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第22話 協力要請

 辻川に無謀な勝負を挑んで家を出て、夏樹の家に泊まらせてもらったその数日後。

 月曜日の朝、俺は夏樹と一緒に通学路を歩いていた。いつもとは違う通学路はちょっと新鮮だ。


「悪かったな、急に押しかけた上に無茶なお願いまできいてもらって」


「うちのお父さんもお母さんも気にしてないどころか、むしろ歓迎してたからいいんじゃない? 僕も懐かしい感じがして嬉しかったし」


「懐かしい? こんな無茶なお願いしたの、はじめてだろ」


「昔の紅太は無茶ばっかやってたよ。覚えてる? 小学校二年生の頃、僕をいじめてた上級生相手に、たった一人で喧嘩しに行ったよね。向こうは六人もいたのにさ」


「ははは。あったなぁ~、そんなこと………………………………あの頃は本当に黒歴史だから忘れてくれ」


「忘れないよ」


 本当に忘れてほしいのだが、夏樹はにっこりとした笑顔で拒否した。

 ……小学校二年生の頃、なんて細かい学年まで未だに覚えているのだから、本当に忘れなさそうだ。


「前のお父さんと色々あってから、すっかりそういう紅太はいなくなっちゃったと思ったんだけどね。最近は少しずつ戻ってきた気がする……加瀬宮さんのおかげかな?」


「なんで急に加瀬宮が出てくるんだよ」


「違うの? そうだと思ってたんだけど」


「…………戻ってきたってのは分からんが、最近ちょっとずつ変わってきたのは、確かに加瀬宮のおかげだ」


「ほらやっぱり」


 まさにお見通し、と言わんばかりに笑う夏樹。


「……なんで分かった?」


「先生の頼まれ事で古い机と椅子を校舎裏まで運んだ時あったでしょ。作業が終わって、みんなにジュースを配ってた時さ、加瀬宮さんが紅茶を飲むって知ってたみたいだし」


「あれか! うわっ、言われてみれば確かに迂闊だった!」


「僕ぐらいしか気づいてなかったみたいだけどね」


 そして夏樹は他人に言いふらしたりはしていないということでもある。


「今日の昼休みにする『頼み事』っていうのも、加瀬宮さんが来てたりする?」


「お前、ほんと名探偵の才能あるよ」


「まあ紅太のことならだいたいね」


 流石は幼馴染。付き合いが長いだけある。


「『頼み事』の内容っていうのは、昼休みに教えてくれるんだよね?」


「ああ。……本当なら、その時に加瀬宮とのことも話そうと思ってたんだけどな」


 まさかとっくの昔に看破されていたとは思わなかった。


「わかった。じゃあ、楽しみにしてるよ」


「楽しみにするような内容じゃないんだけどな」


「紅太からの頼み事なら、どんな内容でも楽しみになるさ」


 そんなことを話しながら学園へと向かい、これまでにないぐらい集中して授業を受けていたら、あっという間に昼休みがやってきた。


 加瀬宮とはスマホで連絡をかわし、あらかじめ決めていた集合場所の空き教室に向かう。

 いつかの木曜日の時点では古い机や椅子が詰め込まれていた教室は、俺たちが放課後という貴重な時間を削って片付けたことで、からっぽになっていた。


「僕と紅太と加瀬宮さん……だけじゃないんだね」


「加瀬宮から助っ人に心当たりがあると聞いてな。連れて来てもらう予定だ」


