第165話 セカンドの町
探知できなくても、存在を消す事は出来ない。
大根ゴーレムが埋まっていない畑に向かって、小船から弾丸を連射した。
「いたいた」
何も見えなかった畑に、カカシンが立ち上がった。
カカシンの布は八枚あれば、一人分の服が作れそうだ。
試しに作って、モンスター探知が効かないようなら量産する。
ウッドエルフ三兄妹には長風呂してもらい、カカシンを倒しまくった。
「デザインはオリジナルと同じでいいな」
二人分の布が集まると、カカシンの魔石を使って、薄茶色のフード付きロングローブを作った。
ローブのお陰で手首から足首まで隠れている。手袋も追加で作って、両手に填めれば完璧だ。
「どうだ、メル? 分かるか?」
「おおー! 隊長がこの世から消えました!」
「隙を見つけて悪口言うな。お前も着てみろ」
メルに頼んで性能をチェックしてもらった。性能は完璧なようだ。
ローブを脱いで、メルにも着せて、識別眼を使用した。
こっちも問題ないようだ。これで町に潜入できる。
万が一にも見つかっても、正体不明ならば逃げきれば問題ない。
♢
「やっと戻ってきたか。いつまで待たせるつもりだ?」
「お肌ツヤツヤよ。五歳は若返ったんじゃないかしら?」
ウッドエルフ三兄妹が埋まっている畑に戻ると、入浴が終わっていた。
確かに畑に埋まる前と違って、緑色の肌が輝いて見える。
まるで全身に油を塗りたくったようだ。
「これから町に行こうと思うんだけど、三人はどうする?」
長女の身体を触りまくるつもりはない。俺とメルの予定を話した。
出来ればグレッグを連れて、二階の村に行ってほしい。
「風呂に入ったから、もう村に帰っていいんじゃないのか?」
「嫌よ。せっかく来たんだから、フラワードラゴンの魔石を集めましょう」
「ドラゴンの魔石なら、コイツのがあるだろ」
次男は村に帰りたいみたいだけど、長女は風呂の後の食事を希望している。
確かに観光の楽しみと言えば、食事だ。
「火竜は相性が悪いから嫌よ。フラワードラゴンの方が甘くてジューシーよ」
「甘い肉が食べたいなら、爆裂茸と一緒に食べればいいだろ。花竜を探すのが面倒くさい」
「美しさは強さと同じよ! 妥協したら、醜く弱くなるのよ!」
確かに食事は大切だ。野菜ばかり食べるよりは、肉を食べた方が筋肉は成長する。
だけど、今重要なのは俺達が町に直行できるかだ。
早くどうするのか決めてほしい。
「今のままでも、お前は可愛いって。大して変わらないって」
「身内の可愛いは信用できないわ。私の心は既婚者にズタズタに弄ばれたのよ!」
「くだらない喧嘩はよせ。船で花竜を探せばいいだけだ。さっさと連れていけ」
「えっ?」
勝手に好きになって、勝手に傷ついているだけだ。俺には一切責任はない。
そのはずなんだけど、長男が俺に観光の続きを要求してきた。
「えっ……じゃない。観光に連れていくと言ったのはお前だ。最後まで責任を持って」
「お兄ちゃん、余計な事しないで! 今は一緒にいたくないの! 一人になりたいの!」
「すまない。お前の気持ちを考えてなかった」
「おい、聞こえなかったのか? 今すぐに消えろ! 二度と俺達の妹の前に現れるな!」
「……」
長女が泣き叫び、次男が激怒している。何度も言うが遊んでいない。
服を買わせる為に「可愛いですよ。似合いますね。男だったら絶対に彼女にしたいですよ」……
みたいな言葉を言っただけだ。
店内での店員の言葉を信用したら駄目だ。
奴らは店内限定で、嘘を平気な顔で吐けるように特別な訓練を受けている。
俺もその一人に過ぎない。そこに特別な感情は含まれていない。
♢
精霊の書をグレッグに渡して、ウッドエルフ三兄妹とは分かれた。
精霊の書がないと、また人魚と戦わないといけないらしい。
三兄妹を扉の外に送り届けたら、グレッグには扉の中に戻ってもらう。
「隊長、酷いです。女の敵です」
「確かに思わせぶりな態度を取った俺も悪かった。次は気をつける」
「次はないです。もう終わりです」
町の場所が分からないので、適当に小船で上空を移動して探し回る。
後ろの乗客がうるさいが、お前が女の気持ちを理解するのは十年早い。
それに思わせぶりな女には、俺も酷い目に遭った事がある。
「あっ! 隊長、見つけましたよ。森の中にあります」
「今度は森の中か……逆に毒が多そうだな」
メルが指差す方向に飛んでいくと、鋭く高い樹木に囲まれた町が見えてきた。
丸い甲羅型の青い屋根に、白い壁の建物が複数建っている。
一階の町よりは少しだけ小さいようだ。住民に見つかる前に森の中に降りた。
森の地面は苔に埋め尽くされていて、普通に木の幹に毒キノコが生えている。
