6.裏切り者へ
〈登場人物紹介〉
【ダークサイド】
・命水海
ダークサイドで親に虐げられていたが、双子の兄であるカイを殺し反ヒーロー組織のプレイグへと加入した。秀良高校一年生。
・十牙黒
親をヒーローに殺されプレイグを設立した。ダークサイドでパワーは「満月狼」。秀良高校一年生。
・氷室青葉
プレイグのメンバーで天才的な頭脳を持つ。パワーは「封印」。秀良高校一年生。
・柊刹那
プレイグのメンバーで時間停止能力「時間殺し」の使い手。両親は大犯罪を犯し亡くなっている。秀良高校一年生。
・麻布莉黒
黒の幼馴染で小柄な少年。人懐っこい。プレイグのメンバーで秀良高校一年生。
・悪夕定芽
プレイグの武闘派で、機械音声にホッケーマスクの謎多い人物。
・毒島裏紅
プレイグのメンバーで苦労人な大家族の長女。毒島月夜の姉で「毒」のパワーを持つ18歳。
・水無瀬一縷
プレイグのメンバーで裏紅の彼氏。少年院経験がある。「波」のパワーを持つ秀良高校三年生。
・本田知花
プレイグの頭脳で本業は社畜エンジニア。二児の母でもある25歳。
・輪命
人形を操り戦う「踊レ人形劇」のパワーを持つ12歳。元は命華共和国から攫われてきた子供。
・嬲蛇カルラ
第一級犯罪人であり巨大反ヒーロー組織カルネージのトップ。プレイグと協力関係を結ぶ。
【ヒーローサイド】
・津田ほのか
演劇部で海の兄、カイに想いを寄せていた。何者かによって殺害される。秀良高校一年生。
・天美六花
プレイグへ対抗するためイグニスを創設した張本人。ヒーロー連盟会長の娘。秀良高校一年生。
・毒島月夜
黒の幼馴染。イグニスのメンバーで秀良高校一年生。
・諸羽つるぎ
イグニスのメンバーで津田の友人。秀良高校一年生。
・大音和音
イグニスの平和主義者。秀良高校一年生。
・北谷縋理
イグニスに所属する秀良高校一年生。
・飯島暁
秀良高校生徒会長の二年生。イグニスのメンバー。
・走間アザミ
秀良高校一年生として入学してきたが、20年前の秀良高校名簿に載っている。かなりの手練れでありイグニスに所属する謎多き人物。
第六話 裏切り者へ
乾いた銃口が鳴り響く。
「プレイグノカワイイカワイイセツナニ何シテル」
機械の合成音声が仮面から流れて、ハッとする。
次に見た光景は血を吹いて走間さんが倒れた姿だった。
「まったく、すぐに拳銃取り出すのは悪い癖よ、定芽」
二つの頼もしい背中が私の前に立ちはだかった。
安心して思わず気が抜けてへたり込んでしまった。
「うらべにねぇ…さだめさぁん…。」
「ソレニシテモ青葉、トッサノ判断デ敵カラ姿ヲ消シテ連絡ヲ入レルトハ。流石ダナ。」
私の能力、「時間殺し」が発動するのは半径500メートル以内の生命体のみ。
だから、能力発動範囲外にいる人間や、電話などの生命ではないもの、そして私に触れているものにタイムターンは発動しない。
「…焦って時間殺しを切った瞬間に定芽さんに飛んできてもらったんだ。刹那、立てるか?」
青葉が不敵な笑みを浮かべ物陰から出てきて、腰が抜けた私に手を差し出した。
「あと一歩でも遅れてたら打たれてたのは私だったんだからね!もう…。」
「あんたたち、話もそこまでにしておきなさい。…セツナ、お願い。」
「はーい、今度こそ、」
「時計殺し 一ノ文字盤・砂時計ノ眠り」
私達の今回のミッションは超小型GPSをイグニスのメンバーに設置すること。
「さてとー、もうミッションも達成したし帰るか。」
「…黒たちはどうしてるかな」
「君達の噂はよく耳にする、プレイグ。
‐十牙黒、君はまだ高校一年生なんだろう?」
思っていたのと違って理知的で話が分かりそうだ。先代の息子とは思えない。
「いいよ、協定。僕は君達のことを心底気に入っているからね。
‐協定の条件は笑武から聞いたね?」
「条件は全て呑みましょう、ただ、三つ目の条件について詳しくお聞きしてもよろしいでしょうか」
「ふふ、名愛結衣のことか。
