13.道化師は死んだ
〈登場人物紹介〉
【ダークサイド】
・命水海
ダークサイドで親に虐げられていたが、双子の兄であるカイを殺し反ヒーロー組織のプレイグへと加入した。秀良高校一年生。
・十牙黒
親をヒーローに殺されプレイグを設立した。ダークサイドでパワーは「満月狼」。秀良高校一年生。
・氷室青葉
プレイグのメンバーで天才的な頭脳を持つ。パワーは「封印」。秀良高校一年生。
・柊刹那
プレイグのメンバーで時間停止能力「時間殺し」の使い手。両親は大犯罪を犯し亡くなっている。秀良高校一年生。
・麻布莉黒
黒の幼馴染で小柄な少年。人懐っこい。プレイグのメンバーで秀良高校一年生。
・悪夕定芽
プレイグの武闘派で、機械音声にホッケーマスクの謎多い人物。
・本田知花
プレイグの頭脳で本業は社畜エンジニア。二児の母でもある25歳。
・嬲蛇カルラ
第一級犯罪人であり巨大反ヒーロー組織カルネージのトップ。プレイグと協力関係を結ぶ。
・天美六花
プレイグへ対抗するためイグニスを創設した張本人。口癖は「ダークサイドは皆殺し」で、ヒーロー連盟会長の娘。秀良高校一年生。
第13話 道化師は死んだ
「今日はいい天気だ。実に清々しい日だね。」
夢川遊楽はそう言ってカーテンを開け、ユートピアワールド一帯の煌めく朝の光を部屋に取り込んだ。
たった今淹れたばかりのコーヒーを手に、壁一面の大きなガラス窓の横に設置されたローテーブルに腰掛ける。
そして、コーヒーを一口含んで誰もいない部屋に笑いかけた。
「…こういうときほど、良くないことが起こる。」
手袋を嵌め、コートを肩にかけて鏡の前に立った。
「さあ、仕事の時間だね。」
ユートピアワールド内某地点、計画開始の時刻。
各々の持ち場についたプレイグ、カルネージのメンバーの報告がインカムから聞こえてくる。
「黒、準備はできたか?」
アルプトラームにある現場司令室から、青葉が聞いてくる。
「ああ、問題ない。」
もう予定爆破時刻に秒針が触れる。
「…スイッチスタンバイおっけー!」
同じく司令室にいる刹那が声を上げ、カウントダウンをスタートした。
「5、4、3、2、1、きゅー!!」
ごぉん、とけたたましい爆音が鳴り響いた。
遊園地のそこかしこから、煙がたち登る。
…俺が今するべきは、夢川を殺すこと。
何も考えるな、何も…何も。
戦いの狼煙が上がり、俺は走り出した。
「…やはり良くないことが起こってしまったね。僕の読み通りだ。
機動隊、特殊警察部隊『英雄』を呼べ。それまでは僕が対応する。」
夢川は手袋のベルトをきっちりと締めた。
「奇術師」
トランプの札を5枚取り出し、空に投げる。
そして、それらのトランプは空中で弾け拳銃や剣へと変わった。
「皆の笑顔を奪うような悪い子たちには、お仕置きが必要だね。」
「…黒、聞こえた?もうヒーローを呼ばれた。想定より早い。大丈夫か?」
海がインカムで心配そうに聞いてくる。
「問題ない。お前の方こそどうなんだ?」
「あぁ、青葉も刹那もいるからこっちは大丈夫。心配せず、自分の任務にあたってくれって青葉も言ってる。」
「…ならよかった。」
海は、今リグが負傷している状況なので単独行動することになっていたが、救護班に回るということで現在、現場司令室にカルネージのメンバー、青葉、刹那と共に待機している。
青葉は海外大学の入学試験に5歳で合格した実績を持つ程飛び抜けた頭脳を有しているが、ダークサイドという立場が災いしてか、未だ埋もれている天才だ。まあ、本人が刹那の側を離れたくないと言っているからそれでいいのかもしれないが。単純なダークパワーの強さや、駆け引きがうまいなどのとっさの判断に優れているため、プレイグの現場対応の要を担っている。
刹那は、時間停止の能力とずば抜けた身体能力を駆使し戦う。パワーはないが柔軟性や素早さに優れていてアクロバットやパルクールのような動きを得意としている。戦闘センスがずば抜けていて、パワーなしの実力なので能力なしでも応用がきくのが強みだ。あまり頭を使うのが得意ではないが、青葉とセットにして置いておけば最強コンビとなるので頼もしい。
これなら心配はないな。というか、今最も不安要素であるのは誰の目からみても俺だろう。
