第92話 地下四十階ミノタウロス
「……八個あると思います」
「へぇー、ツイているわね!」
階段からちょっと四十階に出て、調べたメルの報告にリエラは喜んでいる。
三十九階は宝箱六個でキメラ百二十匹だ。今度は百六十匹だろうか?
俺と二人で倒せる数じゃない。少し考えれば無理だと分かる。
「それじゃあ、メルちゃんはここに残って。さっきみたいに危ない目に遭ったら大変でしょ」
「あの、お姉ちゃん……」
「んっ?」
「大丈夫なんですか?」
「えっ、何が?」
メルがチラチラ俺を見ながら、リエラに警告している。
七歳でも分かる答えが、二十歳近くの大人に分からないわけがない。
完全にとぼけたフリをしているが、ゴーレムの俺を事故に見せかけて殺すつもりだ。
「メルは死ぬって言っているんだよ。二人で宝箱が出るまで、百六十匹以上も倒すつもりか? 言っておくけど、俺は一匹も倒せないからな」
「大丈夫大丈夫。そこまで期待してないから。あんたは『ミノタウロス』が私に近づけないように、地面から壁とか槍を突き出すだけだから」
「そんな事しても無意味だ。あのデカイ斧を振り回されて、すぐに壊されるんだから」
どう考えても、さっきと同じで作戦が雑すぎる。
ここから見えるミノタウロスの身長は三メートルはある。
ミノタウロスは雄牛の頭を持つ人型のモンスターで、頭の左右に太く白い角を生やしている。
全身を黒い体毛が覆い尽くしていて、筋肉が凝縮されて作られたような身体は、鉄のように硬そうだ。
しかも、両刃の馬鹿デカイ斧まで持っている。
断言してもいいけど、俺の攻撃程度じゃ傷一つ付けられない。
「どうしても行くなら、その剣を貸してくれ。悪いけど、防御だけじゃ無理だ」
「えっー! 手垢がつきそうで嫌なんだけど」
剣を貸してくれと頼んだら、リエラが本当に嫌そうな顔で言ってきた。
それは思っていても絶対に言ったらいけないし、革手袋しているから手垢はつかない。
「使い終わったら、キチンと消毒する。それに今度の相手は翼を持っていない。上空から攻撃できる俺の方が絶対に有利なんだ!」
「あっ! そういえば、あのゴーレムは何?」
何とか剣を借りようと話していたら、余計な事を言ってしまったようだ。
思い出したように、リエラが聞いてきた。
先程、階段でリンチされたのは、ゴーレムとか別件だったみたいだ。
「あれは死んだ仲間の呪いで、憎き仇の姿になれるようになったんだ。そんな事よりも剣を交換しよう!」
苦しい言い訳だが、ここでいきなり首を切り落とすつもりはないだろう。
俺の剣を剣帯から外して、早く交換しろと突き出して要求した。
「ふーん……まあ、どうでもいいけどね。それに剣の性能だけじゃ、勝負は決まらないから」
「いや、絶対に剣の性能で決まる!」
「そこまで言うなら一回だけ貸すけど、持ち逃げしようとしたら殺すからね」
「そんな事するわけないだろう」
しつこい押し売りに負けたように、リエラが鞘から剣を抜いて渡してきた。
受け取った両刃直剣の白銀の剣は、いかにも切れ味鋭そうだ。早速調べてみた。
【プネウマ・バレシウス:長剣ランクAA】
【強化素材:???】
「おいおい、何だ、この剣は⁉︎ こんな物使っていいと思っているのか!」
ほらぁー! やっぱり良い剣使ってた。ある意味予想通りで予想以上だ。
ダブルAの意味は分からないが、間違いなくAランクダンジョンの武器だ。
こんな違法な武器をBランクダンジョン如きで振り回せたら、そりゃー気持ち良いだろう。
「そんなの別にいいでしょ。あんたに話す義務はないんだから。それよりも行くの、行かないのどっちなの?」
「行くに決まっている。この剣なら、俺もスパァン! と気持ち良く切れるからな」
聞く必要もない程の、簡単な質問に素早く答えた。
メタルパンサー、千本亀、クリスタルゴーレムの素材で強化した、斬撃LV5の革手袋もある。
ゴーレムLV4になって、この剣を大剣に変えて使えば、ミノタウロス如きは一刀両断だ。
むしろ、ミノタウロスの前に剣の素材集めに、キメラで試し斬りしても良いかもしれない。
でも、それは進化して強くなった後の方が効率的だろうな。
「行くけど、無理なら逃げるように」
「心配しなくても余裕に決まっている」
「はいはい。でも、身体は不死身じゃないだから油断しないようにしてよ」
「分かっているよ」
これから階段から闘技場に出ようとしているのに、いちいちリエラが注意してくる。
剣を持っている腕を切り落とされるつもりも、頭から股下まで真っ二つにされるつもりもない。
