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放課後、ファミレスで、クラスのあの子と。  作者: 左リュウ
第一章 一学期編

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第11話 解かれていくもの

「はい……はい。分かりました、俺はそれで大丈夫です。はい。土曜日ですね、分かりました。では、失礼します」


 クラス会を前日に控えた、木曜日の放課後。

 本来なら今日はバイトが入っていたはずだが、バイト先の店長マスターからシフト調整の相談を受けた。


 土曜日にシフトが入っていた子にどうしても外せない予定が入ってしまったらしい。そのため、土曜日を休みにする代わりに木曜日の今日、その人がバイトに出ることになったそうだ。


 俺は土曜日には休みを入れていて、本来なら木曜日の今日バイトに出るはずだった。

 しかし調整の結果、俺とその人のシフトを入れ替えることはできないかという相談を受けたので、俺はそれを了承した。


 ……まぁ。色々と言ったが、つまり俺は今日、バイトの予定がなくなった。

 代わりに土曜日に出ることになったけど、それは別に構わない。問題は暇を持て余しているということだ。


「おまたせー。待たせちゃってごめんね。隣のクラスに教科書を返しに行くだけのはずが、女の子に掴まっちゃって……って、紅太。なんか暇そうな顔してるね。もしかしてバイトのシフトに調整でも入った?」


「お前、将来は名探偵にでもなる気か?」


「それも悪くないかなーって思ってる」


 冗談めかして笑ってみせる夏樹。この幼馴染の鋭さには毎回驚かされる。


「ご明察通りだよ名探偵。シフトに調整が入って、これからまるまる暇になった」


「じゃあさじゃあさ、どっか一緒に遊びにいこーよ」


「んー……わかった。いいぞ。暇だしな」


「えっ、ホント? やりぃ。紅太と久々におでかけだね。せっかくだしゲーセン行こうよ。ちょうど今日、いつもやってるあのゲームに新キャラが追加される日だし」


「んじゃ、行くか」


 と、俺が席を立ったその瞬間、教室の扉が開いて教師が入ってきた。


「お、まだ残ってる生徒がいたか。えー……今この教室に残ってるやつ全員、突然で悪いんだがちょっと手伝ってくれないか。ちょっと古い机と椅子を運んでもらいたいんだが。……まあ勿論、強制ではないが、残ってくれるとありがたい」


 強制ではないが、ここで用事もないのに無視して帰れば教師からの印象は悪い。実質的には強制のようなものだ。

 偶然教室に残っていたクラスメイトたちも俺と同じように感じているのか、渋い顔をしながらも帰る者はいなかった。


 ……そしてこれまた偶然ではあるが。

 教室に残っていた者の中には、加瀬宮も含まれていた。


「ありがとう。じゃあ、一緒に来てくれ」


 俺たち哀れなる帰宅部員は、己の不幸を嘆きながら先生のあとをついていく。


「ちぇっ。残念だなぁ。紅太と一緒に遊びに行ける貴重な放課後なのにさ」


「まあ、仕方がないだろ。それにこういうのをやっとくのは損じゃない。むしろ内申点を少し得したと考えた方が建設的だ」


「そういえば紅太ってこういう先生からの頼み事って、割と率先して引き受けてたよね」


「少しでも内申点を稼ぎたかったし、母さんが悪く言われるのも嫌だからな。俺にとってはやるだけ得なイベントだ」


 母子家庭だから育ちが悪い、母親の教育が悪い……そんなことを周り、教師からも言われないために、昔からこういうことは率先して引き受けるようにしていた。


(でも……そうか。母さんも再婚したし、別にもうこういうことを率先して引き受けなくてもいいのか)


 母さんはもう再婚した。新しい家族もできた。

 だけど俺の中ではまだ、母さんと二人で暮らしていた頃の癖が抜けていない。

 新しい家族、新しい家庭というものに、未だ適応できていない。こういう何気ない時に、その事実を突きつけられるというのは中々に厄介で、我ながら面倒なやつだ。


「この教室にある古い机と椅子、全部外の校舎裏まで運んでおいてくれ。悪いが、頼んだぞ」


 案内された先にあった空き教室には、錆びたりして古くなった机や椅子が押し込められていた。机と椅子の数は、ざっと見た感じ、二クラス分ぐらいあるだろうか。


「うへー。これを全部校舎裏にかぁ……骨が折れそうだねぇ」


「まったく同じ意見だが、引き受けた以上はやるしかないだろ」


 文句を言いたくなる気持ちは大いに理解できる。なんなら夏樹にはやるしかないと言ったが、普通に文句を垂れたい気分だ。


 とはいえ、ここで文句を垂れてても机と椅子の山が片付くわけでもない。

 そして幸か不幸か、時間を潰す行為は俺にとって歓迎すべきものであり、『教師の手伝い』という理由はとても見栄えがいい。ファミレスでダラダラ時間を潰すよりも健全な理由で、学級委員長タイプの義妹も文句のつけようがあるまい。


 恐らくこの場にいる生徒の中で最も高い(どんぐりの背比べ程度でも)モチベーションを持つ俺は、聳え立つ机と椅子の古城へと先陣を切った。


「ま、しゃーなしだね」


 肩をすくめる夏樹も作業に入り、それを見た周りのクラスメイトたちも仕方がないとばかりに続いていく。その中には加瀬宮の姿もあった。

 クラス二つ分の机と椅子に対して、たまたま教室に居残っていただけの帰宅部員たちの数は少ない。時間がかかることは目に見えて分かった。それ故に焦りが出たのだろうか。


「よい……しょっと……!」

「横着するのやめなって。そんなに運べないでしょ?」

「だいじょーぶだって。それにさ、こんなの早く終らせたいじゃんっ」


 クラスメイトの女子の一人が、大量の椅子を抱えたまま移動しようとしていた。重量に対して筋力の方が追い付いていないのか、その足取りはよたよたとしていて見ているだけで危なっかしい。


