第97話 悪の黒幕
「望み通りに殺し合いをしてやるよ‼︎」
いつもよりも重い大剣を振り回すと、逃げるオヤジ達の背中を追いかけた。
お前達は見逃してやるけど、向かってくる四人は一人も見逃さない。
ボコボコのバラバラのボキボキにしてやる。
「死ねえ!」
ドガガガッッ‼︎
両足の裏に魔力を圧縮して集めながら走り、地面を右足で踏みつけた瞬間に解放した。
そして、扇状に広がった黒い岩杭を左足を踏みつけると同時に、四人に向かって全弾発射した。
「ただの見掛け倒しだな」
「確かにその通りだ。上に避ければいいが、それが狙いだろう。直進するぞ」
「ああ、楽勝だ!」
数千発の黒岩の矢に向かって、アレンとロビンは回避を選んで、ヴァンとガイの二人は全力で突っ込んできた。
愚かな選択だと言いたいが、二人とも高速で剣を振り回し、槍を突き出し、黒岩の矢を破壊していく。
まあ、そのぐらいはやってもらわないと困る。
「次はこれだ」
ドガガガッッ‼︎
二人が黒岩の矢を突破したタイミングで、周囲の地面から黒岩の壁を大量に突き出した。
攻撃用ではなく、ロビンの矢にいちいち邪魔されるのがムカつくだけだ。
「おい、お前。お前、元隊長だろ? 身内の恥は消させてもらう!」
「俺の顔を覚えていたとは嬉しいね!」
遠くからでも、目が良いロビンには俺の顔が見えていたようだ。
一直線に向かってくる槍使いに対して、大剣を薙ぎ払った。
その攻撃をガイは俺に向かって飛び上がって回避した——
「ハッ! 遅すぎ!」
「お前がな」
そして、そのままゴーレムの胸に槍を突き刺そうとしている。
だが、俺の左腕の丸盾を忘れている。宙を飛んでくる虫に向かって、丸盾をぶちかました。
ガン‼︎
「ぐぅ……!」
殴り飛ばされた槍使いが、黒岩の壁に飛んでいく。
槍の赤い柄で丸盾をガードしていたが、ダメージはあるだろう。
黒壁に派手に激突するのを見届けたいが、もう一人いるのを忘れてない。
「それが本当の実力か?」
「知らねよ」
両刃の剣を抜いた赤髪の黒服男に聞かれたが、そんなのは知らない。
俺が知っているのは、お前達よりも強くなったという事だけだ。
左足の膝から黒い弾丸を容赦なく発射した。
ギィン!
「遅い攻撃だな」
「一発ならな」
頭を狙った一発は簡単に剣で弾かれた。まあいい。
飛び道具はロビンの矢の速さを見慣れているなら、遅く感じるのだろう。
だが、ガイは殴り飛ばせた。つまりは弾けない攻撃は受けるしかないという事だ。
「いっ、痛ぅ! ゴーレムの15~20倍の力がある。止めきれなかった」
そんな殴り飛ばされたガイが平気な感じで戻ってきた。
黒壁を一枚突き破っているのに元気な奴だ。
「40階にいるんだ。遊んでいたら死ぬぞ」
「ハァッ! 遊ぶに決まっている。俺一人でやるから邪魔するなよ」
「邪魔するつもりはないが、俺より早く倒せないなら、邪魔した事になるだろうな」
「ほぉー、じゃあ早い者勝ちか。いいぜ! この不細工な棺桶から元隊長を引き摺り出してやるよ!」
二対一……いや、三対一か。
ロビンの弓なら直線じゃなくて、曲線で上から攻撃すればいいだけだ。
俺を殺さないように、優しくゴーレムの中から引き摺り出して、話でも聞きたいのだろう。
生け捕りとは余裕があるが、それだけ自信があるという事か。
そういえば、あの腰抜けの銀髪野朗はどこに消えやがった。
黒壁の裏に隠れているじゃないのか?