…彼女は僕の妹なんだよ。」
「妹さんの行方が分からなくなっている、そういうことですか」
「話が早くて助かるよ。名愛というのは僕の母親の旧姓なんだ。
少し自分の事について話させてもらってもいいかな」
嬲陀カルラの母、名愛冷衣は父からの暴力により10年前、齢30才でなくなってしまった。父、嬲陀殴太は4年前、38才で投獄されカルラ20才でが新しくカルネージのリーダーになった。その妹が名愛結衣、本名は嬲陀空破、18才。
「まさか年を偽って秀良に行っていたとは。もともと彼女は今秀良高校の三年生なんだが…。」
思い悩んでいるのか嬲陀さんは左の人差し指をつねっている。
「そこまでするということは、何か重要な目的でもあるのでしょうか」
「…まさか寝返った?」
寝返ったとなると「カルネージのボス」としても、「兄」としてもまずいだろうな。
それにしても、名愛結衣、いや嬲陀空破か。色々と不可解だな。
「妹さんの情報が入り次第、これからも連絡いたします」
「ありがとう、協力してくれてうれしいよ」
「こちらこそ、ご厚意感謝します」
秀良を潰す計画はこうなった。
9月にサイドターン計画が始動、まずはユートピアワールドを襲撃して宣戦布告をする。
そこからいくつか襲撃事件を起こし、12月に計画の絞めくくり、イグニスとの全面戦争を万全の状態で秀良にて行う。
失敗がなければいいが。
「よし、全員帰ってきましたね。」
知花さんがPCから目を離して俺らのほうを向いた。
「ミッションは達成したけど、厄介な相手を敵に回したみたい」
刹那がため息をつく。黒はずっとうつむいたままだ。
「クロ、どうかした?」
莉黒が黒の顔を覗き込むが黒は目をそらした。
「そういえば、黒も敵に相対したらしいね、何か問題点とかあった?」
裏紅さんが聞くが黒は顔を上げようとしない。
「黒君、気を使っているならこちらが伝えるけれど…」
知花さんは何か知っているであろう口ぶりだ。
「いや、いい。…裏紅、驚かずに聞いてくれ。」
顔を上げた黒の左目は、紅色に揺れていた。
「ツキが、イグニスにいる」
皆が息をのむ。その場の空気が凍り付いた。
毒島月夜がイグニスに入った、それはつまり家族を捨てたことを意味する。
「どうして…。月夜…。」
裏紅さんが冷静を欠いている。アンルさんがそっと肩を貸して支えるが、やはりショックは大きい。
床に這いつくばったままわなわなと震える裏紅さんに黒が話し続ける。
「ごめん、裏紅。俺はあいつを止められなかった」
「あなたのせいじゃないよ、黒。
私が未熟だったせい。私、が…。」
息も絶え絶えな裏紅さんに刹那が声を掛ける。
「そんなことない!一番つらい思いをして、耐え続けているのは裏紅だって月夜も分かってる…。」
莉黒が悔しそうな顔をして唇を噛んだ。
「…今は両者が対等に話し合える関係ではなさそうですね、一度距離を置いてから説得を試みましょう…お互いのためにも。」
知花さんがうまく場をまとめてくれたおかげでひとまずは裏紅さんも落ち着いたようだが、これから彼女はどうするのだろうか。
莉黒二人でとぼとぼと廊下を歩いていると、ひょこっと二つの小さな影が見えた。
永愛ちゃんと輪命ちゃんだ。
「どうしたの、元気のない顔して。」
永愛ちゃんが腕を組んで声を掛ける。黒の事関連など幼い面が目立つが、小学生でありながら端正な顔立ちでどこか大人びている雰囲気を持っている。
「永愛ちゃん、輪命ちゃん。
…まあ、アイツラの問題なんだけどね、やっぱり俺も心が痛いかな。」
「…お前は黒と幼馴染じゃなかったか?」
「うん、俺は二人と幼稚園の時からの関係。
…まあ、中学は青葉と刹那と同じとこ通ってたから二人とは離れたけど。」
幼馴染と言う割にこの件に関して莉黒はあっさりしている。
「そうよねー、月夜さんトーガにくっつきすぎ。私の旦那さんをたぶらかさないでよ。」
うんうん、と何に相槌を打っているのかもはやわからないがむすっとして永愛ちゃんが言う。
