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第168話 地獄の扉

「チッ、腰抜け共め!」


 宿屋の個室に入ると、隣の壁に怒鳴って防音機能を確認した。

 セカンドの町の宿屋で冒険者を勧誘したが、全員が腰抜けだと分かっただけだった。

 町の住民に門番がいる扉を『地獄の扉』と教え込まれている。

 入ったら二度と生きて帰れないそうだ。俺は何度も出入りしている。


「駄目ですよ。ここを使わないと」

「はぁ?」


 ベッドに座っている半笑いメルが、自分の頭を指差して言ってきた。

 ベッドの上には調理鍋と一緒に、ちゃっかりAランクの弓矢が置かれている。

 複数の冒険者に話して、一万ポイントを分担して支払ってもらったそうだ。

 俺よりも賢い頭だと自慢している。


「俺は戦力が欲しいんだよ。鍋で戦えると思っているのか? えー、どうなんだ?」

「あぅっ! いつもの八つ当たりですぅー!」


 俺が命を懸けて手に入れた本を、調理鍋と弓矢に交換できて嬉しいみたいだ。

 両頬を指で引っ張って、笑う手伝いをしてやった。遠慮しているけど、まだまだ引っ張る。

 お前がやったのは金貨と銀貨を交換しただけだ。


「うぅぅ、痛いです」

「大人を馬鹿にして、無駄遣いしたお仕置きだ。しっかり反省しろ」


 柔らか頬っぺたを解放してやると、メルが両頬をさすって痛がっている。

 俺好みの女ならば、お仕置きすれば感謝するから、まだまだ成長が足りない。


「それよりもどうするんですか? 人が集まらなかったから、戦わないんですよね?」

「俺を腰抜け共と一緒にするな。地獄から生還して、住民達の嘘を証明してやる」


 半笑いから半泣きに変わったメルが聞いてきた。

 もちろん予定通りに決まっている。


「えぇー、やめた方がいいですよ。死んじゃいますよ。それともそんなに結婚したいんですか?」

「まだ足りないみたいだな?」

「あぅっ! 隊長、カッコいいです! モテモテです!」


 やっぱり反省が足りないみたいだから、再びメルの頬っぺたを引っ張った。

 俺は愛の為に戦うわけでも、モテないから町娘と無理矢理結婚するわけでもない。

 愚かな冒険者達に真実を教えて、幸福にしてあげたいだけだ。


「よし、二人で門番を倒すぞ」

「嫌です! まだ死にたくないです! 死ぬなら一人で死んでください!」

「くっ、無駄な抵抗を!」


 木の精霊がいる扉は森の中にあるそうだ。

 町からすぐ近くだから、さっさと二人で倒してやる。

 そのつもりなのに、メルがベッドにしがみ付いて離れようとしない。

 腰を引っ張って離そうとするが、絶対に行きたくないようだ。


「もういい、分かった。お前はここにいろ。俺一人で十分だ」

「駄目ですよ。隊長、死にますよ」

「死ぬか! 俺は四種類集めて、あの店員に結婚を強要するんだ」


 やはり最後に頼りになるのは自分だけだ。他人を当てにするべきではなかった。

 扉には森の木を切って、それを小船で燃やしながら入ればいい。

 炎と氷さえあれば、今の俺には何もいらない。

 

 ♢


「今度は葉っぱか。燃やし放題だな」


 森を歩いて、冒険者達から聞いた場所に到着した。

 砂漠の扉と同じように黒岩の四角い台座に、長方形の扉が開いている。

 今度は流れる水ではなく、緑色のツタが扉の一面に見える。


 地獄の扉はすでに開かれている。

 この俺がさらに地獄に相応しい光景に変えてやろう。

 小船に積み込んだ枝束に、左手の炎の指輪で着火した。

 パチパチと音を立てて枝が燃えていく。


 普通の冒険者ならば、ここで小船と一緒に扉に突入する。だが、俺は超一流冒険者だ。

 魔剣を使って炎を紫氷、紫炎に変えて、森の樹木にも着火した。

 これでメルがいなくても問題ない。大量の紫炎と一緒に扉に突入した。


「うっ、変な臭いがする」


 扉の中は円形闘技場だったが、足元には大量の毒花が咲き誇っている。

 空気中に毒、麻痺、睡眠作用がある花粉がキラキラ舞っている。

 俺に毒は効かないが、視界の邪魔だから全部燃やさせてもらう。

 大量の紫炎を竜巻のように操って、赤、黄、青色の毒花と花粉を焼き尽くした。


「さて、どこにいる?」


 お花畑を燃やされても門番は出てこない。ツタ壁の上には樹木が生えている。

 隠れられる場所はツタ壁の中か、樹木の森の中だけだ。

 隠れるのが好きなら、そのまま隠れていればいい。

 紫炎の竜巻でツタ壁を燃やしていく。

 ここが終わったら、次は樹木を燃やしてやる。


「お願いします! 攻撃をやめてください!」

「んっ? 誰かいるのか?」


 ツタ壁を燃やしていると、上の方から必死な感じの女の声が聞こえてきた。

 俺以外の人間が扉の中に入っていたのだろうか?

