第15話 間話:換金所バド(勧誘)
金曜日……
「なあ、お前達。優秀な冒険者をパーティに一人だけ、臨時で入れてくれないか?」
「んっ?」
俺の受付に魔石と素材の換金にやって来た冒険者達に、手当たり次第に声をかける。
意識高いだけで実力は全然大した事ないが、クソ野朗に頼まれてしまった。
奴の事は大嫌いだが、奴の姉のジャンヌはAランク冒険者だ。
Aランク冒険者は二年以上も町から出ていない。
今はAランクダンジョンがある遠い街に引っ越していないが、ギルドへの影響力が未だに高い。
俺の首ぐらいは簡単に飛ばせる。そんな冒険者の弟を、屑だが弟を無視する事は出来ない。
「別にいいけど、どれぐらい優秀なんだ? 俺達、十六階ぐらいは行けるぜ」
「職業は魔法使いで剣も使える。実力はほぼDランクだ」
「凄いな。それならいいぜ」
どんな屑でも、良いところの一つはある。
俺が知っている屑の良いところは、これで全部だ。
あとは悪いところを三十個ぐらいしか知らない。
それは町の冒険者と住民も多分同じだ。
皆んなで言い合えば、三百個は超える。
「それは良かった。明日の午前九時に待ち合わせでいいか?」
「ああ、いいぜ」
「すまない、助かった。買取り金額を一割増やしておくからな」
「おっ、本当か! ラッキー!」
屑の名前と地魔法使いと言わなければ問題ない。
二人組の冒険者が快く引き受けてくれた。
昨日の奴らもここまでは問題なかった。
だけど、朝にやって来た屑を見た瞬間に逃げ出した。
奴が冒険者達に嫌われる理由は三つある。
①どんなに失敗しても間違っても、屑は絶対に謝らない。
その代わり、他人の失敗はしつこいぐらいに、ネチネチと指摘する。
当然、そんなムカツク態度を何度も、我慢できる優しい冒険者はいない。
②優秀な冒険者パーティの冒険者を、契約金と姉の名前を出して強引に引き抜いた。
だけど、相性が悪いと分かると、支払った契約金を稼がせた後に、すぐにポイ捨てする。
当然、捨てられた冒険者は元のパーティには戻れない。
③優秀な冒険者の引き抜きが上手くいかなくなると、有望な新人冒険者の勧誘を始めた。
だけど、アビリティを習得できない冒険者は使えないと、すぐにポイ捨てを開始した。
当然、自信を無くした新人冒険者の多くが、冒険者を辞めてしまった。
これらの悪行三昧の所為で、『大凶冒険者』『冒険者潰し』と様々な名前で奴は呼ばれている。
もちろん、良い意味では呼ばれていない。
「はぁ……面倒くさい。早く冒険者を辞めるか、他所の町に引っ越してほしいもんだ」
この勧誘が屑がパーティに入るまで続くと思うと、俺がギルドを辞めたくなる。
さっさと誰でもいいから、屑を引き取ってほしいもんだ。
♢
土曜日……
「おい、九時過ぎたぞ」
換金所に九時五分前に屑は現れた。
昨日の夕方にパーティを紹介すると言ったのに、昨日の冒険者二人が現れない。
イラつく屑がカウンターを、指先で高速連打してうるさい。
おそらく奴の中では、十五秒を一分間ぐらいに感じている。
このまま待たせれば、急激に年老いて死んでくれるはずだ。
「来ると言っていた。あと五分ぐらい待ってないのか?」
「はぁ? 昨日も同じ事言いやがって。紹介できないだけだろう?」
「昨日の奴らは急な用事が出来ただけだ。今度は大丈夫だ」
昨日の奴らは来たが、お前が嫌いだから逃げただけだ。
その不機嫌そうな面を見たら、誰だって近づきたくない。
「俺はお前と違って忙しいんだよ。妄想と現実の区別も出来ないなら病院に行け」
「くぅぅぅ!」
何故、俺がここまで言われなければならない。
屑を殴って、ギルドを辞めてやろうか?
いや、我慢だ。屑なんかに慰謝料を1ギルも払いたくない。
「チッ! もう待てない。無駄に八分待たせたんだから、金払えよ。二日分だからな!」
「あと二分だ。あと二分だけ待て!」
「うるせい! 五分前行動も出来ない社会のゴミを紹介するな!」
「うぐっ……!」
『一番のゴミはお前だろう!』という怒りの言葉を飲み込んだ。
出口に向かうクソ野朗を黙って見送る。ここは我慢した方がいい。
我慢すれば紹介する必要がなくなる。そう思えば我慢できるはずだ。
「ふぅー、汚物め」
屑が出て行ったので、我慢を終わらせた。
自分から紹介しろとお願い、いや命令してきたのを忘れている。
俺の半分以下の歳のくせに生意気過ぎる。
カウンターにお前の腐った頭を、ドンドン高速連打してやろうか?
「オヤジさん、すまねぇー!」
「何だ、お前達。寝坊でもしたのか?」
昨日の二人組が屑が出て行ってから、三分もせずに走ってきた。
だから、二分待っていろと言ったのに、無視するからこうなる。
「いやぁー、隠れて誰が来るのか見てたんだよ。変なのとか、怖いのだったら嫌だろう?」
「ああ、そしたら、『ロリロンリー』が現れるからビックリしたぜ」
「はぁ……お前達の事情は分かったが、そのロリロンリーとはどういう意味なんだ? 聞いた事がない」
屑がまた新しい名前を貰ったようだ。
意味は何となくしか分からないが、良い名前でないのは分かる。
「知らないのか? 奴が今度は幼女を育てているんだよ」
「幼女? 誰かがあの馬鹿に子供を預けているのか? 信じられん……」
奴に子供を預けるぐらいなら、俺なら犬に預ける。
そんな常識も知らない人間が、この町にいたとは驚きだ。
「違う違う、育てているんだよ! 孤児の女の子を引き取って、一緒の部屋に住んでいるんだ」
「この近くの食堂で幼女が倒したスライムの金で、昼飯を食べているらしいぜ」
「俺は幼女の手作り弁当を一緒に食べていると、聞いた事があるぜ」
「俺も一緒に風呂に入って、一緒のベッドに寝ていると聞いた事がある」
「……何だ、それは? 末期のド変態じゃないか」
聞けば聞く程にもう犯罪にしか聞こえない。
確かにスライムの魔石しか、換金しないのは不思議に思っていた。
たまに違う階層の魔石も持ってきたが、一桁台の浅い階層だけだった。
引き取ったじゃなくて、誘拐して監禁して、洗脳したんじゃないだろうか?
「そういうわけでオヤジさんには悪いけど、犯罪者の協力は出来ない。昨日の金は返すよ」
「オヤジさんも捕まる前にやめた方がいいぜ」
「待て待て⁉︎ 俺はまったくの無関係だからなぁー‼︎」
逃げるように走り去っていく、二人の背中に無実だと叫んだ。
俺は魔石の買取りはしても、子供の買取りは一度もやった事がない。
どこにでもいる善良な一般中年だ。この一割は危ない金じゃない。