11
ネメシアが完全にこの世から消えた事を確認すると小鳥は動いた。
ピィィィィーーーーーー!
小鳥とは思えない程の高く鋭い鳴き声が邸中に響き渡ると当事者達は気絶した。
この時、オーロラには黒い何かが纏わり付き彼女を覆った。
それはずっと妹のネメシアが受け続けていたある特殊な呪いだった。
目覚めたオーロラはこの時は特に体の変化は何も無かったのだが、なんとなくでも周りが一変したような気がしていてそれが漠然とした感覚でも少し不安になっていた。
それが少しずつ実感として現れたのは不安が薄れて妹の事も気にしなくなった頃からだった。
特に彼女が社交等で人前に出る時にはやたら人からの妙な視線を感じて不安定になった。
それは今までネメシアがオーロラや両親から無視され堪えていた視線と体が弱くなっても強制で社交の場に出された頃に感じていた周囲からの嘲笑や蔑みの視線だった。
ネメシアは家族の事は諦めてもこの他人の視線には毅然とした態度で払拭していたが、オーロラはそれが出来ず、更にネメシアが身内から受けていた視線や態度も全て纏めたように他人から受けていて戸惑い恐怖した。
更に困惑したのがあれだけ甘かった両親の態度が何故か急に厳しくなると躾も同様に厳しくなり婚約者のディアンドロも以前の甘かった何かが抜けた様になっていた。
ディアンドロはやっと自由になれたと感じると今までネメシアに何も出来なかった憂さ晴らしの如くオーロラにはネメシアこうだった等と指摘を始めて彼女は急激な変化に頭と心が付いて行けず次第に居心地が悪くなっていた。
(何故?何故急に皆が冷たくなるの?あんまりよ…以前はあんなに優しかったのに…)
彼女は答えの出ない自問自答を始めて情緒不安定になると使用人達に対して癇癪を起こしたりしていたがすぐに両親に諭されて更に厳しく教育されるようになった。
これは当然の事で以前のように病弱ですぐに倒れる事のない健康的な体を手に入れた事によりそれなりの責任が発生していたからで今まで都合良く逃げ出していた事もやる必要が出て来たからやるしかないという只それだけのこと事だった。
しかし今まで甘い蜜を吸い続けすぎた彼女にはその味は簡単に忘れられるものではなく、ただ周囲の変化に戸惑い、どうしようもない想いを抱えながらディアンドロと結婚する事になった。
(これでやっと元に戻れる…以前のように幸せになれるわよね)
オーロラは呑気にこんな事を考えていたが現実はそんなに甘くはなかった。
彼はネメシアを忘れる事がなくオーロラの巻き戻りの記憶の頃の様に甘やかしてくれず冷たい態度のままだった。
この時のオーロラはまたもや肝心な事を忘れていて今は甘やかされた当時と違い健康なのでそれなりの対応が求められる様になっていたがこの時も甘い考えしか持ち合わせていないのでそこに気付く事がなかった。
彼女はあれだけ憧れた健康体になった事で今までのツケが回っていた事の意味がわからず冷め始めた夫婦仲に辛くなった。
「ねぇ、何故私に冷たくするの?あの子が居ても貴方は私を選んでくれたじゃない。
私が病がちな時は特にとても良くしてくれたわよね?当時は特にあの子より私を優遇してくれたのは覚えてるかしら。
今も貴方が私を選んでくれてとても嬉しいのに何故なの?」
「え?そんな事もわからないのか?」
動けなくても自分の事をやろうと努力する病人に優しくするのは当然なのだが彼女は弱る妹に対して冷たかった彼を見てるのでその辺りに気付かず、そんな彼女を見て彼は呆れた。
「…私は今だからこそ話せるけど…この結婚を破棄したいと思ってる。だから未だに初夜はしてないだろう?」
彼は今回ネメシアが居なくなってからもう巻き戻らないなら…と結婚前から決めたのはオーロラと結婚した後の事だった。
何度もやり直しては試したがネメシアが居なくなってからオーロラと結婚して始めて彼はほぼ完全に自由な言動を取ることが出来ていたのを執念に近いもので突き止めていた。
だから彼はオーロラと結婚するしかないなら出来るだけ距離を取ったり等と試していたが今回は養子を取る事にしていた。
「そんな…」
今回は彼女も誤算ばかりで今までとは違う展開に戸惑い思わず涙が溢れた。
「君は幸せを得た分だけネメシアは絶望を得たんだよ。以前の巻き戻りで偶然彼女の心の空間を垣間見る事が出来たんだ。
アレを見て彼女はどうにもならない状況でよく堪えていたと思えたよ」
