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スワップ・スナップ  作者: 貴堂水樹
第二章 ピアノときょうだい 〈透子〉
11/33

2-1.

 写真部の主な活動は、毎年冬に開かれる学生フォトコンテストに応募する写真を撮影することだ。主催者が年ごとにテーマを決め、それに沿った作品を撮って応募するというもので、今年のテーマは『制服』とすでに発表されている。学生服に限らず、たとえば親が仕事で着ている制服でもいいと応募要項には書かれていた。つまり、制服を着た真寛がモデルでもオーケイということだ。

 真寛にこのことを話して聞かせると、「俺でよければ協力するよ」と快くモデルを引き受けてくれた。透子にとっては一石二鳥だ。千寛の霊をとらえる目的と、コンテスト用の候補写真を撮らせてもらうという目的が同時に果たせる。

 せっかくなので生徒会長らしく、真寛には学校行事の際に生徒会役員が腕につけるえんじ色の腕章わんしょうをブレザーの上から巻いてもらい、生徒会の仕事をしている風の写真を撮ることになった。他の生徒会役員たちの姿も同じ一枚に収めたかったが、それはまた別の機会に撮らせてもらうことを真寛は約束してくれた。

「なにか、してほしいポーズとかある?」

 真寛はおととい美弥のインタビューを受けたときに座っていた席に腰かけながら透子に尋ねた。生徒会の仕事中、という雰囲気を出そうにも、真寛一人ではなかなか難しいということに今さらながら気がついた。

「特にないかな」

 透子はカメラをセッティングしながら答えた。

「真寛くんが一人でもできるような仕事があれば、それをやっている姿をわたしは撮るから」

「仕事かぁ。いろいろあるんだよなぁ」

 真寛はひとりごとをつぶやきながら立ち上がり、背にしていたスチールキャビネットの透明な扉をスライドさせた。中からかなり厚めのファイルを取り出してもう一度席につき、中身をパラパラとめくり始める。

「体育館のトイレを改修する件はもう少し内容を詰めないといけないし、一年生の駐輪場の屋根が雨漏りする件もなんとか予算を組んでもらわなくちゃいけないし、校則の見直しについても先生からあれこれ言われてるし……。うちの高校は古いから、時代に合っていない校則がいくつもある。歴史を重んじる向きもわからないではないんだけど、変えるならスパッと潔く変えないと。制服を新しくしたことだってそうだ。外見だけ整えたってなんの意味もないのに、どうして先生たちはそういうところばっかり……」

 だんだん愚痴っぽくなってきた真寛のつぶやきに耳を傾けながら、透子はカメラをかまえてシャッターを切った。ボタンを長押しして撮影する連写モードでの撮影も何度か試してみた。一秒の長押しで十枚の写真が撮れる。そのうちの一枚に運よく千寛が写り込んでいることを願って、透子はシャッターを切り続けた。

 真寛が机に右肘をつき、物憂げにため息をつく。左斜め前からのアングルで一枚撮影した透子を見上げ、真寛は困ったような笑みを浮かべた。

「知ってる? ため息をつくと、ついた分だけ幸せが逃げていくんだって」

「うん、聞いたことある。実際にはどうなのかわからないけど」

「逃げていくというより、ため息が出てしまう時点であまり幸せじゃないってことなんだろうな」

 真寛は席を立ち、透子のすぐ隣に立った。

「どう、撮れた?」

 吐息の音がはっきりと聞こえるくらいの距離に真寛がいる。一瞬ドキッとしたけれど、昨日やおとといほど緊張していないのはなぜだろうと思えるくらい、透子は冷静にカメラを操作することができた。

 二人で透子の撮影した写真を確認する。連写も含めて三十枚ほど撮ってみたが、千寛の影が写り込んでいるものは一枚もなかった。

「ダメか」

 真寛の声から、ひどくがっかりしていることが伝わる。透子も自分の気持ちが沈んでいるのを感じていた。

 どうして撮れないんだろう。どうしておとといは撮れたんだろう。

 おとといと今日では、なにが違うのだろうか。場所は同じで、時間帯もほぼ同じ。真寛が美弥からインタビューを受けているかいないかという違いは千寛の存在となにか関係があるのか。