「気をつけろよ。身体のどこからでも弾丸を発射して、棘を生やすそうだ」
「そんなのアレンから聞いてるよ。だけどなぁ……近づかないと倒せないんだぜ!」
ヴァンの忠告を無視して、ガイがダァンと一気に踏み出して攻撃してきた。
右脇を狙った槍の一突きだが、躱す必要はない。
左側にいるヴァンの方が左手の盾を狙って、剣を地面を滑らせている。
コイツらの攻撃方法は、全部切り裂く、全部貫くという単純明快なものだ。
ゴーレムの身体を破壊したいならさせてやる。
服の下の身体に黒岩を纏って、左腰の鞘から剣を抜くと、ガイに向かって構えた。
俺は同じ失敗は二度はしない。ゴーレムが持っているのは、ただの黒岩の大剣だ。
「ハァッ‼︎」
「ぐぅ……!」
ギィン‼︎ 槍が突き刺さると同時に、槍を持つガイの右腕を剣で切りつけた。
だが、硬い手応えと金属音が響いた。服の下に手甲でも着けている。
「チッ」
腕を切断できれば最高だったが、このままでも構わない。
突き刺さった槍を抜けないように岩で押さえ込むと、ゴーレムから飛び出した。
「ハァッ、フゥッ!」
「——ッ‼︎」
両手で握った剣を素早く振り回して、槍を抜けずに逃げたガイを黒壁に追い詰めていく。
振り払い、斬り上げ、蹴り上げる。剣術と体術で槍を手元に戻す時間は与えない。
「やるな、元隊長! だけど、剣ならヴァンの方が上だ。この程度じゃ俺は倒せないぜ!」
「くっ……!」
俺の攻撃を笑みを浮かべて躱し続けた、ガイの右手に赤い柄の槍が現れた。
振り上げようとした剣が、ガンと矛先で受け止められた。
「交代だ。しっかりと防いでくれよ!」
「ぐっ!」
形勢が逆転した。ガイの猛攻が始まった。
デタラメに槍を両手で振り回して、槍先や石突き、柄で俺の手足を中心に強打していく。
地味でイラつく攻撃だが、俺の生け捕りが目標なんだろう。致命傷は避けている。
そして、ヴァンの方はブラックゴーレムの手足を剣の一振りで切断している。
リエラの剣並みに切れ味がある。どこにも逃すつもりはないようだ。
「ぐっ、うぐっ!」
だが、残念だったな。
俺は地面に倒れて、泣きながら降参するつもりはない。
どうせ泣くなら、命乞いの方を選ばさせてもらう。
「フフッ。この身体の持ち主を殺すつもりか?」
「はぁ? 何言ってんだ?」
大きく後方に回避すると、両手を広げて攻撃の意思がないと見せた。
ガイは警戒しているが、話を聞くつもりはあるようだ。
まあ、最初から話をするのが目的なら、攻撃はしないだろう。
「分からぬか? 我が操っているこの身体の持ち主の事だ。知り合いなんじゃないのか?」
「操っているだと? どういう意味だ?」
「クククッ。この男が我の操り人形だという事だ。いや、生きているから人形ではないな。操り人間か?」
声色を変えて、悪の黒幕のような感じで話していく。
俺はこの黒幕に身体を乗っ取られた、哀れな冒険者という設定だ。
これで少しは攻撃しにくくなっただろう。
「へぇー。どうする、ヴァン?」
「そういう事情だったか。道理で強くなったわけだ。だが、元に戻す方法がないなら殺すしかない。さっきもシトラスの風の防壁が間に合わなければ、ホールド達八人が死んでいた」
「なるほどな。だったら、嫌な役は俺が引き受けてやるよ! 悪いな、元隊長。死んでもらうぜ」
ヴァンとガイが話し合った結果、逆に殺しやすくなってしまったようだ。
生け捕りから、完全に殺す方向に変更になった。
「気の早い連中だな。元に戻す方法ならあるぞ。我がコイツの身体から抜ければいいだけだ。ほら、こうやってな……」
だが、そう簡単に殺されるつもりはない。
力が抜けたようにガクンと意識を失うと、ガイとヴァンの二人に見せた。
「うぐっ、痛い、痛い、ヴァン、ガイ、助けてくれ……コイツが俺を無理矢理、うがぁー!」
「おい、どうした⁉︎」
左手を伸ばして、黒幕から普通の声で助けを求めたが、すぐに頭を押さえて苦しみ出した。
「……ふぅー、誰がそこまで喋っていいと言った? この人間風情のゴミ屑の分際で」
「おい、今の声は元隊長か? 何しやがった?」
「いつも通りに躾のなってない家畜に罰を与えただけだ。お前達にも絶望と苦痛を与えてやろうか?」
ガイの方は良い反応をしてくれるのに、ヴァンの方は無反応を決め込んでいる。
そもそも二対一だから、勝てないに決まっている。
一対一ならブラックゴーレムに乗っていれば倒せていた。
だが、状況がヤバイと分かって、少し冷静になってきた。
倒して逃げるから、倒さず逃げるに切り替えないといけない。
くだらない演技で時間稼ぎは出来ている。
あとは周囲の黒壁を中心に向けて飛ば……
「きゃああああ‼︎」
「——ッ‼︎」
突然の悲鳴にビクッと反応してしまった。明らかに女の悲鳴だった。
「副隊長ぉー! 言われた通りに子供を捕まえてきましたよぉー! おい、さっさと歩け!」
「痛いです! 逃げないから離してください!」
「嘘吐くな! さっき逃げただろう!」
俺の黒壁の所為で見えないが、声だけで状況は分かった。
姿を消していた卑怯者のアレンが、メルを捕獲したようだ。
子供を人質にするなんて、人間のする事じゃない。