第169話 ドリュアス姉妹
「何やってんだよ! 死んだら終わりだぞ!」
「これでいいんです。これで信じてくれますよね?」
自殺願望がある女を信じるつもりはない。
両手で微笑んでいるドリュアスの両肩を掴んで、これ以上進むのを止めた。
刀身を掴んだまま半分以上も身体に突き刺している。背中から剣が貫通している。
水精の指輪と回復の指輪をメルから取り上げたから、急いで回復水を作るしかない。
「巫山戯んなよ。こんなイカれた方法で誰が……がふっ⁉︎」
治療を始めようと地面に寝かせようとするが、その前に腹部に何かが刺さった。
右腹の中で何かが右に左に反転して、体内をグリグリ抉っている。
ドリュアスを前に押すようにして、何かを体内から引き抜くと後ろを見た。
「うぐぐっ、誰だ……なっ⁉︎」
そこには血に染まった短剣を持ったドリュアスが立っていた。
「フフッ。決まっているでしょう。この変態野朗」
「そういう事です。カナン様!」
「はぐっ‼︎」
短剣を持ったドリュアスが笑うと、次の瞬間、背中に痛みが走った。
俺の紫剣を持った血塗れのドリュアスが、俺の背中を深く叩き切った。
痛みで地面に跪くと、すぐに顔面に右足が飛んできた。
「ぐはぁっ‼︎」
「誰が休んでいいと言いましたか?」
地面に俺を蹴り倒すと、短剣ドリュアスが見下すように言ってきた。
大人しい女だと思っていたのに、また見せかけの優しさに騙されてしまった。
もう絶対に優しい女には騙されない。
「くっ、俺を騙していたのか?」
「騙せそうだから騙したんですよ。普通の人間は話もせずに攻撃しますからね」
「俺は野蛮な人間じゃないだけだ」
「あら、そうですか。てっきり女好きの変態だと思いました」
無駄な抵抗をせずに会話で時間を稼ぐ。腹と背中の傷を自己再生で回復させる。
予定通りに油断させて、敵だと確かめた。もうデートは終わりで、デッドの始まりだ。
それにチャンスは必ずやってくる。俺の魔剣は常人には持てない。
「ゔゔッ‼︎ な、何なんですか、この剣は⁉︎ 痛くて持てません!」
「別にもういいでしょう。この剣を奪えばもう終わりです。炎は使えません。いつもみたいに皆んなで死ぬまで遊んであげましょう」
血塗れドリュアスが痛みに負けて、魔剣を地面に投げ捨てた。
予想通りにチャンスはやって来た。だけど、ピンチもやって来た。
あとは魔剣を拾って双子を焼き殺すだけだが、森の樹木から大量のドリュアスが現れた。
「おい、嘘だろ……」
ざっと数えて十五人以上はいるのに、まだ増え続けている。
剣、短剣、槍、弓矢と全員が木製の武器で武装している。
「手足をちょっとずつ切り刻んで差し上げます。最後まで良い玩具になってくださいね」
「ヘッ、それが本性か? 遠慮なく殺せそうだ!」
俺を魔剣だけの男だと思ったら大間違いだ。
魔力の過剰圧縮を使って、身体能力を急激に上昇させた。
石火状態になると、倒れた状態から素早く立ち上がって、短剣ドリュアスの首を全力の手刀で撥ね飛ばした。
「——っ!」
「ひぃっ‼︎ カナン様、やめてくだ……」
「何度も騙されるか!」
「ひぎゃぁ‼︎」
姉ドリュアスが倒されて、妹ドリュアスが怯えているがもう容赦しない。
緋色の剣を抜いて振り落として、頭から股下まで一刀両断した。
お前達はただの綺麗な薪だ。ただし中身は腐って虫だらけだ。
俺が全員焼却処分してやる。地面に落ちている紫剣を拾った。
「おおおおぉー‼︎」
「ぎゃああああ‼︎」
待機させていた紫氷の柱を二つの紫炎の竜巻に変えると、ドリュアス達を森ごと焼き殺していく。
この俺を騙した事を地獄の業火で懺悔しろ。右手の紫剣を豪快に回しまくる。
俺は色仕掛けに引っ掛かるような間抜け冒険者じゃない。
「ハァ、ハァ……女のくせに手こずらせやがって」
樹木も含めて全てを焼き尽くした。
円形闘技場に残っているのは、倒れている俺と焼け焦げた地面だけだ。
大量の女に囲まれて喜ぶべき状況だったが、痛みと恐怖しか感じなかった。
♢
「くすくす、くすくす」