足の怪我はなんとかして治した。それはいいのだが、正直五体満足で夢川遊楽と戦って勝つ見込みがない。ユートピアワールド内の人間を人質に取っているとはいえ、なすすべもなくやられてしまうビジョンが俺にも、皆にも見えている。
だか、ここで引くわけには行かない。
…それにまだ、こっちには切り札がある。
俺は夢川を探しに、混乱の中のユートピアワールドを走り出した。
インカムから指示を聞く。
知花さんは今日は自宅から姉さんと一緒に音声をつなげている。彼女は現役天才ITエンジニアなので今日はハッキングなどもするのだが、そのときにユートピアワールド内のサーバーがダウンしてしまうと動けないとのことだ。そのため今回本部を仕切っているのは青葉と、カルネージの作戦参謀の吉良という、20代くらいの青年だ。作戦開始前に様子を見に行ってみたが、すっかり意気投合していたようで、ひとまず安心した。
「NC‐023からの視覚情報、夢川を発見。第一部隊は直ちにそちらへ向かってくれ。」
Nは人形、Cは区画、数字は人形の設置されている地点を表している。人形というのは、輪命ちゃんの能力、「踊れ人形劇」が起動できるように仕込んである人形のことで、今回は隠しカメラをつけて遊園地内に紛れ込ませている。そして夢川が見つかったので俺たち第一部隊はその地点に向かわなければいけない。
あと、俺のことを心配した海が、救護班の仕事がないときに俺と音声、映像を共有して一対一で見ていてくれるらしい。
「聞こえたか、黒。もうすぐ戦闘になるから。お前の足、一応完治を確認しているけど、またぶり返す可能性があるから無茶をしすぎるなよ。…死ぬなよ。」
「お前に言われなくても分かってるよ、海。
…じゃあ、行ってくる。」
通信はそこで切れた。
…見つけた。
目的地点に到着すると、ちょうど夢川はそこにいた。
向こうはまだ気づいていない。これなら絶好のチャンスだ。
…作戦としては、あえて俺が夢川の注目を集めた上で、一斉に第一部隊が襲撃する、というもの。
なんとかして、殺気を隠さないと。
「あっ、夢川遊楽さんだ!」
夢川はこちらに気づき、近寄ってきた。
「こんにちは、お客様。ユートピアワールドへようこそ!…と言いたいところなんだけど、今ここは危険だからすぐに離れたほうがいい。それとも…僕に何か御用でしょうか?」
夢川は自然な笑顔を絶やさない。エンターテイナーとしては完璧なのだろうが、敵意が見えにくくて困る。
何も考えるな。無にしろ、無にしろ。
「俺、夢川さんのファンなんです。握手してもらえませんか?」
「…あぁ、もちろんさ!ありがとう、応援してくれて。君のご期待に添えるようなヒーローであれるように、努力するよ。」
そう言って夢川は右手を差し出した。
その手をゆっくりと握り返す。
…これが作戦の合図。
「うおおおおおおおおお!」
一気にカルネージの第一部隊が飛び出してくる。
夢川を逃がさないよう、しっかりと手を握り返す。
夢川は格上の相手。ギリギリまで俺が敵ではないと思わせないと、不意打ちは狙えない。
それにしても夢川は強い。100人以上を相手にしているにも関わらず、一つ一つの動作を軽々と受け流す。これが四英傑の実力か。
「君、後ろに下がっていて!…と言いたいところだけど。君、一般客じゃないよね。」
「!?」
…まずい。この距離は危険すぎる。
「…手を握ったときの感触で分かった。君、かなり強いね。それで僅かな殺気に気づいた。まあ僕と握手する作戦にしたのが君の運の尽きってとこかな。」
こうなったらもう…!
握ったままの手を獣の鉤爪へと変化させる。
「悪魔の鉤爪」
ジャキ、と言う音を立てて切り裂く。
「ジャキ…?」
目の前にあるのはトランプのカード。何回反撃してもトランプに身代わりにされる。
夢川は笑みを崩さない、余裕の表情でこちらを覗いている。
「僕の能力が見破れないうちは、君に僕は倒せないよ?」
夢川はニコリとこちらを煽るように笑う。クソ、何か勝ち筋はないのか…?
突然、インカムの音声の発信源が入れ替わったかと思うと、電撃が走ったようにインカムから音声が流れてきた。
「黒、僕の指示通りに動け!!」
青葉の声だ。
「僕が奴の能力を探る。ヒーロー達に介入される前にかたを付けるぞ。」
少し安堵する。考えることはそちらに任せて俺はただひたすらに動けという訳か。
「了解!!」
…分かりやすくていい!
