第158話 町観光
黒岩剣を渡して、ターニャを教会に預けると、木魔法使いティルを仲間に加えた。
時刻は午前九時を少し過ぎたぐらいだ。Aランクダンジョンに入って小船を作った。
これから内の町に向かって、二時間ぐらい観光して、町の食堂で昼飯を食べる。
その後に魔人村に移動する。
【名前:ティル 年齢:5歳 性別:男 種族:ゾンビ魔人 身長:157センチ 体重:48キロ】
子供が二人になって、乗客四人の平均年齢が三十歳に若返った。
でも、若過ぎる進化は身体に悪影響だ。
思ったよりもティルの身体が成長しなかった。身長は低く、身体も細い。
長い茶髪を後ろで結んでいるから、パッと見ると女みたいだ。
服装は上下ともに白の長袖長ズボンで、その上に濃茶色のロングコートを羽織っている。
武器は俺が作った、炎竜黒剣と氷竜黒剣を左右の腰に装備している。
戦闘訓練はゾンビ剣士に二十四時間コースで教えさせた。
多少は使えるようになったが、子供なのか俺にベッタリくっ付いてくる。
「ねぇねぇ! 神様、遊ぼう! 遊ぼう!」
「村に着いたら遊んでやる。仕事が終わるまで待っていろ」
「えぇー、嫌だ嫌だ! ごぶっ……‼︎」
小船の操縦しているのに乗客がうるさい。腹に拳を叩き込んで黙らせた。
ティルが船内の床を、ヨダレを垂らしながら転げ回っている。
「ハァ、ハァ……最高っ!」
「大丈夫、ティル君?」
「はぁ? うるさいなメス豚。僕の神様に近づくなよ。殺すぞ」
「へっ?」
心配してメルが駆け寄ったが、ティルには余計なお世話だった。
恍惚の表情をやめて、すぐに不機嫌な顔で暴言を吐いている。
親代わりの俺を姉弟みたいな関係で、取り合いしたいのだろう。
「ティル、口が悪いぞ。メルお姉ちゃんに謝りなさい」
「はい、すみませんでしたぁー。ねぇねぇ! 神様、もう一発お願い!」
仲良くするつもりは微塵もないようだ。
注意したらすぐに舌を出して謝ったけど、すぐに俺の所に走ってきた。
希望通りに一発ぶち込んで、サービスでもう一発ぶち込んだ。
「ごふっ、うぐぐぐっ……もう駄目、はふっ」
「うわぁー、隊長、この子変です」
「大丈夫だ。知っている」
メルが殴られて喜んでいる弟に完全に引いているが、それは俺の所為だ。
連続進化の激痛に耐えさせる為に、痛みは祝福だと教えてやった。
その副作用だ。痛みに極度の幸福を感じるようになってしまった。
戦闘訓練も怖がらずにやってくれるが、受け身に積極的だから困る。
だけど、次は失敗しない。
ティルの犠牲を無駄にしないように、進化させる最低年齢を八歳に引き上げた。
「町が見えてきたぞ。野蛮な住民が多いから気をつけろよ」
灰色の屋根と白い壁の町が見えてきた。乗客に暴れないように注意した。
まずは顔馴染みの換金所に行って、人間の舎弟二人を紹介する。
これで俺が元人間だと分かるはずだ。
換金所の前に小船を着陸させて、乗客を降ろして船を壊した。
町を観光するから、しばらく使う予定はない。
「すみません。入ります」
顔馴染みだが、礼儀は大切だ。扉を叩いて入らせてもらった。
今日の店番は三十代後半の灰色髪に顎髭のフォッグだった。
乗客の平均年齢と合うから、話が上手くいきそうな予感がする。
「はぁ……今日は何の用で来た? モンスターの気配が三つもするから紛らわしい。来るなら一人で来い」
「今日は人間の友人を連れてきたんですよ。町の案内をしたいんですけど、町に入ってもいいですか?」
フォッグはため息を吐いて疲れているようだから、用件を素早く伝えた。
すぐに返事が返ってきた。
「お前は駄目に決まっている。人間だけなら入っていいぞ」
「いや、高齢でボケいるから付き添いが必要なん——」
「ボケてねぇよ!」
「うごぉ⁉︎」
ドフッ‼︎ 交渉の最中だったのに、背中を思いきり蹴られた。
振り返るとホールドが立っていた。高齢でも元気なようだ。
でも、その背後に炎剣を抜いて走ってくるティルが見えた。
「テメェー!」
神に手を出した不届き者を成敗するつもりだ。
良い判断だが、この町での戦闘は禁止されている。
俺も我慢するから、お前も我慢しろ。
魔力を床に走らせて、ティルの正面に岩柱を斜めに突き出した。
「はぐっ‼︎」
