4.集結する殺意
〈登場人物紹介〉
【ダークサイド】
・命水海
ダークサイドで親に虐げられていたが、双子の兄であるカイを殺し反ヒーロー組織のプレイグへと加入した。秀良高校一年生。
・十牙黒
親をヒーローに殺されプレイグを設立した。ダークサイドでパワーは「満月狼」。秀良高校一年生。
・氷室青葉
プレイグのメンバーで天才的な頭脳を持つ。秀良高校一年生。
・柊刹那
プレイグのメンバーで青葉の幼馴染。秀良高校一年生。
・麻布莉黒
黒の幼馴染で小柄な少年。人懐っこい。プレイグのメンバーで秀良高校一年生。
第四話 集結する殺意
「申し遅れたな、少年!すまないすまない。
俺はカルネージの三幹部の一人、間宮 笑武!!
ボスからのお達しで、お前らプレイグと協定を結ぶために手紙を渡しに来たんだ!!」
間宮はそういってガハハと笑った。
「カルネージ!?それに協定って…。」
黒の顔が青ざめていた理由もよく分かった。
俺が落ち着こうとコーヒーの入ったマグを取ろうとしたがいきなりテーブルがガタンと揺れた。
「きょ、協定!?間宮さん、それホントですか!?」
黒がテーブルに手をつき叫ぶ。さっきまで青白かった顔はさっきとは打って変わって紅潮していた。
「あぁ、クロ坊。ホントだぜ。カルラがお前に本部に来いッて言ってる。お前がカルネージの敷居に足を踏み入れるまたとないチャンスだぜ。」
間宮は黒の頭を鷲掴みにし、ガシガシと撫でる。
黒が苦い顔をしながら耐えているのは少し滑稽だった。
「アンタ、カルネージの三幹部と知り合いなの?」
亜月さんが焦りながら黒に聞いたら、黒は意外とあっさり答えた。
「ああ、ガキの頃に世話になった」
俺はそう答えてため息をついた。
間宮さんはそんな俺の首を絞める勢いで肩を組む。
「ンなこと言うなって、ガキの頃からお世話になってる、だろ?」
「へぇ、それは知らなかったねぇ。うちの孫をありがとうねぇ。」
婆ちゃんものんきそうに梅昆布茶を飲んで挨拶する。
「俺の事鍛えてくれた張本人なんだよ、間宮さん。
…最近会ってなかったから家特定して乗り込んできたのかと思ってビビッてたけど。」
「そんなことはねぇよ!クロ坊に会えなかったの気にしてたのは事実だけどよぉ!」
「クロ坊っていうな!」
俺が9歳のとき、俺の父と母はヒーローに殺された。
ちょうど姉さんが友達と遊びに行っていたとき。
そう、あの日は日曜日だった。
俺が母さんにおつかいを頼まれて家に居なかったとき。
俺が帰ってきたときにはもう遅かった。
ヒーローの紋章をつけた男と女が俺の家の前に立っていた。
俺が家に入ろうとすると、いきなり男のほうが俺を殴ってきた。
何かを必死に怒鳴ってて、でも何を言っていたかは覚えていない。
そもそもあいつらが人の言葉を話していたかすらも怪しかった。
俺がタコ殴りにあっていたときにあの人はやってきた。
2メートルくらいある長身に筋骨隆々の大男。
そいつはヒーロー男をたちまちぶっ飛ばして、俺に手を差し伸べる。
「大丈夫か、ボウズ」
その姿こそ、ヒーローに違いなかった。
ヒーローの紋章なんてつけている名前だけの奴らなんかより、ヒーローだった。
結局ヒーロー共は尻尾巻いて逃げた。
大男は事情を聞いて俺と一緒に父さんと母さんに事情を説明しようと家の中に入った。
でも、2人はいなかった。
いや、数分までは「父と母」だったものがそこにはあった。
真っ赤な液体に染まって、いつものような笑顔が消えた体に風穴の空いたヒトガタの何かが2体。
その後のことは、記憶にない。
気づいたときには、俺は婆ちゃんの家のベッドで寝ていた。
婆ちゃんに聞いても、大男なんていなかったと言っていた。
事件後、俺と姉さんは婆ちゃんの家で暮らすことになった。父さんと母さんの事件はニュースにすらならなかった。揉み消された可能性が高いと婆ちゃんは言っていた。あの天下のヒーロー様がそんな事件を起こしたなど、表沙汰になどされないのだろうか。それとも俺等がダークサイドだからそんなニュース流す必要ないってことか。
頭にきた俺は、ある日婆ちゃんの家を抜け出して両親と暮らしていた家に行ってみた。
バリケードがはられていたが、人はいなかった。するりとくぐり抜けて中に入ろうとすると、またあの大男が見えた。
お礼が言いたかった。俺は大男に駆け寄っていく。
すると、大男は誰かと話している様子だった。相手はスーツを着ている。闇取引かな、と子供ながらに思ってそっと柱の陰から話を聞く。
「-次に殺してもらうターゲットは〇〇だ。抜かりのないように。」
「-ああ、いつもご苦労さん。」
殺す?ターゲット?