「わっ……!」


 案の定、というべきか。その女子は椅子に足をとられてバランスを崩した。

 あらかじめ身構えていた俺が動くよりも先に――――転びかけた女子を、一人の少女が支えた。


「…………」


「あっ……加瀬宮、さん」


 クラスメイトの女子の身体が僅かに竦む。

 加瀬宮小白の教室での振る舞いは、端的に言えば周りを威圧しているものだ。

 事情も知らない者から見ればあの反応は――悲しいことに――当然である。


「……大丈夫?」


「えっ? だ、大丈夫、だけど……」


「てか、いくらなんでも持ちすぎだから」


 言いながら、加瀬宮はクラスメイトの女子が持っていた分の椅子の半分を引き取った。


「私が半分持つから。残り、ちょっとずつでいいから気をつけて運びなよ」


「……あ、ありがとっ!」


「ん」


 今のやり取りを見ていたのは俺だけではない。

 この場にいた他のクラスメイトたち全員が見ており、その誰しもが驚いていた。

 皆が知る教室での加瀬宮小白という人間は、他者に対しては威圧と拒絶を振りまいていた。それこそ、学園の王子様たる沢田にすら。


 こんなにも柔らかい態度を見せることなどなかったと思う。

 去年はどうだったか知らないが、少なくとも二年生のうちは。


 加瀬宮の事情を知る俺からしても驚きだ。

 あの態度は彼女なりの自衛だったはずなのに、今はその自衛を解いている。


 そんな小さな事件(?)がありつつ、以降はトラブルも起きることなく作業が進み、全てが終わった頃には辺りが燃えるような夕焼けに包まれていた。


「おー、お疲れさん。助かった、本当にありがとう」


「先生~いまさら来たんですか~?」


 この場にいたクラスメイトたち全員の心を代弁するような夏樹の言葉に、先生は苦笑しつつも手にさげていたスーパーの袋を小さく掲げる。


「悪いと思ってるよ。その代わりと言っちゃなんだが、ジュースとスイーツ買ってきたから。好きなの選んで食っていいぞ」


「いえーい! 先生わかってるねー!」


 コンビニで自腹をきって買ってきたであろうジュースとスイーツに、共にこの苦難を乗り越えた戦友たるクラスメイトたちが盛り上がった。


「紅太はメロンソーダだよね。ほい、どーぞ」


「おう。さんきゅー」


「もうだいたいの人には行き渡ったかな。あともらってないのは……加瀬宮さんだけかな」


 みんなの輪の外から外れて校舎の壁に背を預けてもたれかかっていた加瀬宮に、夏樹は屈託のない視線を送る。

 こういう誰にでも物おじせず接することができるのは、夏樹の尊敬できる点の一つだ。


「加瀬宮さーん、何か飲みたいやつあるー? 先生、たくさん買ってきたみたいでさ。けっこう余ってるよー」


 もうほぼ全員のもとにジュースが行き渡っていたが、それでもまだ色々残っている。

 オレンジジュースにレモンソーダ。水、お茶、コーヒーに紅茶……。


「私は…………」


「加瀬宮は紅茶だろ。ほれ」


 ふと、目に入った紅茶を手に取り、そのまま加瀬宮に放り投げる。


「……あ、ありがと」


「どういたしまして」


 加瀬宮はなぜか驚いたように目を見開いたあと、紅茶をキャッチした。


「…………」


「ん? どうした夏樹」


「紅太ってさ……」


 夏樹が何かを言いかけた辺りで――――


「か、加瀬宮さん。さっきはありがとう……」


 先ほど椅子を大量に抱えて転びかけた女子が、ぎこちない動きで加瀬宮に話しかけていた。


「たまたま近くにいただけだし」


「そ、それでもありがとう……というか、ごめん。なんか、加瀬宮さんのこと、誤解してたっぽくて。なんか、もっと近寄りがたい人だって思ってた……噂のこともあるし……って、あっ……」


 本人の目の前で例の噂の件を口に滑らせてしまい、その女子はさぁっと真っ青になる。

 しかし、加瀬宮は特に気にした様子は見せない。


「ちが、ご、ごめんなさいっ……!」


「いいよ別に。私の態度が悪かったのもあるし……てか、あの噂のことだけどさ」


「…………っ……」


「あれ……誤解だから」


「えっ?」


「夜は遊び歩いてるわけじゃなくて、店で時間潰してるだけだし……あんまりよくない人と付き合いもないから。たぶん、派手な格好した芸能事務所の人からスカウトされてるところを見られただけだと思う。それも断ったし……」


 昨日、俺にしてくれたのと同じ説明をしていく。


「だから……その……誤解、しないでってこと。そんだけ」


 彼女が敢えて放置していた噂。自衛のための防具。それが今、目の前で解かれていく。


 ――――成海ってさ。私のヘンな噂が流れてるの、嫌だったりする?

 ――――元からああいう噂は好きじゃない。加瀬宮と友達になった今は、もっと嫌になったってだけだ。お前にとっての自衛であることは理解してるから、これから我慢するようにするけど。

 ――――……そっか。わかった。


 昨日のファミレスで、最後に加瀬宮と交わした何気ない会話を思い出す。

 いったいなにが『わかった』のか。

 俺が胸の内に抱いた疑問を、彼女が提示したような。そんな気がした。





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