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第33話 カフェでの忠告

 約二時間の映画は、あっという間にエンドロールを迎えた。

 元々はテレビシリーズの刑事ドラマが映画化されたものだが、人気が更に爆発して今回で劇場版三作目。加瀬宮も含めた観客たちの反応やSNSでの評判、売り上げからして、劇場版四作目も確定しているだろう。


「はー、面白かった」


 映画館を出て帰り道を歩く加瀬宮はご満悦だ。実のところ、俺もちょっと気分がいい。それぐらい面白い映画だった。


「スクリーンで観るお姉ちゃん、やっぱり綺麗だったなー。みんなが騒ぐのも分かるかも」


「演技の方も本職の俳優さんと遜色なかった……というより、ちょっと食ってたかもな」


「確かに。SNSとかだとドラマ版含めても一番人気のキャラになってたぐらいだもんね」


「つっても、最後は死んじまったからなぁ。続編には登場しなさそうだけど」


「回想シーンとかで出そうじゃない? それか、双子の姉が出てくるとか」


「ありえるな……こんだけ人気だと公式としても手放すのは惜しいだろうし」


 どうやら公式側としてもここまでの反応と人気は予想していた以上だったらしい。

 緊急でグッズの発売が決定したという話もSNSでまわってきたぐらいだ。


「誰かと一緒に映画観るのっていいね。終わったら感想とか話し合えるし」


「そうだなー。俺も夏樹と映画観に行った帰りとか、カフェに寄って感想を話し合うのがお決まりの流れだ」


「だねー。昼ぐらいに観に行ったのに、感想を話し合って気づけば夜なんてこともあったよねー」


「あったあった。いやー、あの時はつい話が盛り上がって………………」


 ………………盛り上がって……。


「…………って、うおっ!? 夏樹ぃ!?」


「やほー。こんなところで奇遇だね、紅太」


 いつの間にか俺たちの話にニコニコとした笑顔で混ざっていたのは、犬巻夏樹。

 男子高校生の平均よりも少し低めの体格に、いつも人懐こい笑顔を絶やさない、俺の幼稚園時代からの幼馴染であり、親友である。


「それと、加瀬宮さんも。こんにちは」


「……こ、こんにちは?」


 夏休み前。俺が期末テストに向けた勉強会をした関係で加瀬宮と夏樹は顔を合わせたことが何度かある。しかし、教室で仲良くお喋りをする……というほどの間柄でもない。現状では友達の友達ぐらいの立ち位置であり、加瀬宮がまだ接し方に迷うのも分かる。というか、誰とでも臆することなく接することができる夏樹の方が異常だ。


「お前な、普通に声かけろよ。なに自然に会話に混ざってるんだよ」


「ごめんごめん。ちょっと紅太にいじわるしたくなっちゃって」


「期末テストの時は迷惑かけたけど、恨み買うようなことまでした覚えはないんだけどな」


「だって紅太、夏休みに入ったっていうのに、ぜんぜん遊んでくれないし。一学期もあんまり遊べなかったしさー」


「まだ夏休みに入ったばっかだろ」


「でも加瀬宮さんとはさっそく遊んでるじゃん。不公平だぞー。僕とも遊べー」


「加瀬宮とは前から約束してたんだよ」


 ……が、言われてみれば確かに一学期は夏樹とあんまり遊べなかったな。家や家族から逃げるためにバイトを入れまくっていたからなんだけど。期末テストの時は結構な無理も聞いてもらったし、何より俺も夏樹と遊ぶ時間が減ってちょっと寂しいな。


「まぁ、そのうち遊ぼうぜ。つーか、プールだって行くことになってるだろ」


「みんなで行くプールと、紅太と二人で遊ぶのは別腹だよ。……ていうか二人は、さっきまで映画を観に行ってたの?」


「ああ。お前はこんなとこで何してたんだ?」


「最近知り合った子と遊んだ帰り。これから紅太のバイト先に寄って涼みに行こうかなーってしてたとこ」


「成海のバイト先?」


 と、夏樹の言葉に反応したのは加瀬宮だ。


「そ。紅太のバイト先、ここから近いんだ。よかったら一緒に行く?」


「行く」


 加瀬宮は即答だった。しかもちょっと食い気味で。


「加瀬宮さんが行くなら、紅太も一緒に来るよね?」


「その言い方に少し引っかかりる感じがあるが、まぁ、そうだな」


「じゃあ行こう」


 慣れた様子で先頭を歩く夏樹の背中を追いかける形で、太陽に照らされた駅近くの道を行進することしばらく。


「ここって……カフェ?」


 裏手にひっそりと佇む隠れ家的な雰囲気の店。入口には大きな植物のディスプレイが飾られていて、それが不思議と街の景色に溶け込んでいる。


「そ。ここが紅太のバイト先。うちの学園の生徒は殆ど見たことないし、そういう意味では穴場だよ」


 夏樹の言う通り、俺がバイトしていても同じ学園の生徒が客として来たことは殆どない。せいぜいが夏樹ぐらいのものだが、こいつがこの店に来る時は決まって誰も連れてくることはない。