「…あ、おべんと。」
輪命ちゃんが永愛ちゃんの手元を見て呟く。
「あ、そだった。…トーガは今どこ?」
「クロは今間宮さんの稽古場に行ってるはずだよ。」
切り替えるように頬をパチンと叩いて、にっこり笑って莉黒は言った。
「…大丈夫かな、黒」
「トーガの様子みにいってきてくれない?あたしあそこはちょっと怖くて近づけないの」
「分かった。何か伝えたいこととかある?」
「んーじゃあ、これ渡しておいてくれない?」
そういって永愛ちゃんはハンカチに包まれた箱を手渡した。
「うん、任せてくれ」
そういって俺達はその場を去っていった。
「おーい、黒ー!!」
稽古場にリグと海が入ってきた。
「…どうしたんだ、二人とも。」
「これ、永愛ちゃんが渡してくれたお弁当。『どうせ稽古場に長く入りびたるくせにもっていってないんでしょ!』って言ってたぞ。」
「…なんでも御見通しってことか」
「ちゃんとお礼言っておけよ」
トアの作る弁当はいつも美味しい。
後でありがたくいただくことにして、今は集中しよう。
「クロ、ツキはイグニスで何してるのかな」
リグが不安そうに呟く。
「毒島月夜はお前らと仲が良かったの?」
「…ツキとリグとは幼稚園の頃からの親友だったんだよ。でも中学に上がってからは学校が別々になって、ツキはスコラスティカの学生寮に住んでたから疎遠になってさ。」
ツキの家は9人兄弟でグラオザームの一番治安が悪い貧民街に住んでいる。父親は暴力的な男だったが裏紅が6歳のときに家を出ていき、働き詰めだった母親は裏紅が14才のときに亡くなってしまった。裏紅は長女として家族を支えるしかなくなり、今は幼い兄弟たちの為に働いている。
そして、兄弟の4番目に当たるのが毒島月夜、ツキ。
4歳の頃からの親友なのに、小学校卒業とともに俺のもとを去っていった。
何が駄目だったんだろうか。
どうしてお前は、あの時…。
「どうしたの、クロ。ボーっとして。」
「…何でもない。」
今はもっと強くならなくてはいけない。
手刀を無心に振りかざし瓦を数枚割った。
「和音ちゃん、おきてー」
私、諸羽つるぎは、二段ベッドの上で眠っている寮の同室である大音和音を揺さぶり起こす。
「これから会議始まっちゃうよー、早く」
相変わらず和音ちゃんは返事をしない。そう言いながら、壁にかけられた針が15時を回りかけた時計を確認し、その横に貼られているポスターに目を移した。
名前は思い出せないが、確か10年ほど前に突如謎の失踪を遂げたアイドルのポスターだった。国民的大スターというわけではなかったが、根強いファンは多く、私たちは小さかったのでまだ覚えていないが、行方不明となったときは大きなニュースになったらしい。
「んん、おはよ」
和音が目を覚まし、大きなあくびと伸びを一つして私の方を見た。
「そのポスター、気になる?」
和音は笑って彼女の説明を始めた。
アイドルの肝心なフルネームを聞くのを忘れていたが、和音ちゃんは彼女のことを「律ちゃん」とよんでいた。おそらく彼女の下の名前なのだろう。壁に貼ってあったポスターにはローマ字でサインが入っていた。ハートの装飾が入った筆記体とも活字体とも言えない字なので苗字が合っているかわからないが、たぶん島 律だと思う。
和音ちゃんによると、なんでも、彼女はとある噂で世間の注目を浴びていたらしい。彼女の活動期間は20年ほど。10代の頃から活動し始めているので、失踪したときは30代後半くらいになっているはずだろう。
しかし、彼女は何年経っても、年を取ることはなかったそうだ。
見た目が全く変わらないのだ。シワができるどころか、少し垢抜けるなど大人っぽくなるわけでもなく、ずっと中学生くらいの可愛らしい少女の姿を留めていたらしい。ある人はそれを神秘的だと言って崇拝し、またある人はそれを不気味だと思い彼女を敬遠した。テレビ番組の企画で専門家が肌の鑑定なども行ったそうだが、科学的に見ても彼女の成長がデビュー当時から止まっているのは明らかだったとか。