嘘だよな、嘘に決まってる。
自分に言い聞かせるが、胸から何かがこみ上げる感覚が止まらない。
俺の命の恩人が、クソヒーロー共と同じように誰かの命を奪っていると思うと、吐き気がしてその場にうずくまった。
しばらくして話は終わったようで、スーツの奴が何処かへ行ったのを見計らって俺は大男に駆け寄った。
荒い息で大男に叫ぶ。
「お前、人をころしてんのかよ!
おれの命のおんじんだと思ったのに、、お前も人の命をうばうようなやつなのかよ!
…見損なった。」
暫く沈黙が流れる。
大男はしゃがんで俺に目を合わせる。
その光を灯さない目に俺は一瞬たじろいだ。
「少年、一つ教えてやる。
この世界は、強者こそが正義だ。」
大男は冷酷に続ける。
「他人の幸せを、正義を踏みにじらなくちゃ、自分の幸せは守らない。」
「そんなの…ひきょうだ!何で弱いやつは幸せをうばわれないといけないんだよ!…弱くたって、弱くたっていいじゃん…何で、何でなんでぇ…。」
視界が滲んでいく。噛み締めた唇から血の味がした。
「ボウズ、お前が思っている以上に社会は残酷なんだ。
ダークサイドってだけで差別される俺らは、強くなくちゃ人並みの幸せすらも得ることができないんだよ。」
なんでだよ。なんでおれらばっかりこんな思いしなきゃいけないんだよ。
それなら。
おれはもっと強くなって。強くなって。
強く強く強く強く強く強く強くつよくつよくつよくつよくつよくつよくつよくつよくつよくつよくつよく。
あいつらに地獄を見せてやる。
正義という名の拳銃を振り回しているあいつらに悪という名の制裁を与えてやる。
「じゃあ、ヒーローをみんなころせば、おれはしあわせになれる?」
そう言って幼い俺は、いびつな笑みを浮かべた。
「おれにつよさをおしえてくれよ、おじさん」
「いやぁ、クロ坊に訳あって稽古をつけるようになって、今のプレイグメンバーのうちいくつかは俺が鍛えたかわいいかわいいボウズ達だったから、おれもびっくりしたよー!」
間宮はうきうきとした様子でしゃべる。
「ってことで、朝早くからで悪いんだけど、メンバーを招集してくれねぇか。本部に来ることと、一つ、話しておきたいことがあるから。」
黒は少し考えた後、口を開いた。
「分かった。みんなに連絡してみる。
…ところで、どうしていきなり俺らがカルネージ本部に呼ばれたんだ?」
「ああ、そのことか。カルラがずっと前からお前たちプレイグに興味を持っていて、今回とうとう呼び出すことを決心したらしいぜ。」
てっきり名愛の名前が出てくるのかと思っていたが、伏せているのか?
気になって俺も聞いてみる。
「あ、あの。名愛結衣って知ってますか?そのカルラって人と知り合いの秀良生なんですけど…。」
「うーん、カルラと仲のいい結衣って名前のやつは俺は知らないが…。
名愛…それに秀良生…もしかして。」
そういって間宮はしばらく考えたのち、俺のほうを向き直った。
「…その名愛ってやつ、見かけたら教えてくれ。」
そういって、間宮は外に出て行ってしまった。
プレイグメンバーが招集されて、カフェのテーブルに各々がつく。
プレイグは9人のメンバーで構成されているグループで、それでも新進気鋭と言われるのはそれぞれのステータスが高いからだろう。
見渡すと、計7人がカフェで各々好きなものを食べつつ集まっていた。
すると、紫の髪にキノコのヘアピンをつけた小柄な女性が口を開いた。
「えーと、カルネージ本部にお呼ばれしたって話?」
この顔、どこかで見たことが…。
思い出した。隣のクラスの毒島月夜だ。
でもあいつは男だから別人か。
考えていると、莉黒がやって来た。
「みんなー!!この人が黒の勧誘で入った命水カイくんだよー!!
