私だけザマァされるのはおかしいです!
少し流血表現があります。
苦手な方はご遠慮ください。
誤字報告本当にありがとうございます。
「メグ!騎士訓練と称して男漁りしていたとは!婚約破棄だ!二度とその姿を見せるなよ!」
そう言い放ったのは私の婚約者のダニエル。公爵家長男の彼の誕生日パーティーの最中、私はメイク直しをして会場に帰ってきたときだった。
それまで楽しくお喋りしていた友人たちがピタッと口を噤んだ。壇上の彼とその段差のひとつ下にいる私に注がれる全員の視線。気がつけば彼の傍らに宝石をゴテゴテにつけた女。どこかで見たことがあるような…。
ほほう。そうかそうか。
あの女。私と同じ訓練生のメアリーだ。彼女はあんな宝石をつけれるような財産を持った家柄ではないはず。ということは、ダニエルが贈ったのだろう。
私の場合、こういう状況になると裏切られた悲しみよりも、好奇心と興奮が勝るらしい。
ドレスの柄や色、宝飾品のデザインを見つめて、その意味を考えてしまった。
「訓練生を取っ替え引っ替え誘惑して、なんて恥ずかしい女!次期公爵様の前からはやく消えなさい!」
私が黙っていたからか、浮気が事実だと言わんばかりに罵ってくる。
まるでダニエルの本当のパートナーのように手を絡ませている。
これが最近巷で流行りの断罪劇か。まさかお芝居を現実に持ってくる奴がいたなんて。
どうしたものかと考えていると、ヒソヒソと友人たちの話す声が聞こえてきた。
―メグ部隊があるって噂よ
―殿方を囲っていたってこと?
―殿方と一緒に騎士訓練なんてあるはずないと思ってたのよ
―お茶会を断って殿方と歩いてたって聞いたわ
はぁ?????
メグ部隊、確かにあるがそれは私専用の教師たちの別名だ。
名前だけ一人歩きしているらしい。
お茶会だって行きたかった。甘いお菓子と相性の良いお茶を頂きながら、楽しくおしゃべりしたかった。
お茶会の時間は騎士訓練に当てられ、訓練生と話すしかなかった。最近どう?と聞いたところで、男どもはやれ上腕二頭筋がどうのとか、ハムストリングがどうのとか筋肉の話題しかでない。
可愛いものに囲まれたいとずっと我慢してきたのに、彼女たちの囁きでカチンときた。
私は元々短気な方だ。小さい頃は考えるよりも早く手が出るような子だった。
でも、小さい頃から王妃の側近として相応しいようにと、マナーや学問はもちろん護衛もできるようにと人一倍しごかれてきた。
悠々自適に遊ぶ時間は皆無。分刻みでスケジューリングされた科目を日々こなし、騎士訓練だって性別関係なく同じカリキュラム。
同年代の令嬢はアフタヌーンティーに勤しんでいるというのに、私は勉強、勉強、武芸、武芸。
頑張った結果がこれか。
最初の興奮はどこへやらで、怒りが沸々と湧いてきた。
しかし淑女として貴族然とした姿勢を保ち、スンッと心を閉じ込める。
会場の空気は冷たく私を庇ってくれる勇気ある者はいない。
それはそうだろう。将来的にはダニエルの身分が一番上だ。
もし私に味方すれば、どんな処罰をさせられるかわからない。
それならここを去るしかない。泣いても喚いても見苦しいだけだ。だけど腹が立つ。
「ごきげんよう、ダニエル」
それだけ言って出口に向かおうと、くるりと踵を返すと皆が静かに道を開けてくれた。
誕生日パーティーには、ダニエルと私の騎士訓練生の同期たちとその婚約者や血縁者ばかり。
昔から見知った顔ばかりが私を軽蔑の目で見る。
感情的にならないように必死に繕うけども、これは無理だ。
何で私だけがこんなに惨めにならなければいけないんだ。
騎士訓練で取っ替え引っ替えしてたなら、私がここにいる男全員と何かしたとでも言うのだろうか。
せっかくなら、みんな惨めにしてやろう。
「キャサリンごきげんよう、リチャードはね、お尻の近くにホクロがあるのよ」
