第152話 草食系
「ぐっ、殺すなら殺せ!」
「早く来い! アイツを殺したら逃してやる」
しばらく待っていると、岩壁の洞穴に消えた赤毛大猿が戻ってきた。
両手足を鎖に繋がれた茶髪の汚れた男が、引き摺られながら強気に抵抗している。
処刑される前の凶悪犯罪者みたいだ。小者なら泣き叫んで命乞いしている。
「その男は何をしたんだ?」
二十七歳という年齢から見て、町の住民じゃない。
町の大人達は魔法使い率100%と異常な数値を叩き出している。
外から来たAランク冒険者だろう。
「山に入ってきて、村を攻撃してきた。この山は人間が入ってはいけない決まりだ」
「なるほど。殺すには十分な理由だな。他の人間はどうした? 一人で来て、一人で捕まったのか?」
「殺したに決まっている。生かしておく意味はないからな。さあ、殺せ!」
「ぐぅっ!」
赤毛大猿に軽く事情を聞いたけど、身の程知らずの冒険者が返り討ちに遭っただけらしい。
茶髪の剣士グレッグを俺の前に突き飛ばして、殺せと命令してきた。
グレッグは町の住民じゃないから、助けても町に恩は売れない。
助けるとしても、空に逃げても、デーモンカップルが追いかけてくる。
それに村長と他の魔人がいる可能性もある。飛べる魔人の数は不明だ。
殺すのが一番安全なのは間違いない。
「分かった。殺せばいいんだな?」
「ああ、そうだ。だが、嬲り殺せ! 楽に殺したら仲間とは認めない!」
「はぁーい」
覚悟を決めると緋色の剣を抜いた。
赤毛大猿は惨虐な殺人劇を期待しているようだが、そのつもりはない。
左腕の長袖を捲ると、剣でスパァと切った。赤い血が切り口から出てくる。
魔人村支店の従業員を雇わせてもらおう。
「かかって来い! 目玉を抉り取ってやる!」
剣を持って近づいていく俺に、グレッグは鎖に繋がれた両腕を持ち上げて構えている。
何日間も暴行された後なのか、身体中に青あざが見える。勇敢に戦ったようだ。
よく頑張った。あとは俺に任せればいい。
「ハァッ!」
「あぐっ……!」
急接近すると足払いで地面に倒した。頭を掴んで、前腕を無理矢理に口に咥えさせた。
殺すには勿体ない。殺すぐらいならば使わせてもらう。
「ゔゔっー‼︎ ゔゔっー‼︎」
鼻を指でつまんで塞ぎ、無理矢理に血を喉の奥に流し込む。
腕に噛み付いてきたが、痛みには鈍感だから甘噛みではなく、激辛噛みでもいい。
Aランク冒険者でも人間ならば、三リットルも飲ませれば使役できるだろう。
さあ、たくさん飲みなさい。
「終わったぞ」
「ゔゔゔゔっっ‼︎」
口から前腕を離しても、グレッグは身体を痙攣させて呻き声を上げている。
あとは放置するだけで、一時間以内に従業員が完成する。
「あれって、毒殺になるの?」
「ただの状態異常だから違うね。死んでないよ」
「どういうつもりだ? 俺達を騙して、そいつを助けるつもりか!」
識別眼を持っているデーモンカップルが抗議してきた。
確かに聖水を飲ませれば治療は出来るが、このグレッグはこの村の従業員だ。
他所の町に連れて行くつもりはない。
「殺したら終わりだろ。コイツは俺のペットにする。それとも他の誰かがペットになってくれるのかな?」
「嫌ぁー‼︎ ドラス、助けて‼︎」
文句があるみたいだから、チラッとデーモン雌を見たら悲鳴を上げた。
残りの使役枠が一人あるから、そんなに嫌がるなら本当に使役したくなる。
だけど、そんな事をしたら友好的な関係を築けない。
使役するのは人間とモンスターだけだ。
「騙すつもりはない。コイツは村の外には出さない。村に作る店の従業員として使うだけだ」
「店だと?」
赤毛大猿が怪しむように聞き返してきた。
「ああ、この村で爆裂茸が食べられたり、綺麗な服が着れたり、武器が手に入るようになる便利な店だ」
「おお! それは良い店だな!」
「確かに同じ服ばかりだと飽きるのよね。冒険者から奪うしか手に入らないし」
「ラミア! こんな奴に頼らなくても、君の為なら俺が何着でも用意するさ!」
「本当に⁉︎ ドラス、愛しているわ!」
利益を与える相手は善、損失を与える相手が悪だ。
この村の住民に利益を与えれば、俺は善人として信頼される。
