嘘カノを正直に告白しようとしたら逆に「付き合ってください」と告白された件
「マジでどうしよ……」
放課後の教室。
文化祭に向けたクラス企画の書類整理をしながら、俺――仁科怜人は盛大にため息をついた。
今日は金曜日。
本来であれば、明日からの休みに心が躍るところだ。
ただ、俺の心は憂鬱だった。
世の中の男子、特に高校生当たりの年代には、嘘カノという文化があると提唱されて久しい。
ただ、実際に俺の周りで彼女がいると嘘をついている奴なんていなかったし、そんな文化とは関わることがないものだと思っていた。
2か月前までは。
そう、今の俺には嘘カノがいるのである。
そしてクラスのほとんどが、俺に本当の彼女がいると思い込んでいる。
それだけなら問題ない。
この数か月間、上手くごまかしながら存在しない彼女と別れるタイミングを探ってきたのだから。
ただここへ来て急展開。
仲の良い男子2人組、国木田と南が、俺と彼女のデートをこっそり見たいと言い出したのである。
デートすると言った日は明日。
つまりあと数時間のうちに、打開策を考えなければいけないのだ。
正直、書類整理も手につかない。
「はぁ……」
俺がもう一度ため息をついた時、ガラガラと教室のドアが開いた。
1人の女子生徒がひょっこりと顔を出す。
ロングのさらさらな茶髪に整った小さな顔。
スタイルが良く、ただ普通に制服を着ているだけなのにお洒落に見える。
クラス、いや学年の人気ナンバーワン、光堂聖さんだ。
「あれ?仁科くん、まだ残ってたんだ」
「文化祭の書類整理が終わってなくて」
「そっかそっか。お疲れさま」
光堂さんが両手を合わせてにっこり微笑む。
かわいい。めちゃくちゃかわいい。
もし俺に彼女がいなければ、玉砕覚悟で告白するのに。
まあ、存在しない彼女なんだけど。
「書類整理、まだ残ってるの?」
「もうちょっとかな」
「じゃあ、私も手伝うよ」
そう言うと彼女は、俺の隣の席に座って机をくっつけてきた。
ふわっと花の香りが漂ってくる。
「俺だけでも大丈夫だよ?」
「いいの。手伝わせて」
「あ、ありがとう」
「どういたしまして」
光堂さんは再び微笑むと、俺の机にある未処理の紙束を半分くらい自分の机へ移した。
それから左手で集計結果の書き込みを始める。
彼女は左利きなのだ。
教室で会話することはあっても、こうして2人きりになったことはない。
猛烈に緊張して、紙をめくる手が少し震える。
「そういえばさ。今日の昼、仁科くんデートの話してたでしょ」
「あー、うん。聞こえてた?」
「ばっちりとね~。彼女さん、どんな人なんだっけ」
「えっとね……」
俺は彼女の特徴を並べ立てる。
黒のロングヘア、丸眼鏡、シトラス系の香水が好き、ピンクゴールドの腕時計をしているなどなど……。
ちなみにこの“設定”。
ただただ、俺の趣味を並べ立てたわけではない。
この女の子は実際に存在する。
彼女との出会いが、俺を嘘カノへと引きずりこむ原因になったのだが。
遡ること2か月前。春休み最終日。
俺は街中で隣の高校のヤンキーに絡まれている女の子を見つけた。
それが黒髪丸眼鏡の子だ。
俺はとっさに「俺の彼女なんで辞めてもらっていいですか」と言った。
するとヤンキーたちは、「何だ。処女じゃねえのか」と吐き捨てて去っていった。
正直、逆上された時の対応なんか考えちゃいなかったから、引き下がってくれたのは本当に運が良かった。
唯一、運が悪かったのは、その様子を国木田と南に見られていたことである。
翌日、俺はあいつらから質問攻めにあった。
そこで素直に、嘘をついて庇っただけと言えばよかったのだが、俺はとっさに見栄を張ってしまった。
――まあ、彼女だったら助けて当然だよ。
と。
はい、嘘カノのはじまりはじまり。
本当に馬鹿らしい話だ。
「明日、デートするんだ」
「まあね」
「国木田くんと南くんがのぞこうとしてるってのも、ちゃーんと聞こえてきたよ」
「そうなんだよね……」
本当にどうしたものか。
今のところ、彼女が体調を崩してデート中止というプランが、俺の脳内会議で筆頭候補にあげられている。
「デート場所はリアオンだっけ?」
「本当に全部聞こえてたんだね」
