第156話 修道女
「ハァッ! ヤァッ!」
「神父様ですか? 張り紙を見て来たんですけど……」
『修道女募集。元気な子供達のお世話をお願いします』……
と書かれた張り紙を持って、長い金髪の若い女が教会の中に入ってきた。
子供達に黒岩剣を振り回させて、訓練中だったが相手しないといけない。
色々な町を回って、二十人の選ばれし子供達を集めてきた。
逃げ出さないように監視する人間が必要だから、外の町ベルンで募集した。
魔人には非協力的でも、やっぱり罪のない子供達は特別らしい。
協力的な住民がやって来た。
「はい、私が神父のカナンです。何のご用でしょうか?」
剣を二本持って武装しているが、一応黒の長ズボンと白の長袖上着を着ている。
心の目で見れば、神父の服に見えなくもない。
「修道女に興味があって来たんですが……これは何をやっているんですか?」
綺麗に修繕された教会の中心で、剣を振り回している子供達を指差して聞いてきた。
見れば分かるだろうと言いたいけど、見てわからないようだ。
「健全な心は強い身体に宿ります。祈るだけでは強くならない部分を鍛えているのです」
「そ、そうですか……教会の使用許可は町で取りましたか?」
「私が神父です。私の許可があれば、それだけで十分ではないですか?」
「は、はぁ……?」
二十一歳で見た目は綺麗だが、頭の中身は悪そうだ。世間知らずのお嬢様タイプだろう。
可愛い子供達のお世話に来たつもりなら、三日で逃げ出す。適当に話して諦めさせてやるか。
「ララさんは剣を持った事はありますか?」
「えっ? どうして、私の名前を?」
修道女希望の女の名前を言って、黒岩剣を作って差し出した。
名前を当てられて困惑しているが、識別眼を使っただけだ。
子供を騙すのに効果的だったが、大人にも通用するとは思わなかった。
「神には全てが見えています。あなたが私を疑っているのも見えていますよ」
「はっ! 失礼しました!」
「構いません。見えないものを信じられないのは、あなただけではありません」
本心を見破られたと思って、ララは頭を下げて謝ってきた。
気にしてないフリをしたが、予想通り、俺の事を嘘臭いと思っていた。
これは神罰を与えるしかないですね。
「この教会の修道女になりたいのなら、この剣で私に一撃当ててください」
「そんな事できません! 危ないです!」
「残念ですが、もう始まっています。あなたが出来ないのならば、怪我しないように避けてください」
「はい?」
差し出した黒岩剣が押し返されたので、特別ルールに変更になった。
返された剣の柄を握ると、ララの腹に剣を峰打ちで叩き込んだ。
「ごぼっ……‼︎」
ドフッ‼︎ 朝食を食べてから来たようだ。
四つん這いに跪いて、教会の地面を汚物で汚している。
「この不届き者め!」
「きゃう⁉︎」
パシィン‼︎ 今度は水色のスカート越しに尻を叩いた。
変な悲鳴が上がったが、俺は女子供に容赦しない男だ。
ここで手を抜いたら、訓練中のガキ共に舐められる。
動けなくなるまで徹底的に叩きのめす。
「ハァッ! ヤァッ!」
「うぐっ、ぎゅぴぃ‼︎」
三分後……
「お前達、仕事だ。床の汚物を片付けて、この女に回復水と睡眠薬を飲ませろ」
「はい、神様」
「傷が綺麗に消えたら、町の近くに放置していいからな」
「はい、分かりました」
予定通りに動かなくしてやった。訓練中の子供達に片付けるように命令した。
身体に証拠が残ってなければ、夢でも見ていた事に出来る。
「いいか、雑魚は必要ない! 一ヶ月以内に職業を習得しない雑魚は追い出すからな!」
「はい、神様!」
この訓練は職業、称号、魔法、進化の四段階の最短最強コースだ。
進化セットはまだまだ貴重だから、才能のあるヤツだけを選んでいる。
修道女もさっきの雑魚みたいなのは全てお断りだ。
選ばれし子供達の中から、さらに厳しい訓練で選ばさせてもらう。
♢
「ハァッ! ヤァッ!」
「神父様ですよね? 張り紙を見て来たんですけど……」
「……」
また来たか。
昨日の金髪女が張り紙を持ってやって来た。
女の張り紙は回収したから、また見つけて持ってきたようだ。
余程の子供好きか、修道女好きなのだろう。
ここが偽教会で、俺の為の冒険者訓練施設だと教えてやろうか?