「いらっしゃい……って、紅太くんじゃないか」


「こんにちは、マスター。今日は客として来ました」


「ははは。わざわざ来てくれるなんて嬉しいな。ゆっくりしていってよ」


「そうさせてもらいます」


 店内の至る場所には入口と同じように植物が飾られており、入口から突き当りの場所にあるテーブルには、天井にも届くほど大きな生け込みが設置されている。店内のアンティークな雰囲気ともマッチしていて、大胆さも兼ね備えた落ち着きのある空間に仕上がっていた。


 マスターは、店内に飾られた植物と同じように大らかで優しい雰囲気を持った、中年の男性だ。俺もよくその懐の広さにはお世話になっている。


「僕はアイスコーヒーとチーズケーキにしよっと。紅太は同じやつだよね?」


「ああ。加瀬宮はどうする?」


「んー……じゃあ、紅茶とシフォンケーキで」


「そういえば加瀬宮さんってコーヒー飲めないんだっけ?」


「飲めるし、飲まないわけじゃないよ。嫌いってわけでもないし。ただお店とか……室内じゃあんまり飲まない、かな。チェーン店のはテイクアウトしかしない感じ」


「へぇー。何か拘りとかあるの?」


「そういうわけじゃないよ。こだわりとか、そういうかっこいい感じのじゃなくて……逃げてるだけ、なのかも」


「なるほどね。確かに加瀬宮さんとちょっと前の紅太は似た者同士だ」


 夏樹が何か一人で納得したように頷いたタイミングで、店の扉が開いた。

 バイトとしての癖とでも言うべきか。ドアベルが鳴るとつい反応してしまい、思わず「いらっしゃいませ」が口から零れそうになったが、なんとか我慢した。


「もしかして……紅太くん?」


「私服。つまり、バイトではない?」


 来店してきたのは女子大生の二人組だった。バイトとして接客しそうになった俺と目が合うや否や、物珍しそうにしながら近づいてくる。


「あれっ。朝霞あさかさんと夜仲よなかさん?」


「やっほー。ねぇねぇ、もしかして今日はお客さんとして来てる感じ?」


「ええ、まあ。友達と映画を観に行った帰りに寄ってみたんです」


「偶然。わたしたちもこれから、映画を観に行く」


「夜仲さんたちも?」


「そそ。話題作ってやつ? ほら、あのkuonが出てるやつ」


「それならさっき俺が友達と観てきたやつです」


「友達……犬巻くんと?」


「夏樹とはさっき出くわしただけで……一緒に観たのは、加瀬宮です」


 と、ここで俺は加瀬宮に二人を紹介することにした。


「加瀬宮。こちらは朝霞さんと夜仲さん。この店の常連客」


朝霞早美あさかはやみ、大学一年でーす。紅太くんにはいつも愚痴を聞いてもらったりしてお世話になってまーす」


夜仲真深よなかまふか。同じく大学一年生。紅太にはいつも友達が迷惑かけてる」


「成海のクラスメイトの、加瀬宮小白です」


 常連客の二人に挨拶をする加瀬宮……なんだけど……なんだろ。

 普段の教室で見せる、何者も寄せ付けぬブリザードというわけではないが、どこか警戒しているような雰囲気を感じる。勿論、露骨に感じさせるほどじゃないし、加瀬宮だって二人に敵意や嫌悪感を抱いているわけでもない。ある程度は付き合いのある俺なら分かる、といったレベルの。


