1-2.
美弥が欲しがったのだから、この集合写真は今回発行される生徒会特別号に使われるだろう。全身写真にするか、顔が大きく映るようにバストアップショットにするか、悩んだ。
「すいません、二枚撮らせてください」
いつもこうして、悩んだときにはどちらの構図も試してみることにしていた。やや緑がかったブルーのブレザーに白いシャツ、女子はえんじ色のリボン、男子は同色のネクタイを締め、パンツやスカートはブルーグレー。名璋高校の正装に身を包んだ生徒会の面々は嫌な顔一つせず、透子の指示に従ってくれた。
まずは全身写真を一枚。撮られることを意識しすぎてみんな表情が硬いが、透子は「オッケーです」と前向きな声をかける。
「もう一枚、アップで撮るのでヘン顔くださーい」
「ヘン顔?」
役員の一人が目を丸くしてつぶやく。他の五人もクスクスと照れたように笑う。
この瞬間を待っていた。みんなの自然な笑みがこぼれ落ちる瞬間。
少しだけ被写体との距離を詰め、構図を変える。六人のバストショットを横いっぱいに収めていく。透子もみんなと一緒になって笑いながら、何度か続けてシャッターを切った。役員の誰かは本当にヘン顔をして、別の誰かはそれを見て大きく笑う。笑い声ごと写真に収めてしまいたいくらい、和やかでいい雰囲気だった。
「はい、オッケーです。ありがとうございました」
カメラを下ろした透子から声がかかると、生徒会の面々からもそれぞれ「ありがとうございました」と返ってきた。緩んだ空気がゆったりと流れる生徒会室で、カメラの背面モニターで撮りたてホヤホヤの写真をチェックしていると、美弥が透子の背後から同じ画面を覗き込んできた。
「いい写真だね」
「ですね」
どれどれ、と執行役員も次々と集まってきて、透子はみんなに見えるようにカメラを掲げた。ボタンを操作し、今撮った写真を順にみんなで鑑賞していく。
「やっぱり絵になるよねぇ、暁くんは。プロのモデルさんみたい」
美弥がぽつりと漏らしたつぶやきに、誰もが「そうそう」と相づちを打つ。当の本人は群がる生徒たちの少し後ろで「ありがと」と遠慮がちに微笑んでいるけれど、美弥の言うことはあながち大袈裟でもないなと透子も思った。
背こそそれほど高くはないが、足の長いスタイルのよさと端正で甘いマスクは確かにファッションモデルさながらだ。
それだけではない。なんと言えばいいのか、真寛からは人を惹きつけるオーラみたいなものを感じるのだ。
昼休みに第三音楽室で偶然出会ったときに思った。ほとんど初対面だった彼に近づかれても嫌な気持ちにはならなかったし、実際に話してみてもそうだった。たぶん真寛は他人との適切な距離の取り方をよくわかっている人なのだと思う。あのときの、第三音楽室での彼の態度も今思えば、透子に花を持たせてやろうという気持ちと、透子の演奏を聴いて本当に満足した気持ち、その両方を表していたのだ。だから彼はピアノを弾かなかった。そしておそらく、透子が頼めば弾いてくれた。暁真寛とはそういう人で、だからこそ彼の周りには人が集まるのだ。彼といると、彼が自然と居心地のいい環境を整えてくれるから。
「ほら、暁くんもチェックしてよ」
美弥が半強制的に真寛を自分たちの輪の中へと呼び寄せた。さすがに先輩の命令を断ることには抵抗があるらしく、真寛は困ったように笑いながら、美弥たちが場所をあけた透子のすぐ右隣に立った。
「どれ?」
「あ、えっと……」
なぜだか指先に妙な震えを感じながら、透子は自分が出したヘン顔のリクエストに笑う六人の高校生を映したオフショットのような一枚を背面モニターに映し出し、真寛に見せた。
「これとか、素敵だよね」
「ほんとだ。上手に笑えてる」
「え?」
聞き間違いかと思った。透子にはよくあることだ。上手に笑えてるなんて、まるで懸命に笑顔を作ってみたいじゃないか。
真寛の視線が透子をとらえる。いつの間にか真寛の横顔を見つめていたことに目が合ってから気がついて、透子は両眉を跳ね上げ、真寛から目を逸らした。顔が熱い。
「この写真、採用されるかな」
「さ、さぁ、どうだろう。決定権は美弥先輩にあるから」
ごまかすように、透子は他の生徒会メンバーと話をしている美弥に目を向けた。
美弥とはこうして行動をともにすることが多い透子だが、美弥と同じ新聞部員ではなく写真部に所属している。部と言っても二年生は透子一人だけで、昨年度の冬で引退している三年生が二人、一年生が三人と、少数の部員がほぼほぼ個々に活動している緩い部活だった。美弥が部長を務める新聞部はもっとひどい。部員は美弥ただ一人で、彼女が卒業すると同時に文芸部に吸収合併されることが決まっている。写真部の透子が新聞部の取材に同行しているのはそうした事情があるためだった。インタビュアーとカメラマンを美弥一人でこなすことは難しい。
この日の取材は今の集合写真撮影をもって終了し、透子は美弥に連れられて学校の近くのファミレスに入った。ここで彼女にデザートをごちそうしてもらうまでが、新聞部の取材に同行する日の透子のスケジュールに組み込まれている。