「何の助っ人かは知らないけど、誰を連れて来てもらうの?」


「俺も知らない。連れてこれるか分からないらしいから、濁してた。こっちは夏樹を連れてくるって話してあるけどな」


「へぇー。じゃあ、僕の場合は断られないっていう確信があったんだ?」


「確信はなかった。でも、断られたら土下座してでも説得するつもりだった。俺が信用して頼れる相手っつったら、お前ぐらいしかいないからな」


「嬉しいこと言ってくれるねぇ……っと、誰か来たみたいだね」


 夏樹の言葉通り、人けのない廊下を歩く足音が僅かに響いてきた。

 やがてそれは徐々に近づいてきて、空き教室の扉が開かれる。


「ごめん。待たせた」


「大丈夫。大したロスじゃない」


 教室に入ってきたのは加瀬宮。その眼は俺の傍にいる夏樹を捉えた。


「どーも。紅太の幼馴染、兼、親友の犬巻夏樹いぬまきなつきでーす」


「知ってる。クラスメイトだし」


「認識してもらえてたのは光栄だ。ところで……誰かと一緒だよね? そっちの人とも挨拶したいんだけど」


「……入って」


 加瀬宮が声をかけると、空き教室の外で待機していた人物が、その黒くて長い髪を揺らしながら入ってきた。


 透き通った水のように透明で。繊細で華奢で上品な、名工が作り上げた硝子細工を思わせる少女だった。

 俺はこの人を知っている。というか、この学園に通っている生徒の殆どが、つい最近目にしたことだろう。

 来門紫織らいもんしおり

 品行方正で清く正しい優等生。そして、この学園の新たな生徒会長だ。


「加瀬宮。もしかして……」


「まぁ……うん。私の、友達」


「どうして言い淀むのかしら。もしかして友達だって思ってるのは、わたしだけだった?」


「や。違くて。あらためて友達を紹介するのって、ちょっとはずかしいっていうか……わたしも紫織のこと、友達だって思ってるし」


「よかった」


 柔らかく笑う来門。その二人のやり取りを見て、友達というのは嘘ではないと思える。


 ……前から加瀬宮には友達がいる、ということだけは聞いていた。


 ――――クラスも違うし、学校じゃあんまり関わらないようにしてるから。


 そう加瀬宮は言っていたけれど。まさか新しい生徒会長とは思いもしなかった。

 しかし、想像以上の助っ人を連れて来てくれたもんだ。加瀬宮のやつ、こんな隠し玉があったとは驚いた。これは嬉しい誤算だ。


「あらためまして、こんにちは。来門紫織です」


「成海紅太」


「犬巻夏樹でーす」


「よろしく……ところで、わたしはあなたに何をすればいいのかしら? 協力してほしいことがあるって、小白に頼まれたから来てみたのだけれど」


「あ、僕もそろそろ知りたーい」


 この場にいる者たちの視線が俺に集まった。

 ……こう、あらためて注目されると恥ずかしいな!

 それでもこれは言わなければなるまい。そもそもこの程度で恥ずかしいと思っていては、俺の目的は果たせない。


「今度の期末テストで妹に勝ちたい。だから、俺に勉強を教えてほしいんだ」


 俺の『頼み事』に、来門は微かに首を捻っていた。夏樹は「あー、頼み事ってそういうことか」と色々と勝手に納得していた。俺と一緒に計画を立ててくれた加瀬宮だけは、ただ俺を見守っているだけだ。


