1. 殺人者(Murder)
〈登場人物紹介〉
・命水海
ダークサイドで親に虐げられる少年。カイの双子の弟。
・命水海
ヒーローサイドで親に愛される少年。海の双子の兄。
(作中では判別しやすくするため漢字ではなくカイとカタカナで表記します。本来は漢字表記です。)
・吹雪澪
海の幼馴染でヒーローサイドの少女。
第一話 殺人者
俺、命水海は親に愛されない子供だった。
2220年、世界を分かつ大戦「ディストピア大戦」により、人類は2つのサイドに分断されてしまった。
勝利した側である支配階級「ヒーローサイド」と敗北者である差別階級「ダークサイド」。
大戦から200年が経った現在、2420年でもサイドによる差別は続いている。
俺の親は二人ともヒーローサイドだったが、生まれてきた俺はなぜか差別階級のダークサイド。
でも、これだけならまだマシだったかもしれない。
しかし厄介なことに俺にはヒーローサイドで双子の兄がいた、それが海。
あいつの存在が、余計親を狂わせたのかもしれない。
俺がどれだけ努力しても、周りの人間にその手柄を兄のカイのものにされて、俺はずっと息を潜め、肩を狭めながら生きてきた。
頭では仕方がないとわかっていても、俺には、カイと、周りのヒーローサイド共が憎くて憎くて仕方がなかった。
そんな俺にとってたった一つの救い、それは幼馴染の吹雪澪とその家族達の存在だった。
古くからのヒーローサイド至上主義が根付いた周囲の人間達の目を気にせず、明るく優しく、こんな境遇の俺を励ましてくれた大切な人達。
俺に良くしてくれる吹雪家の人々は俺の唯一の心の拠り所で、俺の本当の家族のような気がした。
中学を卒業した春の日、俺はいつものように布団から這い出た。台所に置かれたカイが焼いたであろう炭のようなトーストを口に押し込んで、適当にポストの中を探る。これがいつもの俺の日課だった。
ポストの中に手を突っ込むと、柔らかくすべすべしたものが俺の手に触れる。
近所付き合いの悪い俺の家のポストに物が入っているなんて、今日はなんだか変な日だな、と思いつつ俺は、便箋を引っ張り上げてポストから出す。上質そうな紙にはインクで
「ミコトミズ カイ 殿へ」
と書かれている。
何故だか無性にそわそわして、俺は気づけばカイの手紙を開いてしまっていた。
「国立|秀良学園 入学許可証」
秀良学園。特殊な能力、「パワー」を持つものだけが入ることができる、超エリートヒーロー養成学校。そんなところからカイへの入学許可証が来ている。当然俺には入学許可証なんて大層なもんは来てない。俺が一番憧れていた高校にカイが行くなんて、皮肉だと思いつつ、人の手紙を見てしまった自分にも失望した。
そんなとき、玄関のチャイムがなった。
慌てて入学許可証をポストに戻す。
「海!おはよう!」
玄関を開けるとそこには満面の笑みを浮かべた澪がいた。
と、同時に澪が後ろ手になにか隠していることに気づいた。
「澪、手に何を持ってんの?」
澪はハッとしたような顔をして小さく「なんでもないよ、」と呟いた。
それから暫く最近の出来事について話した。
帰り際に見えた澪の手にある封筒は、ポストの中にある紙切れによく似ていた。
夜になって、案の定カイは親に褒められまくり、家では俺抜きのパーティが開かれようとしていた。
とぼとぼと自分の部屋へ消えていく俺。
メッセージアプリを開くと、澪から連絡が来ていた。
「今夜十二時、すべての持ち物を持って噴水広場へ」
なぜいきなり。家出しようということか。
朝の澪との会話を思い出す。
「海は、高校どうするの?」
「…」
悔しさを隠そうとして、下を向いてしまった。
沈黙がしばらく続く。
「うみ、」
「カイには…」
言葉が重なる。澪がきょとんとした顔で俺を見つめた。
「カイには、秀良からの入学許可書が来たんだ。」
澪が口を開いた。
「だろうと思った。」
また少しうつむいてから話し出す。
「別に、秀良に行きたかったとかそういうわけじゃなくて…ただ、カイは秀良に行くから…これから寮で暮らすことになると…家に俺だけになるのがちょっと憂鬱で…。」