「今、この教室の中にいるのかな、あいつは」

 真寛がそっと斜め上を仰ぎ見ながらつぶやいた。

「この場所に俺たちと一緒にいてくれなくちゃ、写真に収めようもないのにな」

 悲しげな横顔に、透子はハッとした。

 一番悔しい思いをしているのは真寛だ。誰よりも千寛に会いたいと願っているのは真寛なのだから。

 わたしが落ち込んでいちゃいけない。透子は腹に力を入れて気持ちを切り替え、真寛に努めて明るく声をかけた。

「でも、わたしの個人的な意見としては、とてもいい写真が撮れたよ」

 再びカメラを操作し始めると、真寛が透子の手もとを覗き込んできた。

「どれ?」

「これとか」

 ちょうど真寛が机に肘をついてため息をついた瞬間の写真。悩ましい顔さえも美しい生徒会長の姿がばっちりフレームに収まっている。

「これ?」

「うん、すごくいいよ。タイトルは『生徒会長の憂鬱』」

「こんなのがいいわけ? どうせならもっとカッコいいところを撮ってほしかったよ」

 むくれる真寛の、めずらしく子どもっぽい顔がおかしくて、透子は笑った。こうやって同じ時間を過ごすと、これまで知らなかった真寛の一面がどんどんわかって楽しい。

 その後も撮影は続けられたが、この日は結局千寛の影をとらえることはできなかった。やはり奇跡は二度も起きないのだと、透子はすっかり肩を落としてしまった。

「あきらめないでよ、蓮見さん」

 一方で、真寛の目は輝きを失ってはいなかった。

「きっとまだチャンスはある」

「でも……」

「会いたいんだろ、千寛に。だったら会えるまでがんばろうよ。俺たちがあきらめない限り、可能性はゼロにならないんだから」

 自分のふがいなさに透子は余計に落ち込んだ。結局真寛に励ましてもらっている。いつもそうだ。目の前の壁が高いと、すぐに心がくじけてしまう。

「すごいね、真寛くんは」

 透子の口から情けない弱音がこぼれ落ちる。

「どうしたらそんな風に、いつも前向きでいられるの」

 同じ質問を、姉に対して投げかけたことがある。どうしてお姉ちゃんは、いつも自信満々でピアノが弾けるの――。

 透子には難しいことだった。どれだけ練習を重ねても、本番が近づくにつれて自信が小さくなっていく。練習回数ばかりが増えて、想像する輝かしい未来の光景は日を追うごとにぼやけていく。

 当時小学生だった透子に、中学生だった姉はこう答えている。――本気で一番になりたいと思ってるかどうかじゃない?

 本気だったら、前以外は見ないはず。姉ははっきりとそう言いきった。その強さが、今の姉を作った。美しい旋律を身にまとい、世界へ羽ばたいていった姉を。

 真寛は机の端に腰を預け、透子の問いに答えた。

「俺、言霊ことだまを信じててさ」

「言霊?」

「そう。口にしたことが現実になるって言うだろ。あれってきっと本当でさ、願いを言葉にして表現することで自分の中に責任感みたいなものが生まれて、実現させなきゃっていう気持ちになるんだよ。本気にさせてもらえる、とでも言うのかな。一見難しそうなことでも、俺ならできるって口に出して言い聞かせるとうまくいくんだ。そんなことが何度もあった。不思議だろ。でも、これは事実。言霊の力は、単なる思い込みを超越した神秘なんだよ」

 少しばかりうさんくさい話も、真寛が語ると途端に真実味を帯びるからすごい。実際に真寛は自らの力で運と多くの仲間を味方につけ、明るい未来へと続く道を堂々と歩んでいる。家族を失った悲しみも、言葉の力で自らを鼓舞して乗り越えているのだろう。千寛が言っていたとおりだ。常に自分に自信を持てる強さが、真寛の高い精神力を生み出している。

 姉と一緒だ。自信があるから、前に進める。本気だから、前しか見ない。余計なことは考えない。そんな暇は、彼らにはない。

「俺たちは、千寛に会える」

 机から腰を上げ、透子の目をまっすぐに見て、真寛は言った。

「一緒に信じてよ、蓮見さんも。俺だけじゃなくて、蓮見さんの気持ちも口にすれば、俺たちの願いはきっと叶う」

 そうかもしれない。真寛が言うと、そうだと思えてくるから不思議だ。

「わたしたちは、千寛くんに会える」

「そう。少し時間はかかるかもしれないけど、必ず」

 真寛の言葉は力強く、なにがなんでも千寛に会いたいという意思の強さが表れていた。大切な家族、たった一人の兄弟だ。たとえ写真に写る影だけだとしても、その存在を感じられるものにすがりたい気持ちはよくわかる。

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