モンスター探知にも反応があるそうだ。住民以外にも気をつけないといけない。
「ここからは敵地だ。正体がバレると殺されるからな」
「じゃあ、隊長だけでお願いします」
気を引き締めるつもりで言ったのに、腰抜けは行くつもりがないようだ。
速攻で断ってきた。ロングローブで顔を隠した一人旅は怪しさしか感じない。
若い男女の二人旅の方が訳ありを演出できる。
「お前も来い。一人よりも二人の方が怪しまれない」
「二人なら私じゃなくてもいいじゃないですか」
「女の方が油断してくれるんだよ。町の美味しいものを食べさせてやる。だから、付いて来い」
「えぇー、お腹一杯だからいいです」
一応は説得したが無駄だった。強制連行するしかない。
岩塊でメルの全身を拘束して、町の近くまで運んでいこう。
「嫌なら仕方ないな。ちょっと痛い思いをしてもらうぞ」
「な、何するつもりですか⁉︎ 人を呼びますよ!」
「クックク、助けは来ない。来るのは敵だけだ」
両手を伸ばして、怯えるメルに接近していく。この森にいるのは俺とお前だけだ。
それ以外は凶悪な原住民しかいない。助けを求めても、暴れても、そいつらを呼ぶだけだ。
無駄な抵抗をして、襲う人数を増やしたくないだろう。
「捕まえた!」
「はぅっ! 人攫いです!」
逃げ足に自信があるみたいだが、逃すつもりはない。
背中を見せて走り出そうとしたメルの腰に、両腕を巻き付けて捕まえた。
このまま町まで連行します。
「町中では大人しくしろよ。目立つと調べられるからな」
「苦しいです。逃げないから離してください」
「駄目だ。お前にはもう前科がある。二度目はない」
ヘッドロック中のメルが嘘を言うが、さっき逃げたからもう遅い。
このまま町の中まで連れて行くに決まっている。
♢
「少しだけ雰囲気が違うな」
誰にも止められずに町の中に入れた。
住民に勇気を出して、冒険者専用の宿屋を聞いたら普通に教えてくれた。
雰囲気というよりも、人間と魔人との対応の差だろう。
「はむっ、はむっ……このキノコ美味しいです」
「道キノコの食べ過ぎだ。病気になっても知らないぞ」
うるさいから木の幹に生えていた、黒色の太いキノコを口に詰め込んだ。
舌がピリピリして美味しいそうだ。それは毒で舌が痺れているだけだ。
舌の色が真っ黒に変色している。
看板が付いてある建物は自由に入っていいらしいけど、かなり少ない。
換金所は魔石を咥えた犬で、宿屋は冒険者カードに突き刺した剣らしい。
下手に町中を歩くよりは、宿屋で情報収集した方が安全そうだ。
「全然人がいないですね。家の中で仕事しているんですか?」
「そういえば仕事しているところを見た事ないな。恐喝が仕事なんじゃないのか?」
町は綺麗だが、外にはほとんど誰もいない。
建物の濃茶の長方形の扉も、しっかり閉じられている。
物音も話し声も聞こえてこない。拷問でもしているんだろう。
「ここみたいだな」
触らぬ神に祟りなしだ。住民達の秘密の仕事は知らない方がいい。
宿屋の看板を見つけたので、扉を叩かずに、扉を開けて中に入った。
「わぁー! 凄く広いです!」
「魔法が使われているみたいだな。監視されているかもしれない。ローブは脱ぐなよ」
「はぁーい」
二階建ての外観と室内は、明らかに三倍以上は広さが違う。
部屋数も多そうだから、二百~三百人ぐらいは泊まれそうだ。
出来れば個室が良いけど、寝る必要はないから、玄関ホールでもいいだろう。
「隊長、これ何ですか?」
「クエスト依頼書? 聞いた事がないな」
メルが宿屋の木壁を指差して聞いてきた。大量の張り紙が張られている。
見た事ないものだが、依頼書に指示された事をすると、ポイントが貰えるみたいだ。
簡単なモンスター退治から、ダンジョンの素材集めや調査などもある。
「なるほど。ポイントと交換に武具や魔導具が貰えるのか」
俺は説明書も契約書も、裏も表も確認するタイプだ。
クエストで貰えるポイントは、最低で80、最大で250だ。
一万ポイント貯めると、Aランクの武器や次の階層の移動チケットが貰えるらしい。
冒険者達が欲しいのは、門番と戦わずに済む移動チケットだろう。
「あっ、これ欲しいです。パパ、買って買って!」
「調理鍋? こんなの要らないだろう」
「魔石と素材を入れると、料理が完成するんですよ! 欲しいです!」
俺を困らせたいようだ。随分と前にやった宿屋の親娘ごっこを始めた。
腕に纏わりついて、ゴミ魔導具を欲しがっている。
調理鍋は二千六百ポイントで、調理時間は十五分もかかるらしい。
もう大きいんだから、パパに頼らずに、ゴミは自分の力で手に入れなさい。