「さっきまでの動きから考えるに、避けるとき右に避けがちだから、そこを狙え」
「わかった」
「トランプを出すとき一瞬動きが止まるな、その隙で距離を詰めて体勢を崩せ」
「…やってみる」
青葉の指示は的確だが、相手は四英傑、夢川遊楽。青葉の言う隙はほんの僅かなものでしかない。この戦いに勝ち目はあるのかと言われたら、正直ないだろう。
それならなぜ、俺達は無謀な戦い方をするのか。
「黒、ダメージは入れなくてもいい。消耗戦に持ち込めばこちらの勝ちだ。」
ずっと反撃はせず、逃げては追い、逃げては追いのいたちごっこを繰り返す。
「…あの人の調子はどうだ?」
フードを深く被った、謎多きプレイグ最強。
ふっと笑い、青葉はボタンを押してインカムに繋がるマイクを切り替えた。
「イツデモ行ケル」
この作戦の要で切り札となる、悪夕定芽。
彼の低くくもった機械音声が、黒の耳にこだました。
「ヒットアンドアウェイか…。良い戦略だ。
ただ、それで僕が倒せると思うなよ?」
夢川のカード攻撃を切っては逃げ、切っては逃げの繰り返しで、さすがに体力が限界を迎えつつある。
対する夢川は勝ちを確信しているのか、疲れを知らないポーカーフェイスを貫いている。
「黒、多分夢川の能力はカードに何かしらの効果を付与し、それを投げることで発動させるものだ。今は効果発動の前にカードを切って回避しているが、お前の体力次第で限界が来る。」
青葉の焦りを見せない淡々とした口調がインカム越しに流れる。
「定芽さんに繋げるためにも、一回ぐらい攻撃を受けたほうが良いんじゃないのか?」
「それで死んだら元も子もないだろう
…今お前の目の前にいるのは四英傑だということを忘れるなよ。」
正直、青葉が何を考えて相手の攻撃を読んでいるのかは分からない。あいつの思考回路は人工知能のようで、常人には理解できないがいつも土壇場で最適解を外さない。
だから、任せる他に道はないのだ。
「…黒、次の夢川の攻撃、発動させろ。」
「は…?お前さっき、死んだら元も子もないって言って…。」
「死なないから言っている」
俺の意見は無視かよ。
あいつの望み通り、飛んできたカードを切るかと思わせて、避ける。
「!?」
一瞬ハッとして表情が固まる夢川に、わずか一瞬で距離を詰める人影。
「…そういうことか。」
定芽さんが不意を突き、夢川の首に飛び回し蹴りを食らわせた。
鈍い音がし、次の瞬間アトラクションの壁のレンガに夢川の体がめり込んでいた。
「かはっ…。」
殺気に気づかなかったのか、それとも定芽さんのスピードに追いつくことができなかったのか。
傍から見ていても分かった。
とにかく、一撃が速く、重い。
「油断シタナ、夢川」
それと同時に俺の真後ろから大きな爆発音が轟き、一瞬目を見開いて硬直してしまった。はっと気を取り直し、何が起こったのかと振り返るとカードの燃えかすのようなものがひらひらと舞い降りてきた。
こんなに強い威力だったとは。受けていたら腕は吹き飛ぶレベルだっただろう。まったく、いつも青葉は俺に無茶をさせたがる。
「黒、一旦戦線離脱だ。本部に戻ってこい」
「でも、まだ定芽さんが…。」
ふぅ、と息をついて青葉が答える。ようやく、というか気が抜けたのか、声に疲れが混じった。
「全力のあの人に援護射撃して、お前は無傷で帰ってこられると思うか?