 二つの紫炎の竜巻を停止させて、声の主を探してみた。

 

【名前:ドリュアス 性別:メス 種族:木精魔人 身長:不明 体重:不明】


「お願いします、冒険者様。どうかお許しください」


 樹木の中から長い黄緑色の髪に、薄緑のワンピースを着た十五歳ぐらいの美少女が出てきた。

 両手を合わせて祈るように頼んでいる。身長は百五十センチぐらいなのに、不明なのが気になる。

 それに識別眼の情報だと魔人だ。門番を倒した別の魔人が占領でもしているのか?


「あんた、何者だ? ここの門番か?」


 足元に岩板を作って、ドリュアスと同じ高さの空中に移動して聞いた。

 門番じゃないなら、魔人同士で仲良くした方が良い。


「門番? 何の事でしょうか? 私はドリュアスと言います。この森に静かに住んでいるだけです。どうか、森を焼くのをやめてください」


 惚けているのか、門番は知らないと言っている。

 もしかすると門番の扉じゃなくて、魔人の家の扉の可能性もある。

 だけど、この円形闘技場を簡単に作れるとは思えない。

 会話が出来るからといって、この女が門番じゃない可能性は捨てきれない。


「あんた一人だけか? 出口はどこにあるんだ? 壁の出口が消えている」

「分かりません。私もここに何年も閉じ込められてしまって、出口を探しているのに見つからないんです」

「つまり、出られないというわけか。それは困ったな」


 出口は消えている。女が敵なのか分からない。

 現状で最優先で確認するべきなのは、女が敵か味方か調べる事だ。

 信用したフリをして、油断している俺を襲うか確かめる。襲ってきたら間違いなく敵だ。

 紫炎を紫氷に変えると、ドリュアスの前に着地した。


「俺はカナン、同じ魔人だ。ここが門番の扉なら、必ずどこかに門番が隠れている。一緒に探して倒そう。そうすれば外に出られる」

「そうだったんですね。よろしくお願いします、カナン様。怪我しているようですけど大丈夫ですか?」

「いつもの事だから問題ない。早く探そう」

「はい」


 理想的すぎる大人しい女だが、本気で油断するつもりはない。

 俺の右隣を歩くドリュアスと一緒に、樹木の中を調べていく。


 何年も閉じ込められて、隠れている門番を見逃すとは思えないが、俺の識別眼ならば可能性はある。

 手当たり次第に樹木や地面を見ていく。だけど、闘技場を三周回っても何も見つからなかった。


「ごほぉ、ごほぉ……」

「どうですか?」

「何もないな。樹木を燃やすか、地面を砕くしかないな」


 魔剣を抜いたままだから、身体から血が流れ続けている。

 流石に鞘に魔剣を戻さないと出血多量で死にそうだ。

 身体が嘘みたいに冷たくなっている。


「やっぱり駄目なんですね。カナン様がよろしかったら一緒に暮らしませんか?」

「それも良いかもしれないな……」


 まだ樹木も地面も壊してないのに、もうドリュアスは諦めている。

 怪しい動きをしてこないのは、永遠に俺をここに閉じ込めるつもりだからだろうか。

 確かに小さな岩家でも建てて、二人で静かに暮らすのも悪くはない。

 子供は三人ぐらい欲しいけど、敷地が広いからもっと多くても大丈夫そうだ。


 だけど、そんな夢みたいな話はない。俺を襲ってこないなら、俺が襲うしかない。

 信用しているフリはもう終わりだ。紫氷を紫炎に変えた。


「カナン様?」

「ここには俺とお前しかいない。だったら、門番はお前だ」


 動揺するドリュアスに剣先を向けた。

 演技は終了だ。お互い敵と敵に戻る時間だ。


「そんなぁ……違います! 私じゃありません。信じられないのなら、その剣で私を殺してください!」

「うっ!」


 でも、ドリュアスはまだ戻るつもりはないようだ。

 涙を流す目を閉じると両手を広げて、自分を殺すように言ってきた。

 流石に無抵抗な女を切り殺すのは躊躇する。


 そんな俺の心の動揺を無視して、ドリュアスは向けた剣先に向かって歩いてきた。

 剣を下げないと胸に突き刺さってしまう。

 俺が切れないから、自分から刺さるつもりのようだ。


「やめろ!」

「……カナン様が信じてくださるのならやめます」


 大声で教えると、ドリュアスは剣先の前でやっと立ち止まった。

 目を開いて、俺の方を真っ直ぐに見つめて聞いてきた。

 だけど、明らかに怪しい人物を信じられるはずがない。


「ぐっ、信じる事は出来ない」

「でしたら、これで信じられるはずです」


 俺の返事を聞くと、ドリュアスは軽く微笑んだ。

 そして、迷わずに刀身を両手で掴んで、自分の胸に剣を突き刺した。


「がふっ‼︎ うぐっっ、ぐふっ……!」

「なっ⁉︎ 何をしている⁉︎」


 口と胸から真っ赤な血が溢れ出している。

 突き刺した剣をさらに深く刺して、俺に近づいてくる。

 無実を証明する為に死ぬなんて正気じゃない。

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