リアオンは駅の近くにある商業施設だ。
この辺りの高校生にとって、デートの定番スポットらしい。
「いいなー。私も彼氏とデートとかしてみたいなー」
光堂さんはこっちを向いて机に頬杖をつき、ぼそっと呟いた。
その視線をばちばちに感じながら、俺は平静を装って作業を続ける。
「でも光堂さんなら、彼氏くらいすぐにできるんじゃない?」
「ところがそうでもないんだよね」
正直、光堂さんをかわいくないと思う人はそうそういないはずだ。
気になっている人がいるなら、アタックすれば成功率は限りなく100%に近いだろう。
「好きな人ができないとか?」
「んー、好きな人はいる」
「へ、へぇ……」
光堂さんに想い人がいる。
学年中の男子に激震が走るビッグニュースだな、これは。
俺としても、彼女に思いを寄せる以上は相手が誰なのか気になってしまう。
「好きな人がいるなら、アタックしてみるのもありじゃない?」
「そうなんだけどねー。迷ってるんだ。向こうが私のことを好きになってくれるか分からないから」
「光堂さんに告白されて好きにならない人とかいる?」
「ふふっ、嬉しいこと言ってくれるね。例えばだけど、仁科くんは好きになってくれるの?」
「え、あ、うーんと……」
「そこは即答でふらなきゃダメじゃん。彼女いるんだから」
「そ、そうだね」
いたずらっぽく笑う光堂さんに、俺はただ苦笑いを浮かべることしかできない。
何の因果か、目を落とした机の上にあったのは、光堂さんの記入した提案用紙だった。
※ ※ ※ ※
書類の整理を終えて、俺は自分の家へと帰ってきた。
荷物を置き、制服のままベッドへ倒れ込む。
頭の中では「どうしよう」という文字列が渦を巻いていた。
ごまかすのは簡単。
脳内会議の通り、彼女に風邪を引いてもらえばいい。
ただ問題はその後だ。
デートの度に彼女が体調を崩していれば、さすがに怪しまれる。
何か良いごまかし方は……
「あるわけないよな……」
正直、俺は頭がいいわけでもずる賢いわけでもない。
2か月の間、みんなを騙せていたのが奇跡なくらいだ。
どのみち、嘘はいつかバレる。
俺に完全犯罪は出来ない。
ピコンッという音で、スマホが新着メッセージを知らせてくる。
開いてみると、送り主は光堂さんだった。
――今日はお疲れ様ー!明日のデート、楽しんでね!笑
「『お疲れ様!ありがとう!笑』っと」
取り繕った返信をして、俺は今日何度目か分からないため息をつく。
好きな人が、俺の嘘恋を純粋に応援してくれている。
シンプルに心が痛い。
彼女に嘘をついたままで本当にいいんだろうか。
「良いわけはないんだよ」
かといって、もし本当のことを言ったら。
軽蔑されるかもしれない。いや、するだろう。
彼女のことだから、大っぴらに俺を悪く言ったりはしないだろうけど、距離は置かれるはずだ。
俺の片想いは永遠に叶わない。
それもまた報いだと、潔く割り切ってしまうか。
いや、やっぱりごまかそうか。
悶々とした気持ちを抱えたまま、俺は枕に顔をうずめた。
※ ※ ※ ※
翌日。
俺はリアオンにいた。
国木田と南が離れた場所からこちらを見ているのが分かる。
今からやることは1つ。
国木田に電話をかけるのだ。
こちらへ呼び寄せ、フードコードに移動。
そこで飯を奢りながら、全てを正直に打ち明ける。
さんざん考えた末、俺はこの結論に至った。
いつまでも、友達に嘘をつき続けたくはない。
光堂さんにどう対応するかまでは決められなかったけど、まずはあいつら2人に話すことに決めた。
「ふぅ……」
1つ深呼吸して、スマホを取り出す。
少し震える手で、発信ボタンをタップした。
数秒の間の後、国木田が電話に出る。
「おう、どうしたー?」
「あー、あのさ。俺の彼女のことなんだけど」
「ん?」
「ちょっと話し……」
――ちょっと話したいことがあるから、一度こっちへ来てくれ。
そう言おうとしたのだが。
「……え?」
スマホを持っていた右手が、誰かに引っ張られた。
スマホが耳から離れる。
俺の腕を握る手の先にいたのは……
「…………え?」
黒髪ロング。
丸眼鏡。
シトラス系の香り。
手首にはピンクゴールドの腕時計。
