第147話 詐欺師
「マナミ、客を二人連れてきた。見てやってくれ」
呪解師の家の中には、色々な素材が棚に置かれて、天井からぶら下げられていた。
草や花、羽根や干し肉、骨や土……呪解師とは自然物と動物を使った、薬剤師のような職業だろう。
濃茶の床板の上に、白いシーツのベッドが置かれている。室内は香草の強い匂いで満ちている。
そんな室内に黒髪の女が、テーブルに座って、静かにお茶を飲んでいる。
服装は黒革の長袖上着に黒のロングスカート、ミステリアスな大人の雰囲気を漂わせているが、年齢は二十七歳と若い。
占い師と薬剤師を合わせたようなインチキ臭がする。
「お客ねぇ……そのゾンビ魔人の何を見ればいいの?」
「元人間で治療方法を探しているらしい。呪いならば人間に戻れると思ってな」
「元人間と言っているだけの、魔人の可能性もあるんじゃないの?」
知的な声でマナミと呼ばれた女が、ゼクトと話し始めたが、俺はお守りを探すのに忙しい。
十字架、腕輪、置き物と幸運を呼んで、悪運を遠ざけるインチキ商品は多い。
どうやらこの店は物は売らないようだ。インチキ商品が見つからない。
「それを見てもらう為に来た。とりあえず呪いを解いてくれ」
「分かったわ。でも、時間がかかるから文句は言わないでよ」
なるほど。先に金を取って持ち逃げする詐欺か。
水一杯で千ギル請求する店の女と同じだな。
「呪いを解いて欲しいのは、こっちの女だ。男の方は必要ないらしい」
「よろしくお願いします」
俺の中の疑いが確信に変わると、第一被害者が呼ばれた。
「ふーん……じゃあ、まずは強聖水から試しましょうか? ゾンビが飲めば一発で昇天するはずよ」
「待て待て、殺すつもりか⁉︎」
インチキ商売なら我慢して見ていたが、毒薬を飲まされるのは見ていられない。
マナミが椅子から立ち上がると、棚から十字架の張り紙が付いた瓶を持ってきた。
「大丈夫よ。死んだりしないから。心配なら飲んでみる?」
「飲めるか! 高い金払うんだから、安全な方法でやってくれ!」
透明な酒瓶の中には、透明な液体が入っている。
微笑みながらマナミが俺にも強聖水を勧めてきたが、俺もゾンビだ。
当然怒って断った。だけど、メルがテーブルの酒瓶を掴んだ。
「大丈夫です! 我慢して飲みます!」
「お前は絶対に飲むな!」
蓋を開けて飲まれる前に、慌てて酒瓶を奪い取った。
見た目に騙されてしまうが、コイツは馬鹿な七歳の子供だ。
優しそうな大人が優しいとは限らない。
変な店を紹介した時点で、この町の住民は黒中の黒だ。
「心配症な奴だな。マナミ、他に方法はないのか?」
「一つずつ試すのが基本でしょ。飲むのが嫌なら血を取らせてちょうだい。それを強聖水に混ぜて、ゾンビの血から人間の血に戻れば効果ありよ」
「まあ、血ぐらいならいいか……血を取るから攻撃するなよ」
ゼクトも他の方法がないか聞いてくれたが、マナミは強聖水の効果を確かめたいようだ。
仕方ないので岩コップと岩短剣を作って、左腕を短剣で切って、コップに血を入れた。
流石にメルの腕は切らない。あとは結果を見てから、金を払えば町から解放される。
「なるほどなるほど。危険な血みたいね」
受け取った血入りのコップを興味深そうに見ている。
何だか嫌な予感がする。店に並ぶ素材の一つにされそうだ。
首に巻かれたロープで天井からブラ下げられている、干からびた俺が見える。
「少しだけ待ってて……」
マナミは少量の血を小皿に移すと、強聖水を少しずつ混ぜて調べ始めた。
どれだけ血を薄めれば、効果が現れるのか知りたいのだろう。
小皿からコップに血を移して、まだ薄め続けている。
「うーん、駄目みたいね。はい、どうぞ」
「飲まねぇよ!」
自然な流れで血入り強聖水を差し出してきたが、最初から飲まないと言っている。
嫌な顔を浮かべて断固拒否した。だけど、その態度に監視の一人がブチ切れた。
預けていた俺の剣を勝手に抜いて、切っ先を向けて脅してきた。
「おい、お前。我慢していたが、何だ、その口の利き方は? 殺すぞ」
「すみません。やっぱりいただきます」
「はい、どうぞ」
相手が女子だから調子に乗ってしまった。俺の悪い癖だ。
