7.悪魔にゃ殺人鬼
〈登場人物紹介〉
【ダークサイド】
・命水海
ダークサイドで親に虐げられていたが、双子の兄であるカイを殺し反ヒーロー組織のプレイグへと加入した。秀良高校一年生。
・十牙黒
親をヒーローに殺されプレイグを設立した。ダークサイドでパワーは「満月狼」。秀良高校一年生。
・氷室青葉
プレイグのメンバーで天才的な頭脳を持つ。パワーは「封印」。秀良高校一年生。
・柊刹那
プレイグのメンバーで時間停止能力「時間殺し」の使い手。両親は大犯罪を犯し亡くなっている。秀良高校一年生。
・麻布莉黒
黒の幼馴染で小柄な少年。人懐っこい。プレイグのメンバーで秀良高校一年生。
・悪夕定芽
プレイグの武闘派で、機械音声にホッケーマスクの謎多い人物。
・毒島裏紅
プレイグのメンバーで苦労人な大家族の長女。毒島月夜の姉で「毒」のパワーを持つ18歳。
・水無瀬一縷
プレイグのメンバーで裏紅の彼氏。少年院経験がある。「波」のパワーを持つ秀良高校三年生。
・本田知花
プレイグの頭脳で本業は社畜エンジニア。二児の母でもある25歳。
・輪命
人形を操り戦う「踊レ人形劇」のパワーを持つ12歳。元は命華共和国から攫われてきた子供。
・嬲蛇カルラ
第一級犯罪人であり巨大反ヒーロー組織カルネージのトップ。プレイグと協力関係を結ぶ。
・名愛結衣
秀良高校一年に潜入していたが正体は秀良高校三年生でカルラの妹である嬲蛇空破。現在失踪中。
【ヒーローサイド】
・吹雪澪
海の幼馴染で秀良高校一年生。飯島に洗脳されていたがティラノで保護される。「氷」のパワーを持つ。
・津田ほのか
演劇部で海の兄、カイに想いを寄せていた。何者かによって殺害される。秀良高校一年生。
・天美六花
プレイグへ対抗するためイグニスを創設した張本人。口癖は「ダークサイドは皆殺し」で、ヒーロー連盟会長の娘。秀良高校一年生。
・毒島月夜
黒の幼馴染だったが突然黒のもとを去ってしまう。現在イグニスに所属する秀良高校一年生。
・諸羽つるぎ
友人の津田の殺害に疑いを持ち、イグニスに入って真相を探っている。秀良高校一年生。
・大音和音
イグニスの平和主義者。秀良高校一年生。
・北谷縋理
イグニスに所属する秀良高校一年生。女子力が高く可愛いクラスの一軍。母親が外国人。
・飯島暁
秀良高校二年生の生徒会長。
・走馬アザミ
秀良高校一年生として入学してきたが、20年前の秀良高校名簿に載っている。かなりの手練れでありイグニスに所属する謎多き人物。
第七話 悪魔にゃ殺人鬼
「その時は…。」
口元を歪に釣り上げて六花は嗤う。
六花が次に何を発するかくらいは、みんな察していた。
「全員殺すまでよ」
その狂気をはらむ笑みはイグニスのリーダーの役職を冠するにふさわしかった。
「さ、これで会議はおしまい。みんな、お疲れ様」
その一言で重く肩にのしかかった空気とともに会議は終了した。
‐7月7日か。
プレイグはきっと話し合いには応じないだろう。
一度私が単独で動いて彼らと交渉をしてみるべきか?でも、それはできない。
なぜなら私達メンバーは走間アザミに監視されているから。
走間アザミ、彼女は少し行動に不信感が見られる。目的が私達とは違う感じがして、戦いに消極的でいつも戦況を俯瞰するばかり。
不信感といえば飯島先輩もそう。ずっと走間アザミと行動を共にしていて、二人には共通の目的がある可能性が高い。