さっ、自己紹介して。」
「えっと、命水海です。」
『え』
みんなの声が重なる。やってしまった。
「カイじゃなかったの!?ってかカイって言ってたよね!?」
莉黒がパニックになる。凄く申し訳ないようなことをした気持ちになった。
「じ、実は…。」
事情を説明すると、みんなは納得してくれた。
「そういうことだったんだな。じゃあお前の兄が死んだはずなのにお前が死んだことになっていると…。」
氷室は少し考えこんで俺に聞く。
「お前は結局津田を殺してないんだろ?それなら天美が見せた映像に出てきていたお前はお前じゃない、つまりお前の双子の兄である可能性が高い、でも兄は死んだはずだ…ということか。」
「そうだな…まぁ、長くなるからこの件は後で考えよう。」
さてと、と柊が腰に手を当て辺りを見渡す。
「難しい話は一旦おいておいて、海くん…でいいんだっけ。せっかくだから私達も改めて自己紹介するね。
私は柊刹那。ダークパワーは時間停止とか時間をゆっくり動かしたり早送りしたりできる能力の時間殺し。んー、あと言っとくことは…。私の両親は10年前くらいに処刑された第一級犯罪人なんだよね。よろしく!」
明るい声の割にえげつないことを言うな。第一級犯罪人なんて、この国に数えるほどしかいない国家反逆レベルの犯罪者に送られる称号だ。一体何をやった人だったんだろうか。
「んで、こっちは氷室青葉。ダークパワーは人間を自分の体内に閉じ込めておける封印。めちゃくちゃ頭良いんだよー!」
本人に一言も喋る隙を与えさせなかった。氷室も若干やきもきしているのか、なんとも言えない顔をしている。
「悪夕定芽。19才。ダークパワーハ力増幅。自分ノ元ノ身体能力ヲ全テ7倍ニデキル。ヨロシク。」
機械音声に変換された声に170㎝位の身長、大きな赤いひし形が描かれたホッケーマスクのような仮面にグレーのパーカーという格好で顔を隠している。元秀良生で亜月さんの後輩らしいが、少し怪しいと感じるのは俺だけだろうか。
「水無瀬一縷…ダークパワーは、空気で波を作り出す能力なんだ。よろしく。」
190㎝くらいあるがモデル体型で縹色の長髪、端整な顔立ちをしている。水無瀬さんは18歳で秀良生。中学3年生の時に事件を起こして少年院に2年入っていた事があるらしい。
「毒島裏紅。18。ダークパワーは名前の通り毒。忙しいからあんまり会合参加できないかもしれないけど、よろしくね。」
裏紅さんは家が貧しく、両親が亡くなってしまっているため、7人の妹弟たちを長女の彼女一人で養ってきた苦労人らしい。
「初対面でこんなこと言って申し訳ないけど、暇だったらおちび達と遊んであげて頂戴」と本人も言っていた。
月夜との関係については、後で莉黒に「裏紅の弟で俺等の幼馴染だけど、色々あって俺等と離れちゃったからあんまり話題を出さないであげて」と言われた。
話をしていると、カフェに小さい女の子と女の人が入ってきた。
女の子は小学生くらいで、ふわりとしたフランス人形のようなドレスを着ている。白銀の髪にサルビアブルーの左目、右目には眼帯をしている。少女は人形を抱きしめて、女の人の手を握りカフェのカウンター席によじ登った。
女の人はスーツを着ていて目のくまがすごい。深緑色の髪の毛にアンダーリムの茶色い眼鏡をかけていて表情が読みづらい。
「ああ、輪命ちゃんに知花さん。いらっしゃい。飲み物は何にする?」
亜月さんが二人に気づいて声をかける。
「…クリームソーダ。あっ、さくらんぼはふたつ。知花さんはどうする?」
女の子が表情を変えずにしゃべった。
「じゃあ、私はアイスコーヒーにします。亜月ちゃん、ありがとう」
女の人も疲れ切った様子で答えた。
「あの人たちは…?」
すると女の子がくるりときれいに回って、俺のほうを向いた。
「わたし?わたしは輪命。いつもはサーカスだん『アップルファンタジスタ』のえんじゃをやってる。12さい。」
「ええと、本田知花。25才で、ITエンジニアをしてて…2人子供がいます。」
輪命ちゃんはもともと孤児で、今はダークパワー「踊レ人形劇」を使って、サーカスの演者をやっているらしい。間宮さんの勧めでプレイグに入ったらしく、戦闘はプレイグの中でも強いらしい。
