第164話 畑の暗殺者
大根で殴られるのは我慢できるが、液体塗れの短剣で刺されるのは無理だ。
大根で体勢を崩すと、すぐに左手の短剣で俺の首を狙ってきた。
「シュッ!」
「ぐぅっ!」
短剣が突き刺さる前に、後ろに跳んで回避した。
大根泥棒か、大根を粗末にした罰に死刑はやり過ぎだ。
それに犯人は別にいる。
俺は大根ゴーレムを倒していない。大根も粗末にしていない。
俺の両手は大根のように真っ白だ。
「ちょっと待って! 話をしよう!」
「シュッ、フゥッ!」
「やめろって言ってるだろ!」
両手を上げて、全身を茶色い服で隠している茶布人間に話しかける。
右手の大根を投げつけると、左右に持った短剣で切り掛かってきた。
素早い動きで短剣を突き出し、振り回してくる。
識別眼を使っているのに何も見えない。
メルのモンスター探知でも、周囲にモンスターの反応はなかった。
正体不明の相手だが、人間、魔人、モンスターのどれかだ。
人間と魔人の場合は殺してしまうと恨まれる。
特に町の住民だと、もう終わりだ。
反撃してもいいが、絶対に生け捕りしかない。
「攻撃をやめろ! やめないと攻撃する! 本気だからな!」
「フゥッ!」
「チッ!」
最終警告を完全無視して、茶布は攻撃をやめようとしない。
そっちがそのつもりなら、多少は痛い思いをしてもらう。
後ろに何度も跳んで距離を取ると、両手から弾丸を発射した。
「なっ⁉︎ 人間か?」
だけど、うつ伏せに倒れて弾丸を避けると、うつ伏せのままで畑を滑るように走ってきた。
人間にあんな動きは出来ない。痺れ蛇、沼ワニ、砂ザメの魔人の可能性が高い。
でも、知っている魔人は鳥も蜘蛛も会話が出来る。
喋らないなら、モンスターの可能性の方が高そうだ。
「隊長ぉー! 隊長ぉー! 助けてください!」
「今はそれどころ……お前もか⁉︎」
助けを求めるメルの声が聞こえた。
助けて欲しいのはこっちだが、茶布の攻撃を躱しながら、チラッと確認した。
メルが茶布三人に襲われている。しかも、こっちに向かってきている。
デタラメに火炎放射を撒き散らして、茶布が近づけないように牽制している。
こっちもピンチだが、あっちは大ピンチだ。
「くっ、次から次へと……!」
問題児を叱るのは後でも出来る。大至急、メルを救出するしかない。
両足に岩板を作って、こっちも畑を滑るように飛んでいく。
メルを掴んで上空に逃げるしかない。羽がないなら追いかけて来れない。
「メル、掴まれ!」
「えいっ!」
「おふっ⁉︎」
左手を伸ばしていたのに、気づかなかったようだ。
俺の胸に向かって、メルが思いっきり体当たりしてきた。
それでも投げ飛ばすのは我慢して、メルを回収した。
別の場所で大根の刑にしてやる。
♢
「おい、あれはモンスターか?」
広げた岩板にメルを降ろすと聞いてみた。
予想通り、上空まで追いかけて来れないようだ。
茶布四人が集まって上を見上げている。
「何も反応ないです。人間じゃないんですか?」
「モンスターでも魔人でもないのか……」
だとしたら、考えられるのは人間しかいない。
茶布にグレッグを殺させれば、茶布を一人殺しても問題なくなる。
俺の仲間を殺したんだから、あっちも仲間を殺されても文句は言えないはずだ。
だけど、グレッグは畑風呂の見張りに残しておいた。
キイの服や下着を盗む変態はいないと思うが、世界は広い。
入浴中のキイを覗く変態もいるかもしれない。
「仕方ない。一人生け捕りにして、身包み剥がしてやるか」
「いいんですか? 人間だったら怒られますよ」
「女なら『やめてぇー!』とか叫ぶだろう。襲われたんだから、襲ってもいいんだよ」
「何だか、いやらしいです」
俺だけじゃなくて、女のメルも襲ったから、あれは間違いなく野盗と同じだ。
もしかすると外の冒険者達が、町の住民を襲っているのかもしれない。
町の住民は偉そうだから、十分に考えられる犯行動機だ。
少し離れた地面に降りると、茶布達が横一列に並んでやって来た。
連携が取れているから、間違いなく知能がある。武器は全員が短剣の二刀流だ。
