9.無力に罰
〈登場人物紹介〉
【ダークサイド】
・命水海
ダークサイドで親に虐げられていたが、双子の兄であるカイを殺し反ヒーロー組織のプレイグへと加入した。秀良高校一年生。
・十牙黒
親をヒーローに殺されプレイグを設立した。ダークサイドでパワーは「満月狼」。秀良高校一年生。
・氷室青葉
プレイグのメンバーで天才的な頭脳を持つ。パワーは「封印」。秀良高校一年生。
・柊刹那
プレイグのメンバーで時間停止能力「時間殺し」の使い手。両親は大犯罪を犯し亡くなっている。秀良高校一年生。
・麻布莉黒
黒の幼馴染で小柄な少年。人懐っこい。プレイグのメンバーで秀良高校一年生。
・悪夕定芽
プレイグの武闘派で、機械音声にホッケーマスクの謎多い人物。
・本田知花
プレイグの頭脳で本業は社畜エンジニア。二児の母でもある25歳。
・輪命
人形を操り戦う「踊レ人形劇」のパワーを持つ12歳。元は命華共和国から攫われてきた子供。
・嬲蛇カルラ
第一級犯罪人であり巨大反ヒーロー組織カルネージのトップ。プレイグと協力関係を結ぶ。
・名愛結衣
秀良高校一年に潜入していたが正体は秀良高校三年生でカルラの妹である嬲蛇空破。現在失踪中。
【ヒーローサイド】
・吹雪澪
海の幼馴染で秀良高校一年生。飯島に洗脳される。「氷」のパワーを持つ。
・津田ほのか
演劇部で海の兄、カイに想いを寄せていた。何者かによって殺害される。秀良高校一年生。
・天美六花
プレイグへ対抗するためイグニスを創設した張本人。口癖は「ダークサイドは皆殺し」で、ヒーロー連盟会長の娘。秀良高校一年生。
・毒島月夜
黒の幼馴染だったが突然黒のもとを去ってしまう。現在イグニスに所属する秀良高校一年生。
・諸羽つるぎ
友人の津田の殺害に疑いを持ち、イグニスに入って真相を探っている。秀良高校一年生。
・大音和音
イグニスの平和主義者だったが海によって殺される。秀良高校一年生。
・飯島暁
秀良高校二年生の生徒会長。「洗脳」のパワーをを使いイグニスを実質的に支配する。
・走間アザミ
秀良高校一年生として入学してきたが、20年前の秀良高校名簿に載っている。かなりの手練れでありイグニスに所属する謎多き人物。
第九話 無力に罰
「…ユートピアワールドにいる、四英傑の一人、夢川遊楽を殺すんだ。」
夢川遊楽はユートピアワールドの創設者の子孫である夢川家の当主として、ユートピアワールド内の治安管理と統率を行っている男。
ユートピアワールドは今、様々な企業の競争で盛り上がりを見せている。四英傑くらいの実力者くらいじゃないと統率なんてできやしないし、だからこそそう簡単に夢川を殺すことなんてできないんじゃ。
「そう簡単に夢川を殺せない、と君達は思っているね。」
こくり、と私達はうなずく。
そんな一筋縄に行く話だったら、四英傑なんて神格化されないしね。
…四英傑。
この国を守るヒーロー連盟。
性根の腐りきったヒーロー至上主義者が蔓延している連盟だが、国家の警察機関としての機能は本物だ。
そして、四英傑はそんなヒーロー連盟の現役で頂点に立つ最強の4人。
ユートピアワールドの夢川遊楽。
虫の使い手、羽田悠二。
17歳にしてヒーロー連盟で活躍する玉使い、玉堂環。
そして、もう一人、闇森咲夜。
確か2年前、不慮の事故で亡くなったとかで、四英傑は今一つの枠が欠番になっている。
…この国の均衡を保つ四英傑の1人を殺すだなんて、全戦力をぶつけてやっと確実に勝てるくらいの実力差。
「そうだね。僕等の実力がどの程度かわからない今、普通に戦うのは難しい。
だから、ユートピアワールドに爆破予告を出して夢川をおびき出す。」
クロが成る程というようにうなずく。
「夢川は自分でそのたくらみを止め、市民を守ろうとする。その混乱の隙を狙って殺す、ということですね。」
「ありがとう、十牙君。その通りだ。
そこで爆破の具体的な計画なのだけれど、これを見てくれるかな。」
知花さんが図面をスクリーンに映して指揮棒を伸ばす。