「ふぅー、危ない危ない」
平らな岩柱にティルが吹き飛ばされた。
かなり痛いが、ご褒美にはちょうどいいだろう。
「危険な新入りがいるようだな。あれも町に入れるつもりか?」
「まさかぁー。あれはその辺に拘束するから問題ないです」
「お前も含めて問題ありだ」
フォッグに躾のなってないペットを注意された。
笑って否定したけど、俺も含めて否定されてしまった。
ご褒美を追加しないといけない。
「話の途中で悪いんだが、俺達は入っていいのか?」
「ああ、人間なら問題ない。看板が付いている建物には自由に出入りしていい。冒険者用の宿屋が一軒あるから、町に泊まりたいならそこに行けばいい」
俺の中ではもう終わっている感じだが、ホールドがフォッグに聞いた。
町に来てから二週間も経つけど、看板は出入り自由と宿屋がある事を初めて聞いた。
多分、俺にはまったく関係ない話だから、話さなかったのだろう。
「分かった。棚の商品を見てもいいか?」
「好きにしろ。腕の良い製造職みたいだが、分からない商品は説明しよう」
「助かる。早速だがオススメの商品を教えてくれないか?」
「オススメか……冷暖機能が付いた収納鞄はどうだ?」
「……」
まるで透明人間になった気分だ。ジジイ二人が接客されている。
俺の方が常連なのに、一度も接客された事がない。
人間と魔人の接客格差が酷過ぎる。
三十分後……
「なるほど。炎竜と氷竜の鱗をバラバラに並べているのか」
「凄えな。仕切りがあるから、左右で違う温度に出来るみたいだ」
店の外で待っていると、ジジイの買い物が終わったようだ。
食べ物の保存が出来ると言われて、オススメの冷暖機能付きの収納鞄を買っている。
二人で一つの鞄の中身を見て興奮している。
如何わしい商品でも入っているんじゃないのか?
「もう買い物はいいのか?」
「まだに決まっている! 忙しいから明日の朝に迎えに来い!」
「……」
何これ? ちょっと話しかけただけで怒鳴られた。
しかも、まだ昼前なのに明日の朝の話をしている。
明らかに町の宿屋に二人で泊まるつもりだ。
「スイッチ式にすれば、三属性の剣を一本で使えるんじゃないのか?」
「それなら複数属性を合わせた剣を作った方が良いだろう」
「なるほど。確かにそっちの方が面白そうだ」
「……村に行くか」
団体行動が出来ない奴は本当に困る。
ジジイ二人が町に消えたので、俺達も消えるとしよう。
小船を作ると、魔人村に向かった。
♢
明日の朝まで時間があるので、魔人村で参加者を集めて、地下二階を目指した。
赤毛大猿に案内されて、砂漠地帯にやって来た。
砂漠には『サンドトータス』という、岩を吐き出す茶色い亀が生息している。
「階段じゃないんだな」
砂漠の中に黒岩で作られた四角い台座がある。
その台座の上に長方形の額縁が置かれている。
教会と同じ物みたいだが、こっちは額縁の中に流れ落ちる水が見える。
「案内するのはここまでだ」
「そんな事言わずに来いよ。ここから山に帰るのは疲れるぞ」
「嫌だね! この先には強い門番がいる。お前達も死にたくねえなら、入らねえ事だ」
たった一人の参加者が帰ると言い出した。
しかも、入れば死ぬとメル、ティル、グレッグを怖がらせている。
悪いが、お前以外に臆病者はいない。
「分かった。お前達、行くぞ」
「隊長、私も行きたくないです」
「よし、腰抜け。お前も残っていいぞ」
二人目の臆病者が手を上げて名乗り出たが、最初から戦力として期待していない。
俺達が万が一にも戻って来なければ、ジジイ達と一緒に町に帰ればいい。
「神様は見ているだけでいいです。僕が一人で倒します」
「そうか……期待しているぞ、ティル」
「お任せください」
ティルが自信満々だが、コイツにも期待していない。
本当に強そうなら引き返すに決まっている。
足元に広めの岩板を作って三人で乗ると、上に厚い岩壁の傘を作った。
これで水に濡れずに済むはずだ。水が流れ落ちる額縁に侵入した。
「水中戦か……」
岩壁の傘に水が叩きつけられているが、すぐにそれは止んだ。
水浸しの大きな丸い部屋に出た。水深は腰ぐらいはありそうだ。
闘技場に似ているが、高い壁の部分から絶えず滝のように水が流れ落ちている。