第172話 魔人治療薬
ゾンビになる気配がないから、呪い薬の大量投与が決定した。
呪い薬の飲み過ぎで、メルのお腹がタプタプになっている。
ここからゾンビになっても、聖水が入る余裕はなさそうだ。
「ゔゔゔっ!」
「成功したみたいね。ベッドに押さえてちょうだい」
飲み過ぎで吐きそうなだけに見えるけど、違うみたいだ。
気持ち悪そうに唸っているメルが、二人の見張りによってベッドに縛りつけられた。
「ここから六時間は長いな。どうする?」
「ゾンビになったなら、人間なんだろ? 見張りはいらないんじゃないのか」
ベッドに金属ロープでグルグル巻きにすると、見張り二人はもう帰りたいみたいだ。
だけど、詐欺師は帰すつもりはないようだ。
「まだ駄目よ。この薬はゾンビ性を強める薬だから、知性を失ってゾンビになっただけかもしれないでしょ」
「ようするに誰でもゾンビにする薬なんだろ。だったら、聖水使っても魔人に戻るだけなんじゃないのか?」
「そんな単純な物は作らないわ。点滴を用意するから手伝いなさい」
両手足を枷で拘束されて見ているだけだから、俺はやる事がない。
見張り二人はマナミに言われて、不満そうに点滴を用意している。
点滴の数が十六個もあるけど、俺の知っているやり方ではないようだ。
透明な袋に入っている液体を、針付きの管を使って全身に注入されている。
腹や足にする点滴は初めて見た。最初から分かっていたけど、詐欺師の偽医者だ。
「すみません。それ死なないですよね?」
我慢できずに聞いてみた。手遅れになってから聞いても意味がない。
医学知識がない俺でも分かる。怪しい宗教の教祖様に治療を任せたら、メルは死ぬ。
「心配しなくても大丈夫よ。今まで死人は一人も出てないわ。それよりも自分の心配をした方がいいんじゃない」
俺の質問に問題ないと答えると、マナミが近づいて来てしゃがみ込んだ。
ジッーと真っ直ぐに見つめてくる。俺の目玉でも抉り取るつもりだろうか。
「どういう意味ですか?」
「あなたにこの薬は効かないわ。呪い耐性がLV2もある。あの子が人間に戻れても、あなたは戻れないわ」
「……」
深刻な感じでマナミが教えてくれたけど、何も問題なさそうだ。
元々、人間に戻るつもりはない。こんな便利な身体を捨てる方が馬鹿だ。
腕が切り落とされても生えてくる。睡眠も食事もトイレも不要だ。
♢
七時間後……
「すみません、隊長。頑張ってくださいね」
「別に気にするな。俺もお前が人間に戻れて嬉しい。すぐに送ってやるからな」
「はい、ありがとうございます」
小船の後ろに座っているメルが謝ってきた。
でも、顔がニヤついている。一人だけ人間に戻れて嬉しいようだ。
面倒だけど、約束通りにババア宅に送り届けないといけない。
だけど、人間に戻せる薬があるのは便利だ。
俺に反抗してきたゾンビ魔人を、強制的に人間に戻す事が出来る。
メルの外見は変化してないが、ゾンビの固有アビリティは消えている
それに出来れば、今すぐにBランクダンジョンに連れて行きたい。
もう一度ゾンビにして、進化できるか試したい。
無限進化が可能ならば、全ての魔法属性を操れる最強の魔人を作れる。
メルには悪いが、もう少しだけ付き合ってもらう。
「教会で飯でも食べていけ。半日はかかるからな」
「はいです」
教会の扉が見えてきた。
教会で食事とトイレを済まさせて、寝ている間に移動する。
ターニャもついでに連れて帰るとしよう。
調理鍋があるから、メルと二人で高級食堂をやらせればいい。
「はぐぅ⁉︎」
小船を地面スレスレまで下降させて、減速させて扉に入った。
「どうした?」
扉を通過した瞬間にメルが変な声を出した。
小船を教会の中に着陸させると、後ろを振り返って聞いた。
だけど、後ろにメルはいなかった。メルがいたのは扉の中だった。
「何やってんだ? 帰りたくないのか?」
「違います! 通れないんです!」
扉を必死な顔で叩いているメルに聞くと、通れないと言ってきた。
そんなはずはないだろうと思ったけど、この現象には心当たりがある。
「そんなわけ……あぁー、あれか」
メルはモンスターではないが、腕輪を手に入れたAランク冒険者ではない。
魔人化という違法な手段で、Aランクダンジョンに侵入しているだけだ。
町の住民も外に出られないと言っていたから、住民と同じ状態になったのだろう。
だとしたら、永遠に外には出られない。
外に連れて行けないなら、連続進化計画は白紙に戻さないといけない。