「やっぱりか……」
休憩は終わりのようだ。複数の笑い声が聞こえてきた。
ゆっくり立ち上がると、地面を砕きながらドリュアス達が現れていた。
やっぱり地面の中に本体が隠れている。コイツらは大量の枝みたいなものだ。
本体を倒さないと、永遠にドリュアス達と戦う事になる。
「酷いです、カナン様。死んだら終わりなんですよね? 私、死にましたよ」
「じゃあ、今度はカナン様を殺しましょう。焼き殺されたから、溶解液で身体を少しずつ溶かしましょう」
「そうしましょう。そうしましょう」
俺の女運は最悪だ。それは知っている。
ここで頑張らないと、猟奇殺人鬼達に身体を弄ばれて殺されてしまう。
ドリュアス達が微笑みながら包囲網を狭めてきている。
もう血の一滴も出そうにないのに、全身の痛みは止まらない。
痛む身体で紫炎を操って、近づいてくるドリュアス達を焼き殺していく。
時間稼ぎにはなるが、この方法では倒せない。
本体を地面から引き摺り出して倒さないと、この地獄は終わらない。
「カナン様、もういいじゃないですか。カナン様は一生懸命に頑張りましたよ」
「うるせい! 何人の男を騙して殺したか知らないが、お前達を皆殺しにしてやる!」
「酷いです。私達の瞳にはカナン様しか映っていません」
優しい彼女面で心中を勧めてきたが、お前達が勧めているのは単独無理心中だ。
右足で地面を思いっきり踏み壊した。チマチマ本体を探すつもりはない。
地魔法使いの俺相手に、地面に隠れ続けるなんて不可能だ。
踏み砕いた地面の中には、無数の木の根が埋まっている。
この根の先に本体がいるはずだ。
木の根の血管に紫炎を流して、俺の熱い思いを届けてやる。
「食らえ、悪女め」
地面から右足を引き抜くと、代わりに紫剣を地面に突き刺した。
『死紫炎岩』——刀身に紫炎を集めて、人工魔石と黒岩と混ぜて、地中に無理矢理流し込んだ。
炎と地が合わさって、紫溶岩の蔓となって、地中の根を焼き壊して突き進んでいく。
地面から紫色に光る岩棘が突き出し、停止したドリュアス達が倒れていく。
木の根を燃やされると動けなくなるようだ。
「カナン様、熱い、助けて、お願い、助けて」
「ぐぅぅ、さっさと出て来い!」
痛みと熱さの我慢比べをするつもりはない。
左手で人工魔石を作り続け、両足で地魔法を発動し続ける。
円形闘技場の地面が紫溶岩によって侵食されていく。
「ぐばぁ!」
「あれは……」
岩壁を突き破って、茶色い塊が飛び出してきた。
地面の上に茶色い長い髪に、枯れた幹のような肌の女が倒れている。
剣を引き抜くと、上の地面から下の地面に向かって飛び降りた。
「もう駄目……養分が足りない……」
「お前が本体か? 随分と醜いな」
「ひぐっ⁉︎」
老婆のように枯れ果てたドリュアスに剣を向けた。
全ての力を使い切ってしまったのか、水分が足りないのだろう。
水精の指輪で水は出せるけど、お前には小便さえも勿体ない。
左手の炎の指輪から直径三センチ程の炎線を出して、紫剣の刀身に巻き付けていく。
「クゥヒヒヒ、あんたは運が良かっただけだよ。次に来る奴はあんたにやられた分だけ、惨たらしく殺してやるよ。ああ、楽しみだね!」
「安心しろ。次も俺だ!」
「火ぎゃああああ‼︎」
しゃがれた声で負け惜しみを言っているが、俺は一見さんじゃない。常連さんだ。
炎を紫氷に、紫氷を紫炎に変えて、老婆ドリュアスの左胸に剣を突き刺した。
俺の熱い思いで、お前の心を焼き尽くしてやる。
暴れる老婆の頭を踏みつけて、骨まで残さず火葬してやった。
「ハァ、ハァ……終わりみたいだな」
老婆ドリュアスが銀魔石、緑色の本、白い杖に変わった。
今度こそ終わりだ。剣を鞘に戻して、地面に寝転んだ。
「はぁー、もう無理だ。もう動きたくない」
あとは身体が動くまで自己再生するしかない。
寝ている間に完了すればいいが、寝れないから起きて待つしかない。
回復して動けるようになったら、緑色の精霊の書のアイテムでも作るとしよう。
全部集め終わる頃には、身体も完全回復しているはずだ。