もちろん、そんな馬鹿な真似はしない。
前と同じように微笑みを浮かべて話を聞いた。
「はい、私が神父のカナンです。何のご用でしょうか?」
「あれ? 前にお会いした事ありませんか?」
「いえ、初めてお会いしましたよ」
「そ、そうですか……?」
ララは何かを思い出そうとしているが、夢と現実の区別が出来ずに混乱しているようだ。
二回目は通用しないから、今回は暴力禁止で行くとしよう。
「張り紙を見て来たという事は、修道女に興味があるという事ですね?」
「はい、この町にはダンジョンがあります。そのお陰で豊かな暮らしが出来ています。前々からこの豊かさを、広く分け合いたいと思っていました。そのお手伝いが出来ればと思い、教会にやって来ました」
「素晴らしい慈愛の心をお持ちのようですね。あなたはもう立派な修道女ですよ」
「そ、そんな、とんでもないです!」
褒め言葉にララは恥ずかしそうに謙遜している。
この教会には勿体ないぐらいの、まともな人間が来てしまった。
正直追い出したいが、ヤバイ人間に子供を任せるよりは良いかもしれない。
冒険者崩れの野蛮な修道女を雇ったら、子供を訓練で殺しそうだ。
「分かりました。よろしかったら、一日だけ子供達のお世話を体験してみませんか?」
「えっ、いいんですか?」
「もちろんです。問題ないようならば、好きなだけ続けてもらって結構ですよ」
「ありがとうございます」
「ユアン、ピット、カルキン、この女性に教会を案内して差し上げなさい」
「はい、神様!」
やる気だけはあるようだから、しばらく様子見でいいだろう。
コソ泥三人組に修道女見習いを任せた。
教会の一日の流れは起床、訓練、食事、訓練、食事、訓練、食事、休憩、就寝だ。
修道女の仕事は監視と食事の用意だけでいい。
大型冷蔵庫に復元したモンスター肉があるから、焼いて子供達に食べさせるだけだ。
怪我した子供には、大量の回復水があるから飲ませればいい。
超簡単な仕事なので、給料は払わなくてもいいが、俺は二十万ギル払ってやる。
でも、子供が一人逃げたら、一万ギル減給するから要注意だ。
逆に一人増えたら、一万ギル増給するから頑張るんだぞ。
♢
「よし、餌の出番だな」
Aランクダンジョンに入れる神器の腕輪を二個持って、職人オヤジの店にやって来た。
教会を修道女見習い一人に任せるつもりはない。
職人オヤジ達に頼んで、作業場を教会に移転してもらう。
魔石や素材は俺が無料提供するから、LV8になった製造アビリティで役立ってもらう。
昔から子供の世話はジジイと決まっている。店に入ると男店員に案内してもらった。
「社長、奴が会いたいそうです。追い返しますか?」
「チッ。構わない。さっさと入れろ」
店員が作業場の扉を叩いて聞くと、中からも不機嫌そうな声が返ってきた。
店員も社長も礼儀がなっていない。俺は大事なお客様だぞ。
「今度は何の用で来た? 安物の回復薬をダンジョンの前で配りやがって。さっさとやめろ! お前の所為で市場価格が下落している!」
「……」
いきなり社長が怒ってきたが、名誉の為に言うが、あれはメルが勝手にやっているだけだ。
俺は三万本売れと言っただけで、売る場所は指定していない。
それにスライム一匹の値段で、回復水が買えるんだから、冒険者達は大喜びだ。
冒険者達の負傷率もしっかり下がっているぞ。
「何か誤解があるようだ。俺は恵まれない子供達の為に寄付を集めているだけだ」
「はぁ? 嘘吐け、殺すぞ!」
嘘は吐いてないから殺されない。
メルが稼いだ金の一部は、子供達の布団代に使われている。
「嘘だと思うだろうけど、Aランクダンジョンに行って、心を改めたんだ。今は廃教会を修繕して、二十人の子供達の神父をやっている」
「はぁー、それはご立派だな。ここにも寄付を集めにきたわけか? おい、あるだけの鉛弾を寄付してやれ」
「人間だと思うな。殺していいからな!」
「くっ!」
一ミリも信じてないな。
その痛い寄付は受け取れないので、黒岩の壁で周囲を防御させてもらった。
ちょっと待ったけど撃ってこないので、お互い無駄な争いはしたくないようだ。
そろそろ醜い価格競争を終わらせようじゃないか。
「……寄付を頼みに来たんじゃない。腕輪を二人分渡しに来たんだ。子供達の先生に二人来てほしい。職人としての技術を身につけさせたいんだ」
用件を話すと腕輪を二個、腕を伸ばして岩壁の上から見せた。
流石に教会に来るまでは渡したりしない。敵地で敵を強くする馬鹿はいない。
「……何を企んでいるか知らねぇが、誰かAランクに行きたいヤツはいるか?」
「ダンジョンまで片道十二時間。二人だけじゃなくて、日帰り観光で全員でもいいぞ」
「お前は黙っていろ!」
社長が希望者を集めていたので、俺も手助けしてやった。
でも、余計なお世話だったようだ。怒られてしまった。