俺の嘘カノがそこにいた。
「なん……で……」
「お?その子が彼女か?」
スマホから国木田の声が聞こえる。
驚いた俺が返答できずにいると、彼女が口を開いた。
「誰かと電話してたの?」
「あ、えっと……」
とっさに国木田たちの方を見ると、2人はこちらへグーサインを出していた。
そしてどこかへ去っていく。
俺が変わらず腕を握っている彼女に視線を戻すと、相手は優しく微笑んで言った。
「やっと会えたね」
※ ※ ※ ※
遡ること数分前。
私は焦っていた。
彼が覚悟を決めた顔でリアオンに現われた瞬間、「ああ、全てを明かす気なんだ」と思った。
彼は私を忘れる気なんだ。
2か月間、彼女だと公言してきた黒髪の女の子を忘れる気なんだと思ったら、心臓の鼓動がどんどん早くなって抑えられなかった。
2か月前。春休み最終日。
ヤンキーから助けてもらった瞬間に、私は“やっぱり”彼が好きなんだと感じた。
前から気になっていたけど、やっぱり私が恋をするならこの人しかいない。
みんなが絡まれているのを分かっていながら素通りしていく中で、彼だけはヤンキーの前に立ちはだかってくれた。
その男気に。
その優しさに。
私は恋に落ちた。
だからこそ悔いた。
私が“いつもの私”じゃなかったことに。
翌日、彼が私のことを彼女と言った時には驚いた。
最初は冗談で言ったのかと思ったけど、そうじゃなかった。
素直に嬉しかった。
だけどやっぱり悔しかった。
彼の彼女は“いつもの私”ではなかったから。
そして不安になった。
あの“黒髪の私”を彼が好きならば、この“いつもの私”は好きになってもらえないんじゃないかと。
嬉しさと悔しさと怖さを抱えて何もできないまま、気が付いたら2か月がたっていた。
そんな時に聞こえてきた、彼がデートをするという話。
隠してはいたけど明らかに困っている彼を見て、私が助けてあげようと思った。
“黒髪の私”が現われて彼の手を取れば、嘘がバレることはなく助けることができる。
そう思っていたのに……。
彼は全てを打ち明けようとしている。
忘れられるという焦燥が私をかきたて、黙って見ていることは出来なかった。
深呼吸して、彼がスマホを手に取る。
何か操作をして、それから耳に当てた。
きっと、友達のどちらかに電話をしているのだろう。
「あー、あのさ。俺の彼女のことなんだけど」
私も覚悟を決めて動かなきゃ。
全てを打ち明けなきゃ。
「ふぅ……はぁ……」
一度ぎゅっと目をつむり、それから彼に近づく。
「ちょっと話し……」
彼が打ち明けてしまう前に、私はその手を引っ張った。
「……え?」
スマホを握ったまま、彼が驚きの表情を浮かべる。
頬が熱くなるのを感じながら、私はその顔を見つめた。
「…………え?」
黒髪ロング。
丸眼鏡。
シトラス系の香り。
手首にはピンクゴールドの腕時計。
あの時と同じ“黒髪の私”がここにいる。
「なん……で……」
「お?その子が彼女か?」
スマホから友達の声が聞こえる。
驚いて返答できない彼に代わり、私は少し声を震わせながら言った。
「誰かと電話してたの?」
「あ、えっと……」
彼がとっさに視線を別の方へと向ける。
その先で、友達2人がこちらへグーサインを出していた。
そしてどこかへ去っていく。
それを見届けてから、彼は再び私へ視線を戻した。
その目をまっすぐに見つめ、微笑んで言う。
「やっと会えたね」
※ ※ ※ ※
「あの時の……だよね?」
「うん。あの時助けてもらった」
「どうしてここに……」
「んー、ちょっとこっち来て」
彼女は俺の腕を引っ張り、人気のないところへと移動した。
そこでようやく手を離し、俺に向かい合う。
「ねえ、私のこと彼女だって言ってたでしょ」
「え?いや、その」
「いいんだよ。そう言ってもらえて、私も嬉しかったから」
「何で知ってるの……?」
「まだ気づかないの?」
彼女がいたずらっぽく笑う。
その笑顔が、昨日教室で見た光堂さんの笑顔とリンクした。
彼女が眼鏡を外す。
髪の毛が黒くても、花ではなくシトラス系の香りでも、そこにいたのは間違いなく光堂さんだった。
「光堂……さん……」
「ふふっ、やっと気づいてくれた」