モンスターの可能性が高いが、正体が分からないなら迂闊に攻撃しない方がいい。
「あんまり離れるなよ。守りきれない」
「大丈夫です。私の方が逃げ足は速いです」
四対二だが、こちらには遠距離攻撃がある。
メルの火炎放射で近づけない状態にして、俺が周囲に岩壁を作っていく。
あとは岩壁を操り、茶布を挟んで、岩壁同士をくっ付ければ捕獲完了だ。
「俺を置いて逃げようとするな」
「あぅっ! 最近、叩き過ぎです!」
「叩きやすい高さにお馬鹿な頭があるから仕方ない」
「むぅー!」
戦争では逃亡兵は死刑だ。頭を軽く叩かれるだけの罰では許してもらえない。
作戦開始だ。逃げ癖が付いているメルを叱ると、両手を接近する茶布に向けさせた。
まずは茶布三人の正面に、地面から三本の石柱を斜めに飛び出させた。
三人とも軽やかに身体を回転させて避けた。そう簡単には分断させてくれないようだ。
一人を生け捕りにすればいいから、他の三人は邪魔だ。
一人捕まえて小船で上空に逃げれば、全員を捕獲する必要はない。
「焼き殺すつもりで遠慮なくやれ」
「分かってますよ!」
防御をメルに任せて、茶布達を動き回る岩壁で包囲していく。
思った以上に素早くて、器用に岩壁を躱して飛び越えている。
生け捕りという考え方が甘いようだ。
「『岩海:レッグトラップ』——」
少し痛い捕獲方法に変更してやる。俺が進化したように、技も進化する。
岩棘や岩壁を突き出すだけの、ジェノサイドトラップの時代は終わった。
俺を中心に半径二十五メートルの畑を岩の地面に変えていく。
俺の領域に足を踏み入れた者は、生きては帰れない。
だが、安心しろ。今回は特別に生かしておいてやる。
「フゥ……⁉︎」
水のような岩を踏みつけて、茶布達が向かってくるが、急に立ち止まった。
足首まで岩海に沈んでいる四人の両足には、岩が蔓のように巻き付いている。
蔓は胴体まで伸びていき、そのまま茶布達を地面の中に引き摺り込んだ。
底有り岩だ。獲物の周囲の岩を操るだけだから、素早く操る事が出来る。
茶布四人は落とし穴に変わった地中の中で、永遠に拘束され続けられる。
「ふぅー、助かりました」
「まだ助かってない。拘束を続けないと脱出される」
「えぇー!」
茶布達が地面に消えて、メルは安心しているが、こんな子供騙しが効くわけない。
魔法使いならば、魔法破棄で岩ぐらい壊して地面から脱出できる。
「おかしいな? 全然出てこない」
でも、二十秒経過したけど、何も起こらない。
押し潰すつもりで拘束したけど、流石に潰していない。
「死んだんじゃないですか? 黙っていればバレないですよ」
「行方不明になれば、バレる。死んだフリでもしているのか?」
本当に死んでいるなら、隠さずにゾンビにするに決まっている。
岩海の地面を固めて、茶布を拘束した四角い石柱を、地中から半分だけ押し出した。
「多分、モンスターだろうな」
近づきながら、頭だけ見えるように石柱を壊していく。
魔法使いならば、絶対に石柱を壊して脱出している。
それが出来ないなら、モンスターの可能性しかない。
「噛み付くなよ」
「……」
身体を拘束されて茶布は大人しくなっている。話しかけても返事は返ってこない。
頭に手を乗せて、直接調べさせてもらった。
【名前:カカシン 種族:植物系 体長175センチ】——探知不能の畑の暗殺者。畑に埋まって、近づいた獲物を二本の毒短剣で攻撃する。
生け捕りするに必要はまったくなかった。
メルに頼んで、危険な案山子を燃やしてもらう。
最後の一体は焼き殺す前に、フードを取って、二人で顔を見た。
ただの服を着た藁人形だった。
「探知不能とか厄介だな。他にもいるのか?」
「探知不能だから分からないです」
「そうだったな。この布が原因か?」
メルに聞いたわけじゃないが、その通りだ。
気をつけようにも、カカシンはどこに潜んでいるのか分からない。
倒したカカシンからは、茶色い布を手に入れた。この布も識別眼が通用しない。
この布をたくさん集めれば、探知不能の服を作れるんじゃないだろうか?