「はー、疲れたぁ。」
寮のベッドに思いっきりダイブして一連の事件についてのノートを開く。
もっと情報を集めるためにはやっぱり、当事者である命水カイ君と接触しないと話は始まらない。
「7月7日、誰も死なないといいけど。」
「ん、どうしたの?」
和音ちゃんが上から声を掛けてきた。
「聞かれてた?恥ずかしいなぁ。」
和音ちゃんは二段ベッドから降りて私のベッドの前に椅子を持ってきて座った。
「なになにー、『名探偵つるぎの事件調査ノート』?」
「ちょっ、見ないで!!」
和音ちゃんがにまにましながら私の顔を覗き込んで尋ねる。
「何の事件の調査ノートなの?」
「えーっとね…」
「…なるほどね。つまりつるぎちゃんは命水君が犯人である、っていうのを疑ってるんだね。」
「うん。だって、私にはカイ君が嘘ついてるなんて思えないんだもん」
「嘘…?ああ、ほのかちゃんのことか。
でもあの人、事件の前から何かにおびえてたような…。」
「それでね、私調べたの。
ほのかと話した。ほのかは彼が犯した事件に関するデータが入ったUSBをカイ君に託したって言った」
和音ちゃんは私の話を聞いたのち、腕を組んでしばらく考え込んだ後、私の肩にこてん、と首をのせた。
「じゃあわたしも協力するよ。
…命水君たちの無実が証明されて、誤解が解けたらみんな仲直りだね!!」
和音ちゃんの平和主義は、きっとイグニスを正しいほうへと導いてくれるだろう。
「わたしはずっとつるぎちゃんの味方!
同じルームメイトとしても、ずっと、仲良くしてね!」
「ふふ、和音ちゃん、『ずっと』ばっかり。なんだか小学生みたい」
「『ずっと』だからね?約束だよ。」
そして時は過ぎ去り、7月7日早朝。
学生服を着て秀良学園を出ていくいくつかの人影。
眼鏡をかけたパジャマ姿の女性は、PCを前にして考え込んでいた。
「…これは、まずいかも」
私、本田知花はプレイグの頭脳派作戦参謀(と、不名誉ながら最年長)の称号を持っている。
PCをカチカチやっていると子供たちが起きてくる。
「カリン、アキト、まだねてていいじかんだからね、おこしちゃってごめんね」
3歳になる明斗が膝の上に乗っかってくる。
子供たちを守るためにも、頑張らなきゃ。
活を入れて、PCに向き直った。
監視カメラの映像をハック、イグニスに付けた発信機、盗聴器から彼らの動向を探る。
「これでも会社では成績優秀な社畜エンジニアなんだからね!!」
PCのキーの上をはねるように指を滑らせ動かす。
「みんなにイグニスの件は知らせてるから、動き出したことをリアルタイムで『HIMITSU』に送ればいいか。」
私が開発した超秘密会話専用の、誰にも見られないチャットサービス「HIMITSU」は政府や会社に見られることがないという利点がうちの会社のもとよりの信用とマッチして、今売り上げをどんどん伸ばしている話題沸騰中のサービス。ちなみにチャットサービスのデータは我々のほうに送られないと見せかけて実は私が手元に情報を保管しているから調べようと思ったら会話内容なんて筒抜けなんだけどね。
まあプレイグにとってはまったく情報漏洩の心配がないし、作った甲斐があるわね。
プレイグのメンバーへ一斉チャットを送って、淹れていたインスタントコーヒーをカップに注いだ。
…私立ブライト学園の校章が入ったティーカップ。