「えぇと、まず最初に、ここ。爆弾を仕掛けターゲットをおびき出す、ユートピアワールド最大級の遊園地、『ドーマント・バニー』です。次に、これがカルネージ幹部が社長として経営している遊園地、『アルプトラーム』です。この遊園地の地下にカルネージ所有の隠れ家が存在しているので、ここを拠点とし当日は動きます。」
アルプトラーム、今話題になってるダークな雰囲気が売りのお化け屋敷遊園地だけど、あれカルネージの所有だったんだ。第一級犯罪組織レベルとなるとやっぱり規模が違うな。
「まず青葉君が爆破計画日の前日にアルプトラームに入り大量の武器と爆薬、そして設置班と刹那さんを隠れ家へ運び込みます。青葉君はそのまま一般客のふりをして観光した後隠れ家にて設置班と待機。そして、待機していた設置班は12時に爆薬を持ち、地下道を通ってドーマント・バニーの地下まで到達します。全員がそれぞれの持場に入ったら、隠れ家にいる刹那さんが時間を10分間停止。指定場所に設置班が爆弾を置き終えたら地下道へと帰って一夜を明かします。」
なるほど、私と青葉の能力メインで爆弾設置を行うのか。設置班は、えーと、海とリグのコンビ、アンルと裏紅、後はカルネージの構成員の人達だね。
「そして当日、設置班は起きたら二手に分かれます。まず莉黒君、海君を筆頭とした6ペアは遊園地のスタッフになりすましてアルプトラームから出て、そのまま一般客のフリをしてユートピアワールド内の各自の配置エリアを徘徊してください。
一縷君と裏紅さん達残りの6ペアはアルプトラームに残って、指示があるまで客のふりをして待機していてください。
暗殺班。当日は10時からカルネージ側が100人の戦闘部隊をドーマントバニー内に突撃させるそうで、混乱が生じます。そこで、黒君と輪命は先にドーマントバニー内に侵入、爆弾に付属されている輪命の人形の目を借りて監視をお願いします。そして突撃開始後は人形や司令からのからの情報を頼りに夢川を探してください。見つかり次第指示を出します。
「そして、定芽さんは当日アルプトラームへ入り青葉君と合流。その後、カルネージ暗殺部隊100人と一緒に青葉君の封印を受ける事。刹那さんが時間を止め夢川に一般人を装った青葉君が近づき、そして封印を解除して殺す、という算段になります。」
あ、と嬲陀さんは最後に付け加えた。
「これから戦闘も増えていくだろう。カルネージのセーフハウスを教えるから、もし何かあったらそこを活用してくれ。合言葉を忘れずにね。」
会議が終わったあと、みんなは難しそうな顔をしていた。
やっぱり、四英傑。
暗殺計画の格が違うな。
薄暗い部屋に暖炉の炎だけが灯っている。
「未来ある若い少年達の絶望…」
安楽椅子をゆらゆらと揺らし、男は暖炉に何かを入れた。
パチパチ、と火が揺れる。
火の中からコロ、と何かが落ちた。
…人骨。
「それは一番のエネルギーだと、君は思わないかね?」
男はこちらに向き直り、ずり落ちてきた眼鏡をかけなおし微笑みかける。
「…そうですか。」
男は気にせず続ける。
「君はここに来る時に必ずためらった。
君の兄を、家族同然と思っていた人たちを裏切ることをね。」
そんなはずがない。
私はもうあそこに戻るつもりはない。
それに裏切ったのは向こうのほうだ。
「…全部捨てた。」
初老の男は何も言わずににこりと笑う。
優しさの全くこもっていない、氷のような笑みで笑う。
「あたしは、全部捨てて、母さんを苦しめた奴らに復讐するために、ここに来た。」
握りこぶしに力が入る。
怒りは湧き水のように絶え間なく私の中に流れ込んでくる。
男は嗤った。
「いいねぇ、君。
…君のような実力ある子を見るのは久しぶりだしねぇ。」
男は立ち上がって、腕を組み部屋を歩き回る。
しばらくして男は口を開いた。
「いいよ、幹部への昇進の件、受理しよう!
改めてよろしくね、嬲陀空破くん。」
男はそういって部屋を出て行った。
「ふふふっ…あはははっ!!!
待っててね、兄さん!!」
暖炉の火はもう消えかかっていた。
「アタシが救ってあげるから!!!」
…もしかして、また君のせいで人が死んじゃったんじゃ?
