炎見の易者
これは、とある人から聞いた物語。
その語り部と内容に関する、記録の一篇。
あなたも共にこの場へ居合わせて、耳を傾けているかのように読んでくださったら、幸いである。
ほう、こいつが火のつかない電気コンロというやつか。
火事の心配がなさそうなのはありがたいが、ちと熱くなるのに時間がかかりすぎるのが難点じゃな。話によると、最大温度も低いから高い温度が欲しい料理も作りづらいのじゃろ?
じいちゃんのころといえば、やはり火でもってあぶるのが普通の感覚。あとはストーブの上にやかんとかを置いたりな。これから先、科学が発達していっても火という概念の歴史は、そうそう絶えたりはせんと、個人的には思っとる。
火は少なくとも、50万年ほど前から人との付き合いがあるという。
歴史長くば、その多くには知られざる力を知る者が出てくるのは、また自然なことであろうな。
じいちゃんが友達から聞いた話なんだが、耳に入れてみんか?
むかしむかし。
とある集落に「炎見」を得意とする、易者が住んでいたという。
文字通り、火を用いた占いを行うのだが、この易者の場合は物事の吉兆を占うばかりでなかった。
彼は炎を通じて、いまこのときの遠方で起こっていることを、のぞき見ることができたというのじゃ。
方法は、はた目に特別なものを感じづらい。なにせ、炎の前に四つん這いになって、顔を向けるだけなのじゃからな。
しかし、余人が同じようなことをしても、だいだい色の炎の奥へ、せいぜい本来あるべき向こう側の景色をとらえることができるばかり。彼のいうような、詳細な実況を行えるようなものでなかった。
力を疑う者が、何度か試したことがある。
村の一方の端に易者を置き、もう一方の端につい立てで囲った広間を設け、その中で相撲をとったんじゃ。
どのように展開し決着が着くかは、あらかじめ取り決められている。現代のプロレスでいう「ブック」ありきの勝負じゃった。むろん、その内容は易者に知らされてはいない。
やがて始まった取り組みを、易者は炎を通じて、事細かに周りに控えるものへ伝えていく。
万一の漏洩に備え、本番で即興の変更を交えたところも数ヵ所あったそうじゃが、そのいずれも、易者はあやまたず指摘してみせたのじゃとか。
仕掛けた側は結果にうなるよりなく、以降の易者の地位はますます盤石なものへ相成っていったそうじゃ。
それからしばらくして。
易者は特に依頼されたことがなくとも、しばしば予見のために炎と向き合うことが、ままあったそうじゃ。
そのときは、集落の見張り台のてっぺんにそなえつけられた燭台から火をもらい、それをうつした自分の松明を板と板の間にはさんで固定。四つん這いになった自分の顔の高さに炎を持ってきて、それを一心にのぞき込み始めたんだ。
時間は陽が暮れるまで、ぶっ通しでかかることも珍しくない。一度始まれば、食事をはじめとするあらゆる生理的に必要な行いも、彼から遠ざかった。ただ邪魔が入らぬよう、周囲の者が見張る必要があったという。
だが、その日の彼は妙だった。
いつもなら炎の内を見ながら、よどみない実況の言葉を紡いでいくもの。しかし今日はそののどから意味ある声が、なかなか発せられない。
代わりに、その口を突いて出るのが。
「――ぐえっ……げ、げ、ぐえっ……」
カエルとアヒルのあいの子のような、動物じみただみ声ばかり。
そして、火の方も妙だ。長い時間の占いともなれば火もじきに弱まり、途中で松明を取り換えることが常だった。
それが占いをはじめて、もう一刻以上が立つというのに、いまだ同じたいまつに火がともったまま。それどころか、木そのものも焦げ付く様子を見せず、その先端にだいだい色の明かりを掲げ続けている。
そう皆がいぶかしがる中。
見張り台のてっぺん、易者のいるところとは対角線の隅に控えていた者が、かなたの異変に気付いた。
何里離れているのか、すぐには判断ができない。
なにせ、彼が顔を向けているのは、集落を出てからほどなく、背の高い杉林が延々と続いていく方角。
その杉が何本も宙を舞ったとなれば、すぐに頭は認識できまい。根こそぎ、地から飛びつつ横倒しになっていき、また仲間の杉たちの中へ倒れ込んでいく。
その一本、一本が自分の寝かせた人差し指よりも小さく、短い。どれほどに遠くなのか、すぐに実感が湧く者など、そうはおらんじゃろう。
杉が仲間に隠れてからしばしが経ってから、ようやくその叫びがここまで届いた。同時に、易者が口にしていたような、動物の声もだ。彼の発するものより、何倍も大きな。
易者自身もまた、その声の頻度も強さも上げていった。
炎そのものに噛みつきそうなくらい顔を近づけ、鼻の頭、垂れ下がる髪から焦げ付く音が聞こえてきても、お構いなしだった。それでいて、なお顔そのものを灯った火の中へ突っ込まんとしていく。
周りにいる者が、その肩をおさえにかかった。あらかじめ、易者に頼まれているからじゃ。
もし、自分が「憑かれる」ことがあり、身を危険にさらしそうになったら取り押さえて欲しいと。ただし、顔だけは炎からはずさずにいて欲しいと。
何人もに取り押さえられ、顔だけは松明へ向けながら、易者は何度も吠えたてた。
それに合わせるようにして、また集落の遠方で同じように杉の木が舞ったそうじゃ。同じような吠え声も。
先ほどより、舞ってから聞こえるまでの間が短くなっているような気がしたそうじゃが、さらに数刻が経ち、陽が暮れかけるころには、それらが見られなくなり、易者もまた糸が切れたように昏倒。火も立ちどころに消えてしまったのじゃとか。
翌日に、意識を取り戻した易者は語る。
大きいガマが、遠方に降り立って、しゃにむにこの集落を目指そうとしていたこと。自分はそのガマに対する静止の声を、炎を通じてぶつけていったこと。
時間と共に、ガマのあらがいは強くなり、自分もまた熱をあげていった結果、ああなっていったと。
調べに向かった村人は、数里離れた杉の林一帯が、きれいに根こそぎされている原っぱを目にすることになる。
そこには大人が数十人も中に入って寝そべることができるほど、大きな陥没が無数にできていたそうじゃ。
高いところより見下ろすと、それはカエルの足の形をしていたという。