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掃き溜め  作者: しむ
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俺の理想

分かる、分かっている。そんな事はわかっている。いや、実の所、良く分かっていない。

俺はお前たちの言う、幸福というものが分からない。それは大抵、いい企業に就き、金を稼ぎ、いい飯を食べ、性欲を満たし、男の浪漫とやらに大金を注ぎ込む。そういったことを指すだろう?

それが俺には分からない。そんな事で、満足出来ない。俺は一度きりの人生をもっと、こう、派手に生きたいのだ。俺の思う理想と夢を追いかけていたいのだ。

だが、分かる。俺には分かる。お前たちは、俺が所謂幸福な人生を歩めば、それはもう、限りなく喜ぶのだろう。そして俺はそれが心地いい。心の底からの安堵を享受出来る。

ああ、分かってきた。俺はきっと、大胆な俺と臆病な俺との葛藤に、これまで散々悩まされてきたのだろう。

大胆な俺は心の底から、自らの掲げる理想と夢を崇拝している。そしてどれだけの茨が俺を突き刺そうと微塵も意に介さず進み、一つどでかい花火のようなものを打ち上げて、ああ素晴らしい人生だった! と、そう叫んでから死にたい。

だが臆病な俺は、誰かのためが、最大の幸福。不変こそが最大の幸福であると、大胆な俺を説き伏せようとしている。恐らくその狭間で、俺の葛藤のほとんどが生み出されてきたのだろう。


俺は、お前たちの言う努力が出来ない。お前たちはよく、勉強で、就職活動で、社会で成功する為に努力しろと、そう言う。しかし俺は、先にも挙げた通り、その先にあるものの一つにだって、心を踊らされない。大胆な俺は、その先にあるものが虚無のみであることを、深く理解している。

しかし臆病な俺は、それを許さない。


「お前の目指す人生は、迷惑を振り撒き過ぎる」


臆病な俺がそう言う。さらにひと呼吸置いて、


「第一お前は、高尚な理想を抱いておきながら、時間があってもちっとも、行動しないじゃないか」


そう大胆な俺を非難してきた。


「いやそれは、お前が俺を葛藤させるからで」


「もういい、言い訳など聞きたくない」


このように、常に俺は、俺に追い詰められている。

俺は、確かに分かっている。この世は素晴らしいことを。俺は、一度の人生を百年と仮定しても足りないほど、やりたいことが、成したいことがある。


しかし俺は確かに分かっている。俺はこの世の素晴らしさを見放し、臆病な俺に圧倒され、今日も虚無を目指し、ペンを握っている。いや、握れてすらいない。ただ今すら、虚無にしている。そんなだからか、臆病な俺により、常にひどい焦燥と不安に駆られ、ペンを握ろうとしてもその手は、常に痺れ、震えている。そしてそんな世界など、まるで生きるに値しない事を、俺は分かっている。


そして俺はとうとう分かった! 決着が着いたのだ。 臆病な俺の言う通りにすれば、確かに安定が手に入る。しかし、俺に夢と理想がある以上、俺はそれによる安堵だけでは、決して満足出来ない。それでは死への恐怖以外に、生きる意味を持てない。よし。よし! これで今日から、お前に苛まれずに済む。

しかし俺は、一つ。ただ一点の、分からないことを、同時に見つけてしまった。ならばどうして今、臆病な俺が優勢なのだ? どうして今も、机に座ることが頭をよぎるのだ?

もしかして、お前らの所為なのか。必死に勉強し、就職しろ。それ以外に、一体何を頑張るのだと、そう大胆な俺を責め立て、臆病な俺を呼び覚ます、お前たちの所為なのか?


「お前、またそうやって、言い訳ばかりしているのか」


もう現れることは無いと思っていた臆病な俺が、例の如く大胆な俺を裁く。


「きっと俺は臆病なのだから、何時まで経っても周りに責任を押し付け、お前の言う理想とやらは、永久に叶わない。なら俺の言う通り、周りの人間のため生き安定を手にした方が、幾分もましだろう?」


嗚呼、五月蝿い。そんなこと。そんなことは分かっている。だが今は、許してれ、お前も分かるだろう! 俺は今、お前にも、偉い偉い大人様方にも目の敵にされている。おまけに俺と同じで努力の出来ない、仲間だと勝手に思っていた奴らは皆、所謂正規ルートから外れてしまった。俺は今独りなんだ。少しくらい、許してくれ。


「いいや、許さない。人生は長く険しいと聞く。きっとお前は、明日も明後日も、五十年後だって、そうやって何か辛いものに責任を求める。結局お前には、その理想とやらはちと、困難なのだ」




ああ、分からなくなった。俺にとって、幸福が何を意味するのか、俺が必死こいて追いかけてきたものが、分からなくなった。俺の体は不幸のようなもので満ち、もう惰性でしか動きそうにない。

俺は、俺は! 俺は、駄目な、人間だ。きっと俺に幸福は、似合わない。だから、厳しく優しい俺が、それを取り上げてくれたのだ。今は、それだけが分かる。


もういいだろう。くだらない理想はゴミ箱に入れた。ああ、分かっている。もちろん入れた後、ちゃんと消去ボタンも押したさ。

だから最後にひとつ、吐かせてくれ。誰か、誰でもいい。俺のかつて抱いていた、くだらない。世間知らずで、間抜けで、もはや何が光って見えていたのかすら思い出せない、そんな俺の理想を、誰か一度、肯定してくれ。

そしてそれをもって、俺の理想を、優しく、完膚なきまでに、破壊してはくれないか。

不幸を浴びた日に、勢いで書いた愚痴

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