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スワップ・スナップ  作者: 貴堂水樹
第一章 撮れるはずのない写真 〈透子〉
3/33

1-1.

「では続いて、今年の文化祭のメインテーマ『TOYBOX』に込めた思いをお聞かせください」

「はい。『TOYBOX』とは、日本語に訳すと『おもちゃ箱』です。一、二年生のクラス展示、三年生の演劇、縦割りチームでの巨大モニュメント製作と、出し物としては例年どおりですが、今年の目標として、脱マンネリを心がけ、目新しさやわくわく感を特に追求してほしいと僕は考えています」

 脱マンネリ。難しい言葉を使うなぁと透子はファインダー越しに真寛を見つめながら思った。マンネリとはどういう意味だっただろう。確か、心がときめかなくなった状態、だったか。

 生徒会室の片隅で、新聞部によるインタビューがおこなわれていた。年三回発行される学校新聞ではなく、生徒会特別号という形で発行する号外用の取材だ。二週間後に開催される生徒総会に向け、校則の改定について、文化祭についてなど、生徒主導で学校を運営していくために必要な議題をあらかじめ生徒全体に周知しておくために、生徒会が新聞部に依頼して作成させる新聞だった。

 開け放たれた窓の向こうから、色とりどりの音が聞こえてくる。吹奏楽部の熱心な練習の音。サッカー部や野球部による大きなかけ声。シジュウカラのさえずり。木の葉のざわめき。

 シャッターを切っている時にはまるで聞こえてこないのに、覗いたファインダーから右目を離し、ふと気を緩めた瞬間に耳に届くそれらの音を楽しみつつ、透子は人望の厚い生徒会長、暁真寛の写真を何枚も撮った。真寛は謙虚な姿勢を崩すことなく、新聞部部長の女子生徒から放たれる今年度の学校祭についての質問に、一つひとつ丁寧に、自信をその声に乗せて答えていた。

「目新しさですか。というと、過去に例のない、取り上げられたことのない題材を見つけて発表しろ、ということでしょうか」

「それができればベストですが、そこまで難しく考えなくても大丈夫です。文化祭とは、文字どおり『お祭り』ですから、ご来場いただいたお客様をいかにわくわくさせるか、どうしたらこれまで経験したことのないような楽しさを味わってもらえるかという点を最優先で考えてもらいたい。そうした願いを『TOYBOX』、すなわち『おもちゃ箱』というテーマに込めました」

「なるほど。おもちゃ箱を開ける時って、確かにわくわくしますもんね。開けた先には楽しいことしか待ってないから」

「そうでしょう。みなさんがどんなおもしろいネタを仕込んでくれるか、僕も今からわくわくしてたまらないんです、実は」

「気が早いですね、会長」

二人の笑い声に混じり、カメラのシャッター音が生徒会室に溶けていく。

 主役の表情が変わるたびに、透子はシャッターボタンを押した。父のお下がりで譲ってもらったデジタル一眼はなかなか年季が入っているが、写真部の活動で使うにしては超がつくほどの高級品だ。シャッターを切る楽しさは、安価で手に入るデジカメとは比べものにならない。素人の透子だが、今だけはプロのカメラマンになったつもりで、生徒会長としての真寛を撮り続けた。

 インタビューの終わりに、真寛から全校生徒へ熱いメッセージが伝えられた。謙虚さの中に生徒会長としての確かなプライドも覗かせた堂々たるスピーチに、カメラをかまえていたはずの透子は思わずファインダーから目を離し、真寛を見た。端的に言って、かっこよかった。

 ありがとうございました、と新聞部部長の永澤ながさわ美弥みやは丁寧に頭を下げ、机に置かれていたボイスレコーダーの録音を停止する。室内に漂っていた緊張感が消失し、誰ともなくホッと息を吐き出した。

「ありがとう、暁くん。さすがだね。いいスピーチでした」

「永澤先輩こそ、ご苦労様でした。今の内容で、ちゃんとした記事として成立しそうですか?」

「もちろん。十分すぎるくらいだよ」

「よかった。新聞の発行、楽しみにしていますね」

「おまかせあれ。生徒会諸氏の期待にバッチリこたえて見せましょう」

 調子のいい美弥の返答に、生徒会室が和やかな笑みに包まれる。取材後のオフショットとして、透子は一枚、真寛や他の生徒会役員が写る自然体な姿を撮影した。

 撮りたての写真を、カメラの背面モニターで確認する。今のオフショットはさておき、インタビューを受ける真寛の様子はイメージどおりの一枚に仕上がっていた。被写体である真寛を画面中央からやや左寄りに据え、インタビュアーである美弥の視点として、美弥の肩越しに撮影した。狙いどおり、教室の照明と窓から差し込む光の加減をうまくとらえ、真寛の表情がより明るく見えるような写真になった。上出来だ。

 最近、少しずつだけれど、写真がうまくなってきたと実感できる機会が増えていた。今の真寛の写真のように、特に光の加減をとらえるコツのようなものがわかり始めたような気がしていて、写真を撮る楽しさ、おもしろさがより強く感じられるようになった。

 中学三年生の時にやめたピアノの代わりに始めた趣味は、今ではすっかり透子の日常の一部になりつつある。毎日必ず、一枚は写真を撮るようになった。そうしなければなんとなく落ちつかなかった。ピアノをやっていたときと同じだ。

 そういう意味では、写真に打ち込む今は中学生の頃までの生活とあまり変わらない。熱中する対象がピアノから写真に移っただけ。なにかにのめり込む力は失われないんだなぁと、透子は少し遠い目をして自らの撮影した写真を眺めた。

 どのくらいの間そうしていたのか、不意に右肩をたたかれた。驚いて顔を向けると、美弥が怪訝そうに透子を見ていた。

「聞いてる、透子ちゃん?」

「あ」

 しまった、と思った時にはいつも手遅れだ。今みたいに思考に没頭していたりすると、透子はよく他人からの呼びかけを聞き逃してしまう。

「ごめんなさい、なんでした?」

「集合写真、撮りたいんだけど」

「あぁ、はい。了解です」

 美弥の指示をようやく受け取った透子は、「では皆さん、こちらへ」と生徒会室に集まっていた執行役員の面々を集合させた。真寛を中心に、六人の生徒会執行部員を横並びに立たせ、距離を取る。

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