あと……デーモン雌は取るつもりはないから、そんなに必死になるな。
「待て待て、殺してないだろう! 騙されるな!」
だけど、金や物に釣られない人間はどこにでもいる。
店の歓迎ムードを壊そうと、赤毛大猿が地面に痙攣中の従業員を指差した。
「確かに俺達には何も必要ないな」
「いいじゃない。悪さしないように見張れば。少しだけやらせてみましょう。いいでしょ、コンちゃん?」
「ね、ね、姉さんが言うならっ‼︎ 俺は文句ねぇーです‼︎」
「ありがとう、コンちゃん」
なるほど。赤毛大猿のコンちゃんは、氷狼姉さんに惚れているようだ。
左足を尻尾で軽く撫でられただけで、顔を真っ赤にして動揺している。
確かに雌は二匹しかいないから、氷狼姉さんで我慢するしかない。
♢
とりあえず様子見の歓迎が決まると、村長が暮らす丸太小屋に案内された。
俺の店よりも小さな丸太小屋には、鈍い鉄色の全身鎧が椅子に座っていた。
【名前:ゴールデンスライム 年齢:52歳 性別:不明 種族:スライム魔人 身長:50センチ 体重:9キロ】
地下四十九階の将軍か王様かと思ったが、スライムのようだ。
確かに地下一階からダンジョン主になったのなら、叩き上げで平社員が社長になったようなものだ。
弱そうだけど、幸運のお守りだと思って、敬意を払うしかない。
「村長様は会話が出来ない。首と手でお答えする」
スライムは喋れないみたいだ。
部屋に入れないオークが外から説明してくれた。
チビゾンビで慣れているから別に問題ない。
「カナンと申します。この村でお世話になりたいと思っています」
「……」
「ありがとうございます。失礼します」
椅子の前に跪いて名乗ると、次にどうしたいのか言った。
すると、全身鎧の両腕が上に伸びて、綺麗な丸印を作った。
『良いよ!』のポーズだろう。お礼を言うと丸太小屋から出た。
「これでお前はこの村の住民だ」
「……ありがとう。住民は全員で何人いるんだ?」
「お前も含めると十二人だ。腕に覚えがあるヤツは下に向かったからな」
「もっと聞く事があるだろう!」と叱られると思ったが、あれで正解らしい。
俺が小屋から出ると、普通にオークが扉を閉めた。
村長じゃなくて、犬扱いされているんじゃないだろうか。
とりあえず住めるみたいだから、まずは家を作るとしよう。
村長の丸太小屋よりも大きく作るけど、身体の大きな住民もいるから文句はないだろう。
垂直の壁沿いに作ると決めて、ゴツゴツの荒い地面を黒岩で平らにしていく。
壁と天井を作りたいが、信用されたいなら何をやっているのか見せた方がいい。
縦横五メートル程度の狭い岩床の上に、中船の魔石と素材を移動させた。
服を作りたいが毒皮しかない。料理に挑戦しよう。
復元が使えるオークを呼んで手伝ってもらった。
太刀鳥、ザリガニ、毒ガエルを肉に変えた。
毒ガエルはゾンビ用だ。
あとは単純に焼くだけでいい。
炎竜黒剣に肉を突き刺して、表面の色が変わって硬くなれば完成だ。
肉汁が滴る焼けた肉を次々に岩皿に乗せていく。
「塩胡椒があれば、もう少し美味しくなる。調味料は買ってこないといけないな」
「むぐっ、むぐっ……このままでも問題ない。魔石を食べるよりは美味い」
毒ガエルの焼き肉を食べたが、肉は柔らかくて味は悪くない。
スープ系の料理に合いそうだが、ゾンビしか食べられない。
オークには太刀鳥とザリガニを試食してもらっている。
食べられれば文句はないようだ。
「ケェッ。肉を食うなんて野蛮な奴らだ」
匂いに釣られて赤毛大猿がやって来た。
嫌な顔をして、鼻の前で手を振っている。匂いも嗅ぎたくないらしい。
わざわざ文句を言いに来たようだ。すぐに立ち去ってしまった。
「気にするな。アイツは野菜と果物しか食べない」
「なるほど。草食系か……」
オークは気にするなと言うが、確かに肉と魚料理だけでは通用しない。
サラダやスイーツも必要だ。作るのは面倒だから、お金の力で解決させてもらう。
外の町で大量購入して、俺が店まで運んで並べよう。
魔人達には魔石と素材を集めてもらって、それと物々交換する。
魔石は肉に変えるよりは、金に変えた方が良いに決まっている。