第151話 魔人村
「山は今度でいいか」
ゴーレムから降りて服を着ると、森に向かった。流石に山までは行かない。
鳥、ザリガニ、カエルと合わせれば、魔石の数は百を超えている。
食べる量にはもう十分だ。軽く調査して終わらせよう。
「早く帰って、服を作らないとな」
手に入れた矢毒ガエルの皮を見て、凄いアイデアを閃いてしまった。
カエルの皮の表面は黒斑点と綺麗な薄紫色だ。逆に裏面は真っ黒だ。
服をひっくり返して、裏表使えるリバーシブルの服を作りたい。
町中は安全な黒服で、ダンジョンは危険な紫服で活動する。
他の革服にも応用できるから、表は赤色、裏は白色のワンピースやスカートが作れる。
色々な皮を入手できれば、組み合わせも増えるから、客も大喜びだ。
「クックク。俺の時代が来たな」
食材と一緒に新商品のアイデアも手に入れた。笑いが止まらない。
医療、衣服、武器屋、肉屋と幅広い分野で活躍する俺の姿が見える。
♢
「良い匂いがする?」
森の中に入ると、焼いた砂糖のような、甘くて香ばしい匂いがしてきた。
クンクンと匂いを頼りに森の中を進んでいく。
木が密集している所為で、日の当たらない地面には草が生えていない。
全体的に暗く、直径120センチはある太い幹に隠れて不意打ちされやすい。
モンスター探知器を連れてくるべきだった。
「あれは……?」
【名前:オーク 年齢:4歳 性別:オス 種族:オーク魔人 身長:3メートル 体重:300キロ】
甘い匂いを頼りに進んでいくと、パチパチと音を立てる焚き火の前に、灰色の魔人が座っていた。
潰れた老人のような顔、浮き上がった逞しい筋肉、傷んだ長い茶髪、白い腰巻き、片刃の大斧……
荒々しい外見とは違って、持ち物や行動からは知性を感じる。
焚き火には、木の串に刺された赤いキノコが焼かれている。
「……何の用だ? 俺を殺しに来たのか?」
「うっ!」
木の幹に隠れて覗いていたのに気づいたようだ。
オークが大斧を持って立ち上がると、ゆっくり振り向いて渋い声で聞いてきた。
逃げるのは容易いが、これはチャンスだ。
「ち、違う。俺も魔人だ!」
「んっ……確かに微かに同族の気配がする。人間にしか見えないが、同族ならば本能で分かる」
木の幹から飛び出すと、両手を上げて仲間だと言った。
潰れた顔の所為で睨んでいるのか分からないが、ジッと見られた後に大斧を地面に下ろした。
敵意がないというか、敵ではないと分かったようだ。
両手を上げたまま、ゆっくりと近づいて話しかけた。
「こんな所でキノコ狩りか? 町の人間に見つかったら殺されるぞ」
「大丈夫だ。停戦条約がある。それにここの爆裂茸は絶品だ。お前も食うか?」
「い、いただきます……」
今度は美味しそうだから断らなかった。
右手を上げたまま、差し出された串を左手で受け取った。
赤い白玉キノコを丸々焼いただけで、味付けはされていないようだ。
「んっ!」
傘の部分に軽く齧り付いた。口の中に甘い味がパチパチと弾け飛ぶ。
酒に似た食感だが、これは苦くない。
「どうだ? 美味いだろう」
「あぁ、これは売れる」
「売れるか? ハハッ、安心しろ。人間みたいに金は取らない」
「それは助かる。俺はカナンだ。森で一人で暮しているのか?」
警戒心が解けてきたようだから、左腰と背中の剣四本が邪魔だが、地面に座って話す事にした。
識別眼で名前は分かっているが、まずは自己紹介した。
「俺はオークだ。名前ではなく種族名だがな。この森にはキノコ狩りに来ただけだ」
「じゃあ、住んでいる所は他にあるのか……そこには人間はいないのか?」
「ああ、魔人しかいない。お前もダンジョン主を三年やって、ここに飛ばされてきたんだろ? 俺も最初は戸惑ったが、一年も暮らせば慣れる」
色々な情報を話してくれるが、欲しい情報は住んでいる場所の住所だけだ。
「一年もか……俺は二日前に来たばかりだ。どうやったら、そこに住めるんだ?」
「二日とは新人だな。安心しろ、魔人なら歓迎だ。これを食べたら案内してやろう」
「ありがとう。助かったよ」
良い魔人だ。