「あの子はそれを話せば良かったんじゃないかしら?居なくなってまで縛るなんて…」
彼女の話にも一理あるとも思ったが自分は行動を制限されて何も出來なかったのでネメシアもそうならと考えるとオーロラの何気ないこの言葉が冷たくも思えた。
「彼女は縛ってないよ。当時の私は彼女からの激しい拒絶でその空間に入れて貰えなかったんだ。でもなんとかしたい一心で力の強い魔法使いを呼んでやっと扉が開いて偶然覗き見る事が出来たんだよ…」
「…」
そして今回も含めてネメシアから彼への感謝はされても踏み込むことは許されなかった話をするとオーロラもそれ以上の言葉が出なくなった。
「今回は特にそれを明確にしてたよね。彼女の魔力が籠もる場所の物は全てが消えていて家具すらも許さなかった。私と結婚した時には必ず身に着けたドレスも消えていたんだよ。
その理由は君も聞いていたでしょ。私はあの時に彼女のやるせない本音が聞けて私の中で疑問が深まったんだ。
そして確信したんだ。彼女の無念は自害した時に全てを消すことで失くなっていたんだよ。それが彼女の悲しい唯一の望みだった。だから巻き戻りの記憶で彼女の事だけが不明瞭だったんだ。
恐らくだけど魔力の存在が記憶に影響してると思うとこれも納得出来た。
そこまでしておいて何故かまた巻き戻ると彼女は再び絶望してその思考は狂っていったようだった。
私も想像を超える程の絶望を彼女は一人で堪えていたんだよ。そこまでしていたのに全てを終わらせて態々辛い事をやり直すと思うかい?君は一体あの子に何をしたのかな」
明確に提示された疑問に彼女は戸惑った。
それは『お前が何かしてないとおかしい』と告げていたが彼女に心当たりはなかった。
「私は何もしてません」
「本当に?私にはどうしても腑に落ちない点があるんだよ」
「何を言われても私は何もしてないわよ!」
『そうだなこの女性は何もしてないな』
突然第三者の声が頭に響いた。
『この女性は意図的には何もしてないが無意識でしていたんだ』
「やはりか…」
彼が彼女を見ると彼女は違うと必死に首を振って否定した。
『初めは君と一緒になるあの子が妬ましい。この想いから始まった』
この一言で彼女は気不味そうにして俯いた。
『それは強い呪いとなってあの子に少しずつ纏わり付いたんだ。それからがあの子の地獄の始まった。
君達は政略結婚で決められたのにそこの女性はその責務を理解せずただあの子への妬みを増幅させていたんだよ。
人の想いは時として人の人生さえも狂わせる事もあるのだけどこの女性はそれを知らず幼子の様にただひたすら妹を妬み続け、そして想いは強くなるとこの女性が幸せを感じた時に呪いの力の反動として巻き戻った』
「そんな事が…」
彼は俄に信じられず眉を寄せた。
『無意識の領域での強すぎる想いは魔力が強ければそれだけの力がある。この娘はそれだけ力も強くて君が好きだったんだ。
結果は君の知る通り。君はこの娘の望むままに優しい人を演じるしかなくなった。これは彼女の両親もそうだな。ただ君の家族だけはこの女性と会うことがなかった事で縁が薄かったから影響を受けなかったんだよ』
そこで過去を思い返すと確かに思い当たる節があり姿の見えない声の話に納得して頷いた。
「確かに俺の弟は結婚式で会っただけだし両親は結婚式以外でオーロラに会ったのは両家の顔合わせの一度くらいしかなかったと思う…その他は嫌っていたのもあったとは思うけどそれでも何故かあまり会おうともしなかった」
『君の両親は君の異変に気付いて毎回魔法使いから指示を受けていたんだ。
ご令息は誰かに操られている。自分でも解呪は無理だから出来るだけいざと言う時に助けられる様にご令息の周りの者達とは関わるな。これだけ話していたそうだ。
取り敢えず君の婚約者にしたあの子だけを呼び寄せて魔法使いに会わせて調べるとあの子は白だとわかったから密かにあの子には会ってもそこの女性には会うことはなかったんだ。
当時の君の態度はあからさまだったし異変に気付く者は気付いていたと言うことだな』
「…なるほど」
彼が納得する姿に彼女は不安を感じた。
「ねぇ、貴方はこんな…姿の見えない怪しい声を信じられるの?」
彼には出来るだけ信じて欲しくなかった。
それは彼の口から『君の傲慢にも思える言動が引き起こした悲劇だ』と言われそうな気がして怖くなっていた。
「怪しい声か…確かに怪しいね。でも今までずっと感じていた答えがこれなら俺も合点がいく事が多すぎるから納得も出来るんだ」