俺はかっこ悪いな。自分の気持ちに嘘をついて、言い訳をした挙句、嘘もうまくつけない。
…だから、俺はこんな人生なのかな。
「家出すれば?」
「え?」
唐突の提案に驚く俺を横目に、澪は口角を上げて続ける。
「それなら、家出しちゃえばいいじゃん」
澪の提案が正気だったことに驚いたが、今はそんなこと言っている場合ではない。12時に噴水広場へ行かなければいけないのだ。焦ってはいたが、なんだかわくわくしている自分もいた。
パーティーが終わり皆が寝静まる。
予定時刻の11時45分、計画は順調だ。
音を出さずに二階の部屋から出る。
と、想定外の出来事がおこった。
玄関のある一階へと降りようとした時、床板の軋む音が聞こえて俺は思わず振り返ってしまった。
「うみ、どこにいくの?」
俺は驚いてバランスを崩し、とっさに床に手をつく。
カイが起きている。
「関係ないだろ、それに、お前こそ、なんでこんな時間に起きてんだよ、カイ。」
‐なんでこんな時に限っていつもお前は俺の邪魔をするんだ。
「ん?ボクは喉乾いたから水飲みに来ただけだよ?」
意味ありげな顔をして笑うカイ。
なぜだか瞳が渦を巻いていてさらに気味が悪い。
「なら、さっさと消えろ」
俺は姿勢を取り直して足早に玄関へ向かおうとした。しかし、カイが俺の前に立ち塞がって動かない。
「ダメだよ、うみ。おかあさんとおとうさんにないしょで出かけるのは。」
ふわふわして耳障りな声。うざったらしい眠そうな顔。こんなやつと瓜二つだなんて、本当に不幸だ。
今ここを家出していけばもう2度とこんな思いしなくていいのに。
(こんなやつさえいなければ。)
そんな気持ちが俺の脳を支配して。
一瞬だった。
俺はカイのことを二階の階段から思いっきり突き飛ばした。
どすん、と鈍い音が家中に響く。音で俺が起きていることが親にバレてしまうと分かっていながら、なぜか俺は、肩の荷が降りて体が軽くなったような気分がした。
カイは、階段の下に倒れていて、ピクリとも動かなかった。
ほほに触れてみるとひんやりとした感触がして、現実に引き戻される。
…殺してしまった。
「さっきの大きな音は何かしら…。カイちゃん、大丈夫?」
母親の猫撫で声で俺は事の重大さに気づいた。
まずい。まずい。まずい。母がこっちに向かってくる。
母はカイのほうに駆け寄って、そのあと憎しみを込めて俺を睨みつけた。
「お前は、お前は私のかわいい息子に、何をした?」
俺だってあいつと同じ腹から生まれた息子に変わりはないだろう。俺だって問いたい、お前らはどうして俺にこんなことをするのか。
怒り狂った獣が、牙をむいて襲い掛かってくる。
俺はとっさにカイの入学許可書を掴み玄関近くにあった重そうなレンガを持ち上げて、外に出た。
ドアの前にレンガを置いて家から簡単に出られないようにする。
狂った母の叫び声を聞きながら、俺は澪の待つ噴水広場へと走った。
「人殺し」という単語が脳内でぐるぐると渦を巻く。
3月には似つかわしくない変な蒸し暑さを感じた。
噴水広場では澪が待っていた。
「遅いよ、何かあった?」
「いや、別に、何、も。」
心臓が今までになく脈を打っている。今さっき、俺は人を殺めてしまった。そんなことをぐるぐる頭の中で回していると、不意に澪が腕を指さした。
「あっ…」
「どうした?何かあったか?」
「う、腕。腕が、右腕が…。」
腕?俺の右腕がどうかしたのか。そう思ってシャツの袖をめくってみる。
腕にあった紫の痣が赤黒く変色している。なんだこれ、こんなの前にあったか?家から出るときに怪我でもしたのか。
「別に大丈夫だっ、いッ!?」
腕が急に痛みだして止まらない。目の前の世界がモノクロに変わり、砂嵐が起こる。
そのまま、俺は意識を失って倒れてしまった。
「大丈夫ですか?」
突然後ろから声がして、私、吹雪澪は振り向く。
高そうなスーツを着た男の人がそこに立っていた。
「貴方達は我が秀良高校の入学許可を得た者たちですね?私、秀良高校の副校長をしている者でして。あなた方を我が学園までエスコートいたしますよ。」
そう言って男は私に名刺を手渡した。
海が秀良の生徒…?
