第162話 毒の国
砂漠から換金所に移動した。
ジジイ達を探したくても、町には入れない。
換金所の店番に頼んで、迷子のジジイを探してもらおう。
「すみません。入ります」
扉を叩いて換金所に入ると、カウンターには茶髪のステイの兄貴がいた。
今日は当たりの日だ。青髪のザックス以外は全員当たりだ。
「来たか、お前の連れから伝言を頼まれている。三日後の昼に迎えに来て欲しいそうだ」
「あっ、そうですか。分かりました……」
ステイが俺達の顔を見ると、すぐに言ってきた。ジジイ達は町観光に夢中のようだ。
こんな小さな町のどこに見る価値があるのか知らないが、そういうつもりなら仕方ない。
こっちも好きにやらせてもらう。
「すみません。呪解師さんに頼んだ、私の薬はまだ出来ないんですか?」
「こら、メル。帰るぞ」
帰ろうとすると、メルが聞いてしまった。薬の話は二度とするなと言っている。
コイツら偽金作りの詐欺師だから、期待するだけ無駄だ。
「完成したら、ここに届く。まだ届いてないから、完成していないという事だ」
「そうですか……」
ほら、永遠に出来ないんだから行くぞ。
残念がっているメルを連れて帰ろうとした。
だけど、兄貴に呼び止められた。
「ちょっと待て。その肩掛けマントはどこで手に入れた? 売ったとは聞いてない」
「盗んでませんよ。さっき祭壇で手に入れたんです」
泥棒扱いされて、メルが正直に答えてしまった。
魔人は祭壇使用禁止とか聞いてないから、今回だけは見逃してほしい。
「そうか……思ったよりは強いようだが、次はやめた方がいい。次は木の精霊が支配する毒の世界だ。定期的に毒抜き注射器を使わないと死んでしまう」
「毒なら平気です! 問題ないです!」
「フッ。確かにお前達には毒は効かないな。行きたいなら止めはしない。死なないように気をつけろ」
自信満々に毒は効かないと、メルが応えると笑われた。確かに余計なお世話だった。
魔人も祭壇を使っていいようだから、遠慮なく使わせてもらおう。
「さてと、どうしようか……」
換金所を出ると、毒の国に行くか考えてみた。
兄貴に聞いたら、『セカンド』という町があるそうだ。
当然、魔人はお断りだから、近づくだけで攻撃されてしまう。
ゾンビなら毒は効かないから、毒の国は自由に探索できる。
戦闘経験の少ないティルは教会に置いて、他の戦力を集めるとしよう。
魔人村の住民も毒が効かないのが多い。
♢
魔人村……
「俺の家に入ったのは誰だぁー‼︎」
「何も盗まれた物が無いならいいだろう」
「空気が汚れるんだよ! 汚い菌が中に入るんだよ!」
祭壇で手に入れた物を自宅に置きに来た。
毒鉄蜘蛛が騒いで、オークが話を聞いている。
普段は無口なクモさんが、今日は元気みたいだ。
部屋に荷物を置いたら、話があるから犯人探しも手伝ってやろう。
取っ手も鍵穴も無い四角い扉に手を触れて、大きな岩塊を操って外に引き出した。
俺も家の中には誰も入れたくないタイプだ。
「面倒だから冷凍庫でいいな」
帰ってきた後にまた素材が増えそうだ。
小船の岩箱を操って、氷剣を突き刺しただけの大型冷凍庫に、食べ物と道具を入れていく。
毒抜き注射器はすぐに使うから、これだけは取り出しておいた。
収納鞄に着替えの服を三着入れて、食糧用の魔石も入れた。
これで魔剣を使って血塗れになっても、服には困らない。
次は注射器で毒抜き出来るか試してみる。
矢毒ガエルの毒皮と魔石を用意した。
まずは魔石を毒肉に変えて、注射器の針を突き刺した。
注射器は筒の中に、上下に移動させられる筒がもう一つ入っている。
筒を上下に動かす事で、毒を吸引したり、注入したり出来る。
筒を上に引っ張って、透明な筒の中に紫色の液体を溜めていく。
代わりに黒い肉の色が、鮮やかな赤色に変わり始めた。
毒が吸い出されているようだ。
【矢毒ガエルの毒無し肉】——食べても毒にならない。
どうやら、成功のようだ。
ついでに吸い出した毒を、他の物に注入できるか試してみた。
水リスの肉に毒液を注入すると、水リスの毒有り肉に変化した。
毒有り肉の毒も吸引できるから、毒有り毒無しは自由に変更可能だ。
「あとは毒の処分が問題だな」
