2.憎悪するディセンダント
〈登場人物紹介〉
【ダークサイド】
・命水海
ダークサイドで親に虐げられていたが、双子の兄であるカイを殺し反ヒーロー組織のプレイグへと加入した。秀良高校一年生。
・十牙黒
親をヒーローに殺されプレイグを設立した。ダークサイドで秀良高校一年生。
【ヒーローサイド】
・吹雪澪
海の幼馴染で秀良高校一年生。
第二話 憎悪するディセンダント
「お前さ、反ヒーロー組織に入らねぇか?」
「はっ…?」
黒は表情を変えずに続ける。
「憎しみの・監獄でできた、ダークサイドたちによる反ヒーロー組織、プレイグ。」
グラオザーム・ゲフェングニスとはダークサイドだけが住む都市。そこには反ヒーロー思想を持つ者たちが多く集うというが、こいつの言うプレイグとやらも、そんなものたちの集まりなのだろう。
「なんで俺が…。」
「んじゃ取引。お前がダークであることは言わないでやるし、なんなら隠すのに協力もしてやる。だからお前はプレイグに入れ。」
こいつ、話が通じない…。
「分かった、分かった!お前が俺をプレイグとやらに入れたい気持ちはよーく分かった!」
「じゃあ…」
「なぜ俺をそんなにプレイグに入れたいのか、聞かせてもらおうか。」
しばらく考えたあと、黒は答えた。
「プレイグは俺が創設した、反ヒーロー組織。俺らは一緒にヒーローをぶっ潰す仲間を募集中だ。」
「はぁ、」
「そして、俺らは1月に、ヒーロー組織の柱である都立秀良高校に総攻撃を畳み掛ける。」
「総攻撃…?」
「そう…。そして俺らは、この世界をリセットするんだ!」
段々と黒の瞳が怪しげに光っていく。
マスクの下から鋭い牙が覗き、瞳孔が開いていく。
昼間に浮かんだ満月が揺れる。
背筋がなぜかゾクゾクと震えて、俺は思わず
「分かった」
と言ってしまった。
その日の夜は、学生寮の部屋分けがあった。
生徒塔内にある部屋に4人一部屋で住む。俺の部屋は5階12号室、黒とまさか同じ部屋だった。
部屋割りが始まってまず話したのは、自分のヒーローパワーについて。
ヒーローパワーというのは、選ばれしヒーローサイドだけが持っている特殊能力のことであり、人によってそれぞれ異なる。
例えば、澪の場合は氷。氷を自由自在に操ったり、発生させたりできる能力で、殺傷能力も高いが利便性も大きい。
ヒーローパワーは生まれつきで、変えたりあとから出現させたりすることは不可能とされている。同じようにダークパワーを持っている選ばれしダークサイドもいる。
「俺のヒーローパワー?月夜狼だ。」
ヒーロー、の部分を少し濁らせながら黒は言いはなった。
「ムーンリット?なにそれかっけぇ!」
同室の二人、田中と浜谷がはしゃぐ。
「…月のパワーを貯めて狼の力を使うことができる能力。」
一息ついて、黒はコーヒーを口にする。
田中と浜谷は目をキラキラさせながら続きを聞こうとしたが、黒はそれ以上何も話さなかった。
何か悪い思い出があったのかもしれない。
澪のように、ヒーローパワーを持っているやつは秀良に入学することができる。
普通はダークサイドは秀良には入学できないが、よほど才覚に優れているダークパワーを持つものは、秀良への入学を許可される。最近はそういう表面上の差別が少なくなりつつありダークサイドの入学者が増えてきているが、学年のヒーローとダークの割合は7対3となっているのが現状だ。
死んだカイには回復というヒーローパワーがあった。
怪我をすぐに治すことができるという。
‐俺にはそんな力はない。
就寝時間をとっくに過ぎた深夜12時、ちょうど起きていた黒にプレイグのことを聞いてみようと思ったので声をかけようとしたら、突然黒のスマホが鳴った。スマホ画面を除くと、
「とーがのみらいのおくさん」
と書いてある。彼女だろうか?失礼だとは思うが気持ち悪いな。
…と思ったのもつかの間、黒はスマホを引っ掴んで窓際へ向かった。
黒は電話で声を荒らげていたが、その割にホッとしたような顔をしていて、昼間の狂気じみた顔や、いつもの冷静沈着な顔からは想像ができないような表情をしていた。
なぜ、黒はヒーローを憎むのだろう。
ふと、そんなことが頭をよぎった。