ちょうど近くにいたキャサリン嬢に囁くと、彼女は青ざめて婚約者のリチャードを見る。
リチャードは慌てて「違うんだっあれは事故で!」と叫んだ。
不貞を認めたとも取れる発言。
婚約者に泣かれて親族に詰められ、かわいそうな口下手なリチャード。
実のところ、訓練でベルトが切れてズボンが下がって見えてしまっただたけだ。
一歩進むとまたちょうどいい所に同期の婚約者のご令嬢が。
「サマンサ知ってる?ジェームスはね、アレが立派なの」
私が囁くと、彼女はカッと顔が赤くなってジェームスに平手を食らわせた。さすが戦場最前線の地域の辺境伯の娘、頼もしい。
卑猥な話ではない。筋骨隆々だからそう言っただけ。
「メグっ!お前!うぐっ…!」
ジェームスは私に殴りかかろうとするが、今度はサマンサの兄に止められて顔面をグーで殴られた。
私はジェームスよりも家柄が良い。気軽にメグと呼んだ事で誤解が加速したようだ。
「貴様、妹をコケにしやがって!許さんぞっ!」
悲鳴にも似た怒号を上げたサマンサの兄。怒りは収まらず、ジェームスに飛びかかった。
周りにいた男たちは必死に止めようとするが叶わない。
みるみるうちに乱闘が始まり、止めようとする者、負傷する者、恐怖で叫ぶ者、会場は混乱に陥った。
上流階級とは思えない野太い声の怒号が飛び交い、高級ワインが宙を舞い、グラスが砕けダイヤモンドダストのように煌めいている。
私はそんな会場を背に、一歩一歩と確実に進んでいく。
ダニエルとメアリーは狼狽えるばかりで、止める術がわからないようだ。壇上で二人してひきつった顔でくっついている。
途中、私に殴りかかろうとした者もいたが、近くにいた令嬢を盾にし難を逃れた。
ドレス姿で殴られ鼻血を出すご令嬢なんてこの先もう二度と見ることは出来ないだろう。
彼女はすぐに救護されると思いきや、敵国万歳と叫んでネックレスの先についた黒い小瓶の中身を飲み干し意識を手放した。
混乱に次ぐ混乱。
澄ました顔で会場を後にし帰路につき、速やかに父上に報告をした。
東の公爵こと父上は怒った。私ではなくダニエルに。
東は我が家が、西はダニエルの父上が領地を治め、今回の婚約は国の安寧を強化するためのものだった。
勿論、縁談は破談。調査の結果、私は潔白だと証明された。
あのパーティーに参加した貴族たちは全員、一定期間の自宅謹慎を言い渡された。人数が多すぎて、処罰するには政治に影響がありすぎると判断されたからだ。
処罰といいつつ、その間に読書したり自然に触れたり良い休暇になった。
その間のこと。驚いたことに、キャサリンとサマンサから嬉しい手紙が届いた。
それぞれ婚約者と誤解が解けた後に、お互いを愛していると強く自覚したそうで、予定よりも早く結婚することが決まったので、仲人として結婚式に来てほしいと。
ありがたく大役を務めさせて頂いた。どちらの式も愛に満ちていて素晴らしかった。愛の無い結婚が多かった中、他の貴族たちも触発されたらしく自由恋愛を求める機運が高まった。
一方、ダニエルとメアリーは嘘で混乱を招いたとして貴族の身分を剥奪され、下働きとして城内で働くことが決まったらしい。
食うに困らないようにとダニエルの父上の温情だった。
しかし、ダニエルはプライドが許さなかったらしく、城を飛び出て行方知れずになってしまった。
メアリーも城の下女として、日々洗い物を頑張ってくれているらしい。
私とは生活圏が違いすぎて顔を合わせる事は無くなったけれど、メアリーには気をつけろと男性騎士の間で情報共有がなされている。その名前を聞くたび、苦い思い出が蘇るのと安堵と複雑な気分になる。
女王陛下の自室で、彼女の世話をしながら忙しい日々を送る。
陛下は温厚で可愛いものが好きで趣味が合う。
これ程良い職場は、他には無いだろう。
そろそろ結婚したら、なんて縁談を勧められたけど手をこまねいている。
お読み下りありがとうございました。