ゾンビ剣士グレッグと同じなら、このAランクダンジョン内では進化は出来ない。
血を飲ませても、ゾンビになるだけだ。
「これは困ったな」
「困っているのは私です! あのインチキ薬屋に、外に出られる薬を作らせてくださいよ!」
「そんな薬があれば作っている。送ってやるから、町と村のどっちに住みたいのか早く決めろ」
メルが元に戻せと文句を言っているけど、俺に出来るのは町に連れて行くぐらいだ。
人間ならば殺される心配はないから、好きなだけ詐欺師の偽医者に自分で文句を言え。
♢
「まったく予定がガタガタだな」
町に戻るとメルの面倒を職人ジジイに任せた。
しばらく町にいるらしいから、その間に対策を練るしかない。
まずはメルの代わりにティルを使う。
ティルならば死亡確定の門番でも、喜んで付いて来る。
人魚の大量召喚をティルに任せれば、俺は自由に動いて戦える。
「いや、ベテラン冒険者の方がいいな。姉貴でも探してみるか」
七歳の子供から、五歳の子供に代えるのは流石に不安だ。
命を預ける相手は信頼できる相手に任せたい。
ティルは信用しているが、実力はまったく信頼していない。
とりあえず新しい予定を決めると、まずはグレッグを探した。
ウッドエルフ三兄妹と遊んでいるとしても、遊び過ぎだ。
日帰り旅行ではなく、もう三泊四日の大旅行になっている。
「聖水飲ませて、メルの世話係でもいいかもしれないな」
新しいゾンビ魔人を増やすなら、魔法使いが欲しい。
グレッグを人間に戻せば、仲間を二人も増やせる。
Bランクダンジョンで仕事させている氷竜、火竜、シトラスの三匹はまだ使役したい。
「んっ?」
門番の扉が見えてきた。砂漠の中に見覚えのある四人組が見えた。
小船に気づいて手を振っている。俺を便利な馬車だと思って呼んでいる。
「ちょうど良かった。土産が大量にあるから運んでくれ」
「あぁー、疲れた。早く家でゆっくりしたいわ」
「ほら、襲って来た冒険者の武器だ。殺してないから安心しろよ」
俺は乗っていいとは言ってないのに、着陸したら普通に荷物を乗せて乗り込んできた。
しかも運送料を支払わない最悪の乗客達だ。
村には用事があるから、グレッグから水の書を受け取ると村に向かった。
「わざわざ一人で迎えに来たのか?」
ウッドエルフ三兄妹の長男が聞いてきた。
「まあな」
「暇なのね。他にやる事ないの?」
「これ以外に重要な事はない」
「えっ……!」
長女が勘違いしているけど、お前をわざわざ迎えに来ていない。
グレッグと水の書を迎えに来ただけだ。この後は、水の書の素材を村で回収する。
受け取った水の書には【ローレライの銀魔石+ローレライの水鱗=?】と書かれている。
予定通りに人魚が召喚できそうだ。
村に戻ると、自宅から三人匹分の魔石と鱗を収納鞄に入れた。
まずは同時召喚が可能なのか調べる必要がある。
可能ならば、炎の門番対策は完璧になる。
「炎は召喚しても触れないな」
「ゔゔっ」
グレッグを乗せて、再び扉を目指した。
炎の門番を倒しても、召喚した門番は熱くて触れないかもしれない。
そう考えると、風の門番も触れそうな気がしない。
でも、水が触れるのならば、炎も風も触れるはずだ。
問題は美少女なのか、美女なのかしかない。
別に女が良いというわけじゃない。
むさ苦しい男よりもマシだというだけだ。
「さてと、何が出るかな」
扉の中に入ると、祭壇に魔石と鱗を置いた。
二つが輝きを放ってくっ付くと、輝く水色の鱗が完成した。
【ローレライの召喚鱗】——水に入れると水精霊ローレライを召喚できる。
「ここまでは予想通りだな」
近くに大きめの岩風呂を作ると、水精の指輪で水を溜めていく。
三人匹ならば、もう少し広くてもいいけど、宙を泳げるなら問題ないだろう。
早速一枚目の鱗を風呂に投げ入れた。
風呂の水が人魚の形に変わっていき、水が減り始めた。
水が足りないと召喚できないようだ。
「ラララ~」
「会話は無理そうだな。ちょっと空中を泳いでくれ」
冷たい身体を触ると、俺よりも身長がデカい人魚に命令した。
言われた通りに宙を泳いで、俺の周りを回り始めた。
言葉が通じるなら問題ないだろう。
二人匹目の召喚鱗を作ると岩風呂に入れて、水も追加で入れていく。
すぐに人魚の形に変わり始めた。
一人匹目がまだ泳いでいるから、同時召喚も可能なようだ。
気になるのは無限の魔力でも、同時召喚できる数に制限があるかどうかだ。
最大召喚数を調べておいた方がいい。
一万人匹の人魚を一人で召喚できるとは思えない。