次の日からは特に何事もなく学校生活が始まった。俺がカイではないということはバレていないらしい。アイツと瓜二つに産まれてきたことに今は感謝するべきか…。親でもなければ、俺とカイの違いには気づかない。澪を除いては。
初手一週間、ダークサイドでも生きていくために培ったコミュ力で、俺には意外と友達がわりかしできた。黒はというと、無口なせいで俺と莉黒意外に友達がいなそうで、そこは同情した。
黒はときどき女子のリーダー格となった天美六花に目をつけてるようなそぶりが見られる。オレンジがかった黄色の髪をツインテールにしている、琥珀色の目の女子だ。親がヒーロー連盟会長なだけあって、態度は傲慢だが頭もよくヒーローとしての素質も完璧。まさに秀良生の代名詞とも言える存在で1ーAの学級委員を担っている。何から何まで黒と対照的な印象を受けた。黒の行動は「プレイグ」のためなのか、それとも彼女に何か羨望を抱いているのか。
俺の隣の席に座るのは津田ほのか。津田はあどけない少女で、少し気が弱く、青藍色の長くふわっとした髪をおろしているそばかすの少女。
あと、津田に関してはもう一つ。
まるでどこか出会ったことのあるかのような口ぶりで話すのだ。多分この感じはカイの知り合いなのだろうが、少しばかり言動に引っかかるところがある。
「命水君、覚えてない?私のこと。」
「あ、ええと、久しぶり…かなぁ。」
「しばらく見ないうちになんだかクールな感じになったんだね。」
津田は鋭い視線を俺に向ける。
「そ、そう?あはは」
カイの雰囲気に似せるのはすごく癪だが、こればかりは仕方がない。こいつがカイとどの程度の関係だったのかは知らないが、今のところは注意深く様子を見ておくしかなさそうだ。
一か月がたって、俺らの生活も少しずつ日常へなってきたころ。
諸羽が俺らに声をかけてきた。
諸羽つるぎ。天美とよくつるんでいて、活発なタイプ。涙ぼくろがあって、ライムのような色の肩までの髪の毛をハーフツインにしている。天美と違い勉強は苦手なようだが、人当たりはよくみんなから好かれているらしい。
「十牙くんと命水くんだよねー!今暇?」
「ま、まぁ、暇だけど」
「よかったー!!実は二人に手伝ってほしいことがあって…。」
話を聞くに、諸羽が所属している演劇部の劇に出演してほしいということだそう。
「なんていうかさ、十牙くんと命水くんって、顔面強いじゃん。
莉黒くんもぜひ出てほしいって言ってたから…。この通り!お願い!」
黒がだるそうな顔で本日一回目の発声。
「…莉黒が直接来いよ。」
表情筋が全く動かないが、黒はいささかご立腹、というか呆れているようだ。
「まあまあ…莉黒くんは演劇部の準備や指導で忙しいから仕方ないよ…。」
道理であまり教室外で見ないと思った。
しばらく考えた後、黒は言った。
「仕方ねぇ。」
マジか。俺はまだ悩んでるんだけどこれ俺も巻き込まれるパターンが濃厚じゃないか?
「じゃあ命水くんも…!!」
「分かったよ、今回だけだからな。」
諸羽は黄緑色の目をらんらんと輝かせた。
「ありがとう!!んじゃ早速演劇部へゴー!!」
諸羽に連れられてやってきた劇場。
広い舞台には津田がたっていて、何か打ち合わせをしているようだった。
諸羽が台本を持ってくる。
「貴方と私のシンフォニア」
最近完結した人気小説。確か澪に借りた事がある。
確か、両親を亡くした少女カナが、いじめなどの辛い経験を乗り越えて、想い人と結ばれるというストーリーだったはずだ。
黒も台本を見ていたらしく、自分たちの役を指さして表情を変えずに行った。
「俺らの役は…あぁ、これか。
えーと、主人公に絡む不良の先輩AとB…。」
…諸羽は俺らに何をやらせるつもりなのだろうか。
横の黒をちらっと横目で見ると、相変わらず表情が変わっていなかった。
尚更、あの時見せた表情の不気味さが際立って身震いした。
台本を顔色一つ変えずに台本を読む黒の肩を叩こうとして後ろを向こうとすると。
「こんにちは。ようこそ演劇部へ。」
不意に背中から声がして、前に向き直った。
不意に声がして、俺、十牙黒は前を向いた。
気配の消し方が尋常じゃない。下調べはしていたが…コイツ、結構な手練れだな。本当に高校生か?
