第160話 精霊の書
燃える木に剣を突き刺して、新しい紫氷を作っていく。
紫氷を操り、水面の水を凍らせて、凍りついた水を紫炎に変えていく。
最後に樹木を一気に燃やして、紫氷を作れば完成だ。
「ごほぉ、ごほぉ……面倒くさい」
喉に違和感を感じて咳き込むと、赤い血が飛び出してきた。
身体が早く倒せと言っているようだ。
俺の身体に呪いは効かない。
少しチクチクして、身体中から出血する程度だ。
剣を振り上げ、周囲を埋め尽くす紫氷の塊と一緒に宙に飛んだ。
「本気を出すなら早くした方がいい。無数の水も無限の氷の前に意味はない」
「ラーッ‼︎ ラララーッッ‼︎」
同じ高さまで上がると、人魚に教えてあげた。
すぐに人魚が三叉槍を振り回して、水蔓の矛先を数百本と飛ばしてきた。
その全てが巨大な紫氷の盾に防がれ、氷に変えられていく。
「ラァ、ラァ……!」
最後の切り札はないようだ。
人魚が疲れたのか、三叉槍を振り回すのをやめた。
「終わりのようだな。安心しろ、女をいたぶる趣味はない。大人しくしていれば瞬殺してやる」
人魚と同じように剣を振り回して、紫氷の塊を蛇の形に変えて飛ばした。
蛇の数は三十匹ぐらいだが、太さは百二十センチ、全長は八メートルもある。
十分に人魚を丸飲みにして、氷漬けに出来る大きさだ。
「フゥッー‼︎ ラァーッ‼︎」
「ごほぉ、ごほぉ……無駄な抵抗を……」
俺の優しさを無視して、ブチ切れた人魚が泉に急降下して飛び込んだ。
水中戦を希望しているようだが、そのつもりはない。
水を操れる人魚にとって、水は武器だ。
俺にとっては、火の海に飛び込むのと一緒だ。
「グレッグ。死にたくないなら、上に避難しろ」
「ゔゔっ!」
泉の上から邪魔なゾンビ剣士を避難させた。
死にかたぐらいは好きに選ばせてやる。
水位が上昇して、泉の深さは四メートルはある。
その泉に全ての紫氷を叩き込んだ。
「ガハァ‼︎」
泉の水が水飛沫を上げて、白い氷に変わっていく。
俺の口からも血飛沫が宙に飛び散った。
「あとで回復水を飲まないとな」
身体中から血の汗が出ているけど、まだ終わっていない。
凍りついた泉に向かって急降下すると、剣を突き刺した。
全ての氷が一瞬で紫色の炎に変わった。
「ヴヴヴヴッッー‼︎」
「……ッ!」
炎の海の中から、人魚の汚い絶叫が上がった。歌声と違って、こっちは汚いようだ。
お前も熱いだろうが、俺も身体が触れているから熱い。急いで炎の泉から上空に逃げた。
「アヴッー‼︎ ラガァッー‼︎」
「このままだと素材まで燃えそうだな」
燃える人魚の心配はしていないが、戦利品の心配はしている。
紫炎を竜巻のように操り、人魚を渦の中に閉じ込めた。
そして、竜巻を持ち上げて、上空から枯れ果てた泉の底に叩きつけた。
「ギャ……‼︎」
「もう一発だ」
人魚の髪は燃え尽き、白い肌は黒く焦げている。ほとんど死にかけだが、まだ死んでいない。
紫炎をもう一度上空に持ち上げて、今度は紫氷に変えて、泉の底に力尽きている人魚に叩きつけた。
泉の底が粉砕され、巨大な紫色の氷の柱がバラバラにへし折れた。
「ガハァ‼︎ ふぅー、もういいな」
これ以上は俺の身体が持ちそうにない。
剣を鞘に戻して、バラバラになった紫氷を消し去った。
水壁の水が止まっているから倒したみたいだ。
泉の底に降りて、人魚が倒れた場所を探してみた。
すぐに水色に輝く鱗、銀色の魔石、薄い水色の本を見つけた。
「駄目だな。全然自己再生が追いついてない。この呪われた剣も解いてもらうか?」
人魚を無傷で倒したのに、全身血塗れだ。紫炎剣を使うと身体の調子が少し悪くなる。
呪解師に頼んで呪いを解除してもらいたいけど、威力が落ちそうな気がする。
前に呪われた剣を換金所で頼んだら、三十万ギルと交換に、銀色の綺麗な剣が返ってきた。
威力はCランク相当と……悪くはないが、良くもなかった。
【ブラッドカウの魔石+爆裂茸の甘粒=?】
【太刀鳥の魔石+爆裂茸の魔石=?】
【矢毒ガエルの魔石+解毒草=?】
「神様、大丈夫ですか! 血だらけじゃないですか⁉︎」
「……」
パラパラと本を捲っていると、役立たず二人が壁の上から降りてきた。