強大な力を手に入れても、俺は油断しない男だから大丈夫だ。
「十二秒で準備するから、ちょっと待っていろよ」
これ以上、グチグチ言われる前に闘技場に出た。
さっさとゴーレムLV4になって、戦闘だけに集中したい。
リエラの剣を地面に突き刺すと、約十二秒の変身を終わらせて、地面の剣を掴んで大剣に変えた。
「準備完了だ。出て来い」
「……?」
「チッ、もういい! やってやる!」
唯一の弱点があるとしたら、会話が出来ない事だ。
階段に見えるリエラに向かって、出て来いと手を振っているのに無反応だ。
仕方ないので、俺一人で始めさせてもらう。
剣を太い両手で無理矢理に握ると、一番近くの観客席に立っていたミノタウロスに狙いを定めた。
「グモォー」
接近する俺に対して黒い大牛男は、両手に持った大斧を正面に構えた。
今思ったけど、この牛が武術の達人なら簡単に切れない。
どんなに切れ味鋭い剣も当たらなければ意味がない。
だけど、剣術LV6、体術LV5の俺が牛に負けるとは思えない。
くだらない臆病風に吹かれてないで、不味そうな、全身すじ肉の塊を解体すればいいだけだ。
空中で大剣を水平に構え直して突撃した。
ブォン——
「グモォー!」
「ぐっ、動きが読めない!」
そんな俺に対して牛男は、一度後方にジャンプしてから、素早く大斧を右手で下から上に振り上げた。
襲ってくる刃を避ける為、急いで直進から後進に切り替えて、後方に飛んで回避した。
これだと俺が突っ込むだけしか出来ない単純馬鹿なモンスターだ。
空中戦は諦めて、観客席に降りて、地上戦に切り替えた。
「人間並みの知能はありそうだな」
地面からの突き出す攻撃も加えて、手数で攻めるしかない。
早速、牛男の背中を狙った不意打ちの斜め岩杭を発動させた。
「グモォー⁉︎」
バキィ! 背中に激突した太い岩杭の先端がへし折れた。
小枝で壁を突いて、へし折れた程度のダメージしか与えていない。
でも、身体を何かに触られたぐらいは感じたようだ。
背後を素早く振り返って確認した。
「なるほどね。まだまだ行くぞ」
攻撃しても低ダメージなのは分かっていた。
岩杭と岩壁を組み合わせて、地味な攻撃と視覚を塞ぐ攻撃を続ける。
ダメージはないが、スピードはある。
大斧や蹴りで次々に壊されるが、こっちも次々に岩壁を作りまくる。
「……」
ミノタウロスの動きと力はだいたい分かった。
素早さは地上戦だと負けているが、空中なら勝てる。
だけど、力の方は完全に負けている。武器で打ち合うのはやめた方がいいだろう。
だとしたら、牛男を倒すには攻撃を回避して、こっちの攻撃だけを確実に当てるしかない。
ドスッと右手の大剣をゴーレムの腹に突き刺して、縮小した剣を掴んで回収した。
目に見える大きな大剣よりも、見えない剣の攻撃の方が脅威になりそうだ。
剣を持ったままゴーレムの左足に移動した。
「攻撃開始だ」
武器を捨てたゴーレムを、ミノタウロスに向かって全力で走らせていく。
牛男は大斧を右上に振り上げて、飛び込んでくるゴーレムの肩から腹を斜めに両断するつもりのようだ。
そこには俺はいないので、好きなように壊してくれて構わない。
ギューン——
「グモォー!」
ドガァン! 振り下ろされた大斧が、ゴーレムの肩から胴体の真ん中まで食い込んだ。
砕けた丸岩が飛び散ったが、警戒していた両断する力までは持ってなかったようだ。
大斧が身体に残ったままだが、予定通りにゴーレムを動かして、牛男とキツめの抱擁を交わした。
「グモォー? グモモォ⁉︎」
準備完了だ。混乱する牛男は無視させてもらう。さて、切れ味を確かめさせてもらおうか。
ゴーレムの左足から見える、牛男の右足のスネを狙って、白銀の剣を突き出し、水平に振った。
スパァ——
「グモォーッ‼︎」
「おお! 何だ、これ⁉︎」
まるで手応えを感じなかった。空気を切ったようなものだ。
右足を切られた牛男が叫び声を上げているけど、俺も驚きの切れ味に声を上げた。
これなら、首を切るよりも、頭から股下まで両断した方がいい。
いや、股下から頭の逆でもいい。この剣なら絶対に切れそうだ。
ゴーレムの左足から体内を移動して、牛男の股下に剣を突き出した。
あとは上に向かって急上昇するだけだ。
「うおおおお!」
「グモォーッッ‼︎」
牛男が真っ赤な血を切り口から撒き散らして、絶叫を上げているが、俺の身体も物理的に上がっている。
両腕を伸ばして、身体を岩で包み込んで、思いっきり上に向かって発射した。
そして、ゴーレムの頭から飛び出して、牛男の股下から頭までを切り裂いた。