「……どういうことかしら?」


「大丈夫。ちゃんと説明する」


 それから俺は話した。


 母親が再婚したこと。辻川琴水が俺の義理の妹になったこと。

 居心地が悪くて逃げ出していたこと。加瀬宮と友達になったこと。

 今の家族を壊して新しく作り直すために、辻川に宣戦布告したこと。


「頼む。辻川に勝つために、協力してほしい」


 そして事情を説明した俺に出来ることは、あとはもう頭を下げて頼み込むことだけだ。


「ふーん。そういうこと。だから小白、わたしを連れてきたんだ。ふーん……?」


「……なに。どしたの、紫織」


「別に? わたしが小白の親友だからじゃなくて、ただ勉強ができるから連れてきただけなんだなって思っただけ」


「ち、違うし。紫織も知ってるでしょ。私が本当に頼れるのって、他に紫織しかいないし……紫織だから、連れてきたっていうか」


 ……あれ? なんかこんな感じのやり取り、どこか身に覚えがあるぞ。


「冗談だよ」


「んっ」


 来門の白くて細長い指が、加瀬宮の唇に触れた。


「少しいじわるしたくなっただけ」


「……紫織。そういうとこあるよね」


「怒った?」


「こんなことで怒らないし」


「ありがと」


 ぷいっと顔を逸らす加瀬宮。それを見てくすくすと楽しそうに笑ってる来門は、俺には優等生の皮を被った小悪魔に見えた。

 金髪で派手な加瀬宮と、清楚で優等生の来門。だが……。


「……あの二人の関係ってよく分からないけど、主導権は来門さんに握られてる感じするよね」


「……俺もそう思った」


 夏樹の言葉に、俺は深く同意した。


「とりあえず、事情は理解したわ」


「僕はいいよー。協力する。ようは勉強を教えればいいんだよね。来門さんは?」


「…………そうね。いいわ。小白の頼みだし、協力してあげる」


「ありがとう二人とも。恩に着る」


「頭を下げなくてもいいわ。学習意欲のある生徒の手助けをするのは生徒会長としての仕事でもあるもの」


「ようは期末テストの勉強だもん。特にデメリットもないよねー」


 形式としては勉強会。負担だと感じたらその時点でやめてもいい……など、大枠を決めた後、細かい予定を詰めるために俺たちは連絡先を交換し合った。

 それぞれの予定を確認した後、勉強会の日程はあらためて組むことになるだろう。


 加瀬宮に押してもらった背中で踏み出した一歩目で、家族を壊した。

 続く二歩目も、無事に踏み出すことができた。


     ☆


「犬巻くん、ちょっといいかしら」


 連絡先を交換して解散になったその後、僕は来門さんに呼び止められた。

 先を歩く紅太と加瀬宮さんの背中からは少し距離が離れている。これなら僕たちの会話の声も届かない。来門さんもそれを見込んで話しかけてきたのだろう。


「どうしたの? なにか僕に質問でも?」


「質問というか……考えを聞きたくて」


 来門さんは冷静な眼差しで紅太の背中を見ながら、僕に問うた。


「成海くんは、辻川さんに勝てると思う?」


「無理だろうね」


 生徒会長の質問に、僕は即答した。


「紅太の中間テストの成績は五十八位。……悪くはないよ。真ん中よりは上だ。努力すれば上位には入れる。でも、辻川さんには勝てない。彼女はきっと次も一位をとるだろうからね。その上、二年生の紅太が一位をとろうとすれば来門さんに勝たなきゃいけないわけだけど、単純な点数で比較しても来門さんは辻川さんよりも上だ――――紅太じゃまず勝てない」


「そうね。わたしも同じ考えだわ。わたしが気になるのは……」


「紅太もそれは分かってる。分かっていて、なぜこの負け戦を仕掛けたのか……でしょ?」


「……何か心当たりが?」


「さあ。僕には分からない。ただ分かっているのは、紅太は持てるカード全てを切って、全力で戦おうとしていることだけだ……ま、昔からそうなんだけどね。僕の幼馴染はいつだって、負け戦ばっかりしてきた」


 僕をいじめていた上級生たちに立ち向かった時も。

 父親の期待に応えようとして頑張っていた時も。

 紅太がしていたのはいつだって、負けると分かっていた戦いだった。


「嬉しそうね」


「嬉しいさ。もう二度と会えないと思っていた人が帰ってきたんだ」


 そういう意味では加瀬宮さんに感謝しよう。

 彼女との出会いが、紅太をまた前に進ませてくれた。


「おかえり。僕のヒーロー」





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― 新着の感想 ―
[気になる点] 修正版が出てから感想欄の治安めちゃくちゃ悪くなってるな 少数のアンチよりアンチコメに攻撃するコメントのほうが不快だな 義妹視点がもっと前に配置されてたら荒れなかったかも?
[良い点] もう夏樹きゅんがヒロインでもいいような気がしてきた。
[一言] 今の話も悪くはないけど、やっぱ元の義妹設定での話も見たかった気がする。 もし書籍化するなら、そっちは元の義妹設定で書いてみるのもアリでは? web版と書籍版で設定変えてる小説はいくらでもある…
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