第170話 召喚杖
無事に緑色の精霊の書を入手すると、逃亡兵が隠れている近くの町を目指した。
宿屋で最後の晩餐じゃない、普通の晩飯を食べているメルに俺の正しさを証明する。
「おい、開けろ! いるのは分かっているんだからな!」
町に到着すると、数時間前まで入っていた部屋の扉を叩いた。
鍵がかかっているから、間違いなく逃亡兵がまだ部屋の中に潜んでいる。
防音だが、扉の振動に気づいたのか、ゆっくりと内開きの扉が開いた。
「あっ……」
「あっ、じゃない」
部屋のカカシンが、廊下のカカシンを見て、軽く驚いた声を出した。
俺が死んだと思ったら大間違いだ。部屋の中に腰抜けメルを押しまくって、扉の鍵を閉めた。
「どうしたんですか? やっぱり怖くなってやめたんですか?」
壮絶な勘違いで、こうなると分かっていました感を出しているけど、大間違いだ。
扉の前まで行って、怖くて宿屋まで逃げ帰ってはいない。
「負ける前提で話すな。倒したから戻って来たに決まっている」
「何だぁー、隊長に倒せるなら雑魚だったんですね」
「はぁ?」
かなりイラッと来る言い方だけど、ここで強敵だったと素直に言えるわけがない。
俺の前では、どんな敵でも弱敵でいなければならない。
「俺だからこそ雑魚だったんだ。宿屋の冒険者が戦っていたら全滅間違いなしだ」
「ああー! やっぱり危険だったんですね! 付いて行ってたら死んでたんですね!」
偉大なる俺の強さを教えてやったのに、メルが喚いてきた。
確かに付いて来ていたら、ドリュアス姉妹に指を一本ずつ切り落とされていた。
俺も腹を刺されて、背中を斬られて、顔面を蹴られた。
だけど、今は俺の話はどうでもいい。メルを掴むとベッドに放り投げた。
「ていっ!」
「きゃぁ!」
「うるせいー! 何もしなかった奴がガタガタ言ってんじゃねえ!」
子供だから叱るだけで許してやった。
大人だったら跨がって、顔面を往復ビンタで黙らせている。
メルが震えて反省しているので、収納鞄から緑の精霊の書を取り出した。
「名誉挽回のチャンスをやる。この書に書かれている素材を宿屋の冒険者から集めて来い」
当然、冒険者達に精霊の書を見せるつもりはない。奪われたら大変だ。
素材を書いたメモを数枚用意して、そのメモの素材を持ってきた冒険者に水色の本を渡す。
不用品の本が処分できて大助かりだ。
「勿体ないですよ。自分で探した方が良いんじゃないんですか?」
「俺は疲れているから、ベッドでしばらく休む。交渉は得意だから出来るよな?」
俺の説明を聞いて、ベッドから追い出されたメルが当たり前の事を聞いてきた。
ローブの中の身体が無傷なら、ウッドエルフ三兄妹を探すついでにやっている。
今はベッドの上で半日以上は横になりたい。
♢
二時間後……
「隊長、全部集めましたよ。凄いでしょう」
「……」
部屋でのんびり待っていると、パンパンの収納鞄を持ってメルが帰ってきた。
早すぎる帰還だが、メモ以外の素材を集めてきたのなら、調理鍋は没収だな。
「貸してみろ。調べてやる」
「大丈夫ですよ。全部集めたんですから」
ベッドから起き上がると、緑色の書——改めて、『木の書』で収納鞄の中身をチェックしていく。
どうやら本当に集めてきたようだ。
サンドドラゴン、ニンジャン、ブラッドビー、ロリポリ、スプラウトディアと知らない魔石が出てきた。
「どうやって集めたんだ?」
素材チェックを終わらせると、今後の参考の為に入手方法を聞いてみた。
「全部ポイントで買えましたよ。お店を回って簡単に集まりました」
「またポイントか……カードもあるから作らないとな」
町の詐欺ポイントに参加するのは嫌だが、冒険者カードも用意している。
登録ぐらいはした方が良いだろう。そう思っていたんだが……
「あっ、それ無理でした」
「んっ? 何か条件でもあったのか?」
宿屋の冒険者からは、カードがあれば誰でも作れると聞いている。
お金や物を要求されるとは聞いていない。
「そうなんですよ。カードの本人なのか調べられるんです。触られそうになったから、『エッチ』と言って逃げました」
「なるほど。本人確認は基本だが、確認されたら終わりだな」
「そうなんですよ。危なかったです」
カカシンローブを着てないなら、町の住民なら冒険者を見れば、カードの本人なのか分かる。
魔人村で入手した冒険者カードが無駄になってしまった。
やはり人間の協力者が必要だ。姉貴なら協力してくれるけど、いないから無理だ。
職人ジジイに協力してもらうのが一番早そうだな。
「祭壇でお供えしたら、ジジイの迎えに行くぞ」
「はいです。新しい料理が楽しみです!」
