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スワップ・スナップ  作者: 貴堂水樹
特別公演 第三音楽室のためのプレリュード 〈透子〉
33/33

3.

 大盛況のうちに幕を閉じた音楽会は、気づけば廊下にまで多くの聴衆が押し寄せる事態に発展していた。おかげでチャリティーコンサートとしての役割も十二分に果たすことができ、集まった募金額は想定の二倍近くに上った。ピアノの調律費をまかなうことはもちろん、扉の鍵の交換費や他の設備の整備費にも充てられそうだと、主催者の千寛は明るい未来に心を躍らせていた。

 今透子たちが立っているのはゴールではない。ようやくスタートラインに立てたばかりだ。二人の運命を切り開いてくれたと言っても過言ではない第三音楽室のグランドピアノの美しい音色を蘇らせ、この場所を音楽好きのつどう憩いの場にする。卒業まであと一年半。千寛の夢は今や透子の夢でもあり、近いうちに実現させようと二人は固い約束を交わした。

「さて、どうしようか」

 二階から三階へと上がる階段に『立入禁止』の札を提げたロープを張りながら千寛がつぶやく。音楽室の後片づけも終わり、時刻は午後三時四十五分。残り十五分で今日の一般公開は終了時刻を迎える。

「透子は展示、見て回った?」

「全然。美弥先輩のクラスの演劇を観ただけ」

 三年生は教室でのクラス展示ではなく、体育館で各一時間のクラス演劇を上演するのが通例となっており、美弥のクラスは一日目の一番手、全九クラスの中のトップバッターだった。陸上部で長距離走をがんばっていた主人公が重い病気に罹ってしまうという涙なしには観られない感動作で、透子も朝からハンカチ片手に泣いてしまった。ちなみに美弥がキャストとして出演することはなく、彼女は衣装や小道具を作る係だと聞いていた。

「じゃあ、行こう」

「え?」

 千寛が透子の手を取って階段を下り始めた。突然のことに透子は戸惑い、足がもつれそうになる。

「ちょっと、千寛くん?」

「定番でしょ、文化祭の展示を恋人と見て回るの」

 踊り場で立ち止まり、千寛はニコリとあどけない笑みを浮かべた。ほんの少し頬が赤らみ、照れているのが伝わってくる。

 かわいい人。自分で言っておいて照れるなんて。おかしくなって、透子は思わず声に出して小さく笑った。千寛も笑って、二人並んで一階まで階段を下りていく。

 終了時刻が近づいても熱気の冷めやらない校内を、千寛と手をつないで歩く。行き交う人々から視線を浴びても、もう怖くない。千寛が隣にいてくれれば。

 迫りくる夕暮れどきなど微塵も感じさせない夏の午後に、透子と千寛の笑い声が溶けていく。

 第三音楽室の窓の隙間から、二人の奏でた美しいピアノの旋律が甘い余韻を残してゆったりと流れ出していた。



【スワップ・スナップ/了】

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