誰の所為だと言ってやりたいが、メルと赤毛大猿を連れてきても結果は一緒だった。
俺並みの強さの護衛がもう一人欲しい。
「人魚の返り血だ。村に帰るぞ」
水壁が消えて二つの出口が現れた。
片方には砂漠が見えて、もう片方には花畑が見える。
流石にまだ帰ってはいないだろう。
♢
「んっ? ガッハハハ、逃げ帰ってきたのか! だから言っただろう!」
「隊長、大丈夫ですか? 凄い血ですよ」
扉から砂漠に出ると、赤猿が指を指して大笑いしてきた。
メルの方は心配しているが、人魚の攻撃は一撃も当たってない。
「心配する必要はない。人魚の返り血だ」
「噓吐くなよ。どう見ても、テメェーの血だろ」
「誰の血でもいいだろう。メル、水をかけろ」
血がベタベタ気持ち悪い。水の指輪を嵌めているメルに頼んだ。
泉の水は消えたから、水浴び出来なかった。
「えぇー、駄目ですよ。痛いし、滲みますよ」
「俺は子供か。さっさとやれ」
「どうなっても知りませんよ」
メルが仕方ない感じに左手から水を出してきた。
出来れば温水がいいが文句は言えない。
服を全部脱いで洗いたいが、それも出来ない。
足元から血入りの水が流れなくなったから、全身水洗いを終わらせた。
「メル、もういいぞ」
「へぇー、銀色の魔石か……食えるのか?」
「おい、絶対に復元するなよ!」
赤猿がティルに預けていた戦利品の魔石を手に持っている。
命懸けで戦ったのは、魚を食べる為じゃない。
「ケッ。見ていただけだ。それよりも人魚の歌はどうやって防いだんだ? 男なら魅力されただろ」
「はぁ? あんな露出狂に魅力されるのは、お前ぐらいだ。一緒にするな」
「ゔゔっ」
「そうです。僕には神様がいるから、あんなメス魚には興味ありません」
銀魔石をティルに投げ返して、不機嫌そうに赤猿が聞いてきた。
人魚はおっぱい見せて歌っていただけだ。
あれで魅力される人間はいない。
グレッグもティルも同意している。
「ケケッ。なるほどなるほど、男じゃねぇなら魅力されねぇか。悪かったな」
「……」
俺達三人の腰の辺りを見て、赤猿が一人でニヤけている。
理由は分からないが、馬鹿にしているのは分かる。
「おい、コン。あの本が何か分かるか?」
「ああ、知っているぜ。そいつは『精霊の書』だ」
「精霊の書?」
ティルが持っている水色の本を指差して聞くと、すぐに赤猿が答えた。
本当に知っているようだ。メスなら誰でもいい変態猿じゃないようだ。
「そこに書かれている材料を祭壇に置けば、色々と手に入るんだよ」
「祭壇はどこにあるんだ?」
「それなら後ろの扉の中だ。その本を持っていれば、違う場所に行ける」
「へぇー、なるほどね」
興味はあるが、材料がない。
材料は魔人村に保管されているから、取りに行くしかない。
赤猿を送った後にまた来るのは面倒だ。
試すのは、明日の朝にジジイを迎えにいった後でいいだろう。
中船を作ると、魔人村に向かって出発した。
ついでに俺の身体も休息させないとマズイ。
♢
「はぁー、回復水風呂は最高だな」
魔人村に到着すると、血塗れの服の洗濯をティルに任せて、自宅の岩風呂に入った。
外に家を建てると、落石で潰される危険がある。
山の岩壁を壊して、広めの空洞を作ると、そこに家を建てた。
私物の魔石や素材、服や装備品しかおいてないが、それだけあれば十分だ。
使用人のゾンビ剣士がいるから、掃除もやらなくていい。
「さてと、遊んでないで用意しないとな」
今日は特別に二十分も風呂に入ってしまった。
精霊の書に書かれている材料があるか、調べないといけない。
タオルで身体を拭いて、売れ残りの白い上着と黒ズボンを着た。
着心地は良いのに誰も買わない。
【太刀鳥の太刀羽+水リスの水結晶+ホワイトウルフの銀尾=?】
【ホワイトウルフの銀尾+矢毒ガエルの毒皮+綺麗な木材+太刀鳥の鉄骨=?】
【水リスの水結晶+丈夫な木材=?】
【水リスの水結晶+水リスの水結晶=?】
「ほとんどあるな」
精霊の書を見ながら、書かれている材料を収納鞄に詰め込んでいく。
解毒草や木材は森で取れる物が使えそうだ。
問題は手に入れた物がゴミじゃないかだ。