ふと気づくと薄暗い空間の中に立っている。
カイはすーっと何かをすり抜けて行く。
うるさい、うるさい!!
俺はカイを振り払おうとした。
…そこは、誰もいない墓地だった。
そこで俺ははっと意識を取り戻した。
大音が死んでから今日で一か月がたつ。
ユートピアワールドの計画を聞いてから、俺はこの一ヶ月戦闘訓練を受けた。
が、俺にはあまり戦闘の適性がないらしく、あまり上達を感じられない。
…まあ、躱すのだけはなかなか上手いと黒に褒められたので、自分の身を守るためにそこは磨こうと思う。
そして、悪夢。カイが死んだときから悪夢続きだったが、今回は酷い。
カイが夜な夜な夢に出てきては、自分が一番聞きたくない言葉を掛けてくる。
「諸羽が死んだら、俺は本当に人殺しじゃないか…!」
カイが死んだときにできた謎のアザ。
津田が死んだとき以来ずっと忘れていたが、この一ヶ月間はずっと痛みが止まらない。
諸羽が俺のことを見限って俺に返信をしていないのならそれでいいのだが、諸羽からの連絡は一度も来たことがない。
最近は前まで来ていた一週間に一回の澪からの連絡も途絶えているから、秀良に何かがあった可能性が高い。
…とりあえず、家まで行ってみるか?
「莉黒、輪命ちゃん、ついてきてくれてありがとう。」
「いやぁ、一度行ってみたかったんだよねー!!ハピネスシティ!!」
別に何か主だった観光名所があるわけじゃないし、別にいい思い出ばっかりではないが、地元をそんな風に言ってもらえると嬉しい気持ちもある。
「…ハピネスアップルタルト、買って帰りたい。」
「はいはーい!帰りに一緒に買いに行こうねー!!」
そういいながら俺らは目的地である俺の実家へと向かった。
チャイムを押すため家の前に立とうとしたが、輪命ちゃんがその手を静止した。
「待って。殺気が見える。多分ここ、だいぶ危ない。」
そういって立ちはだかる輪命ちゃんの手は微かに震えていた。
「そうか…じゃあ、どうしようか。中を見たいだけなんだけど…。」
「それなら…」
輪命ちゃんがごそごそとカバンから可愛らしいフランス人形を出した。
「わたしの能力、使えるよ」
「行っておいで、メアリ」
ピンク色のドレスを纏った可愛らしい人形は、コクリと頷きてくてくと歩いていった。
輪命ちゃんの能力、「踊レ・人形劇」は自分の体の一部を縫い付けた人型のものを操ることができる能力。人間など生き物には効力がないが、その代わり人形などをかなり細かく動かすことができるらしい。視力を共有して遠隔操作も可能らしく、そのため輪命ちゃんは片目に眼帯をしている。
さて、お気に入り人形のメアリちゃんはそのまま窓の鍵を開けて家の中へとひょいっと入ってしまった。
俺たちはそれを少し離れた場所から見守る。
すると突然、家の中から爆発音が聞こえた。
「!?」
輪命ちゃんが「メアリ!!」と叫んだときにはもう人形が窓から粉々になって投げ捨てられていた。
そして扉から出てきたのは、諸羽つるぎだった。
俺は安心して、気を抜き諸羽に近づく。
「諸羽、良かった、生きてたんだな!」
諸羽は答えない。
「諸羽、諸羽?」
そして俺に近づいて、ポケットからナイフを抜いた。
諸羽の腰から血が滴り、地面に触れたその瞬間にその液体は銀色へと色を変えた。
「なっ…!?」
そして諸羽は生気のない目で俺を見て、ナイフを力づくで振りかざした。
俺は間合いを見て何とかナイフを躱す。
ここで戦闘訓練が活きるとは。
その後も立て続けにナイフ攻撃を躱す。
「全員、排除…。」
諸羽はそう呟きながらナイフをふらふらと振り回す。
これが例の「ゲルニカ」の効果なのか、と脳裏に天美の顔が過ぎる。
そして、澪の顔がふっと頭に浮かんだ。
…一瞬の隙。
それがいけなかった。
「海、危ない!!!!!!」
「ーーー、ーーー。」
諸羽が何かを口走ったかと思うと、莉黒の動きがくらっと崩れた。
ザシュッ。
気づいたときにはもう遅かった。
諸羽のナイフは、莉黒の脇腹を抉った。
「莉黒!?」
