いちっ。
「え? インタビューって、お前じゃねぇの?」
「私はお前って名前じゃありませんけど?」
ツンとソッポを向いている場合じゃないから。そうこうしているうちに、インタビューがスタートするから、困ったものだ。と、俺は息を吐く。
――それでは、高校生保育士のお二人、自己紹介をお願いします。
「はい! 花園保育園、園長代理の花園花圃です」
「……保育士助手の、秋田朱理です」
「お兄、がんばってー!」
後ろで控えていた、妹の朱梨が拍手をする。いや、保育士志望のお前が、インタビューを受けたら良いと思うけどね? そんな心の呟きに、妹は気付いているはずなのだが、完全にスルーを貫く。本当に良い性格をしている。
――改めまして、よろしくお願いします。まずは秋田先生にお聞きするのですが、その髪は地毛ですか?
早速、それを聞いてくるのね? 指で髪をもてあそびながら、朱理は吐息が漏れた。
「……そうです。俺――俺たち」
と朱梨を見やる。朱梨は亜麻色。かたや、俺は朱色のレディッシュヘアー。一見、兄妹と視認されることすら少ない。見知った奴らは、顔の輪郭や目がそっくりだって言ってくれるけれど。
「日本人とアイルランド人のハーフなので」
――そうなんですね。綺麗な髪だなぁってつい見惚れてしまいました。アイドルでも通用しそうですよね。しかし、保育士として活動するなかでは、ご苦労があったのじゃありませんか?
「まぁ、そりゃ……」
苦々しいものが、込み上げてきた。保育士に限らない。いつだって、俺は偏見の目で見られるのが常だった。妹の愛くるしさに比べ、父親譲りの目の細さから、今でも稀に初対面の子に泣かれることもあって――。
「でも、私は朱理君の髪、好きですけどね」
「ちょっと、花園! なにを言って――」
せめてもの救いは、呼び方がこれでも、《《表向き》》なことだった。
「だって、その髪、本当に綺麗だって思うし。髪以上に朱理君の内面って――」
「はいはい、インタビュアーさんが困るから、質問にだけ答えようね」
脱線したのは俺ではないのに、朱梨の扱いは納得ができない。
――園長代理先生は、秋田先生を信頼されているのですね。
「はいっ」
花園が満面の笑顔で頷く。いや、二人の出会いが、これでもかっていうくらい最悪だったのだ。そんな満面の笑顔を浮かべなくても――。
「朱理君は、見た目で誤解されますけど。でも、本当に優しい人なんです。それは子ども達が、よく理解していますから。でも、私の説明なんかより、実際の保育現場を見てもらった方が良いと思いますね」
「おほん! ごほん! おほん!」
話題転換しようと咳払いをするに、花園は一向に気づかない。だから、そういう恥ずかしいことを素面で言うなって、と思わず口に出そうになると、満面の笑顔のインタビューアーさんと、目が合ってしまった。
――後ほど、そちらも取材させていだきますね?
(するの? インタビューだけじゃないの?)
げんなりだった。
――園長代理先生は、学校では【鉄の聖母】と言われているそうですね? 聖母とはやはり、保育士を目指しているからついた、あだ名でしょうか?
「そりゃ、もう。周囲なんか目に入らなくらい。花圃ちゃん、保育に一生懸命ですから。イケメンさんからの告白も後を絶たなかったけど……最近は、それ以上に目が離せない人がいるみたい――んごっ、ごっ」
「朱梨ちゃん、そういうこと言うのナシ!」
なぜか、花園が真っ赤になって、朱梨の口を押さえにかかる。 175㎝の花園と、148㎝の朱梨がじゃれあう姿は、まるで姉妹のようだった。
――園長先代理先生から見て、秋田先生を一言で、言うと?
「……はい! かけがえのない、大切な人です!」
だから、満面の笑顔でそういうことを言うなって――。
「お兄、あれはダメだよ。花圃ちゃん目がキラキラしてる。ああなったら誰も止められないね」
「いや、止めて?!」
「無理だって。お兄が絡むと、花圃ちゃん、周りが見えないからね」
思わず首をかしげてしまう。そもそも俺が理由になる意味が分からない。
思わず花園を見やる。黒髪で清楚な大和撫子。
でも、そんな見てくれの印象を、保育士に抱いてはいけない。パワフルな子ども達と毎日接している彼女らが、か弱いわけがないのだ。歴戦の戦士と言って差し支えな……。
「朱理君、また良からぬことを考えていますね?」
むにむに、俺の頬を花園が抓ってくる。
「い、痛いっ……花園って、エスパー?!」
「朱理君は口数が少ない分、すぐ顔に出ますからね。きっと、そういうことを考えているんだろうなぁって、だいたい分かっちゃいます」
「……そんなの、花圃ちゃんだけだからね……」
朱梨、呆れていないで助けて?!
そんな俺の心の叫びは、もちろん届かない。
――本当に、仲が良くて信頼されているのですね。それでは、園長代理先生と秋田先生との馴れ初めから、教えてもらえたらと思います。
「はぃぃ?!」
「はい!」
なに普通に、インタビューに答えようとしているの、花園?!
ちなみに今日のインタビューは、保育士を目指す卵たちを応援する「ほい⭐︎たま」という雑誌に掲載される予定だった。でも……そもそも、俺は保育士ですらないのだけれど。と、やっぱりぼやき漏れてしまう。
そんな俺の嘆きは、やっぱり、一欠片も届かない。容赦なく花園は、インタビューアーに向けて、言葉を紡いでいくのだった
「……あの日は、今にも雨が降りそうな曇天でした。イヤになるくらい、思い出すだけで頭痛がする、そんなくもり空でした――」
(俺の心の曇天にも、気づいて?!)
一生懸命になると、周りが見えなくなる。
周りは【鉄の聖母】なんて、勝手に騒ぐけれど。なんのことはない、全力投球しかできない不器用な女の子。そして、実は寂しがり屋。花園花圃は、俺から見れば、そういう子だったんだ。