知花さんは頭がよく、学生時代は国で一番の学校を首席で卒業したが、パワーがなくダークサイドなので就職に難があり、結局ブラック企業でITエンジニアをやっているらしい。子供が二人いるが父はいないらしい。プレイグでは非戦闘員で、戦闘の際はティラノで指示や戦況把握に徹しているそうだ。
「やっぱりダークサイドだからってこんな扱い、って就職期に思ったときに、黒君にプレイグに勧誘されてたこと思い出して…どうせだから反抗して見るのもいいかなって。こんな理由じゃ子供みたいで大の大人が恥ずかしいですけどね。」
隈のひどい顔で彼女は笑った。
「海の双子の兄弟ってヒーローサイド?」
氷室が俺の隣に座って話しかける。
「ああ。両親はどっちもヒーローサイドなんだけどな。」
「…本で見たけど、ヒーローサイドの親からダークサイドが生まれるのは、双子では良くあることらしくて、だいたい80パーセントの確率で生まれるから双子を産むかはやはり慎重に考える親は多いらしい。
昔はダークサイドだけじゃなくて双子も忌む風習があったらしいって聞いたことあるけど、そういうことなのかな。」
「へぇ…。」
知らなかった。
…その上で俺を産んだってことは、あんな親にも生まれる前くらいには愛はあったってことかな。
それとも、はじめからカイだけが目当てだったのか。
まぁあの親だ。考えるのはやめておこう。
…というか、当事者の俺が知らなかったことを青葉が知っているなんて、流石入学最初の座学テストで全教科首席を取っただけある。
話が一段落したのでふと俺が気になったことを聞こうとする。
「そういえば氷室と柊ってさ…」
「苗字じゃなくて、名前で呼べよ、僕らの事。これから一緒に過ごす仲間なんだし。」
氷室…いや、青葉が明るく話しかける。青葉は人が良くて冷静だからどこかの表情筋ない奴とは違ってすごく話しやすい。
「それで、どうかした?」
「…いやなんでもない」
青葉と刹那って付き合ってるのかなって聞こうと思ったが、今思えば野暮だしやめておこう。
そんなこんなでしばらく雑談をした後、間宮が帰って来て、話が始まる。
「全員揃ったな。遅れてすまない。少しカルラと話をしてたんだ。
カルラはお前らと協定を結ぼうとしている。協定について説明するな。
協定の内容としては、プレイグとカルネージが今年の二月に都立秀良高校を襲撃するための一年間の協定とする。協定を結ぶにあたって、3つ条件がある。
1.大きな事件を起こす際には、プレイグがカルネージ相談し、合意のもと、事前の計画通りに行うこと。
2.カルネージがセーフハウス等の設備を提供する代わりに、プレイグは計画や任務などの指示に従うこと。。
3.名愛結衣についての情報を提供すること。
だそうだ。よろしく頼む。」
パッと見普通の条件だが、何故名愛についての情報提供が協定の条件に含まれているのだろうか。
気になって間宮に聞いてみると、また少し電話をしたのち間宮は答えてくれた。
「…名愛って人が今失踪しているらしくて、カルラが探しているらしいんだ。カルラとしては少しでもいいから、その人の情報が手に入ったら教えてほしいって言っている。」
ところどころ言葉を濁すような言い方なのが引っ掛かったが、ひとまずは理解できた。
「…失踪か。結衣ちゃんには悪いけど、私と結衣ちゃん同じ吹奏楽部で仲良くしてたから、情報は提供できるかも。」
柊が意外にあっさり承諾したので、条件は飲んだ。
カルネージのボスは別件で今忙しいらしく、1ヶ月後に正式にクレッシェンド・ヴィシャスに出向くことになった。
「クロ坊、気張らずに行けよ!カルネージはお前らを歓迎するぜ!」
そういって間宮は帰り、俺等も解散した。
その日の午後、俺は一人で出かけることにした。
ハピネスシティにある俺の家を訪れるためだ。
燃えた家がある場所を見て俺は衝撃を受けた。
「…燃えて、ない?」
燃えてなくなったはずの家がそこにあった。表札が変わっていて、「相馬」と書かれている。
津田は確かに家が燃えたと言っていた。津田が嘘をついていたのか?
