5.正義の炎(Ignis)
〈登場人物紹介〉
【ダークサイド】
・命水海
ダークサイドで親に虐げられていたが、双子の兄であるカイを殺し反ヒーロー組織のプレイグへと加入した。秀良高校一年生。
・十牙黒
親をヒーローに殺されプレイグを設立した。ダークサイドでパワーは「満月狼」。秀良高校一年生。
・氷室青葉
プレイグのメンバーで天才的な頭脳を持つ。パワーは「封印」。秀良高校一年生。
・柊刹那
プレイグのメンバーで時間停止能力「時間殺し」の使い手。両親は大犯罪を犯し亡くなっている。秀良高校一年生。
・麻布莉黒
黒の幼馴染で小柄な少年。人懐っこい。プレイグのメンバーで秀良高校一年生。
・悪夕定芽
プレイグの武闘派で、機械音声にホッケーマスクの謎多い人物。
・毒島裏紅
プレイグのメンバーで苦労人な大家族の長女。毒島月夜の姉で「毒」のパワーを持つ18歳。
・水無瀬一縷
プレイグのメンバーで裏紅の彼氏。少年院経験がある。「波」のパワーを持つ秀良高校三年生。
・本田知花
プレイグの頭脳で本業は社畜エンジニア。二児の母でもある25歳。
・輪命
人形を操り戦う「踊レ人形劇」のパワーを持つ12歳。元は命華共和国から攫われてきた子供。
・嬲蛇カルラ
第一級犯罪人であり巨大反ヒーロー組織カルネージのトップ。プレイグと協力関係を結ぶ。
・名愛結衣
秀良高校一年。何故かカルネージに関わりがある。現在失踪中。
【ヒーローサイド】
・吹雪澪
海の幼馴染で秀良高校一年生。飯島に洗脳されていたがティラノで保護される。「氷」のパワーを持つ。
・天美六花
プレイグへ対抗するためイグニスを創設した張本人。口癖は「ダークサイドは皆殺し」で、ヒーロー連盟会長の娘。秀良高校一年生。
・飯島暁
秀良高校二年生の生徒会長。
第五話 正義の炎
ハッと目が覚める。
悪夢なんていつぶりだろうか。
海が学校を去ってから1週間がたち、もう6月になった。
海はもう学校には戻ってこない。
私、吹雪澪はあくびをしてベッドから飛び起きる。
カイが死ななければ当たり前にあったであろう日常。
海のいない生活。
でも海は毎日私に連絡をくれてる。
今日も朝に一通メールが来ていた。
「今日プレイグは協定を結びに行く」
校舎棟へ走って行くと、天美さんに注意された。
彼女はきっと私のことをよく思っていないんだろう。
ダークサイドの肩を持ったから。
授業が全て終わり、帰りのホームルーム前の時間。
天美さんと仲良くしているつるぎちゃん、大音さん、北谷さんが机の周りに集まっている。
走間さんが不意に声を上げた。
「1週間前に追放したダークサイドたち、明日カルネージと接触するらしいよ」
走間アザミさん、思ったより危険人物かな、いっつも教室の隅でおとなしそうにしている印象があったんだけど。
それにしても、なんでその情報を持っているんだろう。
そんなことを考えている私とは違って天美さんは明らかに態度を変えて食いついてきた。
「!?それ、本当?」
質問には答えずにアザミさんは続ける。
「彼らが移動するのは今日午後9時、もしかしたらアジトを突き止められるかも。」
まずい。そうしたら海の命も危なくなってしまう。
「それならいい案がある」
天美さんが口を開く。前髪に隠れて表情がよく見えない。
「わたしたちも対抗して組織を立ち上げればいいんだよ」
北谷さんがふむふむと同意した。
「なるほどね、秀良生の我々なら対抗できると。悪くない案ね!」
大音さんやつるぎちゃんもうんうんとうなずく。
「そうだね、ちゃんと正々堂々向き合って、平和に解決できれば…。」
「駄目だよ!!!!」
突然机をバンッとたたいて天美さんが叫んだ。
目が怪しげに光っていく。
「ヒーローは皆殺しにしなきゃ」
結局話はまとまったようで、組織はできたようだ。
名前はイグニス、復讐の炎。
メンバーは天美さんをリーダーに、つるぎちゃんたちが加入することになった。
大音和音。平和主義者で真面目なひと。いつも走間さんと仲良くしてる印象がある。灰色のショートボブに丸メガネをかけた大人しそうな少女。
