も彼女に心を寄せようとしたのだ。だが何故かいつも誰かに操られる様に言葉や態度は違っていていつの間にか彼女の姉君ばかりを優遇している私がいるんだ…」
まるで懺悔をするように彼は少しずつ今までの違和感を吐露すると話が進むにつれて魔法使いは眉を寄せていた。
「それは傀儡では?」
「傀儡だと?しかし彼女の周りには…それに帰宅すると元に戻るんだが」
「では範囲が限定されていると言う可能性もありますよね。傀儡は直接彼女を恨まずとも貴方の家や彼女の家を妬んだりしても依頼はされますよ。何方か心当たりは?」
傀儡は人を操る精神干渉の魔法で魅了もその一つなのだがその多くはハニートラップ等が多く敵の多い家ならわからなくもないがベルトリーノ家は微妙で多少はいてもこのように貶める程に恨む者はいないと思えた。
そしてディアンドロが今までを思い返しても操られる程に恨まれるような事はしてないので不思議に思った。
「今思い返しても特にない。私の家は出来るだけ敵を作らない様に人は選んでいるから。彼女の家も特に変わった様子はなかった筈だ」
それは過去に何代目かの当主が恨まれて面倒な事になっておりその時に助けてくれたのがヴァイゼルフ伯爵家で、それ以降は流石に懲りたのか代々子孫達には誠実であることを教えて皆が心掛けて来たので今では家を狙う者は伯爵家以降の家格くらいだが彼等に会うことがほぼないのと婚約者が決まっていた事で調べても特に何も出て来てなかった。
「そうですか…」
「この際だから教えて欲しいのだが…巻き戻りってあるのか?」
彼が尋ねると魔法使いは更に眉を寄せた。
「巻き戻り?禁止されている時間魔法にはそういったものもあります」
「俺は何度も体験してるんだ」
「それは誰かが禁術を何度も行っていると言う事ですか?」
「確かにそうなるか…実はな…」
彼は今までの事を話すと話が進むに連れて魔法使いには疑問が生まれたがもう少し情報が欲しかったので最後まで黙って聞くことにした。
「…そして彼女は必ず初夜になるとこのような行動を起こしてるんだ」
「…ではこの方は余程貴方の子を産みたくなかったのでしょうね。
逃げ出せずここまで酷い仕打ちを受けるなら誰でも嫌だとは思いますし自業自得では?」
流石に忖度なく言われると彼も傷付いた。
「私も確かにそう思うが…少しでも彼女の負担を減らしたくて何とか変更をしようとするんだが姉の方は両親が認めないんだ」
「では寄り添う努力をするべきでしたね。こうなっては元には戻れないでしょう」
「彼女はどうなるのだ?」
「このままですと世界から消滅するでしょうね。それが彼女の願いのようですし」
「…」
魔法使いはやるせない表情になった。
例え自分の意思ではなくとも彼女が世界を拒絶する程に傷付けてしまったなら自分はかなり罪深いと感じてもこうなった以上はどうすることも出来なかった。
「しかし妙ですね…もし巻き戻りが彼女の影響なら彼女が居なくなってからすぐに巻き戻る筈ですが…そうでないとすると彼女はキッカケにすぎず原因は他にあるのではないでしょうか?そうでなければ説明が付きませんよ」
話を分析しながら口にした魔法使いの疑問にディアンドロもここで初めて引っ掛かった。
確かにここまで自分を拒絶して最後は『やっと解放された』とまで言っておいてまた巻き戻り、地獄を味わいたいと思うだろうか…やり直すとしてもその限度は超えている事に思い至ると原因は別に感じられた。
「その原因を探らないとまた巻き戻ると言う事だろうか」
「恐らくは」
二人は話しながら観察して、この空間はどうにも出来ないとわかると取り敢えず外に出ることにした。
「出口はどっちだ?」
振り返ってみたが後ろも闇で出口がわからず彼は思わず「出口」と口にすると一瞬で外に出られたが扉はバタンと乱暴に閉ざされまた開かなくなった。
「これが彼女の意思なら間違いありませんね。原因は他にあると言うことになります」
「…俺はここまで嫌われていたんだな…」
「どのような理由でも、どれだけ思ってもあんな態度を取られて貴方なら平気なのですか?」
「…」
またもや魔法使いの忖度のない指摘に彼も彼女の立場なら確かに当然の事に思えた。
「…そうだな…」
その後はまた彼女の実家に訃報を告げた。
彼女の両親はまた娘が自害した事でその空間を見たいと申し出たので寝室へと案内した。
この時には扉がすぐに開き何事もなかったようにベッドがあるだけだった。
そして彼女の私物を見ると彼女が手にした物のみがまた消えていた。
それはまるで彼等がいる世界を拒絶するような行動にも見えて彼はもし次があるなら今度こそ婚約を止めようと思った。
その後はまたオーロラと結婚することになり彼女は彼に寄り添い幸せそうにしていた。
彼も彼女に寄り添いはしたが己の罪悪感からは逃れられず何処か余所余所しい時があり彼女を不安にさせる事があったが彼は基本的に優しいのでまた彼女も気にしなくなっていた。
ここまでお読み頂き有難うございます。
ディアンドロさんがネメシアさんの記憶に気付きましたけれど、これだけではまだ巻き戻りの謎は解けません。一体この地獄のような繰り返しは何処まで続くのか…見届けて頂けると嬉しいです。
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