彼女を見ながら話す彼の目は何とも言えない複雑な心境で揺れていた。
「前にも話したけど君の話を聞くとネメシアが儚くなった時に巻き戻ってないと説明が付かないんだよ。これは魔法使いにも尋ねて同様の答えだった。
でも実際には君が結婚してから暫くして巻き戻った…その答えがこれなら筋も通るし理解も出来る」
『この女性には君達との縁を切ったあの子に掛けられた呪いを返しておいた。そしてあの子は二度と君達の前に現れないだろうね』
「それはどう言うことだ?」
大好きな人と二度と会えないとなると流石にショックが大きかったが、まず詳細を尋ねてみないことには何も出来ないと感じて少し食い気味で尋ねていた。
『あの子の意思は君達も聞いた筈だよ。私はそれを叶えたまで。あの子は巻き戻りを繰り返している間に膨大な魔力を有してそれは人の域を超えてしまったから今ではこの世界では特別な存在へと変化してしまったんだ。
だからこのまま人でいることを放置する事も無視する事も出来なくなってしまったから望みの通り縁を切らせたんだ。君はあの子の部屋を見て何も思わなかったのかい?』
淡々と語られる内容では何も出来そうになくて肩を落とした。
「…彼女の存在そのものが消えた様な気がして何か心にも穴が空いた気がする。ちょっと待て…まさか…君はあの時の精霊か?」
『…君は凄いね…そうだよ。話は戻るけど、その穴があの子が存在していた証拠だけどその内にその想いも消えるだろう。
それが彼女の悲しい願いだったからね。
本来、人の子はこの世界に祝福される筈なのだがたまに誰かの強い欲により捻じ曲げられる存在へと変わる者がいる。それがあの子だった。
本来あるべき者ではないのだが、そこの女性が捻じ曲げたのだ。こうなると世界そのものが歪むからあの子は回収した。
ここまで歪んでしまうとその女性はもう後戻りは出来ないから今回は私が介入した事で今後は巻き戻る事はないが今までの行いを無かった事にも出来ないからね。
それについてはそこの女性に全て返しておいたから今度は君があの子の想いを体感しなさい。
ただ、あの子のために出来る限り動こうと足掻いていた君はそれが浄化されているから特に何も無い筈だよ』
まさかと思った事がそのまさかで驚いたが、まずは言われた通りに自分の体調を確認すると確かに特に何も感じないので不思議に思ったが足掻いていいなら足掻く事にした。
「確かに今は操られる感覚もないし頭もすっきりしてる…でもネメシアの事だけは忘れさせないで欲しい。俺は彼女が好きだからずっと覚えておきたいんだ」
「うーん…それはあの子がどうするかだねぇ」
流石にネメシアの話となると個人の意思が必要になるのでここでは言葉を濁していた。
「では頼んで欲しい。彼女との記憶だけはどんなものでも失いたくない…彼女を抱きしめた記憶は特に残して欲しい」
『…なんだろう…君はなんだか嫌がられそうだね…私も少し気持ち悪いよ…』
妙な方向に熱意がありすぎて精霊は思いっきり引いていた。
「そんな…そこをなんとか頼む!それか私を彼女の元に連れて行って欲しい」
『…それについては…一応は頼んでおく…』
「絶対だぞ!記憶が残るようにちゃんとメモに残しておくからな!」
『わ、わかった…』
精霊の声は彼の本気で戸惑いを見せながら面倒臭そうにしていたが彼は必死だった。
「そんな大変な事になるなら…知ってたら私も気を付けてたわ」
それまで大人しかったオーロラは彼がネメシアの事ばかり話すので堪えられず話しに割り込んで阻止しようとした。
『君は巻き戻ることで何度もチャンスを貰っておきながら人を貶める事で幸せを味わってきた事を忘れてはならない。
その時に本当は自分の苦しみも味わいながら妹にも優しく接して妬むことなく慈しむ筈だった。
それが君の成長にも繋がる事になるから世界は君を見守っていたんだ。
だが世界は慾に負けた君に失望してその身代わりとなったあの子を選んだ事で君の役目は終わると巻き戻る程に強かった想いの力も弱まったんだ』
「そ、そんな…」
声は先程の戸惑いとは違いオーロラには厳しいものへと変わっていた。
ここまで読んでくださって有り難うございます。
巻き戻りがやはりオーロラと関係がありましたけどまかさの呪い…このまま終わるのか…もう少しお付き合い頂けると有り難いです。
☆の評価も宜しくお願いします。