「うわっ! なに!? この子めっちゃくちゃ可愛いじゃん!」


「芸能人? それとも紅太の彼女?」


「どっちも違います。友達ですよ、友達」


 そこは加瀬宮に迷惑をかけないためにもしっかりと訂正しておく。


「ほほーう? 友達ねぇ……こんなかわい子ちゃんを連れて一緒に映画観て、カフェでお茶ですか」


「早美。そういうの、紅太に嫌われちゃうよ」


「それはヤダなー。てか、ごめんね? 友達と居るのにさ。あんまり珍しいもんだからつい絡んじゃった」


「こっちのことはお構いまなくー。というか紅太、せっかくだしお姉さんたちと少し話してきたら?」


 と、なぜか提案をしてきたのは夏樹だ。


「映画の上映時間から逆算すれば、お姉さんたちがいるのはせいぜい十五分ぐらいだろうしさ。それに……」


 加瀬宮や朝霞さんたちに聞こえないようにするためか、夏樹はわざわざ手でブラインドを作り、俺の耳元まで顔を寄せてきた。


「加瀬宮さん、今なんか大変なんでしょ? 女の子を元気づけるためのプレゼントとか、お姉さんたちに相談してみたら?」


 女性に関する相談事は、同じ女性にしてみろ、ということだろうか。うん。言われてみれば至極真っ当なアドバイスだな。


「ね?」


「……ま、そーだな」


「えー、なになに? ホントに紅太くん借りちゃっていいの?」


「なら、遠慮なく借りるけど」


「いいですよー。持ってっちゃってくださーい」


 こうして、ニコニコとした人懐こい笑顔の夏樹に押される形で、俺は朝霞さんと夜仲さんと一緒に別の席へと移動することになった。


     ☆


「ごめんね、加瀬宮さん」


 成海が綺麗な女子大生のお姉さん二人に連行されていく姿を眺めることしかできないでいると、すかさず犬巻が私に謝ってきた。


「なんで犬巻が謝ってんの。成海にだって人付き合いとかあるし、私だって別に気にしてないし」


 嘘だ。気にしてる。だってさっきの二人、とても綺麗だった。成海とも親しい感じがして、ちょっと悔しい。当たり前だけど成海には成海の世界があって、私には知らないことだってある。


「それもあるけど、それだけじゃない。二人のデートに割って入っちゃったことも含めて」


「べ、別にデートしてたわけじゃ……」


「加瀬宮さんはデートのつもりだったんじゃないの?」


「…………っ!?」


 さらっと言い当てられて、心臓の鼓動が一瞬だけ、一段階大きく跳ねた。


「ほらやっぱり」


 犬巻夏樹という男子について、私が知っていることは少ない。

 人懐こい笑顔をする友達の多いやつ。ぐらいの認識だけど……なんか、こいつ……得体が知れない感じがするのはなんでだろう。上手く言葉にできないけど、怖い時のお姉ちゃんに近いような気も……。


「加瀬宮さんって結構、素直だよねぇ」


「…………アンタ、何がしたいわけ」


「デートの邪魔したことは悪いと思ってるよ。本当なら二人だけにしてあげたかったんだけど、ちょうどこの店が近かったしさ。加瀬宮さんに案内するにはいい機会だと思って」


 つまり犬巻は私をこの店に連れてくることが狙いだった? でも、なんで?


「忠告をするためだよ」


 私の心を読んだかのような一言に言葉が詰まる。

 忠告? 何の? こいつは、何の目的があって――――……!


「紅太ってね――――意外とモテるよ」


「…………………………は?」


 思わず自分でも間抜けな声が漏れてしまった。


「学園だとあんまり他人に関わらないようにしてるから、そんなにだけどね。バイト先だとモテるんだ、これが。接客だと他人と関わらないわけにはいかないでしょ? 話を聞いたり気を利かせたりしてるうちに、さっきの常連客みたいな女の人が既に何人か……」


「待って。あの、ちょっと待って。ストップ」


 あれ。なんでだろ。緊張っていうか、警戒していた分、飛び出してきた言葉があまりにも拍子抜けだったせいか、力が抜けてきた。


「忠告って、それ?」


「そうだけど?」


「それを言うためにだけに私をここに連れてきたの?」


「実際に見てもらった方が早いと思って」


「まぁ…………」


 成海の方を確認する。……何か楽しそうに話してる。何話してるんだろ。


「…………そうだけど」


「言っとくけど、僕は加瀬宮さんのこと応援してるんだから」


「……理由を訊いても?」


「それは…………秘密。言っちゃうとズルになるから言わない」


「また秘密か」


「また?」


「こっちの話」


 お姉ちゃんと話してた成海も、どんな話をしたかを秘密にされている。

 なんか最近は秘密にされてばっかりな気がする。


「ま、要するにさ。ライバルが居ないと思わない方がいいよってこと。別に告白を急かすつもりもないけど」


「ライバル…………」


 こんな時に、ふと頭に浮かんだのはお姉ちゃんの姿だった。

 優しくて天才で努力家で、綺麗で可愛くてかっこいい、お姉ちゃん。


「…………そうだね」


 心がちくちくとして、焦りのようなものがじわじわと覆い尽くす。

 そして映画を観てる時の、成海の横顔。スクリーンに映っているお姉ちゃんを観ている成海の横顔が、頭に浮かんで離れない。


 ……成海はどう思ってるんだろう。お姉ちゃんのこと。

 もし、成海がお姉ちゃんのことが好きだったら……お姉ちゃんが、成海のことを好きになったら……私は……。




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