「母さん、姉さん、元気してるかなぁ」
砂糖を入れずにカップをグイっと傾け、コーヒーを口にする。
「さてと…どうしようかな。私もティラノに行きたいけど、今日はせっかくの休日だから子供たちと一緒にいたいんだけど…」
すると、チャットの通知がタイミング良く鳴った。
ボイスチャットをオンにする。
「もしもし、知花さん。こちらティラノの亜月。みんなチャットを見ていつでもこっちに来れるようにしてる。肝心のイグニスたちはいつこっちに来るかわかる?」
亜月ちゃんの低くて冷静な声色はなんだか落ち着く。
「おはよう、亜月ちゃん。えーと、今の時間が午前5時で、秀良から正規のルートで行くとここに到着するのが早くて10時かな。どうする?私もそっち行こうか?」
「いや、みんなにインカム渡すから知花さんは安全な家にいて指示を出してほしい。」
「了解、じゃあ高校生組を時間が来たらティラノ内にセット、他は近くに待機させておいて危険になったら突入で言ったほうがいいと思う。」
「伝えておくね。朝早くからありがとう。」
ふぅ。
私の仕事はここら辺からは交渉内容を考えるだけなんだけど…。
「大丈夫かなぁ、十牙少年。
…あの事、彼は知っているのかな。」
‐仇と対面して冷静でいられるような子じゃないから。
「ついたわね、ここがカフェ・ティラノ」
黄色い髪のツインテールを風に揺らしながら天美六花は扉の前に立った。
コンコン、とノックをしてベルを鳴らした。
「こんにちは、プレイグの皆さん。」
皆に緊張が走る。
「イグニスか。俺らに何の用だ。」
口を開いたのは十牙黒。
天美六花はそんな十牙黒のねめつけるような視線をものともせず続ける。
「今日はね、私たちは貴方たちと話し合いをするために来ました」
目から生気が感じられない。
ひとまず両者はソファへとつく。
天美六花は威圧的な目で十牙黒に向き直った。
「端的に言います、プレイグの解散が我々としての意見です」
「…提示する条件は?」
黒が意外にもすぐに反応した。
青葉が不安そうな顔で黒のほうを見るが、黒の眼は天美をとらえて離さない。
「貴方なら言わなくてもわかるでしょう、十牙君。
プレイグの皆さんの学園への復帰と今までの前科の帳消しです。」
黒は眉一つ動かさない。
意外にも反応を示したのは青葉だった。
「…ふざけるなよ。」
「青葉、落ち着け」
冷静そうに見えるものの、メガネの奥の瞳は鋭く、怒りを放っていた。
「僕らの復讐心を馬鹿にするな。前科の帳消し?そんな物ができるなら刹那の両親は今も幸せな生活を送っていた。」
「青葉…」
刹那が悲しそうな顔をしてうつむく。
黒の隣に座る莉黒はオロオロしながら二人を交互に見る。
落ち着け、そういって黒は青葉の頭をポンと叩いた。
「俺らはその条件は飲むことができない、お前らの想定通りな。」
天美も表情を変えようとはしない。
「そうですか、
それなら貴方達を殺すしかありませんね」
「ダークサイドは皆殺し」
呟いて天美はガベルを取り出し、振り下ろした。
「死の審判」
ガベルはローテーブルを叩き割った。
いや、ガベルがローテーブルに触れる直前でローテーブルは切れた。
「くっ、交渉決裂か!」
黒が目を見開き人狼へと姿を変える。
「月夜狼!!」
「懲罰」
天美がガベルを振って斬撃を繰り出す。
「悪魔の爪」
黒がとっさに斬撃を飛ばして相殺する。