「初めまして。ここ秀良高校で生徒会長を務めております、飯島暁と申します。」
飯島暁。2年A組所属の生徒会長。演劇部所属で親はヒーロー。
反ヒーロー組織の取り締まり運動に積極的に活動していて敵に回すと厄介な相手。
そして何より、最近動向が怪しいという噂を裏紅から聞いている。
何か裏があるのでは、とか。
演劇部には監視しときたい生徒が数名いるし、チャンスがあれば莉黒だけでなく俺もある程度接触したいとは思っていたが、自分からやってくるとは。
これからしばらくは、黒い噂の多い演劇部内の調査に当たっておくか。
計画を完璧に遂行するために。
それから、俺たちの演技指導は始まった。台本読みから始まって、なかなか演劇というのは思っているよりきついということを身に染みて思った。黒はというと、息一つ切らさずに動くものだから、そろそろ本格的に黒は演劇部に入部してもいいんじゃないかとさえ思っている。
ただ、黒には何か目的があるようで、飯島先輩たち部員のことを時おり睨むような目つきで見たり、莉黒と時折二人で何か話しているときがある。
この前は聞きそびれてしまったが、彼らの目的は何なのだろうか。
ひとまずは俺と澪に何もないことを祈る。
そうして考えているうちに休憩時間も終わり。今回はクライマックスの、主人公が感情を表に出して歌いだすシーンからの通しだ。
スポットライトが虹色に輝き、舞台が白へと染まっていく。
すっ、と音を立てずに暗闇の中から出てくる少女。
津田ほのかだ。
といっても、普段の教室の時とは雰囲気がまるで違う。
思い切り息を吸ったかと思うと、力強く歌いだす。
まるで天使のように飛び跳ね、そして無邪気に笑う。
素人の俺でも分かる。
その歌声には、その場にいた全員を圧倒させるパワーがあった。
天女の歌声はやがて終わる。
…スポットライトの陰では、絶望とも感嘆とも取れるため息が漏れる。
飯島先輩が津田を睨んだかと思ったら、津田に「おつかれ」と言いに行った。
あの先輩は何を考えていたのだろうか。黒が目をつけているのは演劇部内のイザコザに関係してるのだろうか。
俺の知ったことではないが。
「お疲れ様でしたー!」
そして練習は終わって黒、莉黒とともに学生寮へ帰ろうとする。
すると、津田が声をかけてきた。
「カイ君、おつかれさまー。」
「ああ、お疲れ。…演技と歌、すごかったね。」
「…でしょう?カイ君も来てたから張り切ったんだよ!
私が演劇部期待の新人、津田ほのか。」
そういってスカートをふわりと翻し、無邪気に笑う津田。
「うん、すごくよかった」
短くそれだけ言って、津田に背を向けた。
「私さ、今週は忙しいんだけどさ。」
後ろからいきなり言われ俺はゆっくりと振り向いた。
「カイ君は来週の稽古後って時間ある?」
稽古に参加し始めてもう2週間がたった。
だんだん俺の演技も板についてきた。黒は意外に演技がうまいようで、けっこう長いセリフをもらっていてすごいと思う。いつも無表情なので、演技でしか感情の高ぶりを見られないのもあってか、入学当初からひそかにできていた黒のファンたちは興奮しているとかいないとか。
そして、俺が2週間で気づいたこととは、先輩たちはやはり津田のことを良く思っていないということ。入学してからまだ時間がないのに主人公役をオーディションによって勝ち取った津田を恨めしく思っているのか。まぁ、津田の人柄もあってか、表立って嫌がらせなどはされたことがないらしく、ひそかにねたまれているといった程度か。
諸羽に聞いてみると、
「演劇部って聞こえはいいけどさぁ、結局はオーデイションで決まっちゃったりして蹴落としあいみたいなもんだからねぇ。私だって一年なのにメインの役やってるし、あんまよく思ってない人はいると思うよ。」
だそうだ。なかなかハードな業界らしい。
そして、稽古終わり。津田との約束の時間。
津田は話したいことがあると言っていたが、何を言うつもりなのだろうか。
津田は夜の裏庭に俺を連れてきた。
「カイ君、前にも私とこうやって花壇の花を眺めたこと、あったよね」
カイといったのだろうか。
「ああ、あったね、そんなこと」
スカートの裾をふわりと靡かせる。
「こうやってリンドウの花を眺めたっけー、」
その瞬間、津田はにんまりと笑った。
「まぁ君と遊びに行ったことなんて無いんだけど。」
頭を鈍器で殴られたような衝撃を感じた。
なるほど、俺にカマをかけたのか。
思わずひきつった笑いを浮かべてしまう。焦りを悟られないよう、強い口調を使う。
「ごめんね、カマかけてたんだぁ、カイ君、いや、命水うみ君。」
「へぇ、もうそこまでばれてるのか。」
津田はしおれたリンドウをそっと撫でて、ニコリと笑った。
すると、津田はまたいつものような顔をして、それから顔を曇らせた。
「…私の初恋なんだ、カイ君は」
道理で偽物だとすぐに気付かれるわけだ。というか、初恋の人に化けられるなどいい気分ではないだろう。悪いことをした。
「カイ君はさ、同じ中学のクラスでさ。ほら、君とカイ君って、クラス違ったでしょう?