駆け寄ろうとする俺を静止し輪命ちゃんは大型人形を何処からか取り出した。
ぎーこ、ぎーこという音を立てて2メートル級の3体の木製人形が重々しく動き出す。
そして人形はその見た目にそぐわない俊敏な動きで諸羽を捕まえ縄で動きを封じた。
別の人形は莉黒を姫抱きし、最後の一体の人形は俺を肩に乗せ、走り出した。
「輪命ちゃん、何してっ…!」
「このくらいの傷なら何とかなる。…木製人形を持ってきていて良かった。とりあえず、カルネージのセーフハウスに連絡して助けてもらって。私は後か…ら…」
声が届かなくなる。
だんだんと輪命ちゃんの背中が遠ざかっていく。
木製人形は暫くすると糸が切れたように動かなくなってしまった。
「輪命ちゃんの身になにかあったのか…?」
急いで木製人形から這い出て、莉黒を抱き起こす。
「莉黒、莉黒!!…くそっ、意識がない。」
傷口を見ると、血とともに銀色の液が服から染み出していた。
「何なんだ…?」
なにかの毒かもしれない。
「…とりあえずこれ、傷口に巻いとくか」
俺は着ていたパーカーを傷口に巻き付けて体勢を整える。
「こいつが軽くて助かった。…輪命ちゃんの様子を見に行きたいけど、彼女は俺たちの身を案じて後から行くって言ってくれたんだ。」
ごめん、莉黒、輪命ちゃん。
助けられた俺だけ無事なんてかっこ悪い真似して、逃げるなんて。
「せめて、こいつの命は救わねぇと…!」
莉黒を背中におぶって俺は全速力で駆け出した。
「待ってろよ、莉黒!!
…今助けてやるから!」
…どのくらい走っただろうか。
俺達は地図の指し示す場所へとたどり着いた。
言われた場所は一見普通の一軒家で、表札には「安田」と書いてある。
間違っているのではないかと不安になって地図を何度も見返したが、やはりここで間違いなさそうだ。恐る恐るインターホンを押し事前に教えてもらっていた合言葉を口にして下がる。
中がセーフハウスなのと思って一歩踏み出すと、次の瞬間俺たちは宙に浮いた。
かと思えば、そのままさっきまでとは違う景色の中に放り込まれていた。どうやら転移系のパワーの効果がかかっているらしく、俺達は一瞬でカルネージのセーフハウスへとたどり着いた。
洒落た木製のタイルに白い壁、広い廊下に輝く照明。高そうな絨毯が敷かれたロビーにはワインレッドのソファが置かれていた。
「医療班、直ちに彼の救急処置を御願いします。現地の後処理はどうしましょうか?」
自分より7つ、8つほど年の小さそうな少年が指示を出す。
小綺麗な服の少年は暫くあれこれと歩き回った後、俺の下へひょこひょこと駆け寄ってきた。
「輪命様はご無事ですか?」
俺がまだ現地に残っていることを伝えると彼はがっくりと年相応の表情で肩を落とした。
その後俺は医務室らしき場所へ案内され、怪我を診てもらった。
…俺に怪我の手当を受ける資格はないが。
「どうして、君は輪命ちゃんのことを知っているの?」
俺の擦り傷の処置が終わったあと、彼に話しかけた。
「僕は元々彼女と同じ命華の出身だったんです。」
輪命ちゃんはこの国、大日本英雄主義国の隣国にある命華共和国の出身。そして、大日本英雄主義国と命華共和国の間に存在する、「ターミナル」というディストピア大戦の負の遺産と犯罪者がかき集められた国がある。そこからの人攫いにより、輪命ちゃんが物心付かぬうちにターミナルへと売られてしまった。
「輪命様はなんとかパワーのおかげでターミナルで行き永らえて、結局強さを買われてこの国へ来たんです。」
そして、いろいろなところを転々としてとあるサーカス団へと流れ着き、そこで知花さんと出会ったということらしい。
「そして、知花様がプレイグに勧誘されたのをきっかけにプレイグに入られたそうですよ。」
少年は嬉しそうに語りつづける。
「僕は同じ国の出身で境遇が同じだった事とも或って、ターミナルでは輪命様と仲良くしてたんです。其れで、彼女のお陰でこうして僕もカルネジへ來ることが出來ました。彼女は私の命の恩人なんです。」