…それに、お前には今夢川にかまっている余裕はない。」
青葉にそう言われて、俺は周りを見渡す。
まずい。夢川相手にしていたので気づかなかったが、ヒーロー達がもう迫ってきている。
特殊警察部隊『英雄』というのは、国の治安維持を目的とする警察機能で、主に反ヒーロー組織などの対人戦闘や、ダークサイド居住地区などの治安維持を任され、時には国の判断でダークサイドの大量粛清が行われることもある。一般公募では15歳から30歳までが応募でき、毎年選ばれた20名だけが訓練生となって2年ほど訓練を積み正式入隊する、といった仕組みだ。それ以外では、秀良の生徒は一般公募とは関係なく能力により即採用してくれるため、秀良はパワーの制御だけでなくヒーローの養成学校としても機能している。ヒーローと国、ヒーローサイドの癒着は強く、ヒーロー連盟というヒーローサイドの政治機関トップを務めるのは元ヒーローであった天美蓮一。今俺たちが戦っている四英傑もヒーローのトップ4だ。
…つまり、少数精鋭の戦闘集団多数を相手にする羽目になる。
「そう焦るな。大丈夫、万一の逃走ルートはちゃんと確保してある。それに、カルネージ第一部隊はもうそっちで戦っている。援護に入れるか?」
青葉の問いに、ため息をついて答える。
「…いつもいつも、俺に無茶ばかり言いやがって」
「それくらいやってもらわないと困る」
淡々として澄んだ声だが、きっとインカムの向こうには、「ほら、僕の方が一枚上手だ」と言わんばかりの得意げな笑みを浮かべた青葉が立っていることだろう。
その透明に輝く瑠璃色の瞳は、どこまでを見透かしているのか。
俺たちには知る由もない。そこがまた腹立たしい。
仕方がない。戦わなければ死ぬ、それだけだ。
俺は重い腰をあげ、ヒーロー達が向かってくる方へと鋭い爪を向けた。
「戦況はこちらに傾いている…といったところか。」
眼鏡を拭いてかけ直し、モニターの方を見る。
見たところ夢川もだんだん体力が尽きてきたのか、呼吸が荒くなり、動きが鈍ってくる。
黒に体力を削らせたのは正解だったな。夢川、定芽さん、両方の強さはそこまで変わらない。大きな差をつけて、確実に勝ちたいが為の黒の投入は、戦況をこちら側に傾けた。
…あとは、この1対1の状況を崩させないため、カルネージ側の人達がどこまでヒーローを食い止めてくれるかにかかっている。
カルネージの第一部隊、別名ブラフマー隊を率いる隊長にしてベテラン幹部、間宮笑武。彼は黒の武道の師でもあり、血の気の多い第一部隊をまとめ上げる実力者。
そんな彼が戦場を仕切っているのだから、こちらは心配しなくてもさほど問題はなさそうだ。
僕はメインモニターの視点を定芽さんの方へと切り替えた。
「夢川遊楽…四英傑トハソノ程度ノモノカ?コレナラ鳳蝶ノ方ガ骨ガアッタ。」
四英傑の僕に互角以上に渡り合える相手なんて…一体こいつは何者なんだ。
鳳蝶。ダークサイドとヒーローサイドの小競り合いが多い魔境、九州を覇した愚連隊か。あれのせいで九州のダークサイドの勢力が強くなり、九州は抗争が増えて手が付けられない危険区域となってしまった。九州を担当していた四英傑の1人、羽田も苦肉の策で秀良の九州分校、東北分校の生徒たちを囲って九州へと送り込むことをしているとか。
とにかくそのくらい、今の時代はダークサイドが強くなり情勢が荒れているというのに。犯罪者達にここで負けるわけには行かない。
ひたすらにカードを投げる。最初の頃は勢いがあった割に、やはり実力は互角なのと僕の方が体力があるからか、だんだん押し切れるようになってきた。
初めの頃はこの仮面男も器用に全て避けきり、その間を縫って僕に攻撃を入れていた。スピードと一発の重さが段違いだから、一発食らうごとにどんどん削れてしまう。ただ、彼も人間だから、だんだん動きが鈍くなってきて、少しずつカードは彼の体を掠めるようになってきた。
カードを同時に10枚投げる。もう手持ちの枚数は残り数枚しかないから、ここで仕掛けないと本当に死ぬ。
仮面男はそれを全てきれいに避けきる。その動きには感服だが、そこで一瞬できる隙。それを僕はずっと待っていた。
…今がチャンスだ。
カードを出しハートのクイーンを投げる。
「女王の裁き」
カードは仮面男のフードをかすめ飛んでいく。
…かかったな、ここからがこのカードの本領だ。
突如巨大な断頭台が仮面男の目の前に出現し、首が機械に嵌められる。
「残念だったな、それはあたったら最後の必中領域なんだ。せいぜい首を切られる前に走馬灯でもみておくことだね。」
仮面男は抵抗するのをやめたのか、何も言わずじっとうつ伏せの体勢をとっている。
…いや、何かがおかしい。