カイと海を間違えているのかな。
ーでも。
でも、もし命水カイだと偽ることができれば…。
「っここは、何処だ…。」
気付くと俺は純白のベッドに横たわっていた。白いカーテンの隙間から光が差し込んでいる。よく映画で見る天国?みたいな場所だ。視界がだんだんはっきりしてきて、どこからか、微かに聴き慣れた優しい声がする。
「海、海、海!」
澪の声がする。急いで体を起こした。
「澪?ここは?」
「秀良の保健室。あの後倒れて、3日も起きなかったから、心配してたんだよ?」
澪は眉を下げて俺の顔を覗き込んだ。
「今日の夜、入学式あるから。無理そうだったら言ってね。」
今も右腕は赤黒くただれていてぴりぴりと痛いが、入学式に出れるくらいの痛みにはなっていた。
それと、もう一つ。
俺は、学校の連中に、「ミ・コ・ト・ミ・ズ・カ・イ・」だと思われているらしい。
昼食を取りながら澪とのんびり話す。こんな状況なのに、なぜか家から出られてほっとしている自分を感じる。
「まさか、こんなことになるとはなあ」
澪は笑いながらうなずく。でも、俺の”こんなこと”と澪の想像しているものはきっと違うだろう。
スマホを開くと母からメールが来ていて、どうやら母が自分の知人や連絡先に送っているらしいメールだった。
「この度、息子の命水 海が亡くなりました。今まで息子に良くしてくださった皆様、本当にありがとうございました。」
カイは俺に階段から突き落とされて死んだんだ。当たり前だが俺は今まで人を殺したことなんてない。
自分の手のひらを見てみる。これが奴を突き落とした手。人を殺した手なんだ。
実感があまりわかない。頭がぐるぐる回っていて、吐き気までしてくる。
澪が自分の両親を殺したやつに向かっていった、「人はいつか裁きを受ける」という言葉が不意に頭をよぎって、自分のしたことの恐ろしさに頭を抱えた。
如何すれば俺は、この罪の意識から逃げられるのだろう。
そんなとき、澪が不意に口を開いた。
「海、カイのことなんだけど…。」
講堂に集まって入学式が始まる。こんなところ今まで来たことがないので緊張している、というのは建前で、俺の嘘がバレないかの焦りが脳を支配していた。
俺は双子の兄の名が書かれた洒落た封筒を持って歩いていった。
入学式中、近くに座った顔の左に大きなやけどの跡がある男が話しかけてきた。
「おい、お前、ダークサイドの人間か?」
いつもの癖で答える。
「いや、おれはヒーローサイドだ。どうかした?」
きっぱり答えたが、ソイツはいかにも怪しげな目で俺の顔を見て、そのあと俺の右腕に視線を落とした。
「お前、赤黒いやけどの跡みたいなのがあんだろ。」
「ん、ああ。そうだけど、なんでお前が知ってんだよ。」
「お前、人を殺したな。」
「は、お前何言って、」
心臓がドクンと跳ね上がる。
「それも結構最近だろう。…その腕、ここの教師に見せんなよ。退学になるぞ。」
変に冷たい汗が頬を伝う。
「殺し…?退学…?な、何を言って」
「いいか、絶対見せるなよ。俺らも巻き添え食らうの嫌だからな。」
…もしかしてこの腕のただれ、俺の殺しに関係あるのか?
俺がカイではないと、ましてや俺がダークサイドだとバレたらまずい。ひとまずコイツを信用して、いうことに従うことにした。
入学式も無事に終わり、みんなで夕食を取る時間になった。隣の席に座ったのは、入学式で変なことを言ってきたあの少年だった。横には、小柄な少年が子分のようにして座っていた。
入学式のことが気になって、声をかけてみた。
「おい、お前入学式のやつ?」
「なんだよー、入学式のやつって。クロ、お前なんか変なことしたのか?」
横の小柄な少年が返事をした。クロと呼ばれた入学式の時の少年はけだるそうな顔をして返事をした。深紅の瞳が揺れている。左目を覆う紫がかった灰色の髪に長いまつげ。結構女子にもてるタイプだろう。
「別に大したことしてねえよ。そもそもお前が気付かないくらいならそんな変なことじゃないってことだろ、リグ。」
あいつら俺の話聞いてるのか?変な奴らだが一応これから一緒に勉強をする仲間だし、名前くらいは聞いておこう。
澪に言われたことを思い出す。
「海、カイのことなんだけど…。
みんな海のこと、カイと勘違いしてるっぽいんだよね。」
「…そっか。…これからどうしよう。」
平静を取り繕うがうまくいかない。
心配しているのか澪は俺の顔を覗き込んだ。
じっと俺の目を見つめる。
「…海がカイになりすましちゃえばいいんじゃない?