若干命華の発音が残ったような喋り方。生きるために必死に日本語を覚えたのだと彼は笑った。まだ10年ほどしか生きていない少年が見てきた世界は、きっと過酷なものだったんだろう。
…俺は、本当に情けない。
「…、もろはねつるぎ、あなたは以前私と戦ったとき、イグニスの活動には協力的でなかった。…」
諸羽はジタバタと暴れるが、縄で身動きは取れない。
「それなのに、たった1ヶ月間でここまで変わるのか、私はおどろき。」
シルクの手袋を外し、諸羽に向き直る。
「ごう問の時間といこうか」
ナイフを取り出し、ザクッと一切り。
「あなたはどうしてイグニスの活動に協力的になったの?」
諸羽の悲鳴が響く。
(もう一切り…)
「教えたら切るのやめてあげる」
「い、いや、いあ…」
(ごう問されなれてなくてしゃべってくれないな。)
「じゃあ切らないから教えて。教えてくれなきゃ切る。」
そう言うと、諸羽は下を向いてしまった。
「言わなきゃ切るよ」
諸羽の顔を下から覗き込む。
「!」
その顔は、絶望にも恐怖にも見て取れるおぞましい顔だった。
「もしかして…」
「あら、私の可愛い操り人形ちゃんを横取りしないで。」
(いいじまあき。…つよい人。)
「…そうか、あなたも人形使いだったわね、お嬢さん。悪いけど、この子は私の優秀な傀儡。どんな拷問でもあなたの望む答えは吐かないわ。」
飯島は諸羽の縄を解き解放して、家の中に押し込んだかと思うと、入れ替わりに天美六花と毒島月夜が家の屋根から飛び降りてきた。
(隠れる場所なんてあったかな、それより…)
この3対1じゃ勝ち目は無い。
(にげよう)
そう思って背丈と同じくらいの人形を数体取り出そうとしたが、天美が人形をガベルで斬りつけ真っ二つにしてしまった。
(どうしよう、このままじゃ負ける)
輪命はあまり接近戦は得意ではないし、何より普段からドレスを着ているため、走れはしても大きく体を動かすにはそもそも不向きだ。
天美のガベルが執拗に輪命を追う。また天美が手を振り上げ、勢いよく下ろそうとした時。
(あ、やばい)
輪命は死を覚悟し目を瞑った。
しかし、数秒立っても何も起きなかったので恐る恐る目を開けてみる。
「幼イ子供ニ手ヲ挙ゲルナンテ、イグニスモ落チブレタナ」
無機質で低い機械音声とは対象的に、定芽さんの手は力強く天美の腕を掴んでいた。
ホッケーマスクのような奇妙な仮面が鈍く光る。
「さだめさん!!」
そのまま片手で天美を投げ飛ばし、蹴りを入れてきた飯島を足で流しながら毒島の毒攻撃を落ちていた人形で受け止める。
(あの人形、大人の男でも片手で持てる重さじゃないんだけどな)
前に一縷さんに持たせたときは「パワーを使ってぎりぎり片手持ちできない」と言わしめたものだったから、やっぱり定芽さんのパワーは人間離れしている。
「力増幅」は、自身の視力や聴力から、スピード、筋肉などの働きを全て7倍にすることができる能力で、力を自在にセーブすることも可能なので、肉弾戦では最強の能力と言っても過言ではない。そもそも定芽さんはパワーを使わなくともプレイグでの肉弾戦ランキングは3位になるので、その7倍というのだから恐ろしい。ちなみに洞察力や計算力、などの力は7倍にはならないらしく、定芽さんが嘆いているのを見たが、そもそも戦闘センスが抜群によく勘が鋭いので別に気にしなくても大丈夫だと思う。
あっという間に定芽さんは3対1を無傷で制した。
「帰ルゾ、輪命」
帰ろうと戦場に背を向けたあと、ふと立ち止まる。
(りぐろ、大丈夫かな)
そして残っていた小さい人形に、落ちていた諸羽のナイフを拾わせ、小瓶で銀色の謎の液体を採取した。
「何シテルンダ?」
「りぐろのけがが早く治るようにと思って」
「ソウカ」
定芽さんの手がさらさらと私の頭を撫でる。
(いがいと、やさしくなでるんだな)
もう片方の手で私の手をそっと握った。
(しなやかな手だな)
(…これが、人をなぐる手には見えないな)
大きくて強い定芽さんの背中は、私に兄という言葉を強く連想させた。
第十話に続く。