「ごめん。混乱してて何がなんだか分からない。あの日の女の子は……」
「私だよ。ちょど春休み最終日で、染めてた髪を戻すのに美容院へ行こうとしてたとこだったんだよね。まあ、今日は染める時間なくてウィッグだけど」
そう言って、光堂さんは黒髪のウィッグを外す。
ネットも取ると、明るい茶色の髪が流れ落ちた。
紛れもなく目の前にいるのは光堂さんだ。
「ねえ、仁科くん」
「何?」
「今日、全部を打ち明けようとしてたでしょ」
「うん。もう、嘘はつけないと思って。光堂さんにも、いずれ伝えなきゃとは思ってた」
その覚悟は決まり切ってなかったけれど。
「私も嘘っていうか……隠してた。あの日、仁科くんに助けてもらったのは私。せっかくの休みだからってイメチェンしてたから、気付かなかったのも無理はないと思う。それと……ね。昨日も言ったけど、私、好きな人がいて」
光堂さんは少しの間うつむいてから、顔を上げて俺をまっすぐに見つめた。
「助けてもらう前から、仁科くんのことが気になってて。それであの時、完全に好きになっちゃった。私、あなたのことが好きです」
「あ、え、う、えっと」
「仁科くんが“黒髪の私”を彼女って言ってくれた時、嬉しかったけど不安もあったの。この“いつもの私”は、ひょっとして仁科くんのタイプじゃないんじゃないかとか思っちゃったり」
俺の頭は真っ白。
何もかもが吹き飛んで、ただ光堂さんの言葉だけが流れ込んでくる。
「今日も本当は、さっと現れて困ってる仁科くんを助けて終わろうと思ってた。だけど、覚悟を決めた顔を見て焦った。それで覚悟を決めた。私も全部を話そうって」
「でも俺、光堂さんだと気付かないばかりかずっと嘘ついて……」
「嬉しかったって言ったでしょ?気付かないのもしょうがないって。そりゃ、私が本当の彼女になれたらもっと嬉しいけど」
「その、本当にごめん。ごめんなさい」
「もういいってば。嘘をついてたのはお互い様。そんなことより、仁科くんの嘘だけでも本当にしてみたいな」
「それって……」
「これだけ好き好き言ってるんだからもちろん……ね?えっと……」
いつもは白い彼女の頬が紅く染まる。
20㎝くらい身長差がある俺のことを、彼女は上目遣いに見つめて言った。
「好きです。付き合ってください」
言い切ってから、お辞儀と共に差し出された右手。
その手首にはピンクゴールドの腕時計が光っている。
俺はこの手を取っていいのか?
そんな考えが、ふと頭をよぎる。
いや、むしろ取らなきゃダメなのかもしれない。
俺の嘘を彼女は嬉しいと言っていた。
だけど多少は、彼女を傷つけていたはずだ。
俺にはその埋め合わせをする義務が……
違うな。
彼女は俺が好きだと言ってくれた。
そして俺は彼女が好き。
2人がそれで納得するなら、もうそれでいいじゃないか。
義務だ何だと理屈を並べ立てなくていい。
「こんな俺でよければ、むしろよろしくお願いします」
俺が差し出された手を握ると、光堂さんはパッと顔を上げて笑った。
それにつられて、俺も自然と笑顔になる。
「怜人くん……でいいよね?」
「もちろん。俺は……聖さん?」
「呼び捨てでいいよ」
「じゃあ、聖」
「うん。怜人くん」
ただ名前を呼び合っただけなのに、何だかくすぐったくて幸せな気持ちになる。
この気持ちを他でもない光堂さん……じゃなくて聖と共有できるのが、たまらなく嬉しかった。
「ねえ、抱き着いていい?」
「い、いいよ」
俺が手を広げると、聖が体を寄り添わせてくる。
腕を互いの背中にまわして、軽くぎゅっと抱きしめ合った。
俺の胸元から、真っ赤な顔の聖がこちらを見上げている。
多分、俺もめちゃくちゃ顔が赤くなっているんだろうな。
「このあとどうする?」
「聖が良ければ、本当にデートしないか?」
「うん。する」
「じゃあ行こうか」
「待って」
俺が離れようとすると、聖の抱きしめる力が強くなった。
「もうちょっとだけ、このままがいい」
「……分かった」
再び聖を抱きしめ直す。
ほのかにシトラスが香ってきたのだった。
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