食べる物にも住む場所にも困ってないけど、困っているフリをしたら助けてくれるそうだ。
お礼に食材と着る物を寄付してあげよう。腰巻きだけじゃ恥ずかしいだろ。
♢
中船にオークを乗せると、上空から道案内してもらった。
森を抜けて、灰色の岩山を目指して進んでいく。
オークは落ちないか心配しているが、今までに落ちた人間はいない。
「あの岩場に小さな村がある。気難しいのもいるから気をつけてくれ」
「分かった」
地上三百メートル付近に岩の裂け目がある。
岩山の頂上は千二百メートルを超えているから、随分と低い場所に作ったものだ。
まあ、住むには狩場が近い方が助かるだろう。
言われた通りに飛んでいくと、丸太で作られた建物が見えてきた。
岩肌に穴も開いているから、家は丸太小屋と洞窟を選べるようだ。
どっちも遠慮させてもらおう。
中船に気づいた魔人達が上を見上げて警戒している。
人型と獣型といるが、人数が九人と少ない。
「魔人を見つけて連れてきたぞ」
攻撃されないように、オークが声を上げて手を振っている。
撃墜されずに無事に中船は村に着陸した。
「種族はゾンビ、20歳か……」
「あら? 随分と長生きしているのね。下から来たのかしら?」
中船から降りると、すぐに水色のウッドエルフと小さめのフェンリルがやってきた。
フェンリルの方は若い女の声で話してきた。氷狼女みたいだ。
「お前20歳だったのか⁉︎ 二日前に来たんじゃなかったのか⁉︎」
「騙されたみたいだな、オーク。争いに負けて、下から逃げ出してきたのか?」
ウッドエルフが識別眼を使えるから年齢がすぐにバレた。
オークが驚いているが、20年間もダンジョン主として留年する程、馬鹿ではない。
「いや、廃教会を通って二日前に来たんだ」
「ふふっ。あの扉は人間専用よ。過去に秘密がある男は魅力的ね。身体を温めてほしいわ」
「遠慮しておく。まだ氷漬けになりたくない」
「あら、残念……」
氷狼姉さんが尻尾で身体を撫でてきたが、俺は軽い男じゃない。
サッと避けて距離を取った。氷耐性がLV8になったら考えてやる。
「俺は反対だ! コイツは俺達をこき使おうとしている!」
「そうよ! 見るからに変態そうよ!」
「大丈夫だよ、ラミア。君の事は俺が命を懸けて守るから」
「嗚呼、ドラス! 愛してるわ!」
「……」
すんなりと歓迎してくれると思ったが、俺が怪しいと三人の魔人が言い出した。
ゴーレム並にデカイ赤毛大猿とデーモンの男女だ。
デーモン二人は恋人同士みたいで、女の方が俺に襲われると訴えている。
それを男の方が優しく抱き締めて安心させると、女の方が強く抱き締め返した。
目の前で抱き合いイチャイチャしている。
綺麗な黒髪に、上に向かって曲がった角が二本生えている。
肌は白く、背中には黒い翼、尻尾には狼のような尻尾が生えている。
白い服も着ていて、確かに二人とも美男美女ではある。
「村の代表はいるのか? 挨拶したいんだけど……」
だが、お前達に興味はない。魔人同士で仲良くやっていろ。
俺は引っ越し挨拶をしたいだけだ。
「ああ、こっちだ。叩き上げのダンジョン主だから敬意を払えよ」
「ちょっと待て! そんな怪しい奴を会わせるなんて危険だ。仲間になりたいなら儀式を受けろ!」
「分かった。お前を殺せばいいんだな?」
村長がいるみたいだ。オークが案内しようとしたが、それを赤毛大猿が止めた。
儀式の定番と言えば、実力を見る為の決闘だ。仕方ないので、左腰の剣を二本抜いた。
赤毛大猿を瞬殺して、デーモン二人も黙らせよう。
「ばっ、イカれてんのか⁉︎ 俺じゃねえ! 捕まえている冒険者を連れてくる。そいつを殺せ!」
「同族まで殺そうとするなんて……アイツ、魔人じゃないわ。血に飢えたモンスターよ!」
「だ、大丈夫だ……き、君の事は俺が……」
どうやら赤毛大猿は殺せないみたいだ。
剣を見せただけで驚き動揺している。デーモン二人もかなり動揺している。
もしかすると、俺の方が野蛮で好戦的な魔人なのかもしれない。
魔人が魔人を殺すのは、人が人を殺すぐらいに重罪みたいだ。