第94話 間話:ジャンヌ
「ぐわぁぁ‼︎ 臓器が破裂する‼︎」
「あっ、お姉ちゃん。上から音がするんです」
「んっ?」
カナンに遅れて階段に入ると、メルちゃんが上を指差して教えてくれた。
確かに耳を澄ませると、階段でのたうち回る弟の呻き声以外に、上から微かに複数の声が聞こえる。
声の人数は七人ぐらいだから、あのパーティ行列に追いつかれたようだ。
「……あぁー、誰かいるみたいね」
まあ、目的の暗黒物質は手に入れたし、カナンの進化が終われば、次は1~45階まで移動できると思う。
一階まで行けるようになれば、町の食堂から出前ぐらいは頼めると思える。
あとは自力で頑張って修行して、五十階を目指してもらいましょう。
「さてと、剣を回収しないと」
「待て! そ、それはまだ貸して、ぐふっ!」
「邪魔」
約束通りに頭を踏んづけると、普通にミノタウロスを切れた黒い剣と白銀の剣を交換した。
やっぱり使い手が弱いと、剣の切れ味も弱くなる。
そもそも職業が魔術師なのに、剣を振り回す方がおかしい。
魔法の力で敵を倒すのが魔術師なのに、強力な魔法を作る才能が無さすぎる。
才能が無いから、簡単に力が手に入る方法を求めてしまう。
「あっ、来たみたいね。メルちゃん、これを急いで隠すから手伝って」
「はい。えーっと、素材でいいですね」
進化する前に団体さんが到着しそうだ。複数の足音が上の方から聞こえてきた。
メルちゃんと協力して、階段の端に蹴り転がしたカナンに、モンスターの素材と魔石を乗せていく。
奇声を上げる病人を調べられると、非常に面倒な事になる。
「ぐおおー! お前達、俺に何の恨みが——」
「うるさい!」
「ごふっ!」
ゾンビがうるさいので、その口に鞄をねじ込んで、鞄の上に座った。
せっかく目立たないように隠しているのに、ジタバタ暴れるから、身体から素材が落ちていく。
メルちゃんが身体から落ちた素材を、また身体に乗せているけど、間に合いそうにない。
「こんな所まで来ていたとは驚きだな」
「こんちには。良い天気ですね」
「こんちには」
階段を先頭で下りてきた黒髪の魔法剣士が、刺すような視線を向けて話しかけてきた。
追い抜かれた事が気に食わないようだけど、メルちゃんと二人でニコリと笑って挨拶した。
「確かにここら辺は良い天気だな。その尻に敷いている男を調べたい。暴行の容疑をかけられている危険な男だ。知らないのなら、すぐに離れた方が良い」
「……」
ちょっとヤバイ状況かもしれない。動くソファーだと誤魔化せそうにない。
それにこのゾンビを調べられると、私達も困った事になる。
ゾンビを調べられると、カナンだと分かる。次に私を調べられると、姉弟だと分かる。
最後にメルちゃんを調べられると、全員知り合い、共犯扱いにされてしまう。
逃げるという手もあるけど、黒髪の男の後ろには三人の男がいる。
だけど、鑑定眼で見た四人の能力と武器は逃げるだけでも厄介そうだ。
職業:魔法双剣士の黒髪のクォークは、炎と氷の魔法と二本の剣。
職業:魔法調教士の金髪のライルは、雷魔法と鞭。
職業:魔法棒術使いの短髪黒髪のリュドは、回復とバリアの支援魔法と棒。
職業:魔法曲芸士の赤髪のブレルは、風魔法とブーメランと複数の短剣。
全員使える魔法と武器はLV7。Bランク上位なのは間違いない。
武器とアビリティが独特だから、初見で対応するのは難しいパーティだ。
一人なら逃げられそうだけど、メルちゃんを抱えて戦って逃げるのは難しい。
この状況でやるとしたら、進化が終わるまで時間稼ぎをするしかない。
「どうした? 調べられたらマズイのか?」
「お姉ちゃん、本当にこの人、犯罪者なんですか?」
「え、えーっと……」
優しそうな感じに金髪の男に、心配そうな感じにメルちゃんから聞かれる。
メルちゃんには、カナンに似た面白い地魔法使いがいると話しただけだ。
聞かれた事は全部素直に喋りそうで、ある意味怖い。
「もういい。悪いが調べさせてもらう」
「あぁー‼︎ 手が滑った‼︎」
「なっ⁉︎」
自分でも頑張った方だと思う。私が黙っていると黒髪の手が伸びてきた。