俺に言われたから頑張ったわけじゃないようだ。
祭壇の料理を期待して、メルは頑張ったみたいだ。
理由はどうでもいいから、良い道具が作れるか試さないとな。
♢
「んっ? 扉が三つもある」
門番の扉に入ると、祭壇の間に砂漠、森、洞窟が見える三つの扉があった。
砂漠は一階、森は二階、洞窟は三階だろう。予想外の便利な移動手段を手に入れた。
木の書の?を埋めたら、早速使ってジジイ達を引き取りに行こう。
『天丼』『ムシダンゴ』『蒸しパン』『竜酒』『蜂蜜パンケーキ』と作った料理はメルに食べさせる。
竜酒だけは口に合わなかったのか、飲んですぐに吹き出した。
「うぅぅ、薬よりも苦々です」
「外でも食べられる料理もあるんだな。どっちが先かは分からないがな」
料理は最初から興味がない。
竜酒は酒好きが高額で買いそうだが、素材のフラワードラゴンを探すのが面倒そうだ。
そろそろお楽しみの便利アイテムを作るとしよう。
メルの報酬は十分に食べさせたから、武器、防具、魔導具作りを開始した。
今度こそ、まともな物が手に入ると期待したい。
【治療培養土】——身体の欠損部に塗り込む事で、時間経過で欠損部を修復できる。ただし、死者には効果を発揮しない。
【木土】——水に濡らすと土に、乾かすと木になる粘土。
【忍び装束】——周囲の物に似た色に服の色が自動変化する。
【大根・人参・米の種】——ダンジョンの中で育てられる作物の種。キチンと育てないと枯れてしまう。
「また微妙だな。メル、これを着て動いてみろ」
「はぁーい」
文句を言う前に黒い忍び装束をメルに渡して着てもらった。
飯を食べて機嫌が良いのか、パパッと服の上から着てくれた。
黒い全身服が祭壇近くの岩の色に変わったけど、間違いなく岩人間が目の前にいる。
捕まりたくないなら、町中では絶対に着用しない方がいい。
「さてと、最後のお楽しみだな」
【ドリュアスの銀魔石+ドリュアスの白杖=?】
武器屋の女店員が教えてくれたように、全部の素材を祭壇に与えると隠し文字が現れた。
書の途中に現れたから、隠しというよりは作り忘れたような感じの方が強い。
「うっ!」
祭壇に二つの素材を置くと、パァッと他の物よりも強く輝いた。
右腕で目を隠して、光が収まるのを待った。
「これは……?」
終わったようなので、目を開けて祭壇の上の黄緑色の杖を見た。
【ドリュアスの召喚杖】——地面に突き刺すと木精霊ドリュアスを召喚できる。
明らかにヤバそうな気配しか感じない。召喚した瞬間に腹を短剣で刺されそうだ。
多分、水の書の隠し文字は水精霊ローレライを召喚できるだろう。
何となく予想できてしまった。
とりあえず召喚しないと効果は分からない。
祭壇で作った物を収納鞄に入れて、いつでも避難できるように準備した。
「メル、危ないから離れていろ」
「分かりました。援護は必要ですか?」
「戦うよりは逃げた方がいい。面倒な女だからな」
メルが弓矢を構えて聞いてきたけど、炎矢で性悪女が倒せるとは思えない。
邪魔にしかならないから、扉近くまで下がらせると、百五十センチはある長い杖を地面に突き刺した。
すぐに木の杖が膨らみ始めて、俺を最近騙した女の姿に変化した。
「老婆じゃないんだな」
召喚が終わったようだ。
長い黄緑色の髪に薄緑色のワンピースを着た女が瞬きしている。
俺を真っ直ぐに見据えると、すぐに丁寧にお辞儀してきた。
「ご主人様、お呼びでしょうか?」
「ご主人様? 俺の事を覚えてないのか?」
会話が出来て、動けるなんて驚きだが、数時間前にやられた身体の傷も心の傷もまだ覚えている。
また大人しい女のフリで騙せると思っているなら、大間違いだ。
メルがいなければ、尻でも撫でて反応を見てもいいけど、流石に変態すぎる。
木の人形に欲情するのは、モテない変態男がやるような下劣な行為だ。
「申し訳ありません。私には記憶というものは存在しません。誰の事も覚えていません」
「へぇー、そうですか。じゃあ、お前に何が出来るのか教えてもらおうか」
今のところは見た目が美少女という利用価値しかない。
木の武器を作ったり、毒花を育てるしか出来ないなら役には立たない。
「かしこまりました。ご主人様の魔力が続く限り、ご主人様の半径五メートルの範囲を行動できます」
「めちゃくちゃ狭いな。ペットかよ」
「ペットがお望みでしょうか? グゥゥ、グゥゥ、どうでしょうか?」
「知らねぇよ。謎のペットを出してくるな」
俺の言う事を聞くみたいだが、豚みたいな鳴き声を毎日聞きたいわけじゃない。
魔力ならば大量にあるから問題ないが、常に五メートルの距離にいられるのは迷惑だ。