毒皮の方は毒を抜いても、皮の色は変わらなかった。
吸い出した毒は、岩瓶に保管すれば問題ないだろう。
俺の家には誰も入らない。
出発の準備を終わらせると、家から出た。
毒鉄蜘蛛は騒ぐのをやめて、家の奥に引っ込んだようだ。静かになっている。
もう少し落ち着いてから、お花畑観光に誘ってみるか。
「スイさん、アイさん、キイさん、こんにちは。ちょっとお願いがあるんですけどいいですか?」
水色の長男スイ、赤色の次男アイ、黄色の長女キイのウッドエルフ三兄妹に挨拶した。
売れ残りの服を買ってくれる村一番の常連だ。
ちなみに三兄妹に血の繋がりはない。赤の他人だ。
「ドクタの家に入ったのは、お前だろう? この村に他人の家に無断で入る奴は、お前しかいない」
「やめてよ、お兄ちゃん。証拠もないのに疑うなんて酷いよ」
早速、長男が犯人呼ばわりしてきた。
長女が俺を庇ってくれているけど、長男が正しいぞ。
「何だ、お前? コイツの事が好きなのか?」
「ちょっ、ちょっとやめてよ⁉︎ こんな奴、好きでも何でもないんだからねぇ!」
「おいおい、顔が真っ赤だぞ。燃えないように気をつけろよ」
「もぉー、やめてよぉ!」
次男に揶揄われて、長女が恥ずかしがっている。
器用に黄色い蔓で、女らしい長い髪や胸の膨らみまで作っている。
兄妹仲良くて羨ましいが、服着た色付きマネキン達の芝居を見るつもりはない。
「これから毒の国に行くんですけど、一緒に行きませんか? 花畑が綺麗なんですよ」
「おいおい、デートに誘われているぞ。どうするんだ、キイ?」
「えぇー、お花とか興味ないけど……どうしてって言うなら別にいいわよ?」
素直になれないお年頃なのか、指に蔓髪を巻き付けながら、キイは行くと答えている。
悪いけど、デートじゃないからお兄さん達にも来てもらう。
妹が危険な目に遭わないか心配だろう。
♢
メル、グレッグ、ウッドエルフ三兄妹と一緒に毒の国にやって来た。
毒鉄蜘蛛のドクタは、船に乗せるのが面倒だから置いてきた。
多分、誘っても来ない。
「わぁー、綺麗なお花畑! 凄ぉーい!」
本当のお花好きは花を踏みつけない。
キイは花畑を走り回って、お花達を踏み殺している。
ピンクと白色の六枚の花弁を持つ、八センチ程の花が一面に咲き誇っている。
毒の国という物騒な名前と違って、青空と清々しい空気が満ちている。
だけど、危険なモンスターはいる。
花畑の海を泳ぐように赤、白、青、黄色の動く花がやって来た。
ツボミの形の大きな頭、緑色の葉っぱの両手、黄色い胴体は角笛のような形をしている。
頑張って見れば、変わった鳥のようにも見えそうだ。
【名前:フラワードッグ 種族:植物系 体長90センチ】——鋭い牙が生えた二枚花の頭部を持つ。
「ヘッ、俺の出番だな。焼き殺してやるよ」
「モンスターがいっぱいです。焼き払います」
アイが弓矢を出すと、拡散する炎の矢を発射して、花犬の頭を貫いていく。
メルは両手から黒炎の柱を噴き出して、近づいてくる花犬を焼き殺していく。
俺の出番はまだまだ先のようだ。
四十匹以上の花犬が倒されると、お花畑の一部が焼け野原に変わってしまった。
メルの黒火炎放射は威力だけ高くて、美しくない。無駄が多すぎる。
もっと範囲を絞らないと、魔力の垂れ流しと同じだ。
「接近戦なら、炎の短剣を作ればいいんじゃないのか? そっちの方が素早さを活かせるだろう」
「えぇー、嫌です。やりたいなら、隊長がやればいいじゃないですか」
「俺はいいんだよ、強いんだから。短剣を突き刺して、内部から一気に焼くんだ。簡単だろう?」
落ちている赤い魔石と、角笛のような茎を集めて小船に入れていく。
効率的な戦闘方法をメルに教えているのに、ちょっと強くなって聞く耳持たない。
調子に乗っていると大怪我するが、それを言うと、怪我する所には行きたくないと言われてしまう。
「そんなのいいから、この魔石戻してください。きっと美味しい果物が出ます」
「はぁ……」
最近はすっかり反抗期だ。赤い魔石を受け取ると、復元を使ってやった。
魔石は緑色の大きな『イヌイチゴ』に変わった。
ほら、間違えている。イチゴは果物じゃない。野菜だぞ。