なので、カナンの襟首を掴んで、四十階の闘技場に投げ飛ばした。
運が良ければ、ミノタウロスが素早く証拠隠滅してくれる。
「どういうつもりだ?」
「ランランちゃん、行くよ!」
「わぁー⁉︎」
「……追うぞ」
悪いけど答えるつもりはない。メルちゃんを抱き抱えると、四十階に飛び込んだ。
メルちゃんには、しばらくランランちゃんになってもらう。
ギルドでメルちゃんで調べられると、一発で何処の誰だか分かってしまう。
「うぐぐっ! 何しやがる、あのメスゴーレムが!」
「まったく、まだ終わらないの? 仕方ないわね!」
闘技場の地面に転がっているゾンビはまだ進化してない。
この状態だと四十一階の階段に放り込めないので、回収しないといけない。
メルちゃんを右脇に抱えて走って、左手でカナンの首根っこを掴んだ。
そして、そのまま階段に向かって引き摺っていく。
先にメルちゃんを階段の中に避難させてから、闘技場をカナンを持って逃げ回ろう。
「何だ、これは? ミノタウロスが全部倒されている。アイツら何をやっていたんだ?」
「そんなの捕まえれば分かるだろうよ。逃げたんだから、やましい事でもやってんだろ」
闘技場の中には、両手足を切断されたミノタウロスがたくさん転がっている。
通りやすいようにしていたけど、これだと男達も追跡しやすい。
反対側の階段まで真っ直ぐに駆け抜けると、メルちゃんを階段の中に押し込んだ。
「ランランちゃんは階段の奥で待機していて! すぐに行くから!」
「あっ! お姉ちゃん、ランランちゃんって誰ですか!」
答えたくても、私も誰だか知らないから答えられない。
左手にカナンを掴んだまま、右手で剣を抜くと、追ってきた四人に刃を構えた。
「調べられたら困るという事でいいんだな? 協力的じゃないと多少痛い思いをする事になるぞ」
「きゃあ! 助けて! 見ず知らずの変態四人に襲われる!」
誰も助けてくれないと分かっているけど、悲鳴を上げてみた。
これで攻撃しにくくなるし、無理矢理に調べようとしたら、正当防衛で攻撃できる。
「待て待て! 俺達は変態じゃない! ちょっと調べたい——」
「きゃあ! 赤髪の男にまさぐられる!」
「おい、マジでやめろ⁉︎ おい、ライル⁉︎ お前、調教士なんだから早くどうにかしろよ!」
近づいてきた赤髪の男が動揺しているから、さらに悲鳴を上げた。
こういう展開には慣れていないみたいだ。混乱して金髪の仲間に助けを求めている。
「無理だ。人間には効かない。短剣のジャグリングで笑わせたらどうだ?」
「それで笑うのは酔っ払いだけだ! お前の得意の鞭で縛って、雷で気絶させればいいだろう!」
「それだと、俺が変態みたいになる。やりたいなら自分でやれよ」
「あぁー! ぐだぐだ言ってないで、一番年下なんだから、年上の言う事を聞けばいいんだよ!」
「はぁ……たった数ヶ月で年上ぶるなよ。婆ちゃんと母ちゃん以外の女に触れた事ないのかよ?」
「はぁ? テメェー、喧嘩売ってんのか!」
二人の男が美しい私を取り合って、醜い争いを始めてしまった。
そういうつもりは全然なかったんだけど、時間稼ぎにはなりそうだ。
だけど、魔法剣士が冷静だった。勝敗が決まる前に勝負が終わった。
「お前達は何をやっているんだ? 調べるのは女じゃなくて、男の方だ。ライルは手伝ってくれ。リュドとブレルはミノタウロスの警戒を頼む」
「了解。多少感電させるけど、腕の良い回復使いがいるから安心しろよ」
「あぁー……」
多分、これ以上の時間稼ぎは無理そうだ。赤と青の双剣、銀の鞭を向けられた。
上の階段からオヤジの集団も現れた。一対十六は流石に難しい。
ここは邪魔な荷物に犠牲になってもらおう。
階段口に見えるオヤジの群れに、左手のゾンビを投げ飛ばした。
「ソリャー!」
ブンと投げ飛ばされたゾンビが、綺麗な放物線を描きながら飛んでいく。
だけど、六十メートルぐらいで地面に墜落した。
「ぐぼぉ!」
「あちゃー、やっぱり無理だったか」
私は右利きだから、二百三十メートル先のオヤジまで届かなかった。
でも、これで空いた左手に剣が握れる。
オヤジの相手はゾンビに任せて、私は一対四の相手をしよう。