北谷・グレース・縋理。
お母さんが外国の人らしく、紫色の瞳ににきれいな茶髪をしているザ・かわいい女子。前に喋ったことがあるが、女子力が高くて男子にモテるのでいつの間にかクラスの一軍になっていた。
このメンバーに加えて、生徒会長の飯島先輩、隣のクラスの毒島君という人が加わってイグニスが結成されたらしい。
私といえば話し合いの最中は天美さんが怖くて教室の隅でずーっと大人しくしていた。
…後でこのことは海に連絡を入れておこう。
「何だって!?イグニス!?」
莉黒がティラノのカフェテーブルを叩いて飛び上がった。
澪からプレイグに対抗する組織ができたとの連絡が入って、俺等は作戦直前なのに出方を決めきれずにいた。
そこに知花さんが遅れてやってくる。
そうして俺等のお茶会、いや作戦会議ははじまった。
「今日はカルネージとの初接触だからじゃないからでしょうか…どこかから情報がばれてるんでしょう。」
そういって知花さんはダージリンティーとスコーンを一口し、空を睨んだ。
「どうしよう」
輪命ちゃんは相変わらず表情を変えない。
「まさか、あいつが。どうしたら…。」
黒が頭を掻きむしり、うなだれる。
知花さんがティーカップを置いてすくっと立ち上がる。
「ここは私に任せてください。」
そして決行は午後九時。
7人を3ペアに分け、一人一人がルートを変えてそれぞれの任務をする。
黒、アンルさん、輪命ちゃんはばらばらでクレッシェンド・ヴィシャスのカルネージ本部に向かう。
俺、莉黒は都内を一日かけてピーストレインで一周する。
定芽さんと裏紅さんのチームは索敵しつつ、各地を回って敵の目を欺く役割だ。緊急時の戦闘に強い定芽さんと裏紅さんのコンビなら、何かあっても切り抜けられるからとの判断だそう。
青葉と刹那は二人で別任務にあたっていて、知花さんはティラノで指示を出す。
各自に連絡用の無線機が与えられて任務スタートとなった。
俺は強くないので莉黒と一緒に行動していた。
ピーガガガ、という音が耳元の無線機から聞こえ、思わずよろけてしまった。
「そんなに焦らなくても…大丈夫?」
「うん、大丈夫。誰からの連絡だ?」
無線機のボタンを押して通信を受ける。
緊急連絡でなければこのボタンを押さないと通話ができない。
「警戒を怠るなよ、莉黒、海。」
「黒、お前携帯にノイズ入りすぎじゃないか?」
ざっざっざ…というノイズが携帯越しに伝わってくる。
「ああ、今走ってるからな。」
「走ってる!?」
莉黒が驚く。
「ああ、俺は一番につく担当になっちまったから走ってヴィシャスに向かってる」
プレイグには年の差には多少幅はあるが、10人しかいないので上下関係などはない。ただ、プレイグの創設者である黒がリーダーということになっている。そのため、一番最初に黒が出向くということになった。
「お前、走ってて、息切れないのか?」
「別に」
黒と一週間過ごしてみてわかったがあいつは完全に体力お化けだ。俺もプレイグの一員として稽古をつけてもらうことにしたが、あいつらの強さは尋常じゃなかった。これがプレイグの実力か…。
「まぁ、頑張れよ」
そういって俺は電話を切った。
「まぁ、頑張れよ」
そういって海は電話を切った。
木々の間を通り抜けて走るのも楽ではない。まったく、知花さんは俺に無茶なことをさせたがる。
そんなこんなしているうちにピーストレインの駅に着いた。俺はそのまま後ろのほうの座席に乗りこんだ。
数十分してクレッシェンド・ヴィシャスにつく。
俺が到着連絡を入れて、海と莉黒、定芽と裏紅、輪命が動き出す。
どうかイグニスに、いや。
…彼奴に会いませんように。
そして俺の願いも虚しく、俺の行く手には毒島月夜と大音和音が立ちはだかっていた。
「…簡単には通してくれないってわけか」
毒島月夜…ツキは何も言わず無表情で俺を見る。
大音はツキの後ろでそっと佇んでいる。
袋小路の裏路地か。地の利はないな。
俺は落ち着いて待機班にブザーを鳴らして緊急招集連絡をかける。