そう思った頃にはとうに断頭台の刃は下へと動き出していた。
ざんっっっ。
「どう…して。」
技を仕掛けたはずの夢川の体が、断頭台に仰向けになって固定されていた。
目の前に立っているのは断頭台に首を嵌められていたはずの亜夕定芽。
そして、無情にも落ちていく断頭台の刃を目の前に、なすすべもなく夢川は空を見上げていることしかできなかった。
「自惚レルナヨ、夢川」
そう言って亜夕定芽は、目を見開いたままたった今転げ落ちた夢川の首に声をかけ、その場を立ち去った。
ヒーロー達は大将を失い、戦意を削がれたようで、しばらくして、本部からの撤収命令なのか到着時の半分ほどの人数となった部隊がカルネージの猛攻を退けジャスティスシティへと逃げ帰った。
そんな中、本部へと戻ろうとする亜夕定芽のもとへと、ゆっくりと足音を立て、歩いてやってくる2つの影があった。
「お疲れ様です、定芽さん」
アンダーリムの眼鏡をかけ、勿忘草色の髪の毛をさらりとゆらした少年が、亜夕定芽に話しかけた。
「嗚呼、青葉。流石ノ頭脳ダナ。オ前ト刹那ガイナケレバ今頃死ンデイタ。」
遡ること数分前。夢川が発動したカード「女王の裁き」で、亜夕定芽は断頭台に囚われてしまい、絶体絶命に。しかし青葉はすぐさま刹那の時間殺しを発動させ、定芽の元へ駆けつけて断頭台の枷部分を外して夢川と入れ替え、再び時間をスタートさせたというわけだ。
「なんとか成功してよかったです」
「これなら最初から私が時間殺し使って倒したほうがよかったんじゃないの?」
首を傾げた刹那に、青葉はため息を吐いた。
「刹那の時間殺しの能力は、1日に4つある文字盤を一つずつしか使えないから外したときのリスクが大きいんだよ。それに、成功したときでも持続時間は最大でも10分、範囲が広かったり対象内の敵が強かったりすると時間はさらに短くなる。これじゃ夢川と戦闘をするのも一苦労だし、能力が切れた瞬間に死ぬ。」
むぅ、と刹那が頬を膨らませた。
「なんとかして能力の上限とか強化する方法ってないのかな?」
青葉はしばらく黙ったあと答えた。
「あるにはあるよ。ただ、その境地までたどり着ける人は少ないらしいけどね。」
「LoA、カ」
定芽が仮面越しに答えた。
「ロア?定芽さん、なにそれ。」
刹那がきょとんと首をかしげる。
「"Liberalation of Abyss"ノ略ダ。直訳スルト深淵ノ解放ダガ、ココデハパワーノ能力値ノ上限ヲアゲタリ、新タナ能力ヲ手二入レタリスルコトヲサス。」
青葉は途端に探求者の顔になり、定芽を探るような目つきで尋ねた。
「詳しいんですか?僕も色々調べてみましたが達成している人やそもそもパワーを持っている人がそこまで多くないのでデータが少なくて、はっきりとしたことは分からなくて。」
定芽は少し考える素振りをした後、答えた。
「LoAハ既二経験シテイル」
少し目を見開き、青葉は口元に手を当て俯き、考え込み始めた。
「ドウカシタカ?」
定芽が顔を覗き込むようにして青葉の方を見るのを、刹那が静止した。
「うちの旦那、今見えないものを見てるから」
「ソレッテドウイウ…。」
しばらくして青葉は顔を上げ、口の端を釣り上げて「ああ」とだけ呟いた。
未だ状況を飲み込めていない定芽に、刹那がニコッと笑い、背伸びして耳打ちした。
「きっとLoAが起こる条件でも分かったんだよ」
「夢川遊楽。呼吸、心音ともに無し。
…死亡を確認しました。」
首都、東京の中央に置かれたジャスティスシティ、その最深部にある英雄連盟本部に、四英傑の夢川遊楽が死亡したというニュースが流れ込んだ。
英雄連盟会長、天美蓮一は自分の執務室に手腕を組みながらモニターから流れてくる報告を眺めていたが、ふと映り込んだユートピアワールドのドローン映像を見て目を見開いた。
「…九重、この映像、もう一度流してくれるか」
九重と呼ばれた補佐らしき男性はPCを操作し、拡大した映像をもう一度再生した。
天美はしばらくじっと映像を見つめていたが、やがてお目当てのものが見つかったようで、九重に指示しある少年の顔をモニターに大きく映し出した。
九重は見覚えのある男の顔に驚いた。よく知っている顔、自分の娘をたぶらかし自分から奪った極悪人。怒りを上司である天美に悟られないようモニターを見るふりをし映像の少年を少し睨みつけた。
血管を浮き上がらせて勢いよく高級な自分のデスクをたたいた。
「…間違いない。あの時の餓鬼だ。
殺してやる、絶対にあの子の仇を取らねばならん。」
灰色の少し伸びた髪で片目を隠した、頬にあざのある赤目で長身の少年。
執務室のモニターに映し出されていたのは、十牙黒の顔だった。
第十四話へ続く。