とりあえず玄関のチャイムを押してみる。
「はい、相馬です…。」
若い夫婦がでてきた。話を聞くに、入居したのは今年の4月で、家探しをしていたところ、値段があまりに安く、いい物件を見つけたから半信半疑だったが買ってしまったとのこと。値段以外に特に怪しいところはないという。中が気になって、少し見せてもらうことになった。
間取りが違う気がする。昔の家の3分の2くらいしか面積がない。燃えてなくなったのか、減築されたのか、しかし周りを見た時外観は全く変わっていなかった。のこりの面積に何かが隠されているのか?
それに、家の所々に、隠そうとしているが焦げ跡がチラホラと見える。やっぱりこの家は焼けたのだろうか。
間取り図と相馬さんの連絡先を一応もらって帰ることにした。
外に出ると、もう時間は6時半になっていた。
暗い夜道を歩いていたとき、「それ」は現れた。
「カイがいる」
天美が持ってきた監視カメラの映像で見たカイ。映像の偽造だと思っていたが、今こうして目に映っているのだから間違いない。カイだ。
幸い奴は俺に気づいていない。こっそりあとをつけることにした。
追いかけていくと、小さな神社にたどり着いた。「金手神社」と書いてある。こんなところ、この街にあっただろうか。
階段を登って鳥居の方まで来たとき、突然「カイ」は振り向いた。
ビクッとして思わずよろける。手すりを掴んでバランスを取り直す。
「…お前、カイなのか?」
カイ…いや、その男は右手に小さなバック、左手に拳銃を握っていた。俺は会話をしながら何とかこいつに関する情報を得ようと、ファスナーの少し開いたバッグからはみ出たクリアファイルに目を凝らした。
奏雲会?いや、爽需会か?何かの団体の名前みたいだが、文字が小さくてよく見えない。
男はその行動に気づく素振りもなくペラペラとしゃべる。
「君は…命水海君だね。僕はカイくんではない、いや…カイくんと魂を入れ替えたと言おうか。」
「じゃあ、カイの魂は…」
「僕の体に乗り移っているはずさ。きっと生きているよ。僕は居場所知らないけど。見つけたら教えてよ。僕ヘマしちゃってさー、生きてるとまずいんだよね。あー、せっかく家燃やしたのにな。」
子供っぽく奴は笑った。多分コイツの言っていることは嘘ではない。ならコイツが犯人ということか。
思わず焦ってしまう。
「お前…どんな目的があってこんなことをしたんだ?」
「ナイショ。」
まともに説明しようとしない。当たり前か。
「あぁ、そうだ!」
奴の急に口元がニヤけだす。奴は階段を下って手すりにすーっと手を滑らせ、一回転した。
「君が聞いてるのって、津田ほのかちゃんのことかぁ!あの子はごめんねぇ、でも気づいちゃったんだよあの子は。だからナイフでグサグサッと…。」
「テメェ…!!」
落ち着け。落ち着け俺。ここでキレたらこいつの思うつぼだ。
そう思ったとき。
いきなり奴は血を吹いて倒れた。
少しずつ近づき、血の吹き出た頭部を確認する。
こめかみに弾痕がある。銃で打たれたのか?
「逃げないと」
ここにいると死ぬ、俺は本能的に階段を駆け降りた。
鳥居を抜けて神社を出て、ふと我に返る。
「……?」
振り向くと、そこには神社なんてなかった。
そして町の角から密かに海を見つめる影が二つ。
「しくじったわね、岡田。悪く思わないで頂戴」
黒いマントに身を包んだ五歳くらいの少女は煙草に火をつけふーっとため息を漏らした。
横にいた2mほどの長身の男が尋ねる。
「感情の高ぶりが仇となりましたね。…でも秘密をぺらぺらとしゃべる奴を我々はいかしておく気はない。
それより、奴のしくじりによって我々の正体をミコトミズに気づかれたらどうするのですか。」
「確かに彼には多くのヒントを与えてしまった、でも。」
そういって少女は指を鳴らした。
彼女はみるみるうちに大人の女性へと変貌していく。不敵な笑みを浮かべて彼女は煙草に口をつけた。
「私達に辿り着けなんてしないわ。」
第五話に続く。