殺されるよりは飲むに決まっている。
コップを丁寧に受けると、一気に血入り強聖水を飲み干した。
「ご、ごちそうさまでした」
喉に焼けるような痛みを感じるが、自己再生で回復させてもらいます。
「やっぱり時間がかかるわね。色々な素材で試すから一ヶ月後に来てちょうだい。料金は前金で30万ギルね」
「ごほぉ、ごほぉ……ほら、メル。払ってやれ」
強聖水が効かないと分かったから、次の素材を試したいらしい。
なるほど。こうやって、一生お金を巻き上げる手口のようだ。
当然そんなつもりはないから、支払いはメルに押し付けた。
「そんなに持ってないです。24万ギルしかないです」
「くっ……仕方ないな。半分だけ出してやる」
意外と持っていたけど、6万ギル足りないそうだ。
メルが助けを求めてきた。俺も犠牲にならないといけないらしい。
不味い水飲まされて、10万ギルも料金上乗せとか信じられない。
普通の店でやられたら、絶対に暴れている。
「毎度あり。また一ヶ月後に来てちょうだい」
「はい、是非。メル、帰るぞ」
絶対に来ないに決まっている。
財布から熊が描かれた10万ギル金貨を三枚取り出して、メルの分も支払った。
笑顔で手書きの領収書を受け取ると、折り畳んで財布に中に放り込んだ。
「あっ、そうだった。すみません。睡眠薬とか売ってますか?」
「はい?」
「おい、メル。ここは薬屋じゃないぞ。無理を言って困らせるな」
「でも、何だか、ありそうじゃないですか?」
「無い物はないんだ。ほら、母さんが心配している。早く家に帰るぞ」
今すぐに帰りたいのに、メルが余計な事を聞いている。
頼むから、これ以上俺と俺の財布を困らせるな。
「あら、大丈夫よ。眠くなる方法は知っているから」
「本当ですか⁉︎ じゃあ、お願いします」
「……っ‼︎」
あるという言葉を信じたのか、メルが頭を下げてお願いした。
お前は今すぐに俺に頭を下げて謝罪しろ。
「永遠に眠るのと数年眠るのがあるけど、どっちがいい?」
マナミが普通に聞いているけど、どっちも駄目に決まっている。
永眠とか死んでいる。
「毎日普通に眠れるようになりたいです。ゾンビになってから、眠れないし、お腹も空かなくなって……」
「なるほどなるほど。つまりは普通になりたいわけね。だったら、アビリティを封印する感じの方がいいわね。睡眠耐性のLVを下げれば、眠れるようになるはずよ」
「はい、そういうのが良いです」
メルの話を親身になって聞いているが、それが詐欺師の手口だ。
本当はお前の財布の中身にしか興味がない。
24万ピッタリの金額を請求されるか、特別価格で24万になるだけだ。
「睡眠と空腹の二つで、とりあえず前金で60万ギルになるけど、大丈夫?」
「はい、大丈夫です!」
「はぁ?」
マナミが心配そうに払えるか聞いたが、明らかにお前達の頭が大丈夫じゃない。
高額請求を俺を見ながら、メルがハッキリと払えると頷いた。
悪いけど、そんな大金は払えない。全財産は35万ギルだ。
五千個の赤魔石を持って換金所に行ったのに、600万ギルは貰えずに出禁にされた。
「大丈夫じゃないだろ。メル、お金を貯めてから来るんだ。24万しか持ってないだろ」
「隊長はいくら持っているんですか? 貸してください」
「駄目だ。自分でお金が払えないなら我慢しなさい」
我儘メルが頼んできたが、全部貸しても1万ギル足りない。
教会に置いてきた魔石と素材を売ればいいが、そのつもりはない。
頼むからあの小船の事は言わないように、お前も協力してくれ。
「まあまあ、喧嘩しないで。そういう事なら睡眠の方だけ作ってみるから。今回は特別に20万ギルでいいわよ」
「本当ですか⁉︎ やったぁ!」
ほら、やっぱり詐欺師じゃないか。
メルは膨らんだ革袋を喜んで、マナミに差し出している。
その頑張って貯めた小銭は、教会に寄付したと思って諦めるしかないぞ。
「はい、領収書よ。失くさないように気をつけてね。一ヶ月後にこれと20万ギルで商品と交換するから」
「はぁーい」
『今気をつけろよ』と言いたいが、俺も生きて店から出たい。
聖水と同じように我慢して飲み込んでおこう。
メルが領収書を受け取ると、激痩せした革袋と一緒に店を出た。