パワーの使用も疑われたが、パワー申告書は役所に提出されておらず、高額な金を払って最先端のパワー有無判定装置も試してみたが、本人にはパワーはないということだった。
ただ、彼女のデビュー期の数年後に秀良高校に年齢操作のパワーを持つ生徒が在籍していたという噂もあって、彼女と裏で繋がっていたという可能性が囁かれているが、その生徒も現在どこにいるのかは分からないので真相は闇の中だとか。
一通り話し終えて、和音ちゃんはやっと息をついた。
「まあこんな感じ。でも律ちゃんはほんとに何年経ってもパフォーマンス変わらなかったらしいし、謎が深まるよね。そういうミステリアスな部分も含めて私は推してたな。まあ、小さい頃の私はそんなこと全然わかってなかったけど。」
そう言って和音ちゃんはベットから飛び降り、支度をしながら私に問いかけた。
「つるぎちゃん、年齢操作の力がもしあったらって、考えたことある?」
少し考えてから、私は答えた。
「年齢操作かー、私は怖いけどな。誰かを若返らせる事ができるってことは、逆に言えば年を取らせて殺すこともできるってことじゃん、それって限りなく完全犯罪に近いよね。」
和音ちゃんは「考えたこともなかった。」と言って笑った。
そろそろ六花と約束していた時間ぎりぎりになってきたため、その話題はそこでおしまいになった。
「これからイグニス定例会議第一回を始めます」
何とか間に合って、息を切らしながら和音ちゃんと私は講義室へと駆け込んだ。
もう室内にはメンバーが揃っている。
私は指定された席に座りノートのページを開く。
ほのかが死んでからもう一か月くらいたつ。
私の演技力はほのかほどではないけど、六花の信用を得るくらいには才能があると思っている。
私はカイ君がほのかを殺したなんて思っていない。
だって彼からは演技の素質が感じられなかったから。
彼は人を殺したことを秘匿して素知らぬふりで教室にいることなんかできない人間だ。
芸能界で活躍するトップタレントである妹を持つ私は、誰よりも知っている。
演技の素質を持たない者の演技は、見るに耐えないほど分かり易い嘘でしかないのだ。
…持つ者を見てしまった者の前では。
しかも彼はほのかではない人を殺したことがある。それも入学する直前に。
私の目的、それは「ほのかを殺した真犯人を突き止めイグニスのみんなを正気にもどす」こと。
近頃はみんな目に渦が巻いていて狂気の沙汰って感じ。
ああいう目をしている人は気が狂っているか、感情が欠乏しているか、洗脳されてるかの三択。
唯一正常な私がみんなを救わないと誰か他の人の命を奪いかねない勢いだし。
「ちょっと、なにぼーっとしてるのつるぎ」
六花に言われてはっとする。余計なことを考えていると思われては、怪しまれてしまうかもしれない。少しアホなふりをして、この場を乗り切ることにした。
「あー、そうだったそうだった!メモメモ~。」
「もう、しっかりしてよね」
やっぱり感情が感じられない。
「えーと、それで、なんだっけ…。」
「聞いてなかったの?」
六花が資料の束をトントンと整えながら立ち上がる。
「もう一回言うわ。私たちの次の行動は7月7日。
プレイグの本拠点、カフェ・ティラノに行って話し合いをします」
おそるおそる和音ちゃんが手を挙げる。
「もし向こう側が話し合いに応じなかったら、どうするの?」
何かを心配するような目つきで和音ちゃんは六花を見る。
六花は質問をされて書類をさする手を止めたのち、「答えなど一つしかないではないか」と言わんばかりの怪訝な顔つきで和音ちゃんを見た。
空気が凍り付いて、周りの皆が息をのむ。
「その時は…。」
口元を歪に釣り上げて六花は嗤う。
六花が次に何を発するかくらいは、みんな察していた。
「全員殺すまでよ」
その狂気をはらむ笑みは正義の炎の名を冠する組織のトップにふさわしかった。
第七話に続く。