「…今日が満月じゃないのが残念だな。」
「月夜狼」
爪が獣のように鋭く尖る。
犬歯が牙のように伸びて、目が赤色に充血していく。
その姿はまるで人狼そのもの。
「かかってこいよ、イグニス。
俺がまとめて捻り潰してやる。」
「狼…?」
大音が驚いて後ろに下がる。
「和音ちゃん、危ない。」
「悪魔の鉤爪」
大音に当たらないすれすれに斬撃を飛ばす。
アスファルトの地面が大きくえぐれる。
「くっ、」
月夜が大音を抱えて飛ぶ。
「ツキ、どうして向こう側にッ、」
「…」
月夜が無言でナイフを取り出し、腕に巻いていた包帯をするするとほどいて、傷をつける。
「紅酸」
しゅわしゅわとした音が聞こえ、腕から血の色をした泡が出てくる。
爪を飛ばして毒を払いよけるが、前方から毒がまた降ってくる。
「くッ…。」
すれすれで攻撃をかわし、短刀を取り出す。
次の攻撃を繰り出そうとまた腕を傷つけようとした隙を狙って鳩尾を思いっきり蹴る。
「がはッ、」
壁際まで思いっきり叩き付けて間合いを詰め、ナイフを突き刺す。
「…追い詰めた。」
ナイフが月夜の耳すれすれに刺さる。月夜の耳から血が垂れる。
「ツキ、どうして…俺達を裏切って…」
俺が言葉を放つのを聞こえないふりをしてツキは目を逸らしたまま。
ツキの襟元をつかもうとした瞬間、目を離していた大音和音がツキに手を伸ばした。
次の瞬間、2人はその場から跡形もなく消え去っていた。
おそらく大音の能力か何かでワープでもしたのだろうか。
…逃がしてしまった。
どうして俺たちを裏切ったのか。
どうしてあの日、俺を置いていったのか。
俺のたった一人の親友で、プレイグを創設したメンバーの一人、毒島月夜。
いずれ、真実と向き合わなくてはいけない。
「黒!!」
一縷さんと輪命ちゃんが急いで駆けつけてくる。
「あぁ、大丈夫だ。怪我一つない。」
輪命さんが目の前の建物を見上げた。
「…おおきいね。ここがカルネージの本部か。」
「っていうか、ここは国指定重要文化遺産の『悪魔の館』だろ。なんでここに本部があるんだよ。」
そう。一縷さんの言う通り、ここは大戦前150年に悪魔族が作った館で、今は国の名所、観光スポットの一つになっている。
そしてカルネージは隠れ家としてこの館の地下にアジトを作ったとの説明だった。
「まさかこんな派手なところにアジトを構えているとは考えないだろうからな。」
このアジトへの入り口は無数に存在し、クレッシェンド・ヴィシャスに根を張るようにアジトはできている。
そして俺らが指示された入り方、それは…。
「へぇ、あくまの館の中ってこんな風になってるんだ。教科書以外ではじめて見た。」
輪命ちゃんは案外落ち着いている。
カルネージのアジトに入るために、まず中に入り、一階の展示場から二階に上がるためのエレベーターに乗る。
館は3階建てだが、数字の書いていないボタンが7個あり、計10個のボタンが2×5で配置されている。
それを順番に押す。
まずは右列の上から2番目。
次に左列の上から3番目。
右列の一番上と左列の一番下を同時に押す。
左列の2番目を3秒程度長押し。
右列の3番目を2回押す。
そして、最後に開くボタンと閉じるボタンを同時に押す。
エレベーターの扉が閉まり、籠が鉄の扉で二重に閉じられる。
そして俺らは地下へと向かった。
「ようこそカルネージへ。皆様を心よりお待ちしておりました」
銃を腰に吊り下げた黒服の男たちが頭を下げる。
「やはりカルネージは組織のセキュリティが頑丈…にしても、よくこの館の下をアジトにできたわね。」
耳につけた無線機から知花さんがつぶやく。
3メートルくらいの扉の前にたどり着き、黒服の男たちは足を止めた。
「ボスはこちらです、十牙黒様と一対一でのお話を希望されています。」
「じゃあ、がんばって」
「気負い過ぎず行けよ」
輪命ちゃんと一縷さんは別の部屋に通されていった。
ドアを押して中に入る。
「ッ重…。」
この素材、鉄とかそういう比じゃない。なんなんだ…?