「ダークサイドは皆殺しにしてやる!!!」
「ヒーローは皆殺しにしてやる!!!」
天美はガベルを振り回す。
それを黒は一つ一つ軽く相殺していく。
今のところ黒が優勢そうだ。
と思っているといきなり邪魔が入ってくる。
「紅酸」
毒島はナイフを自分の腕にさして、出てきた血をあやつって俺らのほうまで飛ばしてきた。
「海、あぶない!!!」
黒の声とともにとっさに後ろに跳んで血液をかぶるのは防ぐ。自分がさっきまでたっていたところが煙を立てて溶けていってゾッとした。
「隙あり」
黒がよそ見をした瞬間を天美のガベルがとらえる。
「ぐッ…!!!」
「黒!!!」
胸のあたりが血に染まり、黒は手で傷を抑えて呻く。
「リグ、一旦退いて海をガードしろ!青葉は待機してる班を前に出してくれ!!」
「分かった」
青葉は静かにうなずき左薬指につけた指輪の四角いピンクオパールに触れる。
「封印」
ピンクオパールがピンクから青に光り輝き、辺りに無数の青い人影が現れる。
「開」
「踊レ人形劇」
人型のマネキンとともに出てきたのは輪命ちゃん。
輪命ちゃんが糸で人形を操るように手を動かす。
その瞬間、マネキンたちは輪命ちゃんの指示に従うように、一斉に同じ動きを取り始めた。
情勢が一転し、一気にダークサイドが有利になる。
その後ろには一縷さんと定芽さんが頼もしく立っていた。
俺と莉黒はひとまず、ティラノの地下室へ逃げ込んでいた。
莉黒は近接戦闘は苦手だが射撃においてはプレイグ、いや反ヒーロー組織の中でも屈指の腕前を誇るらしい。相手の死角を取るために俺と莉黒は地下へつながる階段を全速力で駆け下りた。
部屋に着くなり、莉黒が奥から武器を引っ張り出してきた。
莉黒はナイフ一丁と狙撃のしやすい遠近両用のライフルを手にする。
そして武器をひとしきり品定めしたかと思うと、俺のほうを向いてポーンと何かを投げた。
「はい、これ。海も危ないと思ったら撃ちなよ」
小型の拳銃。持ってみると手にずしりとした重みと不快感を感じた。
階段を駆け上がって銃をさっと構える。
「う…。」
忘れていたはずの腕のあざが今になって痛む。
「海、大丈夫?」
莉黒が不安そうに顔を覗き込む。
「あぁ、大丈夫だよ。」
にっこりと笑顔を作ってなんとか誤魔化すが、痛みはさらに増す。
莉黒は少し考えてからインカムのほうに声を掛けた。
「知花さん、どうしようか」
「うーん、海君には実戦経験がないし、いきなり出てもあまりいい結果にはならないかも。やっぱり、海君をこの場に置いたの不正解かも…。いったん地下室で待機、じゃダメ?」
「…だめ…です」
俺はついに口走ってしまった。
「俺はここに来てからずっと…逃げるだけで…役に立ててない。」
莉黒は優しい目で俺を見つめる。
「海、今は皆の命が最優先だ。海が役に立つのはそのあとだって遅くない。」
「でも……!!」
インカムからは皆の血しぶきの舞う音が聞こえてくる。
そこに一つの冷静な声が混ざって俺はハッとする。
「じゃあこうしましょう。貴方達はここでタイミングを待って、私が指示を出したら突撃してください。分かったわね。」
俺はただ、頷くことしかできなかった。
風で木々が揺れる。
目の前には、少女が静かに佇んでいた。
「お前が、走間アザミか。」
「私を知っているなんて。はじめまして、水無瀬君。」
裏紅が言っていた例の女。
