第161話 料理祭壇
「糸が必要なのか……」
精霊の書に『糸』と書かれている。
普通の糸なら簡単に手に入るが、丈夫な糸も簡単に手に入る。
自宅から出ると、魔人村の住民の家にお邪魔する事にした。
人口十一人の魔人村には毒鉄蜘蛛が住んでいる。
性別はオスで、性格は無口で疑り深く、暗い洞穴の中に住んでいる。
掃除と言って、張り巡らされた鉄糸を回収させてもらおう。
「お邪魔します……入りますよ?」
岩壁の大きな洞穴に向かって声をかけるが、返事は返ってこない。
誰もいないようなので、勝手に採取させてもらう。
岩棒を作って、入り口付近の鉄糸を巻き取って回収していく。
あとで人口魔石を使って、グラム単位で綺麗に分けておこう。
「木材はティルが作れたな。解毒草も作れるんじゃないのか?」
近くの森まで取りに行くのは面倒だ。
ここで手に入るのは全部手に入れたい。
枝ならウッドエルフ三兄妹がいるから手に入る。
住民にデスクロウがいるから、そいつの羽なら手に入る。
でも、指定された太刀鳥の羽じゃないから必要ない。
糸と木材ぐらいしか手に入りそうにない。
「チッ。使えない住民が多いな。やっぱり取りに行くしかないか」
鉄糸が巻き付いて、丸々と太った棒を三本手に入れると、綺麗になった洞穴を出た。
次は木材と解毒草を手に入れないといけない。
採取した薬草や解毒草が村で栽培できるか試してみるか。
また必要になった時に探すのは面倒だ。
♢
一人で素材回収を終わらせると、小船で砂漠の扉を目指した。
ジジイ達のお迎えは、死神にでも任せておけばいい。
「本当に大丈夫なんですか?」
「昨日と同じ人魚なら、お前が森を燃やせば倒せる。さっさと行くぞ」
「はぁーい」
メルと相性が悪いから、ティルは教会で降ろして、子供達の世話を任せた。
今日は二人で精霊の書に書かれている、『?』を手に入れるつもりだ。
戦闘がないなら、すぐに終わる単純作業だ。
役立たずメルでも、役に立ってくれる。
砂漠の扉の前に到着すると、荷物を乗せた小船と一緒に扉に近づいていく。
水が流れ落ちる扉の水が消えて、扉の向こう側が見えた。
「んっ?」
昨日と同じ場所のようだが、水が無くなっている。
その代わりに金属質な長方形の祭壇が置かれてある。
赤毛大猿が言っていた事は本当だったようだ。
扉を通ると、念の為に立ち上がって、緋色の剣を抜いて構えた。
人魚以外が襲ってくる可能性もある。
小船を祭壇に向かって進ませながら、周囲を警戒する。
燃えたはずの森が綺麗に復活している。粉砕した地面も綺麗に直っている。
そっくりなだけの別の場所と考えた方がよさそうだ。
「モンスターはいるか?」
「隊長だけです。他はいないです」
「よし、素材を祭壇に置いていくぞ」
メルのモンスター探知で確認させたが、やはりモンスターはいないようだ。
これで安心して作業を進められる。
本に書かれていた素材は、移動中にメルに岩箱別に分けさせた。
あとは箱から出して置くだけだ。仕事が出来る男の当然の嗜みだ。
試しに太刀鳥と爆裂茸の魔石を、鈍い鉛色の祭壇に置いてみた。
すぐに魔石同士が勝手に動いてくっ付いて、弱い光を放ちながら形を変え始めた。
【太刀鳥と爆裂茸の茶碗蒸し】——卵、鳥肉、キノコが使われた蒸し料理。熱いうちに召し上がれ。
「何だ、これは?」
祭壇の上に、白い卵の殻で作られた円柱の器が現れた。
器の中には、柔らかそうな薄い黄色い塊が入っている。
薄っすらと湯気が立ち上り、スープのような匂いを出している。
「美味しそうな匂いですね。食べ物ですか?」
「そうみたいだな。食べていいぞ」
「わぁーい!」
メルが興味があるみたいだから、黒岩の小さいスプーンを作って渡してやった。
お菓子のプリンのように柔らかい塊を、スプーンですくって、警戒せずに口の中に入れた。
毒味は必要ないが、味見は必要だ。これで分かる。
「わぁー、美味しいです! 溶けるスープみたいな味です!」
「本当か?」
「本当ですよぉー! 隊長も一口食べてください。あーん」
メルの子供舌で美味しいが判断できるとは思えない。