それで、私が入学早々いじめられてた時、助けてくれて。それで好きになったんだ。
…でも、君たちは入学してから2か月でいなくなっちゃったから。」
俺がダークサイドだという噂が広まってしまって、体裁が悪くなった両親が無理やりに俺らを転校させたときのことか。まさかそんなことがあったとは知らなかった。
「それで、命水カイがまさか同じクラスにいるって知ったから…秀良にいるって知ったから…。」
「…ごめん」
「私さ、中学校からうみ君が亡くなったっていう連絡が来ててさ」
「!?死んだのはカイなのに!?」
すると、津田は目を見開いた。
「カイ君が…死? …やっぱりそっか。うみ君が生きてるんだもんね。そうなるか。」
「あ…ごめん。えっと、それってどういう…。」
「…世間では命水海が亡くなったことになってる、ってこと。」
そうなのか。俺としては好都合ではあるが、全てばれてしまった時のことを考えなければいけないのですごく厄介な問題がついて回ったともいえる。どうするべきか。
「それでね、すごく、言いにくいんだけど。」
「どうかしたか?」
「実はね、あなたの家が燃えてなくなってるんだ。」
「…え。」
「あなたのご両親が亡くなってて、焼け跡からは2人の遺体も出てきてる。カイ君の遺体はなかったらしいから、もしかしたら生きてるんじゃないかって。思ったんだけど…。そっか。」
「つまり、カイが死んだとほぼ同時に家が燃えたってことか。」
そういってからハッとする。
「津田、その情報どうやって手に入れてるんだ?そんな事件、ニュースで見てないし…。」
「実は私の友達に探偵やってる子がいてね。その子に調べてもらったんだ。
…勝手に調べちゃってごめんね。でもカイ君の事どうしても忘れられなくって。」
津田は顔を上げて、切り替えるように目をつむる。
「どうやらこの事件はなかなか闇が深くてね。何者かが放火してるってことまで分かってるの。なのに、ヒーローたちは全く動きもしないものだから、どこからか圧力がかかっている可能性もある。」
「…じゃあ、俺が死んでるって件は…。」
「そう。その何者かが、あなたの両親を名乗って根回しをし、あなたを死んだことにして、放火と殺人の件を誤魔化してる。
そして、カイ君の遺体を何処かへ持ち去ってしまった」
そこまで津田の推理を聞いて、少し考える。
この情報が本当に信用できるのか、だ。
「…津田って俺の味方?」
津田はほほを少し赤く染める。これが演技なのかどうかは俺にはわからない、が。
「うん!だって、初恋の人の弟と敵対する理由、現時点でどこにもないじゃん。」
「そうか。」
「信用できないなら全然信用しなくてもいいけど、これからも!…いや、」
そういって津田は言葉に詰まった後、
「…私の分まで、よろしくね」
無邪気に笑った。
もうそろそろ消灯時間が近くなり俺らの密会もお開きとなる。
帰り際、津田は寂しそうな目で俺を見た。
「気を付けてね。」
そして、津田から何故か可愛らしいヘアピンをもらって俺は帰路についた。
「何かあった時のお守り」と言ってもらったはいいが、俺には使い道がない。なぜおれに渡したのだろうか。…それに、最後のあの言葉。俺は誰かに狙われているのだろうか。
だとすると。
ふとドラマでよくある展開を思い出す。
そんなことはないと思いつつも、部屋に帰って俺はヘアピンの両端をつまんで引っ張った。
すると、案の定、中からUSBメモリが出てきた。それをPCに差し込むと、パスコード入力画面が出てきた。もしかするとカイの事件に関する重要な証拠かもしれない。変に試すと二度と開かない、なんてことがあるかもしれない。ひとまずは大事にこれを保管しておくべきだと考えた俺は、南京錠をかけて金庫にしまっておいた。
パスコードの件は明日聞けばいい、そう思って。
午前四時。ふと目が覚めたのでベッドから体を起こしてみる。
すると、なぜかいつも起きるのが遅い浜谷が早起きをしていた。
田中は焦ってとなりの部屋にかけていった。
何かあったのか。
ふと嫌な予感がした。
「浜谷、何があったんだよ」
浜谷は答えない。
「どうしたんだ、そんな真っ青な顔して。具合でも悪いのか?」
いや、と言い、浜谷は言葉を詰まらせながらこちらをまっすぐ見つめる。
浜谷は震える声で答えた。
「津田さんが昨夜、誰かに殺されたらしい」
第三話に続く。