こいつのパワーが何かわからないうちは、油断はできない。
青葉の封印から出てきた後、俺のパワーで走間アザミ、飯島暁を定芽先輩もろとも外に押し出した。
…黒と輪命には早いところ仕事を終わらせてこっちのヘルプに来てほしい。
飯島と走間の強さがどれくらいなのか、未知数すぎる。
「じゃあ、お礼に私から。」
そう言って走間は隠し持っていたナイフを思い切り振った。
速い…これをかわせるやつはプレイグでも少ないだろう。
切っ先を波で捻じ曲げてガードする。
「でもね、私はあなた達と戦うつもりはないのよ。」
走間がナイフを軸にして空中で華麗に回転し、そのまま近くの木に飛び乗る。
そのまま逃げようとしてくるので必死に波で食い止めるが、波をひょいひょいと躱される。
インカムを手で抑えつつ波をどんどん繰り出す。
「定芽先輩、知花さん、走間が逃げる!!」
インカムの向こうからノイズ混じりの声がする。
「ザザッ…中にいる高校生達に危害を及ぼさないように…ザーザー…誘導しておいて!無理に戦おうとしないこと!」
機械音声の声がそれに加わる。
「…気ヲツケロヨ。」
俺は必死に走間の後を追った。
「はぁ、はぁ…」
荒い息遣いとザシュッと言う肉の切れる音が部屋に響く。
ずっと斬りあいになっていたせいで天美も俺も感覚が麻痺しかけてボロボロになっている。
が、天美の勢いは止まらない。
「!」
こいつ、目が…。
「黄色い渦巻きの瞳に赤い爪。
‐お前、『ゲルニカ』をのんでいるな?」
天美はこちらの声も聞こえないのかガベルを力任せに振る。
結構な末期症状か、ゾーンに入っているだけなのか。
『ゲルニカ』は政府が違法としている薬物のひとつで、一時的な力の増幅の代わりに肺などの呼吸器官が衰弱するなどの副作用が生じるものだ。
ゲルニカを取り扱う反ヒーロー組織や、実際にのんだ奴を見たことがあるが、どれもいい結末を迎えたことはない。
今は考えるべきじゃない、こいつとの戦いに集中しないと。
右手でガベルを持ち、俺の頭上にたたきつけてくる。
が、向こうもさすがに体力が限界なのか、ガベルを振るうときに一瞬、隙ができる。
ましてや空中にいて相手は身動きがとりずらい。格好のチャンスだ。
ふわっと飛んでいる天美の下に前進し、死角に入りこむ。
「毒獣の牙」
天美の足に向かって牙型の斬撃を飛ばしながら後ろによける。
ガベルを振り下ろす途中で斬撃を食らった天美はバランスを崩し空中でよろけた。
どさっと鈍い音がして天美が地面にたたきつけられる。
「うぐっ…」
天美は体制を立て直そうと立ち上がるが、また倒れてしまう。
「何、これ…足は確かについているのに足の感覚がない。」
呻きながら俺のほうを睨みつける天美を見下ろす。
「牙の毒で足が動かせないだけだ、しばらくすれば足の感覚は戻る。」
もっと毒の種類はあったが、殺すつもりはないので麻酔の毒だけにしておいた。
天美を一人残し店の中に戻ろうとする。
ふと、懐かしい声が聞こえた気がして振り返った。
血に染まった自分の手のひらを見つめる。
「毒獣の牙…か。」
…この技、毒に詳しいアイツと一緒に考えたんだったな。
「…ツキ、どうして向こう側なんかに。」
「…殺す。」
「何やってるの、月夜!?」
「…」
馬鹿か。
なんであんたはあの時、黒を置いていったんだ。
それに、月夜がいなかったら裏紅さんがどうなるか、分からないの?