中は書斎のようになっていて、赤い絨毯が敷かれている。
そして中央に座っているのはカルネージのボス、嬲陀カルラ。
柘榴色の瞳に山鳩色の髪を二つに分けた容姿、手配書そのままだ。
唾をごくりと飲み、嬲陀に向き直る。
「今日はわざわざすまない、プレイグの十牙黒君。」
「よろしくお願いします、嬲陀カルラさん。」
「現れたか…イグニス。」
青葉が封印を解いて私を出現させる。
「プレイグ…ダークサイド…皆殺し!!」
天美さんが道をふさいでいる。なんだか様子がおかしいな。
目の模様が渦巻き状になっている。
‐ほのかちゃんが殺された時と同じ目だ。
後ろには飯島先輩、クロの要注意リストにあった人。
私、柊刹那は本来表立って戦う要員ではないんだけど、今回は仕方ないか。
「時間殺し」
懐中時計を取り出し中央にあるラピスラズリ出できた四角いボタンを押す。
「1ノ文字盤・|砂時計ノ眠リ」
時間を止めてから、青葉に触れて青葉の時間を動かす。
「どうする?このまま逃げちゃったほうが良いかもだけど。」
「目的はもう果たしてるし、戦闘せずに−」
「待ちなさい」
「!?」
気づかなかった、否、気づけなかった。
いつの間にか飯島先輩は私の背後を取り、肩をぽんと叩いた。
クロの言っていた通りだ。気配の消し方がうますぎる。
「なぜ時間殺しが効かないの?」
さっと体を翻し距離を取る。
また彼女の気配が消える。
「1ノ文字盤が効かなくたって、攻撃手段は…」
はッ。
「あらあら、油断は貴方たちが一番しちゃいけないものじゃなくって?」
「刹那ッ!!!」
速すぎる。
瞬きした次の瞬間には首元にナイフが突きつけられているなんて。
ただ、ここで負けるほど私達も弱くない。
突きつけられたナイフの刃を思いっきり握る。
血がしたたり落ちて先輩がひるむ。
一瞬の不意を突いてつかんだナイフごとそのまま投げ飛ばす。
「なッ、、、」
吹っ飛ばされた先輩にナイフを突き出して睨む。
「こうやって聞くのが一番手っ取り早い、なぜ時間殺しが効かないのか教えてもらいましょうか」
「…私の能力は洗脳し相手の視界や思考の一部を支配する…。」
そういって先輩は歪に笑った。
「気づかなかった?もう一人が眠ってないこと。」
視界が虹色に歪んでぼんやりと自分の前に人影が現れる。
「走間アザミ…!!!!」
知花さんが言ってた。
この人は秀良の一年のリストには載っていなかった、って。
入学式の日に名前が追加されていて、知花さんが詳しく調べたら衝撃の事実が分かった。
走間アザミと全く同じ顔をした生徒が20年前の秀良のリストに載っているということに。
視界がはっきりした時には銃口が目の前に突きつけられていた。
乾いた銃声が鳴り響く。
そこにはもう、誰の人影も見えなかった。
第六話に続く。