疑って聞くと、すぐにスプーンで塊をすくって差し出してきた。
仕方ないから食べると、確かに濃厚なスープの味がした。
「はむっ……確かに美味しいな」
「だから言ったじゃないですか。料理が作れる料理祭壇みたいですね。美味しい料理が食べ放題です!」
「魔石が必要だから、食べ放題じゃないだろう」
料理に興味はないが、この味ならば売れそうだ。
問題は二つの魔石の買取り価格だけで三千ギルもする。
魔石の捕獲に料理の手間賃と運送料を考えると……四千ギルぐらいで売りたい。
でも、そんな高い料理を一般人は食べたいとは思わない。
金持ち相手に売るしかないが、偽金で大金を持っているから、そこまで金も欲しくない。
どちらかというと武器が欲しかった。
「作ったら、『?』はどうなるんだ?」
少し気になったので、精霊の書を開いて、さっき作った物を調べてみた。
【太刀鳥の魔石+爆裂茸の魔石=太刀鳥と爆裂茸の茶碗蒸し】と?の部分が変わっていた。
作った物は?が分かるようになるみたいだ。これなら作り忘れている物が分かる。
「次は何が食べられるんですか?」
「この本は料理のメニュー表じゃないからな」
「分かっています。早く作りましょう!」
茶碗蒸しを食べ終わった、食いしん坊メルが聞いてきた。
絶対に分かっていないが、とりあえず作る為に素材は持ってきた。
精霊の書の?を無くしてやろう。
【ブラッドカウの魔石+爆裂茸の甘粒=ブラッドカウの角煮】
【矢毒ガエルの魔石+解毒草=矢毒ガエルの唐揚げ】
【レッドクローの魔石+太刀鳥の魔石+爆裂茸の魔石=川空森の天ぷら】
祭壇に次々に魔石と魔石、魔石と素材を置いていく。
現れた料理をひっくり返した岩箱の上に置いていく。
それをメルがフォークで食べていく。
「うぅぅ、もう食べきれないです!」
「誰も残さず食べろと言ってないぞ」
流石のメルも降参のようだ。
魔石を使うと、ほぼ確実に料理が作られるみたいだ。
モンスターの素材同士を合わせた方が、俺が欲しい物が現れそうだ。
♢
「……微妙だな」
食べ物ではなかったが、期待以上の物はなかった。
【太刀鳥の太刀羽+水リスの水結晶+ホワイトウルフの銀尾=アクアソード】
【ホワイトウルフの銀尾+矢毒ガエルの毒皮+綺麗な木材+太刀鳥の鉄骨=毒抜き注射器】
【水リスの水結晶+丈夫な木材=アクアロッド】
【水リスの水結晶+水リスの水結晶=水眼鏡】
アクアソードは青い金属の刀身に、両刃の水の刃を持つ剣だ。
毒抜き注射器は針を刺したものから、毒を吸い取る事が出来る。
アクアロッドは青い宝石が入った小さな杖で、杖の先端から水を出せる。
水眼鏡は目薬で、目に差すと水中でもハッキリ見えるようになる。
「この注射器と目薬は換金所の棚で見たな」
注射器は五十万ギル、目薬は十五万ギルで売られていた。
買うか悩んでいたけど、買わなくて良かった。
注射器を使えば、矢毒ガエルの皮や肉を無毒化できそうだった。
タダで入手した物を高値で売るなんて、正気じゃない。
「隊長、次はどうするんですか? 花畑に行くんですか?」
「そうだな……」
小船に祭壇から入手した物を積み込み終わって、メルが聞いてきた。
祭壇を使えば、凄い武器が手に入りそうな予感がするが、予感は外れるものだ。
Bランクの青い宝箱でそれは知っている。ジジイ達にはまだ利用価値がある。
「迎えに行った方が良いだろうな。役立つ情報を手に入れているかもしれない」
「分かりました。それと、このマント貰っていいですか?」
次の目的地を教えると、メルが水色の肩掛けマントを欲しいと言ってきた。
同じ物も作れるみたいだから、別に問題ない。
「別にいいけど、水中での水抵抗が減るだけだぞ。水攻撃に無敵になるわけじゃないからな」
「そのぐらい分かってます。念の為です」
「念の為ね……欲しいなら他の物もいいぞ。使う時はまた作るから」
「うーん、他はいいです」
「まあ、だろうな」
念の為がよく分からないが、ガラクタが多いのは俺も分かる。
ジジイを迎えに行った後は、注射器で毒皮の毒抜きが出来るか試してみよう。
俺も作った物でやる事は、それぐらいしかない。