裏紅姉は現にここにいない。
知花さんは裏紅姉に別の指令を与えて、毒島がここに来ることを告げていないから。
眼が渦を巻いて、血走っている気がする。
前の天美さん達と同じだ。
あの人たちの眼はどこかおかしい、いや、眼はおかしいことが一番よくわかる場所なだけで、言動がそもそもおかしい。
何か大きなモノを背負っているかのような、引き返せないような感じがする。
「刹那ちゃん」
「…」
私が黙っていると、月夜はドアのほうへと歩き出した。
「ボクはヒーローにならなくちゃいけない」
憎しみ、愛情、葛藤。
その一言には、月夜の思いの全てが詰まっている気がして、何も言えなかった。
月夜がドアを開けようとした瞬間。
「!!」
「月夜…!!」
ドアの外には指令でいないはずの裏紅姉が、絶望した表情で、立っていた。
ピピッ。
無線機の音がしてハッとする。
「知花さんからの指令だ」
さっきから莉黒は北谷と一対一で戦っている。
莉黒のほうが優勢そうだが、向こうのスタミナと身体能力でなかなか勝敗がつかない状況に見える。
輪命ちゃんは諸羽つるぎにあっさり勝利し一縷さんのもとに向かっている。
諸羽の縛られた姿が階段の陰から見えた。
そして後ろのほうできょろきょろとしているのは大音和音か。
彼女は見るからに非戦闘員だが、護衛用のナイフを持っているので油断はできない。
「もしもし、知花さん」
「海君、よく聞いてください。毒島月夜と裏紅ちゃんが鉢合わせしました。」
「!?」
なにも事情を知らない俺でさえ、今この状況で二人を合わせるのはまずいことが分かる。
「そんな、どうして…」
「裏紅ちゃんは人の感情の機微に敏感だから、私の嘘が見破られたんでしょう」
「二人のほうへ向かいますか?」
「ええ、なるべく早くお願いします。他の戦いに巻き込まれないように。」
「分かりました!」
銃を握りしめて俺は勢いよく駆け出して行った。
「月夜…どうしてプレイグに入ったの!イグニスの奴らに何か言われたの?」
「…違う。ボクは自分の意志でプレイグに入ったんだ。」
「どうして、どうして…」
「毒島裏紅を刺しなさい、もし毒島君が逆上したら彼も刺しなさい」
インカムからは冷酷な天美六花の声が聞こえる。
「そっ、そんなの、む、むりで」
「今私は色々あってこの場から動けないの。大音さん、貴方にしか頼めない」
どうしよう。
人殺しなんてだめだよ、なんて言えないよ。
…みんなそれぞれイグニスのために戦ってる。
なのに私は。
「わかりま、した。ぁたしも、やらな、くちゃ、だめだから」
手が震える。ナイフをぎゅっと握りしめて、覚悟を決める。
彼等に向かって、弾き飛ばされたように力なく駆け出した。
…大音、ナイフを握りしめて、何を…。
まさか、裏紅さんを刺す気か!?
‐足の感覚がないまま、ふらふらと走る。
…どうしよう、走っても距離が縮まらない、クソッ!
‐あと数メートル…。
いや、やめよう。
人殺しなんかしたら、私は、私たちは彼らと同じ所へ堕ちてしまう。
…俺の持ってる銃。
これで大音を止めるしかない、のか。
‐殺しちゃダメだ。私だけでも。
私だけでも…イグニスで平和主義者を貫くんだ。
…よし、照準を足に定めて、急所を外した。大丈夫だ、裏紅さんは死なせない。
‐私はナイフを手から離し、床へと落とした。
これでいいの、みんなの役に立てなくても、これが私だから。
私に、人は、殺せない!!
ぱぁん。
引き金を引くと同時に大音がナイフを落とした。
そして、大音が動いたことで銃の照準がずれる。
照準が向いた先は大音和音のこめかみだった。
どさっという音と真っ赤な床の色でハッとする。
がちゃん、と金属と床がぶつかり合う音が鈍く響いた。
自分の手が赤く見える。
心なしか視界が揺れている気がする。
恐る恐る、赤い水溜りへと歩み寄ると、真っ赤な絵の具の中に横たわる大音と目が合った。
色のない、光のない瞳をした大音が、俺を嗤った気がした。
そして大音は途絶えつつある息で、俺にささやいた。
「貴方は津田さんも殺したの?」
そのあとは、長く重い沈黙が俺を包んだ。
…暗い暗い路地を一人宛もなくふらふらと歩き続ける感覚、それこそが「人を殺す」ということなのだと思った。
だって。
もう赤色の中の大音は笑っていなかったのだから。
第八話に続く。