で、学園生活をエンジョイする!」
そういって、澪は無邪気に笑った。
笑顔を作って話しかける。
「俺は命水カイって言うんだけど、名前聞いてもいい?」
「おれは麻布莉黒。よろしく!」
小柄な背丈にほんのり桃色の髪と瞳を持った少年は、生き生きと返事をした。
身長の高い黒と並ぶと小ささが際立つ。
「俺は十牙黒。…黒とでも呼んでくれ」
こいつ、無口であまり友達がいないタイプだな。
「クロ、やっぱこの学校変な奴しかいないぞ。わざわざこの学校に来たかいがあったな!」
「おいリグ、静かにしろ。不審がられるぞ。」
「楽しみだなー、俺の高校生活!」
莉黒は俺の方を向いてにこーっと笑った。
「まあとにかく、仲良くしよーぜ!カイ!」
入学早々変な奴らに目をつけられてしまったかもしれない。
次の日。クラスが発表された。俺は澪と同じA組になった。
澪は廊下に貼ってあったクラス表を一目見て、一番上に書いてある名前を指さした。
「この人、昨日海と話してた麻布莉黒って人じゃない?それに、この人。十きば…十牙黒って人も同じクラスだよ。」
まじか。昨夜の変な奴らと同じクラスかよ。これ以上俺たちに変なことを言うのはやめてほしい。
「あっ、昨日のやつ。名前なんだったっけ~。」
「命水カイとか言ってなかったか?あいつも1-Aかよ。」
「お前ら、うるさいぞ、もう先生が来…。」
その時、始業を告げるチャイムが高らかに鳴り響いた。
「やべっ…。」
「黒、早く席着いて!」
「…」
高校最初の授業は、あいつらのせいで先生からのお叱りを受けることになってしまった。
最初のホームルームは、自己紹介から始まった。
一番最初の自己紹介は、他でもない麻布莉黒だった。
「おれは麻布莉黒!莉黒って呼んでくれ!好きなことは寝ることと遊ぶこと!よろしく!」
声変わりしていない少学生のような声で、元気に始まった自己紹介。
声大きすぎ…鼓膜破れるだろ、これ。
そして次の生徒が教壇に立った。
「アマミリッカです。」
「アマミ…あぁ、天美六花か。珍しい苗字だけど、どっかで聞いたことあるよな。」
近くに座っていた黒に声を掛ける。
「彼女は天美蓮一の娘だ。」
天美蓮一、ヒーローサイドのトップにしてこの国を守る組織ヒーロー連盟の会長だ。ヒーロー連盟はいわゆる特権を持った警察のようなもので、国の治安維持に尽力する。ヒーローは身体能力や頭脳が優れているか、ヒーローパワーという特別な力が必要とされていて、人々のあこがれである。そんなヒーローを養成するのがこの学園だ。
…ただ、ヒーロー連盟も闇が深く、ヒーローサイドとの癒着が激しいためダークサイドのヒーローは滅多にいない。
改革が進みヒーローサイドとダークサイドの差別は表向き剥がれつつあるように見えるが、差別は人々の心に根付いている。
天美が自己紹介をしながら手を動かしている。
何だろうか、手に持っているのはガベルか?
その瞬間、それは起こった。
あの時の跡、赤黒い右腕の痣が痛みだす。
ひりひりと焼け付く右腕の痛み。あの時と同じ。
「くっ、ああああああああ!」
耐えきれないような痛みを感じて叫ぶ。
「なっ、命水…!?…っく、これはまずいな…。」
異変に気付いた黒はすぐさま俺を教室から連れ出した。
目が覚めたとき、俺は校庭にいた。
「っっはっっ!?」
俺、こんなとこで何してんだろ…。そう思いぼやけた目で辺りを見回した。
視界には火傷のある灰色の髪をした少年がいた。
黒だ。
「てめーこんなとこで何してっ…」
「お前、人殺ししただろ。」
奴の唐突な言葉に俺はたじろぐ。
「何言ってんだ…?」
「その腕の痣は人を殺したダークサイドの印。殺しをしたダークサイドは、ダークサイドの紫の痣が赤黒く変色するんだ。」
そう言って黒は腕をまくった。確かに俺と同じ赤黒い痣がある。
顔がみるみるうちに青ざめていくのが自分でもわかる。ヤバい、ヤバい。じゃあこいつが言ってた通りこれがバレたら俺は秀良を退学になっちまうってことか。
黒は俺の顔を舐め回すようにみて言った。
悪寒がして、黒の目をまともに見れなかった。
その後黒の口から飛び出たのは意外な発言だった。
「お前さ、反ヒーロー組織プレイグに入らねぇか?」
第二話に続く。